ショートストーリィ(しりとり小説)

155「天満橋から」

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しりとり小説155

「天満橋から」

 伏見からの船がここに着く。お侍はんらは戦から逃げてきはるんやから、絶対に近づいたらあかん!! 母に口をすっぱくして言われていたが、来てしまった。

 京都で幕府と薩摩長州土佐の連合軍が戦をはじめたとは、近い大坂には聞こえてきていた。えらいこっちゃ、大坂も戦になるんやろか、と青ざめる大人やら、握り飯でもこさえて売りにいったら儲かるんとちゃうか? と胸算用する者やら、とよの周囲は喧しいことこの上なかった。

 天満八軒屋、とよの住まいからは近い。川を船が渡ってくる。冬の風に乗って鼻先を血の匂いがかすめたような気がするのは、戦という言葉から連想したのだろうか。十五歳のとよは平和な時代に生まれた大坂の町娘なのだから、戦なんかはまったく知らない。

 船から降りてきた男たちは、事実、大勢が怪我をしていた。血のにじむ包帯を巻いた者もいる。腕を吊っていたり足を引きずっていたり、頭に布地を巻きつけていたり、疲れ切り、不機嫌顔をしている男たちの集団が、ぞろぞろととよの視界を横切っていった。

「あれ?」

 その中に、とよは知った顔を見つけた。小柄でずんぐりした男……松治に似ている。そやけど、松治さんはお侍はんやあらへん。戦てお侍さんのするもんやろ? とよの親戚は全員が商人なのだから、いとこにあたる松治だって武士ではないのは当然だ。

 見間違いやろか、と思っておくことにして、とよはその場から離れた。

 怖いので至近距離まで近寄っていなかったから、背格好の似た男を見間違えたのかもしれない。破れた浅葱の羽織は新選組だ。大坂にも新選組の屯所はあるから、とよもあの羽織を時たま見かけたことがある。京都に本拠を置く新選組が大坂に出張ってきていたこともあった。

 両親はもともとは京都の出身で、小さな乾物屋の次男であった父は、母と所帯を持ってからのれん分けをしてもらって大坂に店を出した。小商いなので雇い人もいないから、父と母と兄が店で働いている。忙しいときにはとよも駆り出される。

 大店の娘だったりするととうていひとりで出かけたりはできないのだから、両親の店が小さくてよかったととよは思っている。ちょっと外出するたぴに使用人のおばちゃんについてこられたりしたら、行きたいところにも行かれへん。

「ああ、どうもご苦労はんですな。承知しました。おおきに」
「では」

 用があったわけではなく、怖いもの見たさだけだったのかもしれなくて、京から大坂へやってきた武士たちを垣間見て、とよは家に帰った。裏口で兄の一太が誰かと話をしている。彼も武士なのだろうか。髷を結って袴をつけた少年だった。

「兄さん、なんでしたん?」
「ああ、とよ、おまえはまたどこをほっつき歩いて……今は京都から侍が仰山来てて、若い娘は剣呑やねんぞ。出歩いてる暇があったらお母はんの手伝いをしてこんか」

 小言を言いながら、兄は手の中の文を開いた。

「新選組の使いのもんや言うてな……うん、今の若いお侍はんがこの手紙を……ああ、松治やないか」
「松治兄ちゃん?」
「そうや。もう三年くらい会うてないかな。その松治からの手紙や」
「なんて書いてあるの?」
「ちょっと待て」

 では、さきほど天満橋で見たような気がしたのは、勘違いではなくて松治本人だったのか。松治は母方のいとこで、とよの家とさしてかわらぬ規模の乾物屋の次男坊だ。次男は店を継げないのだから、新選組に入って武士になったのだと兄への文には綴られてあった。

「船の中で手紙を書いて、えらいさんのお使いで外出する隊士にうちへ届けてもろたらしいな。大坂に親戚がおるから、て……そういうたかてうちなんかじゃ新選組の役にも立たんけど、会いたいて書いたある。明日の晩に松治が訪ねてくるんやて。怪我なんかはしてないらしいけど、疲れてるんやろな。なんぞうまいもんでも……お父はんに相談してくるわ」
「松治はん、来はるんやね」
「ああ、来るやろ」

 兄の言う通り、三年ほど前に松治が大坂へ来たことがあった。あのときには松治は親の店を手伝いつつ、婿養子の口でもないかと探していると言っていたが、侍になれたのか。そんなに簡単に侍になれるもんやろか? ととよにも疑問だったので、松治が来たら話してもらおうと楽しみにしていた。

戦場から引き揚げてきた武士たちを見物に行ったなどと話したら、父にも母にも兄にも叱られる。だから内緒、内緒内緒。

「お久しぶりです。今夜はこんなにごちそうを……」
「気にせんでええのんよ。松治ちゃんはあての姉の息子やないの。遠慮せんとたんとおあがり」
「そうやで、松治くん、ご苦労さんやったな。怪我がのうてなによりや」
「さあ、たいしたもんはないけど仰山食べてや」

 心づくしのごちそうを並べた食卓に、松治がつく。新選組の羽織は身につけていないが、髷も着物も武士らしく装っていた。

「わしはそないに激しい戦いはしてないとこにおらしてもろたから、怪我はせえへんかったんどす。ものすごい斬り合いをしてるようなところにおったら、死んでしもたかもしれん。京都では修羅場に遭うたこともおますけど、戦場は桁がちがう。そんな怖いとこに行かんでよかったと思うおのれが、臆病者のような気がして……」

 そんな話をしながら、松治は食事をしている。新選組がとよの親の店に用事があったというのではなく、松治が個人的に訪ねてきただけらしく、とよの家族も一安心といった顔をしていた。

「とよ、ちょっとぐらいやったらええやろ。お酒を持ってきて」
「ちょっとぐらいやったらかまへんのでっしゃろ?」
「へぇ、ちょっとだけやったら」

 飲ませていいものかどうかわからなかったのだが、酒に関してはうるさいことは言わない隊だと松治が言うので、父と兄がとよに言いつけた。とよは炊事場に徳利を取りに行く。と、勝手口で物音がした。

「なに? 誰かいてる?」
「あの……こちらに京町さんが……」
「京町って松治はんのことでっしゃろか」
「そうです」

 勝手口から若い男の声が聞こえる。京町とは松治が新選組で名乗っている姓だと聞いていたので、ためらいつつもとよは戸を開けた。

「いや……お怪我を……」
「こんなものはたいしたこともないんです。けれど、追われているので……」
「なんかあったんどっしゃろか。あ、お水」
「ありがとうございます」

 甕から水を汲んで手渡すと、彼は一息で飲み干した。

「昨日、手紙を持ってきはったお侍はん……」
「ええ、そうです。富士見清造と申します」

 湯呑を返し、富士見は頭を下げた。年のころならとよと同じくらいか。こんなに年若い少年も新選組にいて、彼もまた戦場で刀をふるってきたのか。

「京町さんは京都の出身だから、京町と名乗っておられるんですよね。私は富士の山が見えるところの出ですんで、富士見と名乗っています」
「そうでっか……そやけどその怪我……」
「こんなのはかすり傷ですよ。今夜は出かけてもいいとのことで、私は京町さんとは別に外出していたんですが、この羽織が悪かったのか、外を歩いていたら因縁をつけられましてね」

 見れば、富士見は浅葱色の羽織を丸めて手に持っている。こめかみから血が流れているのは、新選組嫌いであるらしい男に言いがかりをつけられ、無視して立ち去ろうとしたら石を投げつけられたからだと言う。

「逃げると士道不覚悟ですから、立ち向かおうとしたんですよ。でも、知らないおばあさんに止められたんです。こんな子ども相手にあんたらはなにをしよるんや!! ってえらい剣幕で。男たちが怯んでいる隙に逃げなさいって言われて……故郷の祖母を思い出してしまって……」

 言いわけですよね、と笑う富士見の表情は、まさに少年のものだった。

「だけど、追いかけられていたんですよね。どうせ逃げたんだったらそのまま逃げおおせようとしていたら、昨日、京町さんのお使いで伺ったこちらのお宅を見つけたものですから。ご迷惑をおかけしてすみません」
「いいえ。ようわかりましたよってに、松治さんのとこに行きまひょ」
「京町さんは?」
「お食事中でっせ。富士見はんはごはんは?」
「まだですが……そんな、そんな図々しい……」

 ええからええから、と背中を押すようにして、とよは富士見を居間に連れていった。松治がびっくり顔で富士見を出迎え、富士見が再び事情を話し、そこからは彼も席に加わった。

「富士見は富士山の麓の薬問屋の三男坊なんですわ。歳はおとよちゃんと同じやな。わしは富士山なんかこの目で拝んだこともない。いっぺん見てみたいなぁ、なんて話をしてて仲ようなったんどす」
「富士見はんもひどい怪我をさせられんでよかったよかった。逃げてよろしおましたな」
「富士見はんもまあ一杯」
「一杯くらいええやろ」

 男たちは盃をかわし合い、母ととよはそんな四人を眺めていた。
  
 たったそれだけの触れ合いだった富士見は、数日後には新選組の仲間たちとともに、天保山から船に乗って江戸へと行ってしまった。もちろん松治も一緒だ。母は松治に、新選組なんかやめてしもて大坂に残ったら? と言っていたようだが、松治が拒否した。

 はじめて富士見を見た勝手口の外に立って、とよは父と母と兄と四人で、松治と富士見を見送った。闇にまぎれて消えていく、ずんぐりしたのとほっそりしたの、ふたつの背中に目を凝らしていた。

 あれからも天満橋を通りかかるたびに、とよは富士見を思い出す。母が手紙を書いて問い合わせたところでは、松治は京都の親元には戻っていないらしい。富士見も富士山の見える故郷には帰っていないのだろうか。これから先もずっとずっと、天満橋を見れば富士見清造を思い出す。いつかもしも富士山を見ることがあれば、さらに強くあの少年を思い出すことだろう。

次は「ら」です。







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~ Comment ~

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るろうに剣心よろしく。
幕末の動乱は色々ありましたからね。
宿場の商いに新撰組。
そのなりそめとかもあったでしょうし、これもまた戦国時代に並ぶ動乱の時代であったのは間違いないですよね。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。

幕末ってほんとにドラマチックな時代ですよね。
それで大河ドラマといえば、戦国か幕末が大半になるんですよね。

新選組の誰かと町娘の恋、そんなのも本当にあったんだろうなぁ。
悲恋だとか死に別れだとか、そういうのもけっこうあったのでしょうね。
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