ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS一日の物語「One day」

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フォレストシンガーズ

一日物語

「One day」


1・章・Dawn

 写真で見たのを自分の記憶のように思い込んでいるのだと大人は言うが、成実はしっかり覚えている。記憶の中の成実は髪の毛をツインテールにして、女の子はピンク、男の子は水いろだった幼稚園の制服を着ていた。

 積雪の深い稚内の二月、父の車に母と一緒に乗って、三人で幼稚園へ向かった。普段は幼稚園バスで通っていたのだが、あの日は特別だったから。
 
「パパは車で待ってるよ」
「行かないの?」
「行かなくてもいいだろ、成実? パパ、寒いから早くしてくれよ」

 こっくりして、母と手をつないで幼稚園に入っていった。

「みんなぁ、成実ちゃんが来てくれたよぉ。はいはい、みんな、こっち向いてね」

 昼食前の自由時間。園児たちは広い部屋で思い思いに遊んでいた。母と幼稚園の先生が挨拶をかわす。なになに? なあに? と寄ってくる女の子がいる。成実ぃ、積み木しようぜ、と事情を知らずに遊びに誘おうとする男の子もいた。

 お父さんのお仕事の都合で、成実ちゃんはお引っ越しします。みんなとはお別れだね、寂しいね。
 先日、先生がみんなに話してくれたのだが、意味のわかっていない子もいる。わかったとしても数日たてば忘れてしまった子もいるだろう。三歳か四歳の園児なんてそんなものだ。

「成実ちゃんとは今日でさよならだよ。アミちゃん、成実ちゃんに渡すプレゼント持ってきて」
「はーい、成実ちゃん、元気でね」

 可愛い顔をしていて早熟で、クラス委員のような立場のアミちゃんが、成実に大きな包みをくれた。ピンクのリボンも大きくて、母が成実の横で、まあまあ、ありがとう、成実、お礼を言わなくちゃ、と涙ぐんでいたのもしっかり覚えていた。

 けれど、成実はプレゼントなんかどうでもよかった。アミちゃんだって先生だって、お母さんだってどうでもよかった。まして他の園児たちなんかまるっきりどうでもよかった。

「そう、それがこの木村章なのよ」
「……章くんねぇ。私は覚えてないな」
「亜美ちゃんは言ってたよ。章くんって赤ちゃんみたい、すぐに泣くし弱虫だから嫌いだって」
「そうだっけ?」

 二十年近くも前の幼稚園時代の友達は、ほぼ全員の消息すら知らない。成実は途中で引っ越してしまったのだからなおさらだが、なぜか亜美とだけは小学校から高校まで同じだった。幼稚園時代には頭も顔もよくて先生のお気に入りだった亜美は、長ずるにしたがって外見も中身もくすんでいった。今では成実のほうがずっと……と少なくとも成実は思っている。

 昨年の秋ごろ、成実は職場でラジオを聴いていた。成実が働いているのはシステムキッチンのショールームなので、常にラジオが流れている。

「……では、フォレストシンガーズのみなさん、年齢と出身地を教えて下さい」
「はい、本橋真次郎、二十四歳、東京出身です」
「乾隆也、二十四歳、石川県金沢市出身です」
「本庄繁之です。二十三歳、奈良県に近いあたりの三重県出身です」
「三沢幸生でーす。二十二歳。スカボーイじゃーん」
「スカボーイってのは横須賀ボーイのことです。えと、俺は木村章。二十二歳、稚内出身です」

 すると、木村さんはご当地出身ですね、と札幌のFM放送のDJが言い、稚内出身木村章? フォレストシンガーズ? もしかして……と成実は耳をそばだてた。

「それでうちに帰ってパソコンで調べてみたの。そしたらあの木村章だったのよ」
「へぇぇ、私たちの幼稚園から歌手がね。フォレストシンガーズって売れてるの?」
「去年の秋にデビューしたばかりだもの。これからだよ」
「売れるといいね」
「うん」

 幼すぎたからか、引っ越して別の幼稚園に行く寂しさは感じなかった。友達もいたはずだが、交流の続いた亜美以外はまったく覚えてもいない。ただ、成実は章と二度と会えなくなることだけが哀しかった。みんなとお別れするために母に連れられて訪ねた幼稚園でも、目で章ばかりを探していた。

 当の章は成実になどなんの関心もなかったようで、こちらを見てもくれなかった。小さかった章は小柄な身体はそのままで、鋭い容貌の美青年に成長している。むろん彼は成実を覚えてもいないだろうが、これから彼を見るたび、幼い初恋を思い出してきゅんっとなりそうだった。


2・幸生・Morning

「はーい、ユキちゃんですよぉ。ユキちゃんって誰? なんておっしゃる方もいます? いやんいやん、そんな哀しいこと言わないで。フォレストシンガーズの三沢幸生ですよぉ。二十三歳、横須賀出身スカボーイ。いえね、スカボーイじゃんって言ったらうちの木村章が、横から解説しやがるんですよ。スカボーイって言われたらわかるよね? フォレストシンガーズは去年の秋にデビューしまして、二枚目のシングルを発表したばかりです。二枚目って俺のこと? うんうん、そうなんですよ。三沢幸生、独身、彼女募集中……えーっとそれから……」

 甲高くて黄色い声とはこういうのだろうか。ラジオから流れてくるけたたましいお喋りを聴いていると、生子の頭の中でかちっ、かちっと音を立ててパズルが組み立てられていくようだ。

 なんのパズル? 記憶のパズルだ。
 横須賀出身、二十三歳。生子と同じだ。三沢幸生……本名だろうか。こんな声の男の子……とはいっても、子どものころの声と大人の声はちがっているはずだが。

 塾の英語講師をしている生子は、明日、生徒たちに配布する資料を作成しながらラジオを聴いていた。文書作成ソフトを一旦閉じて、インターネットを開いて「フォレストシンガーズ」で検索する。はたして、公式サイトがあらわれてきた。

「……三沢幸生、そうだ、そうだよ」

 サイトには五人の写真も掲載されている。本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。他の四人は知らないが、三沢幸生はたしかに知っている顔だった。子どものころの面影が濃く残っているのが可笑しいほどだ。

 家族で横須賀で暮らしていたのは十年間ほどで、小学校卒業前に両親が離婚し、生子は母に連れられて渡米した。母はアメリカで現地人と再婚し、生子もアメリカ人として育った。アメリカで大学まで卒業してから帰国したのは、これ以上ステップファザーに迷惑をかけたくなかったから。

 バイリンガルに育ったのは現両親のおかげだ。生子は少女時代を過ごしたデトロイトの街も両親も大好きだったから、子どものころを思い出すこともあまりなかったのだが。

 なのに、この顔とこの声とで鮮やかに小学校時代が蘇ってきた。

「生子ちゃん、なんだか元気ないね」
「別に。私はいつもこんなだし、それに、三沢くんには関係ないじゃん」
「関係ないって言われたら関係はないんだけど、可愛い女の子が元気ない顔をしてると気になるんだよ」
「可愛い女の子って誰?」
「生子ちゃんだよ」

 十歳で日本を離れたのだから、あれは四年生のときのはず。この年頃の男の子は照れもあってか、女の子に向かってはブスブスばかり言っている奴が大半だった。

「私は可愛くなんかないんだから気にしないで」
「そんなことないよ。生子ちゃんは可愛いよ」

 他人に褒められたのははじめてだったかもしれない。生子はクラスメイトたちから孤立している傾向もあったので、特に親しくしていた女の子もいない。好きな男の子もできたためしはなかった。

 だからって幸生を好きになったわけではないが、日本を離れるときに思い出した日本の友達……その顔とその声が彼だったのを思い出した。アメリカに行くのは不安だけど、がんばるよ、三沢くん。新しい土地では友達も作るよ、元気ないね、なんて言われないようにするよ、三沢くん。

 
3・繁之・a.m.

 体育大会の徒競走で注目していた男の子、あれ、誰? と尋ねると、同じクラスの俊雄が教えてくれた。

「ああ、あいつ、少年野球で一緒やった本庄。あいつ、足早いなぁ。野球は下手やったけどな」
「一緒やったって、今はやってないの?」
「本庄は俺より一コ下やけど、中学に入ったときに野球はやめたみたいやな」

 歯を食いしばって、素晴らしいスピードで靖子たちの前を駆け抜けていった彼は、あのとき中学二年生だったはず。あれから十年。休日にラジオを聴いていたら、こんな声が流れてきた。

「はい、本庄繁之です。三重県出身の二十四歳です。去年デビューしたフォレストシンガーズのベースマンです」
「ベースマンっていうのは、低い声担当の男性ですよね」
「女性にもいなくはないのですが、おおむねベースマンは男ですね」
「女性にもできるんですか」
「いや、たとえばうちのグループに女性がいたとして、そのひとにベースウーマンをやるのは無理があると思うんですが……」

 DJさんの質問に、本庄氏は生真面目に答えていた。

「女性ばかりのグループだったら、声の低い女性にだったらできると思いますよ」
「女性ヴォーカルグループに、有名なベースマンっています?」
「楽器のベーシストだったら知ってますが……えーっと……乾さんか本橋さんに訊いておきます」

 声までは知らなかったが、あの本庄くんなのだろうか? 靖子は俊雄に質問メールをした。一時間ほどしてから、俊雄から返信が届いた。

「フォレストシンガーズの本庄繁之だろ。調べてみたらそうだったよ。靖子、よく覚えてたね。俺も靖子が言い出したら思い出した。少年野球チームの一年後輩で、中学校も同じだったあいつがね……足は速かったけどぼさっとしてて、歌手ってタイプじゃなかったけどな」

 幼なじみの友達として十数年、高校時代からは恋人同士になった俊雄と靖子とは、来年には結婚しようと約束している。俊雄は音楽関係の仕事をしているので、有名ではないグループについても即座に調べてくれた。

 あのとき、私たちの前を駆けていった少年が歌手に……あなたは野球選手になりたかったんじゃないの? その夢とはさよならしたのかもしれないけど、新しい夢を見つけてかなえたんだね。本庄くんは俊雄も靖子も覚えていないだろうけど、私たちは応援してあげるからね。

 少女時代の追憶のワンシーンの中、駆けていく繁之の背中に、靖子は語りかけていた。 


4・真次郎・afternoon

 家は近所なのだから、高校を卒業してからも本橋真次郎にはたまさか出会った。しのぶが公園の樹をスケッチしていると、真次郎が覗いていたり。ふたりして立ち話をしていると巨大な男性があらわれて、真次郎が逃げていってしまったり。

「えーっと……あなたは……」
「本橋さんのお兄さんですよね。私、本橋さんの高校で一年後輩の、石坂しのぶと申します」
「ああ、そうなんですね」

 その巨大な男性はふたりいて、双生児であるらしい。俺にも区別がつかないんだ、と真次郎が言うくらいだから、しのぶにはまったくわからない。栄太郎です、と名乗られてやっと、そうなのだと納得するだけだった。

「石坂さん、真次郎が歌手になったんですよ」
「わっ、そうなんですか」

 スポーツマンだと思っていた真次郎は、意外にも歌手志望だったらしい。栄太郎だか敬一郎だか知らないが、真次郎の兄がしのぶに話してくれた。

「石坂は長いこと、あそこに住んでたんだな」
「今でも住んでるよ」

 地元の大学に進学したのは、真次郎もしのぶも同じだった。しのぶは美大を卒業し、就職した美術用品を扱っている会社も地元だったのでずっと親元で暮らしている。真次郎は大学四年生で独立し、二十四歳でフォレストシンガーズとしてデビューしたので、しのぶが顔を見ることもなくなった。

「そっか、美術用品の会社だったら、大学と無縁ってわけでもないんだ」
「ちょっとだけはね。野島くんは……?」

 真次郎の兄たちも結婚し、親の家からは離れて暮らしているのだが、時には近所で出会ったりもする。そんなときには真次郎の話をしてくれた。

 それからもうひとつ、しのぶが発見したのが「HIDEブログ」。ヒデというニックネームの男性は、一時的にフォレストシンガーズに籍を置いていたらしい。ブログにはフォレストシンガーズネタが満載で、しのぶも熱心に読んでファンになった。

 神戸在住のヒデの行きつけは「Drunken sea gull」。港近くのバーだ。出張で大阪に行った帰りに、しのぶはバーに立ち寄った。

「こんばんは」
「う」

 髭のマスターはしのぶにはそれなりに愛想よく応対してくれた。しのぶが入っていったときには相客は皆無だったのだが、三十分ばかりして来店した男性客には、マスターは「う」と唸っただけだ。常連客なのかと、しのぶはなんの気なしに彼の顔を見た。

「の……」
「ん? え? あ……あ、あ、マスター、どうしよ」
「んん? このひとは借金取りなんか?」

 とぼた調子でマスターに問われ、しのぶと彼は同時に言った。ちがいますっ!! と。

「なんで逃げようとするのよ」
「いやぁ、俺はろくでもない暮らししかしてこなかったからね。石坂はなんでこんなところにいるんだよ?」

 高校時代の同級生だ。野島春一は真次郎になついていて、野島とは友達だったからこそ、しのぶを好きになったと真次郎は言っていた。

「ヒデさんのブログを読んで? そういうファンがけっこういるって言ってたけど、ここにもいたんだ。俺もそうなんだよ。石坂は高校のときと同じ家に住んでるんだったら、本橋さんの兄さんたちとは会うのか?」
「たまにね」
「本橋さんとは?」
「本橋さんが歌手になってからは会ってないよ」
「俺はさ……」
「ええ? 会ったの?」

 恥ずかしそうに、それでいて自慢げに野島がうなずく。彼とこそ高校を卒業してからは一度も会っていなかったのに、こんな偶然もあるものなのか。

 別に野島を好きってわけでもなかったけれど、卒業式以来二度と会うことがなかったのは心残りだった。今夜は会えなかった二十年近くの空白を埋めるほどに、一晩中彼と語り明かしたかった。


5・隆也・twilight

 歌手などという人種の知り合いはいないのだから、天音にだって好奇心はあった。
 書道師範をしている祖父が誘って習いにくるようになった乾隆也。芸能人とは特別な人種かと思っていたが、ぱっと見は彼はとても普通の男だった。

「天音、乾さんがおまえに……」
「私に、なに?」

 二所帯住宅の半分には、父と母と天音が暮らしている。母の両親である祖父と祖母がもうひとつの半分で暮らしているから、祖父と顔を合わせる機会はたびたびある。祖父は天音にとっては青天の霹靂のような打ち明け話をした。

「おまえと交際したいんだそうだ」
「……って、おじいちゃんに言ったの?」
「乾さんはわしの生徒なんだから、わしに先に言うのが筋だからだろう。彼は筋の通った男だよ」
「そんなの変よ。つきあいたいんだったら私に先に言うべきでしょ」
「それだからおまえは……おまえは常識的な乾さんとはつりあわないだろうから、わしが断っておいた。それでも諦めないそうだから、おまえにも告白してくるだろ」
「私が離婚してるって知ってるのよね」
「知っとるよ」

 なんとまあ物好きな。三十代半ばの様子もいい歌手が、なにを酔狂にバツイチ三十代に告白する気になったのだ? 天音としては信じられない気分だったのだが、乾は本当に面と向かって天音に言った。

「おつきあいしていただけますか」
「……私は男性とおつきあいするつもりはありません」

 けんもほろろにはねつけたとき、胸がちくっと痛んだ。
 祖父の言う通り、わがままで離婚した私は乾さんとは似合わない。乾さんってもてもてだそうなのに、私なんかとつきあったら泣いたり怒ったりする女性がいっぱいいるんじゃないの?
 
 細かいことなど言いたくない。簡単に言ってしまえば、結婚はもうこりごりだからだ。結婚はしないでつきあうだけはもっといや。芸能人の遊び相手になど断じてなりたくない。

 恋なんかなくても、男なんかいなくても人生は楽しいはず。天音はそんなもののない人生の楽しみを追求していくのだから、誰とも交際するつもりはないのであった。

END



 サブタイトルは、人生のうちでのその刻限ごろという意味です。







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~ Comment ~

NoTitle

う==ん。子ども時代を思い出しますねえ。
確かに幼稚園の頃の友達は今はもういないや。。。
小学生は結構いるけど。。。
結構、懐かしい思い出とか出てきますよね。
小学生にしても、幼稚園にしても。
そのときの友人に会うと。

LandMさんへ

こちらもありがとうございます。

中学時代の友達……高校時代の友達……大人になってからの友達、弟の友達……思い起こせば、すでに亡くなった方もいますよ。
古い友達とはめったに会うこともありませんけど、そういう人と話をしたら、気分はそのころに戻るかもしれませんね。
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