別小説

ガラスの靴66

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「ガラスの靴」

     66・休暇

 小豆島のホテルにはお客は少なくて、経営者側としては不満だろうが、客の僕らはゆったりできて心地よい。
 ホテルとはいっても家族経営だからか格式ばってもいず、和室の大広間に客が集まって食事をすることになった。

 昼間にプールで会ったキホさんとレティシアの親子は、アンヌがキホさんを嫌ってしまったようで、近寄るな、と言う。レティちゃんと胡弓も仲良くなったので残念そうだが、僕はアンヌが妬いてくれているみたいなのが嬉しくて、キホさんに近寄りたいとは思わなかった。

 あとひと組いるお客は、このホテルの婿養子でアンヌの昔なじみだという、トクさんの妹とその友達なのだそうだ。キホさんとレティちゃん以外は身内に近いような感覚だからか、トクさんも、トクさんの舅だというサダさんも大広間に出てきていた。

 キホさんとレティちゃんだけが離れていたのだが、寂しいわぁ、そっちに行ってもええ? と尋ねられたトクさんとサダさんが、どうぞどうぞと答えてしまったので、食事が終わったらみんなで輪になってデザートタイムになった。

「……アンヌ、怒ってる?」
「怒っちゃいねえよ。うるせえんだ」

 怒ってるように見えるけど、しつこく言うとよけいに怒られそうだから、気にしないことにして胡弓にプリンを食べさせる。キホさんもレティちゃんにプリンを食べさせていて、僕と目が合うとにっこりした。キホさんのそんな視線をはね返すような、アンヌの眼光は鋭い。

 怖いのでアンヌの顔を見ないようにしていると、トクさんの妹の真奈さん、その友達の尚美さんと、トクさん、サダさんの会話が聞こえてきた。トクさんはアンヌと同じくらいの年で、真奈さんと尚美さんは僕に近い年頃だ。サダさんは六十代くらいのおじさんである。

「そりゃあね、男が女に求めるものってのは決まっとるんですわ」
「なになに?」
「まず第一に……」

 料理だそうだ。料理がうまいのが一番、男は胃袋をつかめと言う。
 もてる女の特徴ってのを喋っていた女性たちがいたが、このおじさんは一歩進んで、妻としての理想を語っているのか。料理のできる女ねぇ。ここでアンヌは一発アウト。

「家庭的で子どもが好きで、家を守ってくれる。そんな妻がいたら癒されますわな」
「ふむふむ、そうですよね」

 ここもアンヌはまったくあてはまらない。アンヌは聞いているのかいないのか、プリンをつまみに甘口のワインを飲んでいた。

「愛嬌があって笑顔が可愛い。女のひとはいつもにこにこしているのが一番ですよ」
「こう?」
「そうそう。真奈さんも尚美さんも笑うと可愛いですなぁ」

 ブスは笑顔、美人はお澄まし顔。アイドルの写真にしても昔は満面の笑顔というものがほとんどだったが、今どきは憂い顔だったりつんつんした顔だったりする。ポスターのアンヌは怒り顔をしている場合が多くて、それがまたかっこいい。

「あと、これは重要ですよ。男を立てる」
「立てる……」
「おかしな意味ではないんですよ。男はプライドの高い生き物ですから、上手に立ててやってほしい」

 僕にだってプライドは皆無ではないはずだが、かなり低いほうなのだろう。アンヌに立ててもらいたいなんてこれっぽっちも思わない。アンヌのほうが収入が上、アンヌのほうが旦那さまみたいなもの。いつだってけちょんけちょんに言われて、おまえは黙ってあたしについてこい、と命令されているのが幸せだ。

「もうひとつ、大事なことがあります。煙草を吸わない」
「私は煙草は吸わないから大丈夫」
「そうよねぇ。私も煙草を吸う男性っていやだから、女性はよけいに喫煙はノーよね」

 ふたりの女性は素直におじさんの言葉を聞いていて、おじさんが満悦顔になる。どうもやはり聞いてはいるらしく、アンヌはこのタイミングで煙草を取り出し、外で吸ってくるよ、と言い置いて出ていってしまった。

「あ、アンヌさんは煙草を……まずったかな、トクさん?」
「ってかね、お義父さん、それは全部、お義父さんの勝手な思い込みでしょう?」

 彼はアンヌを好きなのか、トクさんが言い、キホさんも言った。

「ここは禁煙? ホテルの部屋は禁煙とちがうでしょう? 吸ったらあかんのかしら」
「あの、子どもさんのいるところで吸うんですか?」
「家でも吸うてますえ。レティは強い子やから、煙草のけむりごときはへっちゃらや。な、レティ?」
「うん、レティ、煙草のにおい大好き。ママ、吸うてもええよ」

 ぽっかーん、あっけ、という顔をしているおじさんとお姉さんたち。僕はトクさんと顔を見合わせて笑ってしまってから、トクさんに質問した。

「トクさんって奥さんの料理、そんなに大事だと思う?」
「うちはこんな仕事だから、食事は賄いで作ってもらってますよ」
「いや、うちは特別だから……」

 口をはさもうとしたサダさんを無視して、僕は続けた。

「僕は家庭的で子どもが好きで、家を守ってる専業主夫なんだ。そんな夫がいるんだから、アンヌは癒されてるんだよね」
「アンヌさんらしい婿さんをもらいましたな」
「そうそう。僕は苗字も新垣に変えたんだから、トクさんに似た立場だよね」

 おじさんとお姉さんたちは黙ってしまい、トクさんと僕の会話になっていた。

「不細工な女がぶすっとしてたら見られたもんじゃないけど、美人は笑わないほうがかっこいいよね」
「それも言えてますよね。アンヌさんみたいな美女は笑うとむしろ安っぽいってか……」
「クールビューティって言葉もあるもんね」

 くすくす笑っているキホさんの膝に、レティちゃんと胡弓がもたれかかる。子どもたちはふたりともに満腹して眠くなってきたようだ。

「うちではアンヌが大黒柱だから、僕が妻を立ててますよ」
「うちもそうですね。旅館は女将が中心ですから、僕は脇役ですよ」
「それに、くわえ煙草のアンヌもかっこいいんだな。うちは胡弓の身体にはよくないからって、息子がのそばでは彼女は喫煙しないけど、僕とふたりでだったら吸います。煙草を吸ってるアンヌの横顔には見とれちゃうな」
「喫煙者のアンヌさんが、健康な胡弓くんを産んだんですよね」
「もちろん。煙草なんてのは今でこそ身体に悪いって言われてるけど、薬になるっていわれてた時代もあったんだよ。日本人は風潮ってのに左右されすぎだよ」

 いやあの、その、とサダさんはもがもが言っていて、真奈さんと尚美さんは、ごちそうさま、と言い残して立っていってしまった。

「トクさんってアンヌのモトカレ?」
「いやぁ、好きだったんですけど、告白してふられたんですよ。すみません」
「すみませんは僕の台詞でしょ。僕の妻があなたをふってすみません」
「いやいやいや、笙さんって……いや、正直……」

 言いにくそうに口ごもってから、トクさんは僕の顔をじっと見た。

「アンヌさんから聞いて、笙さんがうらやましいと思ったり、専業主夫なんてアンヌさんの負担になってるだけなんじゃないかと思ったりしたんだけど、今の話を聞いて嬉しくなりました。笙さんはアンヌさんの理想の夫なんですね」
「よくわかってるじゃん。その通り!!」

 はーっ、とわざとらしくため息をついたサダさんは、時代は変わったのぉ、なんて呟きながら厨房のほうへと行ってしまった。レティちゃんと胡弓に両側からもたれられているキホさんは、とろっとしたまなざしで僕を見た。

「私も笙くんみたいな旦那さまがほしいわぁ」
「キホさん、笙さんはアンヌさんのものなんだから、横恋慕はいけませんよ」
「ほしたら、トクさんでもええよ」
「いえ、僕も妻のものです」

 うんっ、もうっ、とか言いながら、キホさんがトクさんの顔に煙草のけむりを吐きかける。けほけほむせながらもトクさんは嬉しそうだ。
 後片付けをするためらしく、仲居さんたちが広間に入ってきたのをしおに、僕らも腰を上げた。キホさんがレティちゃんを抱き、抱かせてほしいと言うのでトクさんに胡弓をまかせる。

 外は寒くもなく、綺麗なまん丸お月さまがぽっかり夜空に浮かんでいる。月見煙草をやっていたらしいアンヌが、僕らを認めて手を振る。アンヌの機嫌も直っているようだ。トクさんと僕はわかり合えたのだから、アンヌとキホさんも仲直りして、胡弓とレティちゃんが楽しく遊べるといいな。

つづく








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専業主夫もそれはそれでいいと思いますけどね。
いいこと言ってますけど、専業主夫はそれはそれで忍従も必要。
色々大変な立場なんでしょうね。。。
誰かを支えるのも。。。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
故栗本薫さんの夫とか、ドラッグでクビになったミュージシャンとか、専業主夫って特殊な人しか知らないんですけど、どうなんでしょうね。

妻が忙しくて、夫が子育てと家事をやる。ごく普通の主婦程度にやってる主夫だったら、私もそれはそれでいいと思ってます。
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