ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS一日の物語「おはよう」

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フォレストシンガーズ

一日物語

「おはよう」

 行程として明記された行く先の中には、ひとつも紫絵琉が行ったことのある場所はなかった。はじめて行く土地ばかりなのだから、これはいい。
 一泊二日のバスの旅。一日目は苺の食べ放題、二日目はメロンの食べ放題がついているのも魅力的で、シエルはその「花とフルーツのひとり旅」ツアーに申し込みをした。

 バスツアーだとひとり旅とも呼べない気がするが、おひとり様限定なのだから、バスもふたり掛け座席をひとりで使えるという。インターネットで申し込む前に調べたところでは、ホテルもシングルルームで、他人に煩わされることはほとんどなさそうだった。

「え……あの……木下紫絵琉さんって……」
「はい、僕です」

 ネットで申し込み、所定の料金はコンビニ支払いという形なのだから、生身ではツアー会社の人間とはまったく触れ合っていない。ツアー当日に待ち合わせ場所に出かけていったシエルを見て、添乗員が戸惑った顔をした。

「女性限定ではないんですよね」
「え、ええ、そうは書いていませんでしたが……」
「僕は女性だと思われました?」
「は、はい、このお名前ですから」
「よくあるんですけどね、男だったらツアーに参加してはいけませんか」
「そんなことはありません。どうぞ」

 花と果物を満喫するツアーなのだから、女性好みなのはまちがいない。けれど、シエルは花だって果物だって好きだ。見事に女性ばかりの中に、運転手とシエルだけが男性というバスは、それでも無事に出発した。

 相部屋だったら困るのだろうが、ひとり部屋なのだから男性が混じっていても問題はないではないか。女性だらけの中にいてもシエルは居心地の悪さも感じず、車窓の景色を楽しんでいた。

「男なんだから、ひとりでひとり旅すればいいのにね」
「しっ、聞こえるよ」

 客同士で親しくなったのか、そんな内緒話をしている女性たちがいたが、気にしない。つつじ、藤、薔薇などの花も果物も、昼食の山菜と海の幸海苔巻きをメインとする料理も、シエルはしっかり満喫した。時間があればスケッチもした。

「大丈夫ですか」

 その夜、夕食も入浴もすませてホテルの土産物コーナーをぶらついていたシエルに、添乗員が話しかけてきた。

「なんだかこう、こちらの不手際で木下さまにはご迷惑をおかけして……」
「迷惑なんかかけられてませんよ。僕のほうこそ、お客さんたちに迷惑かけてるんじゃないかと心配なんですけどね」
「いえいえ、そんなことはございません」

 中年女性の添乗員と、なんとなく世間話になった。

「僕の母は沖縄出身で、絵を描くんです。それでこんな字で紫絵琉って名前になったんですよ。僕も絵を描きますんで、絵に署名するとペンネームかと訊かれます。こんないかつい男にこの字は似合いませんよね。母も息子がこんな体格になるとは思わなかったでしょうから」
「いえ、そんなことは……そういえばスケッチブックを持っておられましたよね」
「時間的な余裕がないんでちょっとだけでしたけど、藤の花をスケッチはしましたよ」
「わぁ、見たいです」

 社交辞令でもなさそうなので、シエルはスケッチブックを取りにいった。部屋から持ってきたスケッチブックを、土産物コーナー近くのベンチにかけていた添乗員に手渡すと、彼女は真剣に見てくれた。

「……色がついてませんけどね」
「花のひとつひとつを丁寧に描かれているんですね。他のページも見せていただいていいですか」
「どうぞ」

 旅行用のスケッチブックは何冊もあって、今回は古くから使っているのを持ってきた。自分でも言った通り、スケッチをしている時間はあまりないだろうから、薄くて軽いのにしておこう。残りページは少なくてもかまわないつもりだった。

「あの……」
「あ、この人たち、知ってますか?」
「えーっと……えっと……もしかして……あの、本物よりも美男子って気がするんですけど……」

 五人の男のスケッチだ。これをもとに彩色して大きな絵にしたものを、彼らがDVDにつけるブックレットの一ページとして使ってくれたのだから、フォレストシンガーズの大ファンだったら見たこともあるかもしれなかった。

「フォレストシンガーズ?」
「そうです」
「あのぉ、どうして?」
「話せば長くなるんですが、いいですか」
「ぜひお聞きしたいです」

 数年前、フォレストシンガーズがラジオで呼びかけた。

「ファンのみなさま、カップルになって日帰り旅行をしましょう。誰とカップルになりたいかをお書きになって、じゃんじゃん応募して下さいね」

 木村章のファンだったシエルは、彼を思い切り美化したイラストを添えてその企画に応募した。カップルだというのだから女性でなくてはいけないのかとも思ったが、そうは言っていないのだからかまわないことにしたのだった。

「当選したんです。あのころはフォレストシンガーズは全然売れてなかったから、みんな気さくに僕とも話してくれました。会ったばかりのときには、今朝の添乗員さんと同じような顔をしましたけどね」
「彼らも木下さまを女性だと思っていたわけですね」
「そうなんですよね。木村さんは最初はいやがっていたみたいです」

 他の四人は本物の女性とカップルになっているのに、なんで俺だけ……と章は腐っていたらしい。しかし、会話をしているうちにふたりともにロックファンだとわかり、意気投合した。

「僕の描いた絵をみんなが気に入ってくれて、記念写真がわりに描いてほしいとも言われたんです。あれから木村さんとはちょっとだけ仲良くしてもらえるようになって、デビュー十周年記念DVDにつける小さい写真集みたいなものの一ページに使ってもらったんですよ」
「ええ、私もそれ、持ってます。だから見覚えがあったんですよね」
「こんな古いスケッチブックを持ってきてよかったですよ」

 シエルさんってシゲさんに似てるね、とあのとき、章は言った。ほんとほんと、と他のみんなも同意し、あのツアーに参加していたファンの女性たちも賛成していた。あのときは運転手や世話係や、主役のフォレストシンガーズは男性だったので男女半々だったが、一生忘れられないバスの旅になった。

 あの一日のおかげで僕はバスツアーが好きになったのかな、とシエルは思う。絵でプロにはなれなかったが、時々送るイラストを彼らは喜んでくれ、ブックレットにも使ってくれた。木村章とはたまにはメールのやりとりもしている。

「僕、誰かに似てます?」
「え、えーっと……シゲさん?」
「やっぱり」

 ふたりして笑ってから、シエルは再びあの日を思い出した。

「フォレストシンガーズは売れましたよね。僕は我がことのように嬉しいですよ。シゲさんはあのころ、俺はもてないんだなんて言ってましたけど、可愛い女性と結婚して子どもさんもふたりできたでしょ。僕はシゲさんの子どもさんの写真を送ってもらって、イラストにしました」
「いいなぁ、見たいなぁ」
「本気で言ってくれてるんだったら、送りますよ」
「ほんとですか」
「ええ。写真は駄目だろうけど、イラストは僕のものですからね」

 彼女だったら身元もたしかだろうし、イラストだったらいいはずだ。

「じゃあ、メールアドレスをお知らせしていいですか」
「交換しましょうか」

 いいなぁ、シゲさんは、と呟くと、土渕実紗と名前を知った彼女が、もの問いたげな目を向けた。

「もてないとか言ったって、あんなに可愛い奥さんができて子どももできたんだ。僕はずうっと独身のままですよ」
「そうなんですか。私も独身です」
「あの……」
「私、三十六です」
「僕は三十四歳です」

 もうすこし年上なのかと思ったが、ふたつしかちがわないのではないか。おばさんだという目で見ていたらそうしか見えなかったが、実紗はちょっとだけ老けて見える地味なタイプに過ぎない。黒い野暮なパンツスーツ姿だからもあるのだろう。

「じゃあ、明日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」

 もっと話をしていたかったな、と思うのは……?
 気が早いだろ、数時間前に会ったばかりの女性を深く知りたいなんて。彼女は別にひと目惚れするような美人でもない。でも、聞き上手だから……いや、それって仕事柄であって、僕が客なのだから気を使ってくれてるんじゃ?

 想いを揺らめかせながら部屋に戻る。シエルはスケッチブックの中で笑っている、実際に会ったのは二、三度のフォレストシンガーズの面々に語りかけた。

「僕にも彼女ができるなんて……あり得ないかなぁ」

「勇気を出せ、木下紫絵琉、男だろ」
「彼女、いいひとだと思うよ。アタックしてみろよ」
「シエルさんには似合いそうな女性じゃん。がんばれよ、応援してあげるからさ」
「うんうん、いいと思いますよ」

 最後に、木村章も言ってくれた。

「アドバイスしてやるよ。明日の朝、会うんだろ。明るく元気におはようーっ!! って言うんだよ。メールアドレスの交換もしたんだから、第一歩は踏み出してるんだ。その気だったら突き進め」

 そうしてみようかな、とためらいがちにうなずくシエルの背中を、力強い五つの手が押してくれた、とシエルには感じられた。

END









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~ Comment ~

NoTitle

そういえばツアー旅行はしたことないですね。
旅をするなら一人旅!!
・・・ってところがありますからね。
気軽が一番です。
最近は家族旅行もないですからね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

ツアーは利用したこともありますが、行きたくもないところに連れていかれたり、用もない店に連れていかれたり。
ひとり旅のほうが自由でいいですね。
誰かと一緒の旅もそれはそれで楽しいですが、私も基本、ひとり旅がいちばん好きです。
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