ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS一日の物語「おやすみなさい」

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フォレストシンガーズ

一日シリーズ

「おやすみなさい」


 メジャーな観光地の高級ホテルだと、有名人に遭遇する場合があるという。都会の旅行専門学校に通っていたころには、講師の先生がそんな話をしていた。
 作家や芸能人、政治家など。テレビに出ていないひとは一般的にはそれほど顔を知られていないから、一発でわかるのはやはり歌手や俳優やお笑いのタレントだろうか。

 このひと……どこかで見たことがあるんだけど、誰だっけ?
 サプリメントのCMに出ていたひとかな? 街頭インタビューみたいな形に作って、二日酔いの朝にこれを飲むと元気溌剌、みたいなことを言っているひとだっけ?

 観光地ではあるのだが、マイナーなところだから小さなホテルだ。高級でもなくてビジネスホテルクラス。そんなところに泊まるのはその程度に顔を知られている人間か。私が働くホテルのフロントで、宿泊者のための用紙に記入している男性を見て、私は頭をひねっていた。

「三沢幸生、自由業
 東京都○○区……三十三歳」

 きっとそう。
 ああいうコマーシャルに出演しているのは、名もなき演劇人のような気がする。詳しくは知らないが、ドラマや映画に出るほどでもなく、趣味のような感じで劇団に所属しているひとのアルバイト。私は勝手にそう決めていたから、三沢さんもそういう人種なのだろうと決め込んだ。

「こちらのお部屋になります。キーはこちらです」
「はい、ありがとう」
 
 三十三歳にすれば若く見えるのは、小柄でほっそりしていてこざっぱりしているからだろうか。声が高いせいもあるのだろうか。小さなバッグを持った三沢さんにキーを手渡すと、彼はにっこりしてエレベータに向かっていった。
 
「あら……」
「あれ? ホテルのフロントのお姉さん?」
「え、ええ」

 その日は早番だから夕方には上がって、食事をして帰ろうと街に足を向けた。小さな繁華街のある駅前通り、ちょっとしたレストランや飲み屋はこのあたりにしかないから、宿泊客も自然にこの街に集まる。時々訪ねる食事もできる居酒屋で、三沢さんと会った。

「仕事はおしまい? 客と同席したらいけないのかな?」
「プライベートタイムだからかまいません。ご一緒していいんですか」
「ご一緒してくれると嬉しいな」

 愛想よく誘ってもらったので、私は三沢さんのむかいの席にすわった。

「新藤美冬さんか、いい名前だね。美冬ちゃんって呼んでいい?」
「ええ、どうぞ」
「この店のオススメってなにかある? このへんの名物料理とかってあるのかな?」
「名物といえば、近くの湖で獲れるニジマスフライくらいですかね」
「それ、うまい?」
「まあまあですね」

 虹の湖と呼ばれている小さな湖。私の町にあるものはなんでも小さい。雨上がりの虹がかかると素晴らしく美しいとネットで評判になった湖を訪れる観光客が増えてきたから、私にも働く場所ができた。

 フライやサラダやピザなどをオーダーして、料理を食べて軽いお酒を飲む。明日は休みだから遅くなってもいい。私は三沢幸生の正体が知りたくて探りを入れる。さりげなく探るつもりが、はっきり言ってしまった。 

「サプリメントのCMに出てるんじゃないんですか?」
「……ぎく、わかる?」
「やっぱり……そうだと思ったんだ。とすると劇団員?」
「劇団員じゃなくて売れないミュージシャンだよ」
「へぇぇ、ミュージシャンもあんなバイトをするんですね」

 それでも芸能人なのだから、私の世界にはいない人種だ。私は音楽にはあまり興味はないが、ミュージシャンというと歌手ではないのだろうか。楽器を演奏するひと?

「いや、シンガーもミュージシャンの一種だよ」
「プロなんですよね」
「一応はね」

 そんなひとと寝てみたい。芸能人とベッドをともにしてみたい。強烈な欲望が沸き起こってきた。
 芸能人だからといっても、生理的に嫌悪感を持ってしまうような男はいやだ。三沢さんは特に好みでもないけれど、嫌いなタイプでもない。恋人になるのでもないのだから、背が低くても売れてなくてもかまわないし。

 でも、私からアプローチするなんてものほしそうでいやだ。どうしたら彼が誘ってくれるんだろう。気が散って、三沢さんの話をあまり聞いていなかった。

「三沢さん、なにしにここに来たんですか」
「休暇だよ。虹色の湖って歌の舞台はここなのかなって思って見にきたんだ」
「虹色の湖って歌があるの?」
「古いから、美冬ちゃんは知らないだろうね」

 幸せが住むと言う虹いろの湖 
 幸せに会いたくて旅に出た私よ

 ほんとに歌手なんだ、と信じられるくらいに、彼の歌はとっても上手だった。

「このへんの店って、閉店が早いの。もうオーダーストップだね」
「そっかあ。もっと美冬ちゃんとお喋りしたいけどね」

 これはチャンス。私は思い切って言った。

「私のマンション、近くなんですよ。明日は休みだから……」
「ん? 女の子が得体のしれない男を部屋に連れてくの? 無防備だね。俺をそんなに簡単に信じていいのかな」
「……嘘、言ってるの?」
「嘘は言ってないけど、誇張の反対は言ってるかもしれないよ」

 意味がわからなくて、私は不機嫌な顔をしていたはずだ。三沢さんは立ち上がり、伝票を手にした。

「楽しかったよ。明日は休みなんだったらもう会うこともないだろうけど、元気でね」
「……えと……あの……」
「もちろん、俺が払うから」
「……あの、ごちそうさま」
「どう致しまして」

 なんだかとてもとてもはしたなかったのかな。それとも、怒っていいところ? 女に恥をかかせるの?! って。
 はじめてのシチュエーションだから、どうしたらいいのかわからない。外に出ると、三沢さんは言った。

「おやすみなさい。キスしていいかな」
「え、えと、いいよ」

 ちょっとだけ身をかがめて私の鼻先にキスをして、三沢さんはホテルのほうへと歩いていってしまった。あれってなんなんだろ。わかりづらい人だな。

「あーっ?!」

 それから一ヶ月近くがすぎて、忘れかけていた三沢幸生をテレビで見た。

「こんばんは、フォレストシンガーズでーす」
 
 この特徴のある高い声を忘れるわけがない。深夜に帰宅してつけたテレビの中で、彼は全部で五人いるフォレストシンガーズのメンバーから、幸生、幸生と呼ばれていた。

「フォレストシンガーズって……」

 聞いたことはあるが、音楽に興味のない私はよくは知らない。インターネットで検索してみると、公式サイトもファンクラブもファンサイトもある。なかなか売れているグループなのだった。

「嘘は言ってないけど、誇張の反対は言ってるかもしれないよ」

 誇張の反対ってこういう意味だったの? 売れないミュージシャンじゃなくて、けっこう売れているミュージシャンだから?

「う……そうだったのか」

 売れてるんだったらよけいに寝てみたかった。寝るだけじゃなくて彼の恋人になりたかった。おやすみなさい、だけで別れたあの夜が、たまらなく惜しくなってきた。

END









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