ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「え」part2

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フォレストシンガーズ

いろはの「え」

「駅」

 房総半島の内陸部で暮らす、高校生だったころ、私はタヌキに化かされた。

「ええ? 房総ってタヌキが出るの?」
「亜純の故郷ってそんな山の中?」
「房総って海の中じゃないの?」
「海の中なわきゃないだろ。亜純ちゃんは人魚姫か」

 ひとりの男の子が言い、みんなしてげたげた笑う。その男の子はスマホを開いて房総半島の地図を示す。ここ、と私は、両親と弟と猫と暮らしていた故郷を指さした。

「いすみ鉄道だったら知ってるよ」
「菜の花列車だよね」
「俺、ちっちゃいときに乗ったことあるよ。母さんが言ってた、桜と菜の花のシーズンは綺麗なんだよって。今年はもう無理だけど、来年、連れていってやろうかな」
「母さんを? まーくんってばマザコン」
「マザコンじゃねーよっ」

 ようやく慣れてきた東京での大学生活。友達もできつつある。男子も女子も取り混ぜた数人でキャンパスで話していて、故郷のタヌキの話になったのだった。

「そのタヌキは神奈川から来たんだよ」
「神奈川にタヌキがいるの?」
「俺んち、横浜だけどタヌキなんかいないよ」
「神奈川の田舎? 動物園?」

 あのころ、私は傷ついていた。

 インターネットで見つけたパソコンの周辺機器を申し込んだのだが、その会社は実在していなくて、つまりはだまされてしまったのだ。
 ネットの地図で調べたその住所の場所にズームインしてみると、神奈川県なのにひどい田舎のようで、草がぼうぼう。会社の住所はビルの名前だったのだが、建物なんかひとつもなかった。

「三千円、だまし盗られたんだね」
「それはきっとタヌキだよ」

 故郷の友人たちがそう言って笑うから、私もそういうことにしておくつもりだった。

 そんなところにやってきた、神奈川のタヌキ。タヌキはうちの猫のアンリと一緒に、歌いながら私の家まで歩いてきたのだった。

 どこかに散歩に行っていたアンリと、小柄で歌のうまい二十代に見える男性。ここには亜純さん以外に人間はいないからね、と彼が言ったから、そうか、ここには私という人間と猫のアンリと、タヌキのあなたがいるんだね、と思ったのだ。

 このタヌキは誰に化けてるの? どこかで見たことのある男性だ。甘く高い綺麗な声が、見事なまでに上手に「おぼろ月夜」を歌ってくれて、彼はタクシーに乗って去っていった。

 誰? 誰に化けていたの?
 どうしても気になってネットで調べてみたら、フォレストシンガーズの三沢幸生だったと判明した。なんだって三沢幸生がこんなところにいるのよ? いるわけないじゃない。だからやっぱりあれはタヌキ。

 どうせだったら三沢幸生だなんて変な人間に化けるんじゃなくて、相川カズヤくんになって来てほしかったな。私をだましたお詫びなんだったらそうするものじゃない?

 あれはタヌキだったとの大前提のもと、私は去っていった彼を詰っていたのだが、本当にタヌキだったのか? その話をすると、大学の友人たちは言った。

「タヌキねぇ……タヌキってのは現実的じゃないよね」
「その人が三沢幸生だってのはまちがいないの?」
「三沢幸生って誰?」
「だから、フォレストシンガーズだよ」
「フォレストシンガーズ……聞いたことはあるけどよく知らないよ」

 その程度なのだから、タヌキもそんな中途半端なシンガーに化けなくてもいいのに、と思ったのもあった。

「インターネットで写真も確認したし、歌声も聴いたよ。特徴的な声だったからまちがいない。なんでだかそれからフォレストシンガーズが気になるようになって、ラジオを聴いたりもしたの。何度聞いてもあの声は三沢幸生だよ」
「だったら、本人じゃないの?」
「亜純ちゃん、どうしてタヌキにこだわるの? それって去年の話?」
「そう、去年の菜の花の季節だよ」

 それから約一年間、受験勉強をして、晴れて東京の大学生になった私の高校時代の想い出だ。

「するとつまり……」

 フォレストシンガーズは大学生の間ではたいして有名ではないが、知っていると言う子も半分くらいはいる。そのうちのひとりの男の子がスマホでなにやら調べてから言った。

「去年の三月半ば、フォレストシンガーズは房総でコンサートやってるよ」
「あ、ほんとだ。ちょうどそのころじゃないか」
「だったら本物の三沢幸生が来たんじゃない?」
「三沢さんって猫好きなんだよ」
「あー、そんなこと知ってるって、マリリンは実はフォレストシンガーズのファン?」

 焦ったそぶりでちがうちがうと手を振る女の子。大学生がフォレストシンガーズのファンだなんていうのは、ちょっぴり恥ずかしいのである。

「三沢幸生の実物だとしても、別に嬉しくないもんね」
「J……の彼だったら嬉しいけど……」
「うんうん、ほんとだ」

 たしかにそう。あのころの私はフォレストシンガーズになんかこれっぽっちも興味がなかったから、三沢幸生本人だったとしても嬉しくもないし、だった。だからこそ、その気になれば、今日、三沢幸生がどこにいるのかがわかったかもしれないのに調べなかった。

 友人たちの会話はアイドルについてに移っていく。女の子たちは男性アイドル、男の子たちは女性アイドルのファンだと言って、誰が好きかで盛り上がっている。外国の俳優やミュージシャンの名前を出す子もいた。

 みんなと別れてひとりになって、電車の駅へと歩き出す。
 東京にはJRもあり、私鉄も数種類走っている。私の故郷にはJRといすみ鉄道しかなくて、それでも、JRだけしかない地域よりは便利だと思っていた。

 いすみ鉄道の菜の花列車、目を閉じると、季節には沿線を彩っていた黄色い花が見える気がする。その中で猫を抱いて歌っている、小柄な男性。あれはほんとの三沢さんだったの? 私にはたしかめるすべはない……ううん、すべはあるのかもしれないけど、調べたくなんかないの。

「アンリに会いたいな。アンリ、元気かな」

 故郷が菜の花に包まれる季節には、私は学校に行かなくてはならない。なのだから、そんな時期に里帰りなんかできやしない。できるものなら東京で就職したいんだから、もしかしたらもう二度と、私は故郷の菜の花を見られないのかもしれない。

 そんなふうに考えるのはホームシックだろうか。

 ふるさとの電車の駅とは大違いの、人がいっぱい、規模も大きな東京の駅。この改札をくぐったら、いすみ鉄道の電車が待っていたらいいのにな。

 END







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