ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSご当地ソング物語「銀座の恋の物語」

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フォレストシンガーズ

ご当地ソング物語

「銀座の恋の物語」

1

 デュエットして下さいっ!! と声が飛ぶ。
 やろうか? と視線で誘ってみても、美江子はいやだっ!! とばかりにかぶりを振る。美江子だって合唱部出身で歌は下手ではないのだが、学生時代からあまり歌いたがらなかった。

「だったらなんで、おまえは合唱部に入ったんだ?」
「人前で歌ったら度胸がつくかなって」
「おまえ、度胸あるじゃないか」
「ゆかりもそう言ってたけど、度胸なんかないよ」

 ゆかりとは、美江子が入学して間もないころにキャンパスで合唱部のパフォーマンスを見学していたときに、となりにいた女の子。のちに美江子と仲良くなって、そののちには一時期、俺の彼女にもなった。

「だけど、合唱部に入ってよかったな。おかげで本橋くんと乾くんと友達になれて、こうして仕事にもなってるんだから」
「俺と結婚もできたし?」
「それはあなたのほうが、よかったな、でしょ?」
「おまえはよくなかったのか?」

 うふん、なんて笑っていたから、美江子だって俺と結婚できて嬉しいはずだ、と解釈しておこう。
 
 度胸をつけたいからというよりも、持ち前の度胸をパワーアップするためだ。美江子はそのつもりで合唱部に入部し、社会人になると我々フォレストシンガーズのマネージャーになった。山田さんも合唱部出身? 歌って下さいよ、と言われることもあるようだが、いつだって拒絶している。

 ごくごく稀に、俺たちだけしか聴いていないときだけ、美江子も歌うことがある。ややハスキーな低めの声は俺は好きだが、歌手ではないのは事実なのだから、美江子が人前で歌う必要はない。

「だったら俺とデュエットしましょうか」
「おまえとなんて俺がいやだよ」

 男と女のデュエットソングは世にあまたある。そういった歌を幸生とデュエットなんかしたくない。ひどいわひどいわ、と泣き真似している幸生の横から、別の人物がしゃしゃり出てきた。

「本橋さん、私とデュエットしましょうよ」
「……は、あ、ああ」

 ここで拒否すると、痛くない腹を探られる……というよりも、腹がまったく痛くないわけではない女だ。彼女のほうだってあの一夜を憶えているのだろう。

 すべてを憶えているかどうか、自信はないのだが、若いころの遊びの恋はけっこう記憶にある。相手はさっぱりした女ばかりだったはずで、そのせいでどうこうという経験はないが、たまにこうして冷や汗をかかされる。なんだってこの女がここにいるのだろうか。

 何度かのライヴが一区切りついたときなどにやる、打ち上げの席。フォレストシンガーズのメンバーとマネージャーの美江子とスタッフたちと。他にもミュージシャンたちやゲストも出席しているが、誰かがリリを招待したのだろうか。彼女がこの席にいるとも、俺はたった今まで知らなかった。

「銀恋がいいな」
「あ、ああ、では、お願いします」

 つっと身を寄せてきて、リリが囁く。安心していいからね、と。
 ああ、心配なんかしていないよ。俺は丹田に力を入れて歌いはじめた。

「心の底まで しびれるような
 吐息が切ない ささやきだから
 泪が思わず わいてきて
 泣きたくなるのさ この俺も

 東京で一つ 銀座で一つ
 若い二人が 初めて逢った
 真実の恋の物語」


2

 いいムードだね、なんて誰かが言っている。本橋真次郎が歌がうまいのは当然だが、リリさんも表現力も情感もたっぷりで、私から見たら本橋くんに向ける流し目が色っぽすぎて気持ち悪い。

 人気商売なのだから、女性と関わる機会だって頻繁な仕事なのだから、いちいち嫉妬していたら身が保たないけれど、女の勘よ。リリさんと本橋くんの間にはなにかあったはず。過去だったら不問に付す。私にだっていろいろいろいろ、あったのだから。

 三十すぎて結婚したカップルには、いろいろあって当然なのだから、過去は切り捨てていればそれでいい。
 
「誰にも内緒で しまっておいた
 大事な女の 真心だけど
 貴男のためなら 何もかも
 くれると云う娘の いじらしさ

 東京で一つ 銀座で一つ
 若い二人の 命をかけた
 真実の恋の物語」

 それにしても気分悪いなぁ。リリさん、私の夫にあんまりくっつかないでよ。


3

細かい部分は覚えていないが、仕事がらみで知り合ったリリとホテルに行ったのは一度だけだ。当時の彼女は売れないタレントだった。

 売れないシンガーだった俺が仲良くなる女は、同類の売れないタレントのたぐいが多かった。モデルやらシンガーやら、時にはメンズファッションの店やCDショップのスタッフやらもいた。本気で好きになって告白したり、どちらからともなく流れでホテルに入っただけだったり。

 学生時代の後輩と再会してホテルに入り、あとになってじわじわっと悔んだりもした。

 遊びのほうのひとり、リリ。
 彼女は美容評論家として有名になり、もともとタレントだったのだからテレビでもそつなくトークをこなして人気者になっている。昔よりも美人になったのは、美肌や化粧の専門家なのだから当然か。

「やさしく抱かれて 瞼をとじて
 サックスの嘆きを 聴こうじゃないか
 灯りが消えても このままで
 嵐が来たって 離さない

 東京で一つ 銀座で一つ
 若い二人が 誓った夜の
 真実の恋の物語」

 ほんとの恋の物語……ほんとなんかじゃないし、一瞬たりとも俺の中には「恋」なんかなかったけれど、それを言ってもはじまらない。ベッドをともにしたのは事実だ。

 これは罪。いつか罰が……。
 若かったころにちらっと考えていたその罪が、こうして今、ふりかかっているのか。なかったことにはできない若かったころのあれこれが、どーんっと俺の肩にのしかかってきている気分だった。

END










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~ Comment ~

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ご当地ソングってありますよねえ。
やはり昔を思い出す歌ってありますよね。
若さゆえの過ち・・・。たくさんありますよね。
そういうのも笑って、思い出すのが歌っていう素晴らしいものですよね。。。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

ご当地ソングで歌われる土地、一位東京、二位大阪、三位長崎、だったはずです。
意外に神戸はほとんどないのだとか。
中部地方はたいへん少ないのだとか。
調べてみると面白いです。

若気の過ち……笑って思い出される程度だったらいいですよね。
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