ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/八月「夾竹桃と曼珠沙華」

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夾竹桃
花物語2016

8月「夾竹桃と曼珠沙華」

 涼やかな美貌を持つ長身で細身の女。好みのタイプにぴったりだ!! 直人は彼女に近づいていった。

「詠月さんとおっしゃるんですか……」
「変わった名前でしょ。九月の異名なんですって」
「ということは、九月生まれなんですね」

 肯定の意味で微笑んだ詠月の顔に、直人は完全にとりこになった。

 先輩が退職して直人が後任になった、得意先の社員、澤詠月。宝塚みたいな名前だなと、直人は平凡な感想を抱いた。変わった名前は話の糸口になるからいいのだが、そんなことはどうでもいい。詠月とつきあいたかった。

「詠月さん、よかったら食事に行きませんか」

 はじめて彼女を見かけてから約一か月後。うまい具合に社員の退勤時刻と、直人の営業トーク終了時刻が一致した。担当者に辞去の挨拶をして出ていこうとしていたら、帰り支度をした詠月と会ったのだった。
 勤務中の詠月は、簡素でセンスのいいブラウスとパンツという姿が多い。今日はいくぶんフェミニンなワンピースを着ていて、デートかな、と思ったのだが。

「いいですよ、嬉しいわ」
「……僕のほうこそ」

 嬉しくて舞い上がりそうだ。
 こんなに簡単に誘いに応じてくれるのは、詠月はフリーなのだろうか。直人には彼女というほどでもなく、デートというほどでもないことをする遊び相手だったらいるが、詠月が決まった恋人になってくれるのならば、そんな女たちは全員切り捨てていいつもりになった。

 グラスワインにちょっとだけ酔って、直人は詠月を見つめる。詠月はグラスワインごときはへっちゃらなようで、頬に赤みがさしてもいない。クールで怜悧な美女……こんな女がいるんだな。プライベートな会話をしていれば、彼女の頭の切れ具合も冷静な性格もわかったつもりになった。

「詠月さん、早速だけど、僕とつきあって下さい」
「つきあう、ねぇ」
「誰かいるんですか」
「つきあってるというような人はいません。っていうか、私、ひとりの男性と長続きしたためしがないのよ」
「僕がその、長続き第一号になりたい」
「そうねぇ。やってみてもいいけどね」

 追えば逃げる、逃げられれば追う。恋愛にはそういうところがあるのだろう。そっけなく、どうでもいいわ、という態度を取られると、直人の気持ちは燃え上がった。

「じゃ、寝てみる?」
「へ?」
「へって、それって大切でしょ」
「あ、いや、ええーっと、そうですよね。でも、いいのかな」
「私もためしてみたいから」

 こんなにスムーズにものごとが運んでいいのか? 直人としては頬をつねってみたくなる。いや、こうもうまくことが進むって、俺、なんかだまされてない? とまで思う。ホテルに連れ込まれて覚醒剤を注射されるとか、隠し部屋のあるホテルのとなりの部屋に誰かがひそんでいて撮影されるとか、男があらわれて脅迫されるとか?

 まさか、考えすぎだよ。男があらわれるっての以外は、俺にそんなことをしたってなんのメリットもありゃしない。単に、詠月はセックス好きってだけだろ。

 勝手なもので、セックス好きの女かぁ、と思うといささか萎えた。彼女とつきあってできれば結婚も……と先走っていたのは冷めた。が、むろん抱くだけだったら大歓迎だ。細くてしなやかな身体は体温が低いらしくひんやりしていて、詠月とのベッドは最高に心地よかった。

「あ、ここ、カード使えるのかな」
「現金がないの? はい、これ、使って」
「ええ? ホテル代を女性に払ってもらうなんて……」

 食事代も、詠月が半分払った。薄給の身としてはありがたい反面、セックス好きの生意気な女、との反感もわずかながら起きていた。

「どうしてそういう考え方になるの? ふたりでこのベッドを使ったんだよ」
「うん、ま、そうだけどね」

 だったらさからわずにもらっておこう。昨夜から直人の気分はアップダウンが激しい。嬉しくて舞い上がったり、詠月の反応に白けたり、かと思えばまたまた感激したり。こんな女とつきあうと身が保たないよ、とも思うのだが、クールな横顔を見ていると、やっぱ美人だな、この女を俺ひとりのものにしたいな、との感情がこみ上げてくる。

 相反する思いが葛藤している直人に、先輩が久しぶりに電話をかけてきた。彼は詠月の会社を直人の前に担当していた男で、結婚して婿養子になり、妻の両親が営むコンビニを継ぐからと退職したのだった。

「そっか、うまくやってるんだ」
「なんとかやってますよ」

 用事でこのあたりへ来たから、飲みに行かないか、と先輩に誘われて、昔はふたりでたまに来た居酒屋に入った。先輩は声を低めて言った。

「あの会社に、おまえが昔つきあってた女がいるよ。知ってたか?」
「俺のつきあってた女? たくさんつきあったから誰だか見当もつきませんよ。心当たりのある女には会ってないけどな」
「もてるもんな、直人は。ほら、えっと……そう、紹介してもらったことあったよな。珠季ちゃんだよ」
「珠季……けっこう美人の?」
「そうそう、おまえ、面食いだもんな」

 深くはなくつきあって、じきに別れてしまった女だ。直人には未練もなかったが、珠季は心残りを感じていたはず。そんなことを思い出すと、縁があったのだから会いたくなってきた。

 そのつもりで探してみると、詠月の会社に珠季を見つけることができた。珠季は三十をすぎたはずだが、昔よりも綺麗になったように見える。惜しくなってきたのもあり、口実をつけて珠季を誘った。詠月さんって知ってる? の質問に、ああ、知ってる、と珠季は自然に答えた。

「へぇ、詠月とつきあってんのね。彼女はなにも言ってなかったよ」
「珠季は詠月とは親しいのか? 呼び捨てにする仲?」
「直人も呼び捨てにしてるんだね。珠季、詠月って……」
「おまえとはそういう仲だったんだし、詠月とは現在形でそういう仲だよ。っていってもな、なんだか複雑で……」

 はじめてホテルに行ったときからだと、三ヶ月ほどが経過している。その間に直人は詠月の会社に頻繁に出かけていっている。社用なのだから詠月といつでも話ができるわけでもないが、メールアドレスの交換はしたのだから、デートの誘いだって頻繁にしていた。

 いいよ、と応じて会ってくれる日もある。デートをすればホテルにも行った。三ヶ月の間に四度。恋愛がスタートしたばかりの時期とすれば少ないだろう。

 かと思えば、先約があるの、今日は駄目、との返事があったりもする。めんどくさい、という酷薄な返事だってもらった。詠月と会っていると心がざわめくのだが、会えないときにもざわめく。俺は彼女に恋してるのか? 詠月ひとりの俺になりたいとは思わないが、詠月を俺ひとりの女にしたい、とは思う。そして次の瞬間、あんな女と結婚はできそうにないな、とも思うのだった。

「詠月って変わった女だろ」
「どういう意味で言ってるの?」
「いろんな意味でさ」
「……そうだね。直人も馬鹿じゃないんだ。で、私からなにを聞き出そうっての? 詠月とは友達のつもりだから、なんでもかんでも喋る気はないよ」
「いろいろ教えてくれたら抱いてやるよ」

 軽い気持ちで言うと、珠季の眉が吊り上がった。

「お、おおお、ごめん。ジョークだよ。怒んなよ。そんなに怒るなって。ごめんって。珠季、待てよ。あやまるから待って。詠月に言いつけるなよ」

 立ち上がって店から出ていこうとする珠季を、直人は必死で追いかけた。支払いをしているうちに珠季はさっさと行ってしまったのかと思ったのだが、やや離れたガードレールのところにたたずんでいた。

「ひとつだけ教えてあげる」
「詠月のこと?」
「曼珠沙華が咲いてないかと思ったけど、真夏には咲かないんだね。この花、近いかもよ」
「この花?」
「夾竹桃」

 真夏の夜の中、埃っぽく暑苦しいピンクの花と、ピンクと較べれば涼し気な白い花が咲いている。詠月をこんな安っぽい花にたとえるとは、珠季、嫉妬してるのか? と考えている直人に、珠季は言った。

「曼珠沙華と夾竹桃には共通点があるんだよね。直人の手におえる花じゃないかも」
「どういう意味だよ」

 さあね、と鼻で笑って、珠季が背を向けた。送るよ、と言いたかったのだが拒否されそうで、直人は去っていく珠季の背中を見送っていた。

「曼珠沙華と夾竹桃の共通点? 曼珠沙華ってどんな花だっけ?」

 花には詳しくないので、帰宅した直人はインターネットで検索してみた。「曼珠沙華と夾竹桃の共通点」とは……曼珠沙華とは別名、彼岸花。彼岸花だったら直人も知っている。秋のお彼岸のころに咲く、ピンクの夾竹桃以上に暑苦しい赤い花だ。詠月はちっとも暑苦しそうではないのに。

「毒……そっか、毒があるのか。すると……」

 インターネットで判明したところによると、両者にはたしかに共通点があった。毒を持つ植物。すると、詠月にも……? どんな毒だ? 男をとりこにしてしまう毒? そんな毒女を飼い馴らせたらかっこいいじゃないか。
 けど、俺の手には負えないって珠季は言ったよな。そうなのかもしれない。

 珠季のあの言葉によって、直人の葛藤は深まるばかり。インターネットで見つけた曼珠沙華の花は、たしかに詠月に似ていなくもない。白い夾竹桃のほうは珠季に似ていなくもない。夾竹桃と曼珠沙華に取り合いされる男の図……を想像してみるのは、悪いものではなかった。

END









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~ Comment ~

NoTitle

こういう詠月さんみたいな人はいるんですかね。
いたら、会いたいような会いたくないような。
どちらでもいいのですけど。
人間的に興味はありますけどね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
一昨年九月の花物語「曼珠沙華」の詠月です。

実は彼女はsexが好きなわけではなく、むしろまったく性的なことには興味がなくて……それでむしろ、という感じなのですけど、近い女性だったらいそうにも思えます。

男性の場合は、そういう性質だと別方向になるのかな?
そういうひとには私も、人間としてとても興味があります。
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