ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「け」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語2

「けふこえて」

 ダイエットしたいのならインスタントラーメンなんか食べるな、という話であるが、それを言ったらおしまいなので、希恵が勤務する食品会社では、ダイエットインスタントラーメンプロジェクトを立ち上げた。

「本庄さん、課長昇進おめでとうございます」
「え?」
「辞令が廊下に貼りだしてありましたよ」
「あ、ああ、そうなんだ」

 教えてくれたのは三河出身の田中良夫、二十代にすれば古風な名前を持つ部下だった。
 大学を卒業してからこの会社に就職して、約十五年。希恵はインスタントラーメン部門ひとすじに勤務してきて、初の課長職だ。このたびのダイエットラーメンプロジェクトの責任者ということになった。

 田中の提案で、彼の故郷、愛知県額田郡にも宣伝に出向いた。田中の生家はコンビニを経営していて、そこにも希恵と田中のふたりで訪問した。田中の母親に誤解されて大変だったのだ。

「急にそんな年上の女を連れてきて、母ちゃん、そんなの許さんよ。前もってなーんにも言わんと、突然こんな年上の女と結婚なんて、絶対に許さんよ」
「ちがうんだよ。本庄さんは俺の上司だ。仕事で来たんだよ」
「女が上司だなんて、嘘ついたってだまされんよ」

 頑なな母親に田中が必死で弁明し、やっとわかってはくれたものの、今度は母親はこう言った。

「情けない。男のくせにあんたは女に使われてるんか」
「俺は入社二年目で、本庄課長は十五年だよ。社歴がちがいすぎるんだから当然だろ」
「あんたの会社もたいしたことないね。女に課長をやらせるなんて、じきに潰れるんじゃないのかね」
「うちの店だって母ちゃんが社長みたいなもんだろ」
「父ちゃんの甲斐性がないからだよ。あんたの会社も同じようなもんかね」

 無茶苦茶を言う母親に、田中も冷や汗をかいていた。

 女性の部下とともに新規開拓をしていると、男に来させろ、あんたんとこの会社はうちをなめとんのか、と言われる。

 男性の部下とともに訪問すると、担当者が彼にばかり話しかけて、希恵をアシスタント扱いする。部下が気を使って、あのぉ、本庄が私の上司なのですが……と言ってくれることもある。名刺にきちんと書いてあるのに、田舎のオヤジはそこまで見ていないのである。

 田舎の商店主を相手にしている営業マンなのだから、希恵としてはそんなことには慣れていた。が、田中の母親にはいささか呆れ、部下の身内の店には二度と行かないと決めた。

「すみません、うちの母ちゃんは思い込みが激しくて」
「母親って思い込みが激しいものだけどね、田中くん?」
「はいっ」
「公的には、うちの母が、って発言しなさいね」
「……すみません」

 しきりに恐縮していた田中には、希恵としても悪感情は抱いていない。人なつっこくて如才ない田中も、希恵になついていた。

「課長、今日は外出しないんですか」
「今日は内勤だよ」
「じゃあ、ランチ、ご一緒しましょうよ。課長はもちろん知ってるんでしょうけど……」
「なんのこと?」
「弟さん」
「弟がどうかした?」
「ありゃりゃ、知らないんですか。だったらよけいだよ。お昼、行きましょうよ」

 額田郡に出張したときに、田中は希恵にもうひとつ提案をした。

「課長の弟さん、フォレストシンガーズの本庄繁之さんなんでしょう? 新製品のCMソングをフォレストシンガーズに作ってもらって歌ってもらうってどうですか」
「ラーメンだからねぇ、どうだろ」

 むろん営業担当者の一存で決められるものではないが、希恵としてはフォレストシンガーズにインスタントラーメンのCMソングは似合わないと思ってしまう。弟の繁之はラーメンが大好きだが、フォレストシンガーズのイメージを損なうのではないか。

「でも、ダイエットラーメンなんだから女性向きですよ。フォレストシンガーズは女性ファンが多いでしょ。本庄繁之さんのあの低い声で、囁くように歌ったら受けそうですよ」
「田中くん、フォレストシンガーズをよく知ってるみたいね」
「ファンですから」

 三重県の酒屋の長女として生まれた希恵は、名古屋の大学に進学した。就職も名古屋でしたので、十八歳からは名古屋でひとり暮らしだ。三つ下の弟は東京の大学に進み、合唱部の先輩、後輩と五人でフォレストシンガーズを結成し、繁之が二十三歳の年にデビューした。

 はじめて希恵がフォレストシンガーズの面々に会ったのは、彼らがデビューして間もないころだったはず。本橋と乾に紹介してもらい、繁之も含めての三人で歌う「アニー・ローリー」を聴かせてもらった。

 長らく売れなかったフォレストシンガーズだが、希恵はスケジュールさえ合えばライヴにだって行っている。本橋と名古屋のスポーツジムにあるプールで一緒に泳いだり、三沢とふたりでお茶を飲んだり、楽屋を訪ねていって乾に、これ、いいですよ、と言われて短歌集をもらったりもした。木村とも……なにかあったかもしれないが記憶にはない。

 彼ら五人全員と、あるいはマネージャーの山田美江子も加えて、食事をしたこともある。
 あのもてなかった弟がテニス選手と結婚し、息子もふたりできた。

 東京と名古屋、遠距離姉弟だからめったに会う機会もないが、弟一家とは多少の交流はある。繁之の婚約者だった恭子が挨拶にきたときには希恵も同席し、結婚式に参列もした。長男のときにも次男のときにも出産祝いを持って会いにいった。

「姉さんは結婚は?」
「私のことは気にしなくていいからね。広大や壮介に老後の面倒を見てなんて言わないよ」
「そんなことは言ってないけどさ……」

 気を使っているらしく、弟も近頃は、姉さんは結婚しないのか、とは問いかけなくなっている。
 私生活ではそんなふうだが、フォレストシンガーズのメンバーの姉なのだからして、希恵は彼らとは知らない仲ではない。フォレストシンガーズもじわじわ売れてきていて、いつかはこんなこともあった。

 実家に帰省していたら、見知らぬ若い女性がふたり、店を覗いている。声をかけてみたら、シゲさんのご両親が経営している酒屋さんを見てみたかった、との答えだった。彼女たちと一緒に写真を撮ったから、ひょっとしたらネットに出たかもしれない。

 けれど、田中の提案、フォレストシンガーズにインスタントラーメンのCMソングを、との企画は会社にも、本人たちにも打診はしなかった。

「繁之が作曲してソロで歌うっていうのだったらいいかもしれないんだけどね」
「それ、頼んでみてほしいなぁ。だけど、先に会社に言わないといけませんね。ところで……」

 ふたりで昼食に出かけた洋風レストランで、田中はスマホを開いてみせた。

「これこれ、見て下さい」
「なになに」

 スマホの画面には、「フェミラン、創刊!!」と大きな文字が躍っている。フェミニンランニングの略語のようなものだそうで、女性ランナーのための雑誌が創刊されたのだった。

「俺は別にマラソンに興味はないんですけど、スポーツ系の雑誌だから、俺が買おうとした雑誌と同じ棚に並んでいたんですよ。ほんとに課長は知らないんですね」
「なんのことだかわからないけど、この雑誌がどうかしたの?」
「女性向きの雑誌だから恥ずかしくて買えなかったんだけど、創刊号の表紙、右にスクロールしたら出てきますよ」

 言われた通りにしてみると、ツーショット写真があらわれた。ジョギングウェア姿でストレッチをしているのは、どこかで見たことのある可愛い女性だ。彼女の横でスクワットをしているのは、がっちりした男性。彼もどこかで見た覚えはあった。

「ふたりともアスリート?」
「いやだなぁ。姉さんの反応がそれなんですか」
「姉さん?」

 笑われてまじまじと見る。まじまじ見てもわかりにくいので、写真を拡大した。

「課長、老眼ですか」
「こら、私はまだそんな年じゃないよ」
「わかりません?」
「んんと……この女性は……そうそう、マラソン選手のなんとかってひとだね」
「本栖サエですよ。女性はいいんだけど、男のほうは?」
「誰よ、見たことあるけど知らないよ」

 わざとらしくがくっとしたポーズをしてみせてから、田中は言った。

「じゃ、帰りに本屋に寄りましょうか」
「そんなに真剣に見なくちゃいけないの?」
「課長には見る義務があります」

 なに言ってんだ、こいつ、とは思ったが、食事をすませても昼休みの残り時間はあったので、近くの書店に立ち寄った。一軒目には「フェミラン」がなく、二軒目で見つけたその雑誌を田中が買った。残り時間に余裕がなくなっていたので、雑誌を買ってダッシュで職場に戻らなくてはいけなくて、表紙はあとで見ることにした。

「本庄さん……」

 午後一番の仕事を片付けると、希恵は書店の袋ごと「フェミラン」を抱えて喫煙室に入った。フォレストシンガーズの面々も希恵の喫煙は知っていて、各々、こんなふうに言っていた。

「俺は煙草を吸う女って好きじゃないんだけど……」
「本橋さんが嫌いでも、私には関係ないけどね」
「ま、そうですよね」

「希恵さんは喫煙ポーズがさまになってますね」
「ありがとう。その褒め方ってあまり嬉しくはないけど、乾さんらしいセリフって感じ」
「意味深な反応ですね」

「きゃ、希恵さん、かっこいい。俺が希恵さんの煙草になりたいよ」
「……かっこいいかしらね? 煙草なんてみっともないって言われるよ。三沢さんも吸うからなの?」
「そうそう。煙草は今や悪。悪はかっこいいのです」

「煙草なんかやめるのは簡単ですよ」
「ああ、木村さんも前には吸ってたのね。簡単なんだったらやめたくなるまでは吸うわ」

「姉さん、まだそんなもん吸ってんのか?」
「吸ってるよ。悪い?」
「金の無駄だろ。身体にもよくないよ」

 なんと言われても、希恵は現時点では禁煙するつもりはない。嫌煙家の圧力に屈したくないひねくれ気分もあった。喫煙所にいた女性は経理の山根。彼女は喫煙しないはずだが、なぜかそのへんにあった灰皿を洗っていた。

「こんにちは、山根さんがそんなことをなさってるんですか」
「今、暇なのよ。それよりも本庄さん……」
「はい?」

 先輩である山根は、希恵よりは十近く年上か。希恵は営業のお局予備軍、山根は経理のお局、と陰では言われているらしい。

「年下の男性にちょっかい出すのは感心しないわね」
「ちょっかい?」
「噂になってるわよ。最近の若い子って下品なのよね。本庄さんが田中くんを食ってしまおうとしているって……」
「あんなの食いたくないですけどね。私にも選ぶ権利はあるから」

 冗談めかして言いながら、希恵は書店の袋から雑誌を取り出した。

「選ぶ権利って……そりゃ、本庄さんは私よりは若いけど、謙虚にならないと結婚相手なんか見つからないわよ。私はもう手遅れかもしれないけど、三十代のうちはまだなんとかなるんだから、還暦あたりで、子持ちバツイチ、八十代のお母さんと同居ってくらいで妥協したら、まだお嫁に行けるんじゃない? あんな若い男の子にちょっかい出してると評判が悪くなって……」

 ご忠告、感謝します、と呟いて、希恵はテーブルに雑誌を載せた。

「世間の評判が悪くなると、縁遠くもなるのよ」
「山根さんは世間の評判、いいんじゃありません? あ、あーっ!! 繁之っ!!」
「へっ?!」
「すみません。別件です」

 別件で叫んだので気を悪くしたのか、山根は喫煙室から出ていってしまった。希恵は「フェミラン」の表紙を改めて凝視する。繁之がこんな雑誌の表紙に? 希恵はまったく聞いていない。父や母が知っていたとしたら、少なくとも母が希恵に連絡してくるだろうから、繁之は両親にも告げていないのだろう。

「へぇぇ、出世したもんだね」

 まるっきり売れなくて苦労していた「昨日、今日」を越えて、繁之はここにたどりついたのだろう。ストレッチをしている女性の横でスクワットをしている繁之の、照れたような表情が好ましく映る。誰もいなくなった喫煙室で、希恵は弟の写真に話しかけた。

「私もあんたに負けてられない。縁遠くなんかなったっていいのよ。田中くんが私にああやってなついてくるのが、ちょっかい出すってことだと思ってる人には思わせておくさ。私もあんたに負けないように、出世してみせるからね。田中くん、教えてくれてありがとう」

 ついでに、田中くんにもお礼を言っておいた。

END






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~ Comment ~

NoTitle

「煙草なんかやめるのは簡単ですよ」
「ああ、木村さんも前には吸ってたのね。簡単なんだったらやめたくなるまでは吸うわ」
↑このセリフに気持ちがリンクしてしまいました。笑
簡単だって言われちゃ、そう言い返したくなりますよ^^

夢月亭清修さんへ

コメントありがとうございます。

夢月亭清修さんは喫煙経験おありですか?
私はあります。
やめてしまえばわりと簡単に禁煙できたな、と思っていまして、章が私の実感を代弁して、各地で物議をかもしております。

喫煙、むずかしいのかな?
人によるのかもしれませんね。

NoTitle

私は煙草を吸ったことがないから分からないですね。
家族全員吸わないですからね。。。
それに家にいることが多いですからね。
代わりに酒はたくさん飲みますけど(笑)。
アルコール依存症ぐらい飲んでいるなあ。
多分、一生やめれないんだろうなあ。。。

LandMさんへ

いつもほんとにありがとうございます。

その昔、産婦人科医に言われたという話を読んで、私もびっくりしました。
妊娠中に太りすぎるとよくないので、煙草を吸うのはダイエットになっていいですよ、と。
本当かなぁ。都市伝説かな?

昭和の時代のドラマや映画など見ると、成人男性はほぼみんな吸ってますよね。女性で吸うのはちょっとはすっぱ、だったりする設定のようですが。
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