ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSご当地ソング物語「本牧ブルース」

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フォレストシンガーズ

ご当地ソング物語

「本牧ブルース」

1・YUKI/25歳

 言葉だけだったら簡単だ。

「愛してる?」
「愛してるよ」

 ひとりふらっと、休日に出かけてきた横浜。この街には俺の好きな歌が似合う。俺がまだ生まれてもいないころにヒットした、刹那的な若者の恋の歌。そんなものに憧れるほど、俺は世間知らずではないけれど。

「名前、なんていうの?」
「タエ」
「俺はユキ」

 それだけでいい。それだけで心は通う……通っていると錯覚はできる。

「知らない同士でも心が通う
 なんにも言わないで抱きしめあおう
 それでいいじゃないか、愛しているなら

 名前も身の上も知らないけれど
 きみは僕の可愛い恋人なのさ
 それでいいじゃないか、愛しているなら」

 旅と呼ぶほどの距離ではない。旅と名づけるならば、男の俺と女のきみの心の距離のほうがずっと遠い、なんて、ガラにもなくかっこつけてみたりして。

 そんな横浜で、俺は彼女を抱きしめて歌う。
 本名かどうかもわからない、名前を知っただけの仲。タエちゃんはもしかしたらヤクザの情婦で、俺は美人局にひっかかろうとしているのかもしれない。サスペンス小説みたいな展開だって絶対にないとはいえないのに。

 なんで心が通うんだよ? なんで愛してるんだよ? なんで恋人なんだよ?
 そんなはずないじゃん。
 可愛いってだけでいいじゃん。

「好きだよ、タエちゃん」
「あたしも好きだよ、ユキちゃん」

 けれど、それでいいんだ。愛してる、の台詞はひとときの恋人たちには大切なものだから。
 
「昨日は昨日、明日は明日
 二度と来ない今日に、命を燃やそう」

 若者たちの命はベッドで燃やすもの。そうさ、きっと。


2・SHIGE/26歳

 そんなの、男に都合がいいだけじゃないか。幸生に聞かされた、横浜に本拠地を置いていたグループサウンズの歌、「本牧ブルース」。当時はフリーセックスだとかいう概念が生まれていて、進んでいるつもりの若者たちが実行していたのだそうだ。

 けれども、それで楽しいのは男だけ。女性は相思相愛の恋愛をして、結婚して家庭を作り、子どもも持って幸せになりたいものではないのか。

「幸生、そんな経験あるのか?」
「そんな経験? はて?」
「とぼけるなよ」
「そうねぇ、若かったころにはね……シゲさんにだってあるでしょ?」

 ないよっ!! と断言できないのは、俺にも馬鹿な見栄があるせいだ。
 若かったころって、幸生は二十五、俺は二十六。現在、若いではないか。とぼけるな。

 妙に苛々してしまうのは、しらばっくれている幸生の態度にだけだろうか。幸生にだったらそんな経験があってもなんの不思議もない。俺にはまったくないから、男として引け目に感じているのか、そんな経験したいか? いっぺんくらいは……いいや、俺はしたくない。

「歌手なの?」
「売れてはいないけど、そうだよ。俺の横にいる男も歌手」
「あら、そうなんだ」

 胸のうちで変な葛藤を繰り返していると、幸生と見知らぬ女性の会話が聞こえてきた。ハスキーヴォイスでアンニュイな空気をまとった、いかにも、って感じの女性。俺たちよりは年上だろう。マナと名乗った彼女は言った。

「私も歌手なのよ。時々この店で歌ってるの。あなたたちはプロなんだね。いいなぁ。どうやってデビューしたの? お話、聞きたいわ」
「行く?」
「ユキちゃんと? 悪い、私、ユキちゃんはタイプじゃないんだ。子どもっぽすぎるんだもの」
「見た目はガキっぽいだろうけどさ……」

 耳元に口を寄せてなにか囁き、幸生は彼女をくすぐったがらせている。が、彼女は幸生の頭を手で押しのけてしまう。ちぇっ、と言いたそうな幸生の顔が痛快だった。

「シゲさんのほうがいいな。ね、どう?」
「は? は? 俺? 俺、ですか?」

 狼狽している俺を見て、おー、シゲさんがもててる、と幸生は笑った。

「行けば? 邪魔者は去るからさ」
「……いや……」
「女性に恥をかかせる気?」
「いや、いやいや、そんな気は……」
「千載一遇のチャンスだよ。シゲさん、女性にナンパされてるんだよ。行け、シゲ」

 断られている幸生を見て俺は痛快に感じたのに、幸生は喜んでくれるのか? 罪悪感がかすめ、俺ってずれてるのかな、とも思っていた、

「……いや、そんな……」
「めんどくさっ」

 吐き捨てるように言った彼女が席を立ち、幸生も呟く。あーあ、シゲさんがもたもたしてるからだよ。

「いや、本気じゃなかったんじゃないのか? 女性があんなことを言うなんて、俺は信じられないよ」
「女だっていろいろだよ。あ、これも本牧ブルースだ」

 ハスキーな女性の歌声は、マナさんが歌っているのだろうか。

「女は嘘つき そして愛のけだもの
 だから何度でも恋ができるの
 私の髪にジャズがからみつく
 あなたは誰? ここは本牧ブルースよ」

 ほらね、と幸生がウィンクする。しかし、歌はこう続いた。

「このままどこかへ連れて逃げてほしいと
 言って困らせてまた諦める
 ハーバーライト、窓に爪のあと
 あなたは誰? ここは本牧ブルースよ」

 どうしても俺には、こっちが本音だと思えてくる。そう思いたいのは、俺の女性に対する幻想なのだろうか。

END








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~ Comment ~

NoTitle

会って3日で結婚!!て人もいましたしね。
そういうのもアリだと言えば、アリだと思いますよ。

まあ、私の本音から言えば。
私は用心深いので、色々と考えてから行動しますが。
若さがなくなってきているかな。。。

思いで行動するのが若ささ!!
(/・ω・)/

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

用心なんかしないで、勢いにまかせて突っ走るのが若さ。
それは言えてますよね。
私も昔は、石橋をたたきながら渡る性格だったんですけど、最近はそんな勢いないです。

結婚も勢いでしたほうがいいとかいう説もありますよね。
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