ショートストーリィ(しりとり小説)

156「ラズベリー賞みたいな」

 ←FS一日の物語「One day」 →いろはの「け」part2
しりとり小説

156「ラズベリー賞みたいな」

 キラキラネームだのシワシワネームだのと呼ばれるようになったのはごく近年のことで、翔子の世代には奇抜な名前はそれほど流行ってはいなかった。昭和半ばごろから芸名のような名前が増えてきたとの説もあるが、翔子さんって派手な名前ね、などと言われるほどなのだからたかが知れている。

「ノンさん? ニックネームじゃなくて?」
「そうだよ。ノンっていうの」
「どんな字書くの?」

 ぽってりした身体つきのノンは、翔子とは同年代に見えた。

「否定の否」
「否って書いてノン? ……素敵な名前ですね」
「でしょう?」

 変な名前ですね、とも言えないので、翔子も名乗った。

 いわゆる歴女が集うサイトのオフ会で、戦国時代のイケメンゆかりの地を歩こうという企画がある。イケメンだったかどうかなんて肖像画が残っていても不明なのであるが、そこはそれ。イケメンだと想定しておけばいいのだ。

 その企画のひとつ「朝倉義景」に翔子は参加することにした。初夏の若狭路を歩くのも魅力的だったし、それほどにメジャーでもないから、参加者が多数すぎたりもしないだろうと思ったのだった。

 天気が良くて気持ちのいい朝だ。事前に参加者は五人だと聞いていたのだが、ノンと翔子以外には誰も待ち合わせ場所にあらわれない。集合時間がすぎたら出発するとの約束もあったから、やむなくノンとふたりで歩き出した。翔子は資料を広げ、ノンはスマホを開いた。

「どこに行きます?」
「翔子さんにおまかせするわ」
「ノンさんってどこからの参加ですか」
「東京だよ」
「あ、私も」

 休日に歴史的な土地を訪ねるのだから、相当な歴女なのだろう。翔子だって好きだから参加したのだが、ふたりぼっちでは意気が上がらない。誰も来ないんだね、講師みたいな先生もいないんだね、学術的な集まりじゃないからこんなもんか、などと不満な気分になってきた。

「お城かお墓かな。どっちがいいです?」
「うーん、どっちでもいいかな」
「なんだか暑くなってきたよね。一休みしましょうか」
「だよね」

 どうもノンからは熱意が感じられない。
 以前に翔子は織田信長一族ゆかりの地をめぐるツアーに参加した。あのときは大人数すぎた上に、範囲も広くて疲れてしまったのだが、歴史学者の先生も同行してくれ、参加者もすこぶる熱心な人がそろっていた。

「織田家ゆかりの人の中には浅井、朝倉もいるじゃない」
「あざい?」
「代表格は浅井長政」
「あさいじゃないの?」
「あざいですよ」

 あなたの知識も浅いのね、と翔子はシャレを言いたくなって我慢した。

「浅井長政とお市の方が……」
「おいちって誰だっけ?」
「織田信長の妹よ」
「ふーん」

 これが歴女の反応だろうか。気が抜けそうになってきた。

「茶々が……」
「ちゃちゃ? 変な名前」
「淀君だよ」
「あ、聞いたことがある」

 そのたぐいの反応ばかりされて、翔子はとうとう尋ねた。

「ノンさんってほんとに歴史が好き?」
「嫌いじゃないってか、モトカレがね……」
「モトカレが好きだったの?」
「そうなんだ。モトカレが歴史好きで、私にも教えてくれたのね。私は歴史が好きってよりはモトカレが好きだったの。彼はかっこよかったから、歴史の好きな男にはあんなのがたくさんいるのかなって」
「だけど、あのサイトは女性向けでしょ」

 戦国武将の誰かと誰かをボーイズラヴカップルにしているイラストが大人気だったりするのだから、男性ファンは辟易しそうなサイトなのだった。

「そんなの知らないもん。モトカレが歴史のサイトっていっぱいあるから、勉強しろって言うから見てただけだよ。いっぺん歴史ツアーってのにも行ってみようかなって」
「朝倉義景を選んだのはなぜ?」
「モトカレが朝倉って名前だったから」
「ああ、そう」

 このツアーに参加したのは大きなまちがいだったと、翔子は気づいた。

「翔子ちゃん、おなかすいちゃったよ。翔子ちゃんはとっても詳しそうだから、いろいろ教えて。お昼を食べにいかない?」
「いいんだけど……モトカレなんでしょ。モトカレのために歴史の勉強をするの?」
「歴史の好きな男ってかっこいいんだよね。モトカレみたいな新しい彼ができないかと思って」
「……いいけどね」

 だったら歴女向けサイトはふさわしくないのではないか、と言おうかとも思ったのだが、こんな動機で男性向け歴史ファンサイトのオフ会に参加する女がいると迷惑だろうと、思い直した。

 その日は福井市の繁華街に移動し、カフェやレストランをはしごしてお喋りの半日となった。暑いから歴史ツアーなんかいやだな、とノンが言ったのもあれば、彼女とふたりで歴史スポットをめぐったら、翔子はガイドみたいになるしかない、しかもノンはきっとつまらなそうにしかしないだろうと思ったからもあった。

「今日は楽しかったね。翔子ちゃん、ケータイのメルアドを教えてよ」
「ああ、いいよ」

 年齢は翔子がノンのひとつ下。ふたりともに三十歳をすぎたばかりで、ただいまは独身だということもわかり、歴史とは無関係な会社で働く派遣社員だということもわかり、翔子としては親近感を覚えた。現在派遣されている会社もかなり近いから、メルアドを交換してまた会おうと約束した。

 日帰りツアーなのだから、その日のうちに東京に帰った。

 三十歳をすぎて新しい友達ができるのは貴重だと翔子は思う。ノンは無知ではあるが歴史に興味はあるわけだから、いろいろ教えてほしいと言っているのだから教えてあげよう。

「翔子ちゃんってどこに住んでるの?」
「顕如って駅、知ってる?」
「地下鉄顕如線の顕如?」
「そう、そこ」

 その次にふたりで会った際には、細かいプライベート話になった。

「ひとり暮らしだって言ってたよね?」
「うん」
「ハイツみたいなとこ?」
「一応はマンション」
「なんてマンション?」

 マンション名を口にすると、ノンはスマホで調べていた。繁忙期でもないので派遣社員は残業はしなくてよく、定時で帰れた夕刻だ。リーズナブルなイタリアンレストランにはほどよくお客がいた。

「ここ、だよね?」
「そうだよ」

 見せられたスマホの画面を一瞥して翔子がうなずくと、ノンは口をとがらせた。

「こんな大きなマンションに住んでるんだ。賃貸?」
「一応は持ち家」
「翔子ちゃんって給料いいの? 派遣っていっても専門職?」

 えらく突っ込んだ質問をしてくるものだと思いはしたが、深く考えずに答えた。

「一般職だから、ノンちゃんと給料は変わらないんじゃないかな」
「そしたらなんでこんなマンション持ってるの? 親の?」
「私の」
「……なんで?」
「んとね、前の旦那が慰謝料としてくれたのよ」
「前の旦那?」

 旦那ぁ?! とすっとんきょうな声を上げられたので、翔子はかすかに腰を浮かせた。

「言ってなかったよね。私、バツイチなの」
「独身じゃないじゃん。ずるい」
「ごめんね。今は独身だから」
「慰謝料って、前の旦那が浮気したとか?」
「うん、まあ、なんだかだと事情があったのよ」
「教えてくれないの? ずるい」

 ずるくはないでしょ、他人には言えない事情もあるのよ、との意味を込めて、翔子は微笑む。性的にも家庭的にも大きな問題を抱えているのを隠して結婚した元夫は、口止め料と慰謝料として翔子にマンションを譲渡した。買ってくれたのは元夫の祖父だったのだが、知り合って間もないノンに話せるような単純な事情ではなかった。

「じゃあ、翔子ちゃんは一度は結婚してるんだ」
「まあね」
「それで翔子ちゃんって余裕のある感じなんだよね。なんか余裕をもって趣味に生きてるみたいだもん。他にはどんな趣味があるの?」
「アクセサリー作りも好きだな」

 アクセサリー? ださっ、とせせら笑ったノンは、これよ、と翔子が示したピアスを見て眉をしかめた。

「それってニセモノの金?」
「一応は18金。彫金なんかもやってるの」
「本物の金? そんなの作れるの? ずるーい、私にも作ってよ」
「人のものを作れるほどの腕じゃないから」

 福井での初対面のおりにも、ノンは二言目にはずるいと言った。カフェで翔子はホットカフェオレを、ノンはフルーツフラッペをオーダーしたのだが、冷房が効きすぎててフラッペは寒い、翔子ちゃんはあったかいの飲めてずるーい、だった。

 昼食の際にも、翔子ちゃんのチキンソテーおいしそう、ずるい、と言った。ノンのハンバーグはまずかったのだそうで、一口食べる? と尋ねると、食べ物をシェアするのって嫌いなんだ、との答えだった。

 癖のある女性だとは思ってはいたが、よいほうに考えれば、子どもみたいで可愛いじゃないの、でもある。今夜はノンがオーダーしたパスタは美味らしく、満足した表情で食べている。サラダも頼もうか、とノンが提案して追加したシーフードサラダが運ばれてくると、彼女はウェイターに言った。

「きっちり分けて。シェアするとかって気持ち悪いから、最初に取り分けて」
「……お客さまがご自由になさって下されば……」
「そのくらいサービスすれば? やってくれないんだったらここに書くよ」

 お客さまの声、という名のクレーム用紙を手にして脅すノンに首をすくめて、ウェイターは引き下がった。

「自分たちで分けたらいいだけじゃないの?」
「そういうことは店がするものだよ。私はめんどくさいし、翔子ちゃんのフォークでやられたら気持ち悪いもん。そんなことはどうでもいいけど、翔子ちゃん、他の趣味は?」

 趣味は他にもなくはないが、たとえば歴史がらみで知り合ったマイナーな劇団のお芝居を見にいくなどと話せば、劇団員と友達? ずるーい、と言われそうだ。迂闊になんでも喋らないほうがいい。

「翔子ちゃんはもう結婚はこりごりでしょ」
「んと……そうかな」
「私は結婚したいんだ。モトカレはいたけど生活力のない男だったから、哀しいけど別れたんだよね」
「モトカレってどういうひとだったの?」
「やあね、自分のことは言わずに詮索するって性格わるっ」

 どっちが? と言いたいのを我慢している翔子に、ノンは得々と語った。

「前の派遣先にバイトで来てた男の子。大学生なんだから生活力ないのは当然だよね。彼は戦国時代が好きで、大学も史学部だって言ってたよ。そんなの大学で勉強するほどのもんか? 翔子ちゃんは短大くらい? 高卒? 派遣なんだからそれくらいが普通でしょ」
「うん、そうだよね」

 私も大学は史学部……と話すと、ずるーい、と言われるのだろうか。

「生活力はないけどかっこよかったから、誘われると歴史の話をしたの。女はみんな戦国なんて野蛮だって言うけど、ノンさんと話してると楽しいよって言ってた。プロポーズもされたんだよ。将来はノンさんみたいな趣味の合う女性と結婚したいって」

 将来は……というのがプロポーズなのかどうか知らないが、ノンがそう信じているのならいいではないか。

「そこの契約が切れたから、彼とも別れちゃったのね。彼は大学院に進むって言ってたから、私を忘れられないままに一生懸命勉強してるだろうな。歴史なんて大学院でまで勉強して、仕事に役立つの?」
「学者になるとかね」
「学者かぁ。そんなの気持ち悪いから、別れてよかったかもね」

 元夫も学者だったと言えば、そんなのと結婚するから離婚になるんだよ、と言われそうだ。ずるいずるいばかり言われたものだから、翔子は自分語りはしなくなってしまっていた。

「本気で婚活しようかな。派遣って不利なのかな」
「そんな話も聞くね」
「結婚相談所に登録するといいんだよね。ああいうところっておばさんばっかでしょ? 私は若いんだし、可愛いし、こういうぽっちゃりは男に人気あるんだし、やってみようかな」

 そんなに若くもないし、可愛いというよりも茫洋とした顔立ちだし、ぽっちゃりと呼ぶには度が過ぎている……内心でだけ反論している私はほんと、性格わるっ、だと翔子は苦笑していた。

「翔子ちゃんも結婚相談所に登録しない? 一緒に婚活しようよ」
「いえ、私は……」
「あ、そか。結婚にはこりごりだね。かわいそ」

 現在の職場につきあっている男がいると話せば、ノンはどんな反応を示すだろうか。
 派遣社員であることも、三十代バツイチであることも彼は承知している。営業部のホープだと目されている彼は翔子とは同い年で、プロポーズもされていた。

「翔子さんの傷が癒えてないんだったら待つから」
「ご両親は賛成して下さるの?」
「あなたに子どもがいたら躊躇するかもしれないけど、バツイチなんてよくあることだって言ってたよ」

 ありがたい存在の彼がいると話せば、また言われるのか? バツイチのくせにずるい、と。なんで翔子ちゃんばっかり? 私は初婚なんだから、その彼は私と結婚するべきだよ、紹介してよ。私が彼をもらうから。紹介できないってどうして? ケチ、ずるーい!!

 意地悪な想像ばかりしてしまうのは、ノンの態度が伝染してきたからだろうか。このサラダ、おいしくない、翔子ちゃん食べて、とノンが押しやった皿には、飾りのようなラズベリーが三粒、乗っかっていた。

次は「な」です。


 






スポンサーサイト



【FS一日の物語「One day」】へ  【いろはの「け」part2】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS一日の物語「One day」】へ
  • 【いろはの「け」part2】へ