ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ま」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語2

「魔性」

 ハウスキーピングの仕事にもさまざまあって、そういったジャンルの会社に登録し、用途に応じて派遣される。緒方峰子はそのシステムで、家政一般を引き受けていた。

「すごい仕事が来たのよ」
「すごい仕事? どうすごいんですか?」
「これは下手な人には頼めないし、私もなんだか興奮しちゃってるんだけど、同業者にも質問してみたのね。その人が言うには、けっこうあるみたいだよって。あなたの会社も信頼を得てるからだねって言われたの」

 散々もったいぶったあげく、社長が打ち明けた。

「緒方さんだったら適任だと思うのね。年ごろもちょうどいいし、仕事のできるひとだし、口も堅いよね」
「口が堅くないと務まらない仕事なんですか」
「そうなのよ……」

 どんな仕事なのかを話してもらって、峰子もすこしばかり興奮しそうになった。
 仕事自体は、ひとり暮らしの若い男性のマンションで家事をおこなうというもので、さして珍しいわけでもない。若い男性は一般にさほどの高収入ではないので、ハウスキーパーを雇う余裕のある者は多くはない。そういう意味でだけは珍しいかもしれないが。

 初日は事務所の女性社員に仕事場へと案内してもらい、なにをすればいいのか、してはいけないのか、の指示や説明を受けた。峰子の雇主は事務所で、彼の部屋へと派遣される形だ。彼本人とは長く顔も合さないままに、峰子はしっかりと仕事をこなしていった。

「あなたが緒方さん? お仕事お疲れさまです」
「あ、あああ……はじめまして。緒方です」
「相川です。いつもありがとうございます」
「……そんな、仕事なんですから」

 玄関先の掃除をしていたら、突然本人が帰宅した。にこやかに挨拶されて峰子がうろたえそうになっていると、彼のうしろから顔を出した中年男が言った。

「カズヤ、家政婦風情と気安く口を利くな」
「家政婦風情? へーっ、吉田さんって家政婦さんを差別するんだ。知らなかったな」
「いや、差別はしないけど……いや、そりゃ、このおばさんだって女なんだから……いや、それはないだろうけど……使用人と気安く喋るな。きみは芸能人なんだから、一般人と……いや……」
「ひでぇ差別」

 ふふんと笑うように言って、カズヤは峰子に微笑みかけて中に入っていった。マネージャーらしき吉田という男は、苦々しく峰子を一瞥して、カズヤ、早く早くと急かしている。

 忘れものでも取りにきたのか、カズヤはほどなく出てきて、緒方さん、これからもよろしくね、と言ってから吉田とともにどこかに行ってしまった。

 相川カズヤ、デビュー間もないアイドルシンガーである。二十歳だと聞いていた彼は背はあまり高くないのだが、引き締まった身体をしている。身体つきにも顔立ちにも少年っぽさが残り、それでいて鋭さも甘さもある綺麗な顔をしていた。アイドルなんてものには興味もなかったのだが、峰子もファンになろうと決めた。

「あらっ、相川さん……」
「緒方さん、やっとちゃんと会えましたね」
「お休みなんですか? そしたら邪魔になりますよね。私は帰ります」
「帰らないで。休みの日には緒方さんは来てくれないことになってるとは知ってたんだけど、今日は僕は出かけるからって事務所に言っておいたんだ。予定変更して緒方さんを待ってたんですよ」
「どうして……」
「ゆっくり話をしたかったから。さ、どうぞ」

 仕事をはじめて半年ほどの間、峰子がカズヤに会ったのはあの日一度きりだった。半年の間にはカズヤは徐々に人気者になっていっていて、スケジュールも立て込んできている。カズヤが時おり冷蔵庫に、なになにが食べたい、野菜と果物のジュースが飲みたいから材料を買っておいて、などとメモを残してくれているのが、峰子にはなんだか嬉しかった。

 それだけの触れ合いのアイドルシンガーと、はじめてこうして話をしている。仕事もせずに話だけするのは峰子としてはむしろ気づまりだから、グラスやカトラリーを磨きながらの会話になった。

「一昨日だったかな、緒方さんが作っておいてくれた筑前煮っての、うちの母さんが作ったのよりうまかったよ」
「お口に合ってよかったわ」
「その前、俺、洗面所をひどく汚してたでしょ。前の日に絵を描いてたんだ。パレットを洗ってたら眠くなっちゃって、あとは緒方さんにおまかせしようと思って寝て、起きたらすぐに吉田さんが迎えにきたから、掃除できなかったんだよ。ごめんなさい」
「私の仕事ですもの。当然ですからあやまってくれなくても……」
「すっげぇ綺麗になってたから感激したよ。えっとそれから……」

 言葉遣いが砕けてきていて、峰子も彼に親しみを覚える。親戚のおばさんでもあるかのように、いいえ、お姉さんのようにカズヤは峰子に接してくれていた。

「緒方さんって三十五歳くらいかな」
「吉田さんはなんて言ってました?」
「おのおっさんは五十すぎてるんだよ。緒方さんのことを家政婦のおばさんだなんて呼ぶから、あんたよりは年下でしょうにって言ったら、そりゃそうだろうけどね、なんて苦笑いしていたよ。三十五くらいって僕のストライクゾーンだな」
「そんな年上が好き?」
「うん、大人の女性が好き」

 一緒にコーヒー飲もうよ、と甘えるように言われて峰子はコーヒーを淹れた。ゆっくり話そうよ、とも言われて、そうね、ちょっと休憩、と峰子もカズヤの前にすわった。

「年上の女性って結婚して専業主婦になってもらったら、休みの日にはこんな感じなのかな。たまには手伝ってよ、なんて、奥さんにだったら怒られるのかな」
「専業主婦だったら家事を全部するのが当たり前ですから、怒られる必要はないのよ」
「そうなの? 緒方さんは専業主婦じゃないでしょ? 家では旦那さんが手伝ってくれる?」
「いえ、私は独身ですから」
「へぇぇーっ!」

 大げさなほどに驚いてみせて、カズヤは言った。

「バツイチでもないの? へぇぇ。緒方さんの年頃の男も草食なんだ」
「草食もいますよ」
「プロポーズされて断ったりとかはあったんでしょ」
「ご想像におまかせしますわ」

 陳腐な答えを聴いて、カズヤは笑っていた。

 高校を卒業して就職したのだから、峰子は十八歳で社会人になった。二十数年前は高卒でも事務職正社員の就職口もあったが、パートのおばさんやアルバイトの学生と同じような扱いを受けていた。

 祖父母と両親、弟と妹の七人家族で、母は高齢の祖父に手を取られていたから、祖母とともに中学生くらいから峰子も家事をやっていた。あんたのお母さんはおじいちゃんの世話ばっかりで、掃除も料理もしやしない、と祖母がこぼすので、だったらおじいちゃんはおばあちゃんが見れば? いやだよ、あんな汚いじいさん、というような会話が頻繁だった。

 母は母で愚痴ばかりこぼす。祖父はまったくなにもしない。父も会社の仕事だけしかしない。祖母仕込みの家事能力は磨かれたが、結婚などというものには峰子は魅力を感じなかった。

「だけど、高卒女子なんて絶対に出世もしないし、今の会社で働いてても将来性はないんだよね」
「だろうねぇ。結婚なんかしてもお母さんみたいになるかもしれないし、だったら介護職の資格を取れば?」
「介護はいやだ。それだったら家政婦のほうが……」

 三十歳間際になって、峰子は会社を辞めて家政婦になった。まだ若くて家事に堪能な峰子はどこの家庭でも重宝がられ、老人世代からはいいお嫁さんになりそうだと言われたのだが。

「峰子さんって家政婦さん? おばさんくさっ……いやいや、失礼」
「家政婦って給料いいの? それにしてもなぁ、奥さんがそんな仕事をしてるってのは……いや……」

 紹介されてお見合いをしてみたことはあるが、見合い相手は皆、家政婦という仕事をいやがった。
 最近だってカズヤのマネージャーのように、家政婦風情などとほざく人間もいる。その仕事だけはしたくないわぁ、と言う友人もいる。収入はそこそこよくて、峰子には合っているので割り切って続けてきたのだが、相川カズヤみたいな青年と親しくなれるチャンスがあったとは、峰子にだって驚きだった。

 その日は結局、軽く仕事をしただけで、カズヤとはたくさん話をした。一緒に夕ご飯食べようよ、とまで言われて峰子は腕を振るい、握り寿司や太巻き寿司をこしらえて寿司パーティになった。

「今日はありがとう。緒方さんって最高だな。好きになりそう」
「ありがとうございます」

 さらりと流しはしたものの、胸がときめいていた。帰らないで、とすがられたらどうしようか、とちらっと胸をよぎったが、カズヤもそこまでは言わなかった。

「好きな女性のタイプですか? 今、片想いしている女性はいるんですよ。
 すっごく仕事のできる年上のひと。彼女が僕の理想のタイプだな。
 告白したいんだけど、彼女、本気に受け取ってくれないだろうし。

 それに、僕はこれからシンガーとして成長していかないといけない立場だから、女性とつきあってる場合じゃないんですよ。あと十年、彼女が待っていてくれたらいいんですけどね。
 ええ、今は彼女はいませんよ。だから言ってるじゃないですか、そんなことをしてる場合じゃないって」

 女性週刊誌に載った相川カズヤのインタビュー記事を読み、思わずどきっとした。
 これ、私のこと? ちがうよね、そんなはずないよね。私のこと、三十五歳だと思い込んでるんだろうけど……ないよね、まさかないよね。

 四十二歳だって打ち明けるべきかしら。でも、正直に話すのも馬鹿みたい。それがどうしたの? どっちでもいいじゃん、って笑われそう。その程度の分別は峰子にも残っていたが、これが私のことだったらいいのにな、との想いは消せずにいた。

END







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