ショートストーリィ(しりとり小説)

159「レッツダンス」

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しりとり小説

159「レッツダンス」

 各国を転々とする単身赴任暮らしの父親とは、同居していた時期はごく短い。弓良は母とともに母方の実家に同居して育てられた。

「ユラちゃん、お誕生日おめでとう」
「お父さんからもプレゼントとバースディカードが届いてるよ」

 毎年、祖父母と母が誕生日パーティを開いてくれた。幼稚園に通うようになると友達とのお誕生会に呼ばれるようになったが、弓良の誕生日は家族優先。友達とのパーティは別の日に行われた。

「ユラちゃんも中学生になるのねぇ」
「お父さんとお母さんのおかげで、ユラも大きくなりました。感謝しています」
「そんな他人行儀な……お父さんもお母さんも、孫と暮らせて嬉しいのよ」
「そうだよ」

 離れてはいても父もユラを気遣ってくれる。誕生日やクリスマスには豪華なプレゼントと外国のカードを送ってくれ、年に一、二度はどっさりのお土産を持って帰国した。夏休みには母とふたり、父の赴任国へ遊びにいったこともあった。

「ユラちゃんにはボーイフレンドはいるの?」
「好きな男の子はいるけど、つきあってはいないよ」

 祖母に尋ねられたのは十二歳の誕生日。それから数日後、長く続くことになる母の説諭が開始された。

「いい? 女の子の身体はとてもとても大切なものなのよ。ユラちゃんには毎月の生理もあるでしょう? あれは将来、結婚して出産するための準備なのね。これから十年ほどの間に、高校、大学を卒業して就職して、恋愛かお見合いかをして結婚する。そうすれば妊娠して赤ちゃんを産む。そのために身体が準備をしているの」

 神妙にうなずく娘に向かって、母はなめらかに語った。

「だからね、自分の身体をおろそかにしてはいけないの。女性の身体は男性にとってはとても神秘的なもので、本能的に知りたいと思うものらしいのね。女の子を好きになった男性は、その子と裸になって抱き合いたくなるものらしいのよ。テレビや雑誌でちょっとぐらい見たことはあるんじゃない?」

 なくはなかったので、弓良は再びうなずいた。

「女性はそんなことはしたくないんだけど、女性って優しいものだから、大好きな男性にお願いされたらひきずられてしまったりするのよ。あなたが好きだ、だから……はっきり言うわね、あからさまでごめんなさい。そう、あなたが好きだからセックスしたい、セックスさせてくれないなんて、僕を嫌いだから? って」

 少女漫画にそんなシーンが出てきたかなぁ、というような記憶はユラにもある。が、ユラは漫画にもアニメにもテレビドラマにもさほど興味はない。テレビ番組は祖父母や母の見たいものを一緒に見てはいるが、積極的に見たい番組は特になかった。

「でもね、本当に女性を愛していたら、男性はその女性を大切にしたいものなのよ。結婚もしていないのにセックスしたいと言う男性は、女性の身体が目当てなの。本当に愛している女性ならば、男性は自分の気持ちを我慢して清らかなままで結ばれたいと願うのよ。だからね……」
「はい」
「ユラちゃんだって男性を好きになることはあるだろうけど、彼がセックスしたいと言ったら断りなさい。そんな男性はあなたを本気では愛していないの。断ってもしつこいような男性とは別れなさい。自分の身体を大切に大切にして、絶対に安売りしちゃ駄目。あなたの若くて綺麗な身体は宝石のように貴重なのだから、尊重してくれる男性とおつきあいしなくちゃいけないのよ」

 ロマンティックな気持ちになったユラは、母の言う通りにしようと決意した。

 大人になっていくにつれて、ユラとて現実にも触れた。テレビドラマ、映画、小説などのフィクションも、大人向けのものを見れば男女のセックスはあふれている。時には女性のほうから男性に抱いてと迫り、拒絶されているシーンだってあった。

「この女性はいわゆる色情狂なのね。そういう病気みたいなものなんだ。気の毒に」

 自身が性欲を自覚したことは一度もないので、母が言った通り、女にはそんなものはない、男にだけあるもので、結婚したら妊娠するためだけに、女もそういうことをするのだとユラは信じていた。

 高校、大学と進学し、日本文学の研究がしたくて大学院に進んだ。ユラの周囲には恋愛やセックスには興味のない男女もけっこういたから、自分もごく普通なのだと思っていた。テレビや小説なんてものは絵空事なのだから、大げさに描いてあるのだろうとも思っていた。

「ユラさん、僕とつきあってくれませんか」

 大学院に進んだばかりのころ、一年先輩に告白された。ユラは二十二歳、先輩は二十三歳。おくてな恋人同士になったふたりだったが、一年ほど経ってから誘われた。

「……今夜はきみを帰したくないな」
「それはどういう意味?」
「きみをもっと深く知りたいんだ。ユラちゃん、いいでしょう?」
「それはもしかしたら、セックスしたいって意味ですか?」
「う、うん、そうなんだけどね……」

 照れた顔になった先輩に、ユラは言った

「先輩は私と結婚したいんですか」
「結婚ってのはね……僕はまだ学生の身だし……きみも学生でしょ。院を卒業して仕事がきっちりするまでは結婚は考えられないな」
「結婚もしないのにセックスはしたいんですか」
「え……それっていけないこと?」
「いけません」

 あなたは自らの欲望に溺れるような男性ではないと思っていたのに。非難をこめて見つめると先輩は目をそらし、まだ早いのかなぁ、じゃあ、もっと待つよ……ともごもご呟いた。

「まだ駄目?」
「先輩とはまだ結婚できない、妊娠はできませんからセックスはしません」
「……妊娠はしないようにするよ」
「先輩もそんな男性なんですか。見損なってました」

 大学を卒業してからは言われなくなったが、十年の間は母に、時々は祖父や祖母にも言われていた言葉は、ユラの全身にしみついていた。

「私のことを大切には思ってないんですね」
「大切だよ。大好きだから……」
「まちがってます」
「ユラちゃん、きみはいつの時代の人間なんだよ」

 なぜなのかユラにはわかりづらかったが、それから先輩はユラを避けるようになり、彼のほうが一足先に大学院を卒業して離れていってしまった。

「ユラちゃん、踊らない?」
「私……ダンスは苦手なんです」

 学者になれるほどの人材ではなさそうだと気づくようになっていたユラは、二十五歳で学問には見切りをつけた。それでも文学とは関わっていたかったので、司書の資格を取ってとある大企業が設立している図書館に就職した。親会社主催のパーティで、ユラは時太という男性に声をかけられ、告白もされてつきあうようになった。

「ユラちゃん、ホテルに行こう」
「ホテルでなにをするんですか?」
「とぼけるなよ。そんな経験なくはないんだろ?」

 半年ばかりのち、ユラは彼に言われて眉をひそめた。

「時太さんは私と結婚するつもり?」
「結婚はもっと互いをよく知ってからだな。身体の相性だって大事なんだから、そのためにもホテルに行こう」
「……時太さんは私を愛してはいないのですね」
「愛ってほどでもないけど、好きだよ」

 口が達者ではなかった大学院の先輩は、ユラのこの態度に鼻白んで離れていったようだ。しかし、時太はしつこかった。

「今どきの二十五歳が、そんな思想だってのは信じられないな。どうしてきみはそんなに頑ななんだ?」
「女性の純潔はなによりも大切なものだからです。神さまに与えられた出産のためのこの身体を、安売りするなんて考えられません」
「……」

 呆れ顔でユラを見てから、時太は小声で吐き捨てた。

「なんと言ったの?」
「いいよ、なんだって」

 おまえの身体がなんぼのもんじゃ? 女の身体ってそんなにご大層なもんかよ? 時太はたしかにそう言った。そんなふうに罵られたのははじめてだったので、動悸がしてきた。

「けど、私はまちがってない。お母さん、おばあちゃん、おじいちゃん、そうよね?」

 図書館は家から距離があるので、ユラは初のひとり暮らしをしている。子どもではないのだから、母や祖父母にたしかめるのも変だろう。たしかめなくても私は絶対に正しいのだと、ユラはひとりでうなずいた。

「ユラさんって彼氏、いないんですか?」
「いませんよ」
「昔はいたんですか」
「いたこともあるけどね」

 日常生活にはとりたてて変化もないまま、時だけが過ぎていく。二十五歳で就職したときにはユラは図書館で最年少だったが、いつの間にやら同僚は後輩ばかりになった。今年入ってきた女性は短大を卒業したばかりだそうだから、ユラの半分程度の年齢のはずだ。

「そのひとと結婚しなかったんですか」
「大切には思ってくれてないみたいだったから……」

 四十年ほどの生涯で、彼氏と呼べたのはふたりだけだ。名前も忘れた大学院の先輩も、ユラのほうから捨てた時太も、今はどうしているのか知らない。

「大切に……かぁ。そんなことを言われると考えちゃいますね」
「リルサさんには彼氏はいるの?」
「いますよ」

 同僚たちとはプライベートな話はまずしないのだが、新人の李流佐は物おじしない女の子でむこうから話しかけてきた。同じ時間に昼休みになったので、ふたりして社員食堂に向かう。大会社の敷地内にある図書館なので、社食を使えるのだった。

「若いんだから遊びでもいいんだけど、大切にされてるのかどうかはわかんないですね」
「若いひとはなにをして遊ぶの?」
「普通ですよ。映画やごはんに行ったり、カラオケしたり、休みの日にはドライブや旅行もします。短大を卒業してここで仕事がはじまる前には、彼も休みを取ってふたりでハワイに行きました」
「ふたりだけでハワイ? 泊りがけよね?」

 やだぁ、ハワイには日帰りではいけませんよ、とリルサが笑う。恋人同士がふたりで旅行をするとは、ユラには衝撃的だった。

 思い返せばユラには、突っ込んだ会話をする女友達はいなかった。学生時代は勉強ばかりしていたし、司書になってからは最初のうちは年上ばかり、今では年下ばかり。その中間の時期には同僚たちに敬遠されていたようでもあった。

 こちらからなにもしなくても男は寄ってきたが、同性とは積極的に近づかなければ友達にはなれない。ユラは別段女友達を欲していなかったのでなんとも思っていなかったのだが。

「最近の男の子って草食だの絶食だの言われてるけど、彼はそうでもないんです。あっちのほうってわりと好きみたい。私も嫌いじゃないから、そっちのつきあいも楽しいですよ」
「そっち……あっち……まさか、セックス?」
「ユラさんってけっこうはっきり言うんですね。そうですよ」
「……」

 男は自らの欲望のために、できるものならば女とセックスしたいと願う。女はそれを断るのに苦労する。断り切れなくて男にひきずられる女もいるから、世の中には「できちゃった婚」というものもあるのだ。ユラの認識ではそれ以外はなかった。

「楽しい……?」
「セックスって楽しいでしょ。私の彼、上手ですからね」
「上手……あのあの、それってリルサさんも望んでるの、よね」
「もちろん」

 なに言ってんの、あんた? リルサの表情はそう語っていた。

「リルサさんはお母さんには教わらなかったの? 結婚までは純潔を……女の子の身体はとてもとても大切だって」
「純潔? それ、死語ですよね。うちのお母さんは言ったな。彼とハワイに行くって言ったら、お父さんには内緒にしとくけど、避妊だけはしっかりやりなさいよって」
「……避妊……」

 足元ががらがらっと崩れていくような心持ちもあったが、ユラは自分に言い聞かせた。こんなに軽くて安売りするような女の子は、まともな結婚も出産もできっこない。リルサは特別なのだ。女の身体の大切さは普遍的であって、時代ごときで揺らぐものではない。

「だけど、やっぱり時代ってあるのかしら。うちの図書館の新人さん、この間、結婚したのよ。すぐに妊娠して、産休・育休期間まではがんばって働くんだって」

 久しぶりで実家に帰ると、ユラは両親を前に話した。祖父母は数年前にみまかり、父も定年退職になって戻ってきて、この家は両親の住まいになっていた。

「ユラもそろそろ……ってのは無理なのかねぇ、もう」
「そうねぇ。いくら時代が変わっても、女は四十歳をすぎると妊娠出産がしにくくなるもの。ユラもその新人さんくらいのころに彼氏がいたんじゃなかった?」
「お母さんの教えを守って、大切にしてくれないから別れたの」

 親にはそんなことは話さなかったので、母としても初耳だったのだろう。父は言った。

「彼氏、いたのか。もったいないな。大切にしてくれないってどんなふうに?」
「だって……セックスしたいって」

 は? は? 夫婦は似てくるものだというが、別居期間が長くても老齢になった両親は似ている。ふたりそろって呆れ顔になった。

「セックスしたいって言われて別れたのか? 遊びだって言われたから?」
「はっきりそう言ったわけではないけど、セックスは結婚してからするものだって、お母さん、言ったじゃないの」
「結婚してから……言ったかしら?」

 言ったわよ、中学生のときのお説教からはじまって、何年も言ってたわ。女性の身体の大切さ、安売りしないこと、セックスは結婚してから妊娠するためにするもの。
 耳朶に焼き付いているかのごとき母の教えを繰り返すと、父が吐息とともに言った。

「それをずっと守ってたって? 母さん、罪なことをしたね」
「罪って……まさかそんな……」
「ユラ、その教えを守っていいのは、学生時代までだよ。今でも守ってるなんて言わないだろうね。あ、ああ、もういっか。今さら……」
「そうねぇ、もうそんな誘いをかけてくる男性もいないだろうし……あ、でも、もしもいたら母さんの教えなんか忘れていいのよ」
「母さん、もういいよ」

 そして、ふたりして呟いた。

「二十年早くユラの思想を聞きたかったな。手遅れだね」
 と。

次は「す」です。







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~ Comment ~

NoTitle

うん。男が悪いな。うん。
そこで結婚したいぐらい好きだ。
・・・とか言えない男は覚悟と意気地がないな。
そんな男につられてはいけません~~。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

結婚したい!!
とこの男性たちが言ったとして、後、別れようとなったら、彼女は本気で婚約不履行で訴えるとか言い出しますよぉ。
それでも言いますか?
うふふ。
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