ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS一日の物語「午後」

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フォレストシンガーズ

「午後」

 ぽこっという音がしたような気がして目が覚めた。
 なんの音? ああ、眠りから浮かび上がった音だ。深い泥の中で眠っていた気分。俺はいつだって熟睡しているから、どこかに沈み込んで眠りをむさぼっているようなものなのだ。

「何時だ? へ? こんな時間?」

 遅刻?
 いや、もうこんな時間から焦ったってしようがない。開き直るしかない。
 あれ? あれれ? ちがうだろ。

「今日は休みじゃないか。なーんだ、焦らせるなよ」

 もう一回寝よっと。
 そのつもりで布団にもぐってみたが、頭が冴えてしまったので寝られそうにない。とうに午後になっている休日、休みとなると寝呆けていて半日くらい無駄にするのはよくある話だ。無駄にしたのではなく、休養を取ったのだと考えよう。

メジャーデビューしてから二ヶ月ほどの新米ヴォーカルグループ、フォレストシンガーズ。デビューした途端に売れるなんて甘く考えていたわけではない。俺はプロにもなれないロックバンドにいたのだから、この業界がきびしいのは知っていた。

 だけど、もうちょっと話題になってもよくないか? CDだって売れてもよくないか? そろそろワンマンライヴの話も出てきてもいいんじゃないか? ギャラだって上がってもよくないか? テレビの歌番組には出られないのか?

 たいした仕事もないのに忙しいのは、練習が多いからもある。仕事というと地方に行くのが多いからもある。これから俺の大嫌いな冬が来るってのに、雪深い地方にいかされたりもするんだろう。俺はユキは嫌いだ、大嫌いだ。

 頭の中が不満でいっぱい。デビューしたってのにこうだなんて、俺ってあいかわらず恵まれない若者だな。

 それでも腹は減るので、顔を洗って服を着て、なにか食いにいこうと部屋を出た。
 大学に入るために上京したときに、親が借りてくれたアパートだ。大学を中退したので親父が沸騰しそうに怒り、仕送りは止められたから、家賃や光熱費も自ら支払うようになった。中退してからはバイト暮らしだったが、ロックのためならつらくはなかった。

「プロになりたいよな」
「CD出したいよな」
「タカシんとこ、インディズレーベルからだったら話がきたんじゃないのか?」
「来たけど、金がいるっていうんだよな」
「だまされてないか?」

 そんな話をしたロック仲間たちから見れば、ロックではない歌でもプロになれた俺は恵まれているらしい。羨まれたり、ころび伴天連みたいな裏切り者だといわれたりする。たまに昔のロック友達に会うと、ねちねちからまれたりもする。

 こんなアパートに住み続けているから、おふくろがコンタクトを取ってくるんだよな。だけど、金がないから出てもいかれない。一応はプロのシンガーがこんなところに住んでるなんて、テレビのロケでも来たらどうするんだよ。

 いや、そんなものは来ないって。

 でも、俺らがテレビに出るっていったら、バラエティがもっぱらだぞ。売れないミュージシャンの私生活拝見なんて企画を通されたらどうする? うわわ、やめてくれぇ。
 ああ、明日もまた芸人たちに混ざってテレビに出るんだよな。いやだな、仕事で歌えないって憂鬱だな。ああ、やだやだ。

 明るいことはなにひとつ考えられないまま、歩いて商店街に出た。大衆食堂に入ってチャーハンと餃子を頼む。今日は休みなんだから、ニンニクも平気だ。

「章くん……」
「よっ、久しぶり」

 男のロック仲間には会いたくない。数少ないとはいえ、ロックをやっていた女の子たちにも会いたくない。俺のいたジギーは俺以外は女のバンドだったから、メンバーになんか絶対に会いたくない。が、俺に声をかけてきたこの女の子、ただのファンだった彼女とだったら、お喋りできるのは嬉しかった。

「章くん、どうしてるの?」
「大きな声を出したり悲鳴を上げたりすんなよ」

 売れてないのだから昔の知り合いにだって、俺がプロになったとは知らない奴もいる。俺は声を低めて。彼女、マヤに告げた。

「へぇぇ、そうなんだ。テレビに出るの?」
「出なくもないんだけど……」
「ヒットヒットJ-POPに出る?」
「出たいけどな」

 地上波では音楽番組は少なくなっているが、マヤが口にしたのは老舗の人気番組だ。

「出ればいいじゃん? 出してもらえば?」
「簡単に言うなよな」
「なんで?」
 
 きょとんと問いかけるマヤは、本当にどうして出られないのかわかっていないらしい。そのうちには「今週の注目曲」コーナーくらいにだったら出られるかもしれないが、フォレストシンガーズがヒットを飛ばすとは、現段階では俺には想像もできないのだった。

「章くんのバンド、ジギーがデビューしたんでしょ?」
「ちがうよ。男ばっかのグループだよ」
「男のロックバンド? かっこいい?」
「男のヴォーカルグループだよ。かっこよくなんかねぇのっ」
「なんだ、そりゃ」

 ロックファンの女の子なのだから、急につまらなそうな顔になった。

「あたしはそんなの嫌いだけど、章くんのバンドなんだったら応援してあげるよ」
「バンドじゃないけど……うん、ありがとう」
「だからさ、マヤのお願いも聞いて」
「なんだよ」

 一度でいいから章くんに抱かれたいの、だったら聞いてやってもいいと思っていたら、マヤは内緒話めいて囁いた。

「タミーが章くんのこと、好きなんだよね」
「タミーって誰だっけ?」
「本名は民子。覚えてない? ジギーのおっかけの中にいたでしょ。タミーはミミのファンだって言ってたけど、ほんとは章くんのファンなんだよ」

 アマチュアだとむしろファンとの距離が近いから、ジギーにだっておっかけはいた。女の子のバンドにも女のファンが多く、ギタリストのミミは相当に人気があった。

「言ったらいけないんだけど、誰かが章くんと寝たって聞いたら、ほんとにほんとにうらやましそうな顔をしてた」

 内緒だよ、と釘を刺して、気に入った女の子と寝たことは何度もある。内緒だなんて通用しないのは承知の上で言っていたのだ。

「だからさ、タミーと……」
「覚えてないな。どんな女?」
「プリクラがあったかな」

 バッグの中を探ったマヤは、手帳に貼ってあるプリクラを見せた。
 ひとりはマヤ、もうひとりがタミーなのだろう。メイクの濃い若い女の子。マヤだったらいいけれど、こっちは……体型だけでもパスしたくなる、俺の趣味からはかけ離れた女だった。

「タミー、可愛いでしょ? こういうぽっちゃりした子ってもてるんだよね」
「……もてるんだったら俺にこだわらなくていいだろ」
「タミーって世話女房タイプだし、つくしてくれるよ。いっそつきあう?」
「……ごめん、急用を思い出した」

 喋りながらチャーハンを食ってはいたが、食欲が失せた。アマチュアのころだったらはっきりと、こんなデブ、勘弁してくれ、と言ったのだが、プロになるとファンを拒否してはいけないのかと思ってしまう。

 なんでもかんでも受け入れられるわけもないし、寝たいなんて誘いは断ってもいいはずなのに、憂鬱気分が倍化した。
 仲間たちには言えないけど、こんなじゃプロになっても意味ないってか、昔以下ってか? プロになれた歓びを落としてしまうような出来事ばかりだ。

END







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失礼致しました。

つねさんへ

ご訪問。コメント、ありがとうございます。

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つねさんもホームページ運営がんばってくださいね。

NoTitle

音楽で紅白まで行った人ですら、
「音楽で生きていくなんて正気の沙汰じゃない。」
・・・というぐらい厳しいのが音楽の世界ですからね。
TVに出ても、私生活覗かれたり、バラエティ番組に出たりしないといけなくて、音楽だけで生きていくって大変ですもんね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

私の知人のシンガーさんも、若い子に相談を持ち掛けられると言ってました。
私はこうして生きてきたけど、音楽で身を立てたいと言う子にはオススメはしにくいな、と。

若者には夢を追ってほしいけど、私も身内だったら反対しそうですしね。
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