ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「こ」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語2

「荒城の月」

 役者も仕事で歌う機会があり、歌手も仕事で演技をする機会がある。客を前にパフォーマンスをするのが仕事だという意味では同業者の、歌手や役者たち、有名、無名、プロではない者たちも集まっての宴が繰り広げられていた。

 宴が張られているのは、北国の城跡公園だ。この地出身のベテラン俳優が、近くの小さなホールでひとり芝居の舞台を踏んだ。たった一日だけのマニアックな舞台だったので、一般聴衆よりもむしろ彼の同業者、歌手や役者たちが見に来ていた。

 中央からは遠く離れた土地だから、行きたくても来られなかった者も多い。幸いにも見にこられた藤波俊英も、舞台がはねたあとで公園に流れてきて宴に加わった。

 参加している者の半数は藤波とも知り合いだが、知らない者もいる。
 酒にも馬鹿話にもいささか疲れてきたので、藤波は輪から離れて歩き出した。
 
 古びた……というよりも、事実古い。戦国時代のものが現存していると聞く天守閣が、月に浮かび上がる。公園なので閉園するわけでもなく、二十四時間出入り自由だが、この時刻になると宴に参加している者以外の人影はまったくなくなっていた。

 ブルーブラックの空に白銀の三日月、北国の遅い桜も散った公園には、藤波は名を知らぬ白い花の樹が立っている。月に浮かび上がる花と天守閣といえば、この歌だ。

「春高楼(こうろう)の 花の宴(えん)
 巡る盃(さかづき) 影さして
 千代の松が枝(え) 分け出でし
 昔の光 今いずこ」

 ああ、いいなぁ、と感極まったような声がうしろに聴こえて、藤波は振り向いた。

「……来てたのか」
「尾行してきました。お久しぶりです」
「プロの歌手に聴かせるにはお粗末だよな」
「いえいえ、最高でしたよ」

 ホールでも宴の中でも見かけなかったが、いつからいたのか。フォレストシンガーズの乾隆也だった。

 大学時代には剣道部に所属していた藤波には、歌手や役者になっている同窓生も大勢いる。フォレストシンガーズは別の大学だが、後輩の紹介で親しくなった。

「月、花、城、そして、藤波さんの朗々たる歌声。尾行してきてラッキーでしたよ」
「きみは口がうまいんだよな」
「本心です」
「ありがとう」

 年齢は乾が藤波の二歳年下だ。学生時代の仲間つながりだと先輩には丁寧な口をきく。日本人だなぁ、なのであった。

「俺はお喋りなんですけど、喋ってもいいですか」
「知ってるよ。いいよ、喋れよ」
「うちの本庄繁之は城が大好きでしてね」
「俺も好きだよ」

 「荒城の月」の作詞作曲者がどこでこの歌の案を練ったのか、については諸説ある。そのうちのひとつ、滝廉太郎が曲を構想したとされる富山県富山市富山城西側。そこに建つ碑のそばで、本庄繁之はこの歌を歌っていたのだそうだ。

「次の日のライヴで歌えって、リーダー命令が出ましてね、シゲが練習していたらしいんですよ」
「本庄の声で歌うのもいいだろうな」
「藤波さんの声は本橋に近いですよね。男っぽい声の男が歌うと似合う曲調なんですね。俺も城をバックに歌うシゲの歌を聴きたかったんですけど、藤波さんの歌が聴けたから満足ですよ」
「おまえも歌えよ」
「俺の声は高いですから……ああ、そうだ。藤波さん、歌って下さい。ハーモニーをつけますよ」
「いやだよ」

 プロシンガーにハーモニーをつけてもらったら、喉が詰まって声が出なくなりそうだ。酔いも醒めてしまいそうに思える。歌って下さいよ、いやだよ、と押し問答していると、別の場所から歌声が聞こえてきた。

「秋陣営の霜の色
 鳴きゆく雁(かり)の数見せて
 植うる剣(つるぎ)に照り沿いし
 昔の光 今いずこ」

 美しく澄んだソプラノがふたつ、からみあってハーモニーをかもし出す。男の声で歌うために作った歌だ、みたいな話をしていたから、対抗意識を燃やした女性がふたりでデュエットしているのだろうか。ひとつはやや枯れた加減の年輩の女性、もうひとつは若い女性の声だと思えた。

「あああ、いいなぁ」
「いいな。俺もこっちのほうがいいよ」
「実は俺も……いえ、俺はどっちも好きです。藤波さん、この声とデュエットします?」
「いいって。こら、黙れ」
「はい、黙ります」

 ふたりともに黙ると、風に乗って女性たちの歌が流れてきた。

「今荒城の 夜半(よわ)の月
 変わらぬ光 誰(た)がためぞ
 垣に残るは ただ葛(かずら)
 松に歌う(うとう)は ただ嵐

 天上影は 変わらねど
 栄枯(えいこ)は移る 世の姿
 映さんとてか 今も尚
 ああ荒城の夜半の月」

 女性たちの姿は見えない。誰なのかも藤波にはわからない。誰だろ、と視線で尋ねると、乾がごく小声で言った。古城の精と月の精のデュエットだったりして……と。藤波としても賛同したくなるような、夜空には荒城を照らす白銀の月。

END








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