ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/九月「月下の香り」

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月下
2016花物語

九月「月下の香り」

 すれちがった少年の顔を見て、俊見は呟く。似てるわ、ふふ、なつかしい、と。

「誰に似てるの?」
「……聞こえた?」
「聞こえたよ。俊見さんって謎めいた感じがあるんだけど、もう話してくれてもいいでしょう? 子どもさんがいるとか?」
「いないわよ」
「今も? 昔も? 結婚はしたことあるんじゃないの?」
「ありません」

 同僚の好奇心に満ちた視線がわずらわしくて、声に出して呟いてしまったことを後悔する。現在の会社で事務仕事をするようになってから約三年。俊見は非常勤なので同僚たちと顔を合わせることは少ないが、社長が言っていた。俊見さんってミステリアスね、どういうひとなの? って気にしてる社員がたくさんいるんだよ、と。

 詮索されたくないから非常勤にしてもらっているのに、うっとうしいったらありゃしない。
 内心では同僚を罵っているものの、表情はにこやかに繕って歩く。他の同僚とはめったに話もしないが、彼女は自宅の方向が同じなので、たまさか顔を合わせて世間話だったらする仲になっていた。

 すこし残業をして退勤したから、初秋の陽は翳って月が出ている。ほの白い花が月に照らされたように咲いていた。

 うっとうしいな、どうやってまこうか。俊見さんって美人なんだから、もてたでしょ? 縁談なんかもあったんじゃない? と訊きたがる彼女を適当にあしらっていると、鼻先をかすめた香り。月下香? チューベローズとも呼ぶ花の香りに似ている。いましがたすれちがった少年と花の香りが、忘れてしまったはずの過去を呼び覚ました。

「女性の先生だったんですか。でも、優しそうだし成績は優秀なんだし、怜人、いいよね?」
「僕はどっちでもいいよ。家庭教師なんていらないって言ってるのに、母さんが無理やり連れてきたんだから」
「怜人は成績はいいけど、放っておくと勉強しないんだもの」
「勉強なんかしなくても、高校受験なんて楽勝だよ」

 レイジン……と書いてレイト。名前に似合った怜悧な美貌を持つ少年の母に名指しで指名されたのは、俊見が大学三年生の年。大学生になった年に登録した、中学生向け家庭教師サイトで怜人の母に目をつけられたのは、俊見が通っていた大学のせいだろう。

 教育大学としては日本最高峰、俊見は成績もトップクラスで、家庭教師としては理想的だと言われていた。俊見は生徒が男子でも女子でも気にしないので、怜人の家庭教師も問題なく引き受けた。

「トシミさんって、男にも女にもある名前よね。字面からして男性だと思ったわ」
「私は中身は男みたいだって言われますし、見た目も女っぽくないでしょう? 怜人くんとだったら男の子同士のようなものですよ」
「そうね。ちょっと話してみたらわかります。俊見先生はさばさばしててつきあいやすそう」

 母親も気に入ってくれたようで、割のいいアルバイトを見つけた俊見も満足だった。

 閑静な住宅地にある大きな屋敷。庭も広くて四季おりおりの花が咲く。伶人の父親は弁護士、母親も独身時代には弁護士として働いていたのだそうだが、伶人を出産してから専業主婦になった。

「だからね、主人も私も勉強はかなりできたんですよ。その息子なんだから怜人が学業優秀なのは当たり前ですよね。中学二年生までは私が勉強を見てやれたんですけど、三年生になると私のほうがついていけなくなって、これはやっぱり家庭教師を頼まなくちゃ、って、主人と相談して決めたの。母親では息子になめられるのもありますし、怜人が優秀すぎるのもありますからね。その点、俊見先生は怜人と気が合うのね。怜人も機嫌よく勉強してるみたいですよね」
「ええ。ほんとに飲み込みも早くて頭が良くて、やりやすい生徒さんです」
「そうよね。志望校、大丈夫でしょ?」
「よほどのアクシデントでもない限りは、1000パーセント保証します」
「当然よね」

 弁護士夫婦の息子は弁護士志望かと思っていたのだが、怜人は理系であるらしい。外科医になりたいと言う息子のために、両親は全面的にバックアップしていた。

 やりやすい、と母親に言ったほどには扱いやすい子ではなく、怜人は生意気だ。頭のいい少年にはありがちだし、勉強はほどほどにして議論などするのも俊見も楽しい。大学の友人たち以上に歯ごたえのある怜人と、宇宙や生命の起源、太古の生き物、四次元、ブラックホール、時間というものについて、などのSF的な話もする。怜人と話していると時間を忘れた。

「今夜はひとり?」
「そう。親父とおふくろはデートだってよ。先生も来るんだし、お留守番できるわよね、なんて言われたけど、先生なんて来なくても大丈夫だよ」
「中学三年だもん。ひとりもたまには嬉しいってくらいだよね」
「そうさ。先生、邪魔だし帰れば?」
「私は仕事なんだから働くよ」

 勉強を教える必要はあまりないと、半年も家庭教師をしていれば俊見にはよくわかった。今夜は怜人の両親が留守にしているのもあって、勉強ではなく議論のほうに熱心になる。タイムマシンの実現の可能性について話していると、怜人が言った。

「それよりも、もっと教えてほしいことがあるんだ。先生の知識って俺とたいして変わらないんだもんな」
「そうかもしれない。認めるよ。だったらなにを教えてほしいの?」
「こればっかりは、相手が女じゃないと教えられないこと」
「……ありがちだなぁ」
「ありがちってか、だけど、これって人間の本源ってか、本能ってか、ね?」
「怜人くんの本能はこわれてないんだ」
「こわれてないよ」

 大人の女に教え導かれて、少年が男になる。ひと昔前の通俗小説のようだ。第二次大戦前の日本が舞台ならば、旧制中学校の生徒である少年に教えるのは、二十代の未亡人か遊郭の女か。そういった女は経験豊富で世慣れていたのだろう。

 が、俊見はまったく経験豊富ではない。怜人とはちがって努力しないと成績が下がるのだから、高校生までは勉強ばかりしていた。親元から通える大学だから、ひとり暮らししている女の子たちのようには遊べない。背が高くてかっこいいと女友達には言われるが、モデルのような細身だとかグラビアアイドルのようなグラマーだとか、華奢ではかなげなプロポーションだとかではないので、男にもてることもない。

 骨っぽいとでもいうのだろうか。肉はあまりついていなくてごつごつした体格で、可愛い、美しいとは縁のない外見なのだ。私には教師が向いてるのかな、一生独身で生きていくには教師はいいかな、と漠然と考えていた。

 なのだから、中学生の少年に誘われるとどぎまぎしてしまう。大人の女の余裕など持てるはずもなく、逃げ腰になりかけている俊美を、怜人は強引に抱き寄せた。

「教えてよ」
「やめなさい」
「震えてる? ええ? 先生、処女?」
「そんなはずないでしょ。馬鹿にするな」
「そうだよね。だったらさ……」

 処女でもないんだったらかっこつけんなよ、と言われているようで、俊見も意地になった。

「案外、つまんないね」
「……そう?」
「でも、教えてくれてありがとう」
「……それだけだよね」
「それだけってなにが?」
「ううん、いいよ」

 年上の女に恋をして想いを遂げた少年、年上の女に欲望を抱いた少年、大人になるために年上の女としてみたかっただけの少年。どのケースも同じくらいにありがちだろう。

 そして、相手の年上の女は?

 坊や、可愛かったわ、おいしかったわよ、と妖艶に笑ってみせるのがまっとうなのか。してしまったことに後悔しても無意味なのだから、そんなこともあったなぁ、ですませればいい。何食わぬ顔で家庭教師だって続けていけばいい。秘め事は一度きりにして、なかったことにすればいい。

 なのに、俊見のほうが怜人に傾いていってしまった。

「先生、このごろぼーっとしてない?」
「ぼーっとなんかしてないよ」
「俺に惚れちゃった?」
「馬鹿言ってないで、勉強しなさい」
「はーい」

 心が揺れて揺れて、怜人とふたりでいるのがつらくてたまらない。怜人のほうこそがあんなことはなかったかのごとくふるまい、そのくせ、ちらっと俊見をからかったりする。こんな状況がつらいのならば、家庭教師を辞めてしまえばいい。そうもできないのは、いくらつらくても怜人のそばにいたいからだ。怜人の顔を見ていたいからだ。

「俺ともう一度したいの?」
「怜人くん、勉強中に不謹慎だよ」
「そんな顔で俺を見るからだよ。先生、濡れてるの?」
「いい加減にしなさい」

 顔が赤らむのを感じて怒ってみせると、怜人はぎゃはぎゃは笑う。完全に見下されているのが苦しくて、俊見は後悔するようになっていた。

「先生、ありがとうございました。怜人は志望校に合格しましたよ。しかもトップだったんですって。先生のおかげもちょっとはあったわよね。これ、ボーナスです」
「おめでとうございます。ありがとうございます」
「先生のほうがお疲れのご様子ね。すこし痩せました?」
「そうでもありませんけど……」
「若い女性はもうちょっとふっくらしているほうがいいわよ。いくら細いのが流行りだっていったって、先生みたいな骨皮筋衛門だと魅力がないわ。あら、失礼」
「……そうですね」

 高校の合格発表があり、家庭教師としての仕事が終了した。母親には満足してもらって特別手当ももらい、俊見としては気の抜けたような安堵感があった。とにもかくにもやり遂げた。俊見、よくやったよ。

 これでもうあの小悪魔とは会わなくてもよくなる。アルバイトを途中で投げ出さなかった達成感もあった。反面、ひとりでいると寂しくなる。怜人に会いたい……もう一度、なんて望まないけど、あの顔が見たい。あの声で憎まれ口を叩くのを聴きたい。

 あの一件以来雑談はしなくなったけど、以前のようにタイムマシンの話でもしたい。議論をして笑って、気がついたら自然に抱き合っていて……。

 そこまで想像してはっとする。私、あんな奴を好きになったの? 馬鹿馬鹿しい。二十歳と十五歳……二十年後だったらよかったのにね。四十歳と三十五歳だったら、それほどの違和感もないのにね。下らない妄想にはまりこみそうになっては自嘲しているしかなかった。

「俊見先生!!」
「あ!!」

 真新しい紺の制服を着た怜人に声をかけられたのは、俊見が就活のために会社訪問をしていたときだった。四年生になったので就活が本格的になり、アルバイトはやめてそちらに精を出していたのだ。怜人の横には可愛い女の子がいた。

「俺たちの高校、近くなんだよ」
「そうなんだ。ああ、そうだよね。忘れてたわ」
「怜人、中学の先生?」
「じゃなくて、家庭教師だよ。じゃあね」

 紹介もしてくれず、怜人は女の子とふたりで歩み去っていった。
 悪い具合に、だったのか、その会社から内定をもらい、俊見が怜人の高校に近づく機会が増えた。正式に就職する前にも会社に行くことはあり、その上に、怜人と会いたいからなのかどうか自分でもわからないままに、そちらのほうに足を向けたくなるのだった。

「なにストーカーやってんだよ」
「……ストーカーって……」
「聞いたよ。最低のおばさんだね」
「……」

 幾度か怜人の高校近くまで行き、さりげなくうろついたりしていたある日、怜人と再会したときに連れ立っていた女の子と出くわした。偏差値の高い、医者志望の生徒が多いと聞く高校なのだが、彼女の口のききようはそこらへんの不良少女と変わらない。

「おばさんと会ったとき、怜人が変な顔してたんだよね。それで問い詰めたら、南帆奈との本番前の練習台にしたんだよ、だって。そういうことだよね」
「あのころからつきあってたの?」

 語るに落ちるとはこのことか。あのころって……認めたようなものだ。

「つきあってたよ。中学生でそんなことはしたくなかったから、高校に合格したらね、って言ってたんだ。そしたらあいつ、こんな骨ばっかりのおばさんと……だから練習台だって言ったろ、って怜人は逃げてたけど、むかつく。一発殴らせろ」
「あなたが私を?」
「そうだよ。怜人も殴ってやったから、あんたも殴りたいんだよ」
「……怜人のほうが……私はそんな……」

 しどろもどろになって後ずさりしている俊見に、ナホナという名前らしき女の子は冷笑を向けた。

「怜人だって男なんだから、あいつに襲われたとでも言うつもりかよ? おばさんは成人なんだろ。中学生と大人だったら、女だって大人のほうが犯罪なの。怜人の親は弁護士だよ。おばさんの言い分なんか通用するもんか」
「そう……ね。いいよ、殴っても」
「ジョークだよ。バーカ」

 いっそ本当に殴ってもらったほうが、綺麗さっぱり忘れられたのかもしれない。けれど、ナホナは暴力はふるわず、最低、最悪、ブスババア、などと貧困なヴォキャブラリーで俊見を罵ってから走り去った。

 教師になるつもりだったのに就活するようになったのは、ほんとは私には教師は向いていない、と考えるようになったからだ。怜人みたいな奴に誘惑されて恋するなんて、そんな女に教師はつとまらない。

「変な電話があってね」
「……電話ですか」
「あなたのことを密告してきたというか。高校生のストーカーをやってるって……嘘でしょう?」
「してません。そんなことはしてません」

 内定をもらっていた会社の人事担当者から質問され、信用してはもらったのだが、後に採用取り消しの通知が届いた。会社の業績不振により、予定採用人員の削減、というのが表向きの理由だったが、二十年後の現在もあの会社は合併も倒産もせずに存続している。

 密告したのはナホナなのだろう。怜人なんかを好きになった私が悪い。自罰的になっていた俊見は、採用取り消しを受け入れた。疑惑を持たれてしまった以上、就職しても居心地がよくないだろうと思えたからもあった。

 あれから二十年、俊見はあのころに妄想した四十歳になり、怜人は三十五歳になっている。
 正社員にはなれず、契約社員、派遣社員、アルバイト、などを転々として、三年前に現在の非常勤の仕事に落ち着いた。定年までの二十年、このまま続けていきたいから、社員ともめてはよくない。

 怜人は外科医になれたのだろうか。ナホナとではないだろうが、結婚もして子どもが二、三人できて、幸せな家庭を営んでいるのだろうか。三十五歳ともなると美少年の面影は薄れているだろうが、きっと若々しい綺麗な男に成長しているはずだ。今、すれちがった怜人に似た少年……もうすこし年下の息子がいたりして。

 彼に似た少年と、彼に似た花、月下香。視覚と嗅覚とが呼び起こした若かりし日の記憶と、俊見はしばらくたわむれていたかった。
 

「大和撫子」の男女逆バージョンです。






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~ Comment ~

NoTitle

おおう、なんという。
女性の方が本気になってしまったんですね。
そうか、成人してたら女性の方が犯罪者になるだよなぁ。性犯罪は女性が被害者の率が高い気がしてたんですが、加害者バージョンもあるんですよね。
この場合は合意の上(?)ですが、無理やりに相手に心の傷が一生残るような事件は本当やめてほしいです(-_-;)

20歳と15歳って歳の差が!って思ったんですが、考えて見らた5歳差くらいなら普通ですね(^_^;)
昔の恋と花の香りで、切ないような、懐かしいような、そんなセンチメンタルな気分になりつつ、自分の中にある固まった考えがまた一つほぐれました(^.^)あかねさんのお話読むと、新しい発見が出来て勉強になります!

たおるさんへ

このごろみなさんのブログに訪問することなどさぼっていますが、コメントありがとうございます。

このたぐいは男性が加害者である場合のほうが圧倒的ですが、女の子にはめられることもありそうですよね。特に芸能人とか有名人だとかだったら、女性とおつきあいをして彼女が未成年だったらもうアウト、なんだかなぁと思うこともあったのです。

女性の場合も相手が未成年だと同意の上でも駄目のようですが、そんな恋愛もありそうなのになあとも思います。
でも、家庭教師が生徒に手を出してはいけませんよね。

新しい発見と言っていただけると嬉しいです。
このごろあまり書いてないのですけど、また再開しなくちゃ。たおるさんのサイトにもまたお邪魔させてもらいますね。

NoTitle

これが、ある程度歳をとってからの回想だというのが、なんだか悲しいですよね。
若い時の火遊び、という話なら、ちょっとしたワクワクで終るんだけど。
嫌な中傷の記憶を残したまま、寂しく歳を重ねて中年になっちゃうのは、悲しいですよね。
実際に事件とか、告発はされなくても、こんな男女逆転の関係って、結構ありそう。

そう言えば昔、15歳くらい年上の女性と少年の心中事件がありましたが、あれの真相がすごく気になっています。
真相は、二人の心の中……なんでしょうね・・・。

limeさんへ

コメントありがとうございます。
最近、limeさんのサイトにもあまり訪問していませんで、すみません。。。

年を取るって哀しいですよね。
若いときに年下のオトコノコと遊んで、という記憶だったら楽しいかもしれませんが、俊見の場合は楽しかったとは思えそうにないし。

教師と生徒っていうのは現代でも大きなタブーで、一方が高校生くらいっていうのは、それゆえによくドラマの題材になったりもするんですよね。
小学生だったらほんとに先生のほうが犯罪かなぁ。でも、ませた十二歳の少女だったりしたら、先生をからかって誘惑したりってこともありそうです。

本当にお互い恋して……っていうのもありそうですが、心中事件となると、いろーんなふうに想像できますよね。
重すぎて私には書けそうにありませんが。


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