別小説

ガラスの靴64

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「ガラスの靴」

     64・美人

 またまた今夜も酔っ払いのアンヌが、酔っ払いのお客を連れてきた。客間のソファで向き合っているのは、アンヌのバンド「桃源郷」のベーシスト、轟・ゴー。トドロキ・ゴーと読む。桃源郷のメンバーは全員「・」つきの芸名を持っていて、アンヌは新垣・アンヌだ。

 轟という字は「ゴー」とも読むからとの安易な芸名のゴーさんは、中肉中背の平凡なタイプだが、ミュージシャンらしい空気はまとっている。
 もうひとりは女性で、僕は彼女を知らない。園可です、とだけ名乗った彼女は二十代の半ばくらいか。小柄で華奢でとびきり綺麗な顔をしていた。

「あれぇ? アンヌは?」
「ソノカちゃんが煙草は嫌いだって言ったから、外で吸ってくるって出てったぜ。ねえねえ、ソノカちゃん、俺とつきあわない?」

 前半は僕に向かって、後半はソノカさんに向かってゴーさんは言い、ソノカさんは目をしばたたいた。

「そんな、私はゴーさんのことなんかなにも知らないのに……ゴーさんだって私のこと、なんにも知らないでしょ」
「つきあったら知れるじゃないか」
「ろくに知りもしないのに、私のどこが好きなんですか?」
「美人だから」

 けろっとゴーさんは応じ、ソノカさんは僕を見た。
 音楽業界人種ってのはこういう奴が大半なんだよ。女性とつきあうことを深くなんか考えていないから、吉丸さんやフジミさんみたいな輩ができあがる。ゴーさんも同類だとはアンヌに聞かされていた。僕は運んでいったウィスキーやおつまみののったトレィをテーブルに置き、ソノカさんに質問した。

「あなたってどういうひと?」
「小説家の卵で、大学院生です」
「小説家? そんなひとがどうしてミュージシャンにまぎれこんでるの? 知可子さんの紹介とか?」
「知可子さんってどなたですか」
「知可子さんは小説家ってか、ケータイ作家だよ」
「ケータイ作家は小説家ではないんじゃないでしょうか」

 どうちがうのか僕にはわかりづらいが、ケータイ作家と小説家の差は、焼き肉の煙と煙草の煙ぐらいはちがうのだろうか。どっちにしても、ソノカさんは知可子さんを知らないらしい。

「半年ほど前に、出版社の新人賞公募に小説を応募したんです。そのときに写真もつけておいたら、出版社から電話がかかってきたんですよ」

 あなたの小説はイマイチだったけど、美人だねぇ、指導してあげるからしっかり書いてみない? と編集者に言われ、ソノカさんは承諾した。

「どんな題材で書きたい? って訊かれたんで、音楽小説が書きたいって答えたんです。そしたら、編集者がさまざまな音楽家に会わせてくれました。クラシックやジャズや、沖縄の音楽をやってるひとや、フランスのシャンソン歌手やレゲエのミュージシャンや、そして、桃源郷のみなさんにも」
「なるほどね」

 今夜はその編集者も含めて、ソノカさんは桃源郷のみんなと飲んで語ったり、インタビューのようなことをしたりしていた。その流れでアンヌがソノカさんをも我が家に連れてきたのだった。

「僕は小説なんか読まないからわからないけど、ゴーさんは読むの?」
「読まないよ。もちろん、ソノカちゃんの書いたものだって読んだことないよ。ってか、まだ完成させてないんだろ」
「完成した作品はありますけど、これは駄作だと言われました。ただいま修行中です」

 素朴な疑問。駄作しか書けない作家の卵をなぜ指導する? 美人だからか? 小説の世界ってそんなふう? 芸能界もそんなものだろうから、おかしくもないのだろうか。

「だったら卵ってよりも、作家志望、修行中だろ」
「デビューは保証されてますから」
「駄作なのに? 美人って得だな」
「得じゃありません」

 きっ!! という表情になって、ソノカさんは言った。

「ゴーさんみたいに、中身も知らないのにつきあってほしいという男性もいる。作家としての勉強をしている間には、セクハラも受けました。私の中身なんか見てくれない男ばっかり」
「どんな中身? ってか、中身なんかあるの? 内臓だの皮下脂肪だのだったらあるんだろうけどね」

 こんな会話をどこかの誰かもやっていたような記憶がある。美人はみんな、私の顔ばかりじゃなくて中身を見て、と言いたがるらしい。美人の仲間であるアンヌはそんなことは言わないが。

「皮下脂肪って、私は体脂肪は少ないですよ」
「うん。そういう意味じゃないんだけどさ……セクハラ?」
「ええ、セクハラされました」
「痴漢にも遭う?」
「痴漢は案外、私みたいな上等の美人には寄ってこないんです」

 真顔で、私みたいな上等な美人、って言うか? カンナさんが聞いたら内心噴火するのではなかろうか。

「わりに社会的な地位の高い男性でないと、私には手を出せないみたいですよ。編集者ってプライドが高くて、エリートだって自分では思ってるんです。作家の卵なんて存在は自分のさじ加減ひとつでどうにでもなると勝手に決めてるから、美人にセクハラするのも日常茶飯事なんですよね。由々しき事態だ」
「俺らの業界にもよくあるよ。俺はきみがセクハラされてたって、セクハラに乗っかって成功しようとたくらんでたって気にしない。野心のある女は好きだよ」
「話がずれてます。気にするのは私です」
「いや、きみが俺の女になるんだったら、俺にだって関係あるだろ」

 きみのためだったらセクハラ男を撃退してやる、ではなく、俺は気にしない、か。ゴーさんらしい。

「なりませんから」
「遠慮しなくていいんだよ。きみは単なる作家の卵。俺は成功したミュージシャン。俺のほうが上だからって引け目に感じなくていい。きみも近いうちには本物の作家になるんだろ」
「あのねぇ……」

 ふーむ、ゴーさんの論理はこうなのか。ここまで厚顔無恥だといっそあっぱれだ。

「女は美人だってだけで値打があるんだよ。だからさ、遠慮しないでいい。俺の女にしてやるから」
「けっこうです」
「卑下すんなよ」
「してません」
「卑屈になるな」

 ことここに至ると、ゴーさんはわざと言っているのかと思えてきた。からかっているのかもしれないし、あわよくば、なのかもしれない。僕はふたりに水割りを作ってあげた。

「どうして私が卑屈になる必要があるんですか。私には卑下する要素なんかありません」
「ふーん、アンドロイドみたいだね」
「……ゴーさんって彼女はいないんですか」

 別方向から反論でもするつもりか、ソノカさんの質問にゴーさんはさらっと答えた。

「いるよ」
「……お話になりませんっ!!」
「まあまあ、興奮しないで。俺に彼女がいると悔しい? まあ、あいつには飽きてきてるから、きみのために別れたっていいんだけどね」
「その女性は美人ですか」
「美少年だよ」
「……」

 やはりからかっている。吉丸さんじゃないんだから、ゴーさんは美少年と恋人同士になる趣味はないはずだ。

「彼女って言ったじゃありませんか」
「あ、まちがえた。美人だ。決まってんじゃん。俺は綺麗な女としかつきあわないんだから」
「……頭が痛くなってきた……」
「そっか。惚れてきたの? やめたほうがいいぜ。俺に惚れると怪我するぜ」

 とうとう僕はぶっと吹き出し、ものすごい目でソノカさんに睨まれた。どこからともなくあらわれたアンヌがうしろから、ゴーさんの頭をごんっとやる。ゴーさんは頭を抱えて椅子からわざとらしくころげ落ち、フロアで唸っている。アンヌはソノカさんに言った。

「作家になりたいんだったら、こんな変人と触れ合うのもいい経験だろ」
「アンヌさんもぐるになって、私を愚弄したんですか」
「ふふふん」

 その通り、と言いたいのか、アンヌは笑いながら足先でゴーさんをくすぐっている。まったく僕の奥さんは人が悪いのだが、お人よしなんてアンヌじゃないんだから、こんなアンヌが僕は好きなんだから。

続く








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美しいだけで価値がある。
確かにごもっともだと思いますけど、私はあまり重視しないかな。
あまり顔とかを見る人でもないですからね。
確かに雰囲気とか清潔感とか生理的な欲求として要求はしますけど、
最低限整っていればそれでいいかな・・・とは思いますけど。
人それぞれですよね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

LandMさんはルックスよりは若さに価値を置く方なのでしょうかしら。
人それぞれ、なにが大事かはさまざまですよね。
結婚相手となると顔で選んで大失敗!! とかいうのも聞きますが、遊び相手だったらそりゃあ、男は美人がいいんだろうな、と。

私は今は、話していて楽しい人がいちばんだなと思っています。

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