ショートストーリィ(しりとり小説)

154「きみが美しすぎて」

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しりとり小説

154「きみが美しすぎて」


「……お、お母さん……」
「お帰り、秋果、どうしたの? 顔色が悪いよ」
「あり得ない!!」

 帰ってくるなり畳にぺたんと座り込み、秋果は両手で顔を覆った。ぎょっとした母の夏子は娘の顔を覗きこもうとする。秋果はいやいやをする。娘はどうも泣いているらしかった。

「どうしたのよ、秋果、なにがあったの? 俊平さんと喧嘩でもしたの?」
「お母さんの……お母さんのせいなんだからねっ!!」
「私のせい? お母さんがなにをしたのよ? 俊平さんとなにか? 俊平さんとは関係ないことで?」
「関係あるよっ!! 大有りだよっ!!」
「ちょっと、秋果!!」

 娘は自室に走り込んで中から鍵をかけてしまう。ややあって娘の泣き声が聞こえてきて、夏子は呆然とするしかなかった。

 先ごろ、秋果は恋人の俊平にプロポーズされた。秋果が我が家に伴ってきた俊平が正式に挨拶をし、秋果の両親と俊平の両親も顔合わせをした。結納はしない、秋果は仕事をやめない、結婚式はふたりだけでハワイで挙げる、その前に同居して籍を入れる、今どきらしい「結婚」に夏子も夫も異を唱えるつもりは毛頭なかった。

 ふたりで暮らすマンションを借りること、家具や家電の購入、俊平の生命保険の見直し、数か月先になる新婚旅行を兼ねたハワイ挙式の予約、秋果も俊平も仕事をしつつ、それらをこなしているのできわめて多忙だ。夏子もできる限りは娘を手伝ってやっていた。

 幸せな新生活間近の今になって、娘のあの態度はなんなのだろう? 夏子は居ても立っても居られない。私に関係あることで? なに? 夏子はそわそわと娘の部屋の前を行ったり来たりしていた。

「だけど、お母さんが悪いわけでもないの? ううん、お母さんが悪いんだよ。俊平はもっと悪いし、もっと言えば……ああっ!! あり得ないっ!!」

 泣けてくるのはどうしようもないのだが、せめて静かに泣こうと秋果は思う。けれど、悔しくてやるせなくて情けなくて、涙の合間に叫んでしまう。母に責任転嫁はしたくないが、あれがそもそもの発端だったのだから。

 半年ほど前、俊平が生命保険の見直しをしたいと言ったのは、結婚するのだから当然だったのだろう。今までは若者向きの簡単な保険にしか入っていなかったと聞いて、秋果は母親に相談した。

「それはいいことね。じゃあ、お母さんの友達を紹介しようか」
「保険の外交やってる友達って、茅子おばさん?」
「そうよ。秋果も会ったことはあったよね」

 子どものころに母に連れられて、茅子おばさんに会ったような記憶はある。母と一緒に茅子おばさんの家に遊びにいったこともあったようだ。母も茅子おばさんも主婦としての日々に流されていくうちに疎遠になった。この世代の女性にはよくある話だろう。

「同窓会で再会したのよ。茅子さんはいつの間にか仕事をはじめてたってのも、秋果に話したよね」
「うんうん、だから覚えてたんだね」

 ならば俊平が茅子おばさんに直接会って、保険について話せばいい。俊平も相談に乗ってもらえるし、うまくすれば契約が取れるのだから茅子おばさんも嬉しいだろう。

 母が取り計らってくれて、俊平は茅子と話をしたらしい。親切で優しい女性だったよとの俊平の報告を聞き、契約してもらったらしいね、茅子さんからお礼を言われたわ、と母からも聞き、保険の話はそれで終わったと秋果は考えていた。母も、うまくいってよかったね、と満足げだった。

「秋果ちゃん、俺、悩んだんだけどさ……」
「どうかしたの? そういえばこのごろ、元気ないよね。忙しすぎるの? 仕事も大変だものね。身体には気をつけてね」
「うん、ありがとう」

 近頃のデートは婚約する前よりも実務的になって、打ち合わせばかりしている。ドライヴをするとしても遊びにいくのではなく、家具や雑貨を見に行くようになる。それでもそれも秋果には楽しかった。今日も俊平と新居の最終確認をして、いよいよ引っ越すんだなぁ、との実感を新たにしながらの夕食どきだった。

「秋果ちゃんは優しいいい子だよ。マンションも決まりかけてる。結婚式と新婚旅行の予約もできそうだよね。秋果ちゃんは会社には報告した?」
「親しい同僚と直属の上司には話したから、噂になってるかもね。俊平くんは?」
「いや、俺はまだ……」
「私が会社の人に話したらいけなかったの?」
「そうは言わないけど……迷ってるんだ」

 なにを? と問い返しそうになって、秋果は口を押えた。え? まさか……?

「このまんまでもいいんだよ。秋果ちゃんと結婚するのはいいんだ。だけど、俺の性格からして不実な真似はできないんだよね。話すと秋果ちゃんを傷つけてしまう。きみに捨てられるかもしれない。けど、話さないと俺は苦しいんだ」
「なんのことなの? はっきり言ってよ」

 ひとつ深呼吸してから、俊平は言った。

「つきあってるひとがいる。彼女は結婚してるんだから、ただの遊びだろうね。俺が秋果ちゃんと結婚したら身を引くって言ってるよ。だけど、そんなのって俺の気持ちがおさまらないんだよ」
「不倫してるの?」

 不倫というと女性が独身、男性が妻子持ちが圧倒的多数だろうが、逆もあるとは聞いたことがある。秋果の会社の先輩が既婚にも関わらず、若い男の子をつまみ食いしたと自慢気に言っていたのは近い出来事だ。

「……私って……そんなに鈍感だったんだ。全然気がつかなかった。いつから?」
「はじめて彼女に会ったのは半年くらい前かな。仕事の関わりで幾度か会ってるうちに、お礼にごちそうさせてとか言われてさ……彼女、すっげぇ美人なんだ。年上なんだけど、かなり年上なんだけど……」
「仕事の関係者?」
「あの……」

 きみのお母さんが……と俊平が小声で呟いたのを聞いた秋果は耳を疑った。

「は? ええ? 嘘でしょう?」
「嘘だったらよかったんだけどね。後悔してる、のかなぁ。俺にも自分の気持ちがわからないんだよ」
「だって、だって……あのひと、あのひとでしょ?」

 名前を口に出すのがおぞましい。

「あのひと、そんなに綺麗なの? だって、おばさんじゃん」
「秋果ちゃんは性格いいよね。がんばり屋だけど温厚で、気配りや気遣いもできる女性だ。俺は女性を外見では選ばない。だから秋果ちゃんと結婚するって決めたんだ。俺はそんな自分が、軽薄でもちゃらくもないいい男だって思ってたんだよね」

 ずいぶんな言われようではないのか? 秋果は美人ではないと自覚しているが、中身だけがいいと言われるのも、若い女としては嬉しくはない。

「だけど、美人には弱いんだな。俺も俗な男だね」
「若くて性格のいい婚約者よりも、綺麗なおばさんを選ぶんだね」
「まだ決めてないよ。秋果ちゃんが許してくれるんだったら……」
「やり直したい?」
「……わからない」

 苦悩の表情になる俊平を見ていると逆上してしまいそうだったから、そこで秋果は席を立った。
 ひとつも気づかなかった鈍感な秋果に、いっそ俊平も打ち明けないでくれたらよかったのに。知らないことはなかったこと。俊平が結婚前の遊びと割り切ってそれきりにするのなら、本当になかったことになったのではないだろうか。

 知ってしまった以上、俊平を許してもプライドが許せない? 婚約者の遊びで破局した哀れな女だと周囲に言われるのも、秋果のプライドが許せない。

 どちらを選んでも秋果は、完全には忘れられないだろう。ならば俊平を捨て、別の男を探したほうがいい。あんな男、こっちからふってやる、自宅に帰るまでにはそう結論付けたはずだったのが、母の顔を見た途端に想いが噴出してしまった。

 秋果は子どものときに会っただけで、茅子とは二十年も会っていない。綺麗なおばさんだったのかどうかも記憶にない。母の友達であり、保険のおばさんでもある中年女性が美人でもそうでなくても興味はないので、写真を見せてもらおうともしなかった。独身なのか既婚なのかも母に尋ねなかった。

 母は五十歳だから、茅子も五十歳前後だろう。その年頃のおばさんが俊平を誘惑する、俊平がその気になる、なんて想像もしてみなかった。俊平が誘ったのならは……なお想像もしたくなかった。

「事実は小説よりも奇なり……ってこれだね」

 泣いて泣いてすこしだけ落ち着くと、秋果はベッドで自嘲の笑みを漏らした。
 真相を母に告げる必要はあるだろう。母は茅子と絶交するだろう。父は怒り狂うだろう。婚約破棄の慰謝料などという話になるかもしれない。そんな諸々を淡々とこなすしか、秋果には道はない。

 冷静になって考えれば、誰が悪いわけでもないのかもしれない。でも、秋果としては、母が悪い、あのおばさんはもっと悪い、俊平がいちばん悪いっ!! と怒るほうが気が楽なのだった。

次は「て」です。









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~ Comment ~

NoTitle

知らないことは無かったこと……ですねぇ。笑
こんなに知りたくなかったという出来事もそうそう無いですよね^^;

「~けど、話さないと俺は苦しいんだ」ってセリフもなんだか嘘みたいに思えました。
話してる時点で別れたいんじゃないだろうか、と…

NoTitle

これはほんとうに「ありえない!」って叫びたくなりますよね。
綺麗って言ったっておばさんじゃん!って。
でも、こんな彼とは結婚しなくて正解ですよ。
綺麗かどうかだけでなびいてちゃ、これから先大変だもの。
逆にお母さんに感謝しなきゃね。
まあお母さんは、その茅子おばさんは絶交ね^^; 手を付けるなら、もっとフリーの男の子を狙いなさいって、ね。

夢月亭清修さんへ

いつもありがとうございます。

知りたくはなかったけど、あとで知ったらそれはそれで腹が立ちそうな気もしますよね。

この婚約者の場合、自分が楽になりたいがためだけに話したのです。
それでどうするかはきみが決めて……ってね。
やり直したい、と彼女が言ったとしたら、きみがそう決めたんだろ、すんだことなんだからうだうだ言うなよ、とか言いそうですよね。

limeさんへ

いつもありがとうございます。

私の年齢や立場は秋果の母に近いですので、私がこの母だったらどうするか、と想像してしまいます。

茅子の旦那に密告するとか?
なんて野暮なんでしょ、あなたを見損なってたわ、とか逆切れされそうな気もします。

秋果はこんな男と結婚しなくて正解。
それは大賛成です。
で、彼、近いうちには誰か別の女性と婚約したりして? そうしてまた……なんでしょうか?
続編が書きたくなってきました。

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