ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS一日の物語「黄昏」

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フォレストシンガーズ

「黄昏」

 あすなろ合唱団トワイライトコンサート。
 区民会館小ホールの前には、そんな看板が立っている。あすなろかぁ、小学校のときに俺が入ってたのは「横須賀あすなろ少年合唱団」だったな。名前に惹かれて中に足を踏み入れた。

「あ……席、まだあります?」
「売り切れです、チケットをお持ちでない方にはご遠慮いただいてます」
「そうですか、すみません」

 このホールの大きさからしてもメジャーどころではないだろう。あすなろ合唱団なんて聞いたこともない。プロなのかどうかも不明な合唱団は、我々よりは人気があるのか。フォレストシンガーズはこのホールのチケットをソールドアウトさせられるかな、無理だろな、苦笑しながら出ていこうとしていたら、背中に声がかかった。

「三沢くん?」
「そうですが……ええっと……」

 振り向くと、中背小太りの男が立っていた。

「きみはあんまり変わってないね」
「は、はあ……」
「俺は変わっちまったでしょ。三沢幸生さんですよね?」
「そうですけど、えとえとえと……すみません、思い出せません」

 正直に言うと、彼が名乗ってくれた。

「田原佳樹です。覚えてもらってないかな。あすなろっていっても三沢くんは覚えてないのかな」
「……あすなろ少年合唱団? あそこにいらしたんですか」
「そうです。俺は三沢くんよりもふたつ年上で、同じ時期に合唱団にいましたよ」
「田原さん……田原さんねぇ」
「リナちゃんって言っても記憶にない?」
「莉奈ちゃん? え? あ、あっ!!」

 過去に関わった男については忘れる場合もあるが、女性は残してある。小学校のときに好きだった莉奈ちゃんを、合唱部の奴にかっさらわれた記憶も消えてはいなかった。

 かっさらわれたといっても、小学生なのだから恋人同士ってわけでもない。ただ、俺が好きな莉奈ちゃんは他の奴が好きってだけだった。莉奈ちゃんの好きだった奴の名前は佳樹。少年合唱団の先輩。背が高くてすっきりさらりの美少年アイドルタイプだった。

 合唱団では名前で呼び合っていたので、姓は意識していなかった。そうか、佳樹は田原といったのか。
 子どもは成長するにつれて変化していく。冴えない女の子が驚くほどの美人になっていたりもすれば、その逆で、美少年が太ったおっさんに変身していたりもする。小学生から二十代になったのだから変わっていて当然だ。

 小柄で細くて少年体型で、二十五歳になってもガキっぽいといわれる俺は、昔なじみに再会してもじきに思い出してもらえる。全然変わってないね、と言われるのが常で、喜んでいいとは思えないが、佳樹みたいに変化するよりはいいかもしれない。

 成人してる? 免許証見せて。飲酒喫煙しているとそう言われる俺よりも、佳樹はふたつ年上なだけだ。とすると二十七歳。ま、男はこんなふうに変身するケースもよくあるので、驚く必要はないのだろう。

「三沢くんはプロになったんでしょ。なにかで見て、お、って思ったんでよーく覚えてたんだよ。知らなかったとしても変わってないから気がついたかもな」
「田原さんは……?」
「あすなろ合唱団は俺のグループだよ」

 町内会の趣味のサークルのような形で結成された合唱団が、徐々に規模が大きくなっていったのだと佳樹は言う。中学生から老人までが所属している男声合唱団のコンサートを、毎年このホールで行っているのだそうだ。

「ほんとはもっと大きなホールを押さえたかったんだけど、今年は小ホールしか空いてなかったんだよ。三沢くんは見にきてくれたの? チケットがない? 無料だと思ったんでしょ? いやいや、そうだろうそうだろう。いいよ、俺の顔でフリーパスにしてもらうから」

 たまたま俺が通りかかってラッキーだったね、と佳樹は笑った。
 
「おいくらですか」
「いいんだよ。俺たちは営利団体じゃないんだから、ひとりくらいはただで入ってもらってもいいんだ。一般の客には金をもらったほうが、ちゃんと聴いてくれると思って有料にしてるだけ。マナーの悪い客もいるもんな。三沢くんたちなんかは大きなホールでやるんでしょ。変な客もいるだろ」
「フォレストシンガーズのファンの方はみなさん、とっても熱心でマナーも最高ですから」
「ほほぉ」

 実はそんなに大きなホールでやったことはない。フォレストシンガーズはデビューしてから約二年、単独コンサートはめったにやれなくて、地方での歌謡ショーに出してもらえたらラッキーな程度の知名度しかないのだから。

「俺もフォレストシンガーズを知ってから、一度はコンサートに行きたいと思ってるんだけど、情報が見当たらないんだよね」
「フォレストシンガーズには公式サイトはありますから」
「そりゃそうだろ。うちにだってあるよ」

 外見は変わったが、中身はさほど変わっていないと見える。佳樹は俺にチケットをくれ、田原の友達だと言ってくれ、と言い残して控室に戻っていった。

 おそらくはメンバーの身内が大半なのだろう。赤ちゃんから老人までのアットホームな雰囲気の客席の、いちばん前の右端がチケットの席番だった。俺が席について間もなく、コンサートの幕が開いた。

 赤ちゃんが泣いている。子どもが笑っている。おじいさんが日本酒を飲んでいる。おばあさんとおばさんが私語をかわしている。フォレストシンガーズを聴きにきてくれたのではないお客ばっかりの、なんとかフェスティバルの客席に似ていた。

 ヒット曲や童謡やといった大衆的な、俺はすべて知っている歌の数々。フォレストシンガーズもステージで歌ったことのある歌が、次々に披露される。真面目に聴いているお客もいれば、居眠りしているひとやら、つまんね、と呟いて出ていってしまう少年やらもいた。

「今日はすごいゲストが来てくれてるんですよ。みなさん、知ってる? フォレストシンガーズの三沢幸生くん。どうですか、そこのあなた、知ってる?」
「知らなーい」
「あなたは?」
「知らないよ。誰?」

 マイクを手にした佳樹が、客席の前のほうに問いかける。尋ねられた数人は全員、知らないと答える。そりゃそうだろ。フォレストシンガーズを知ってるひとなんてめったにいないっての。
 むろん佳樹は俺の席を知っている。ステージの上から俺を見つめて言った。

「残念だったね、三沢くん。知らないんだそうだ」
「……そのうちにはこのホールのみなさんが、はーい、知ってますぅっ!! って唱和して下さる存在になってみせます。みなさま、フォレストシンガーズを覚えて下さいね」

 立ち上がって叫ぶと、拍手してくれるひともいた。

「ありがとうございますっ!! 三沢幸生、がんばりますっ!! 田原佳樹さんとは少年合唱団当時の先輩、後輩なんですけどね、あのころの田原さんって……」
「三沢くん、いいよ、もういいよ。じゃあ、次の歌に行きます」

 ひょっとしたらステージに上がれ、一緒に歌おう、と言われるのかと身構えていたのだが、俺が叫んだから中止にしたのかもしれない。
 佳樹くん、俺に恥をかかせようとたくらんでた? 中身が変わっていないのなら、きみだったらおおいにあり得る発想だよね。

 ステージに俺を上げて、さらに恥をかかせようとした? だけど、俺はプロだもの。歌わせたら恥をかくんじゃなくて、あすなろ合唱団が食われちまうって思ったんじゃない?
 あのころの俺は少年合唱団では下っ端で控えめだった。佳樹は変声期を迎えて俺とは入れ替わりに近い形で退団したから、三沢幸生の性格は知らないだろう。

 人は変わるんだよ。三沢幸生だって変わったんだ。なんたって俺はポジティヴシンキングのユキちゃん。なんだっていいほうに解釈するんだから、プロのシンガーに食われないように、佳樹は俺をステージには上げなかったんだと考えておこう。

END








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~ Comment ~

NoTitle

昔馴染みは覚えているものですよね。
特に気になる異性だと。
私も覚えているものですね。
しかし、変わるというのも難しいなあ。。。
今の年で変わるのも難しい、、、。。。
(ーー;)

LandMさんへ

v-12いつもありがとうございます。
幼顔と大人の顔と、ものすごく変わるひとと変わらないひとがいますよね。

内面は……たしかになかなかむずかしいと思います。
渡しなんかは変わりたくはないので、別に今のままでいいのですけど(^^;)
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