ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/七月「鉄砲百合」

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鉄砲百合
花物語2016

7月「鉄砲百合」

 年子で生まれた娘たち、万理と千代。小さくてやわらかくて甘い香りのする幼女たちは、勝夫が仕事から帰宅すると競ってまとわりついてきた。

 次女の千代も赤ん坊ではなくなった二歳くらいのころから十年間は、パパパパ、お帰りなさい、お土産は? 抱っこ、千代も抱っこ、万理が先だよっ、パパは万理と千代のどっちが一番好き? などという嬌声に、帰宅してから一時間ほどは取り巻かれていたものだ。

「どっちも好きだよ。はい、お土産」
「あーん、万理もっ!!」
「万理にも千代にもあるよ。心配しないで」
「千代のほうがいいものだよね」
「万理がもらったほうがいいものだもん」
「同じものだよ」

 別々のお土産など買ってきて、喧嘩になったら困ってしまう。うちの娘たちは競争心が強すぎるのかな、と心配していたら、妻に叱られた。

「毎日毎日お土産を買ってこないで。教育上よくないわ」
「ママにもお土産、あるよ」
「ごまかさないでっ!!」

 あのころはなんて幸せだったのだろう。いや、妻が亡くなるまではずっと幸せだったのだ。
 思春期の女の子は父親を疎ましがると聞いて不安だったのも杞憂で、娘たちは中学生になっても高校生になっても、大学生になっても社会人になっても、恋人ができても結婚しても、父の勝夫を愛してくれていた。妻も心からの愛情を捧げてくれて、こんなに幸せな男はめったにいないと満足していた。

 妻が丹精した庭には四季の花々が咲き、妻が逝ってしまってからは勝夫の楽しみになった。万理は独身のままだが独立してひとり暮らししている。千代は結婚したものの離婚し、同じくひとり暮らしだ。四十路間近の娘たちが別々に暮らしているのは、自立心のあらわれだからいいではないか。

「孫ができなかったのだけが心残りだけど、僕はその分、ママと万理と千代に愛され続けてきたからいいんだ。ママ、百合の花が咲いたよ。これって鉄砲ユリって言うんだろ。百合には鉄砲とか鬼とかって名前がついているから、男っぽい花って感じがするわ、ってママ、言ってたよね」

 これが鉄砲百合、あなたの花、と妻が教えてくれたから、鉄砲百合と他の百合の区別はつく。妻も娘たちも百合の花が好きだった。

「パパ、いる?」
「あら、万理ちゃんも来たの」
「偶然ね。千代も来てたんだ」

 姉だ妹だと差別はしたくなかったので、千代にはお姉ちゃんとは呼ばせなかった。大人になった今も、万理ちゃん、千代、と娘たちは呼び合っている。

「パパ、お肉持ってきたよ」
「私はお刺身を持ってきたんだけど……」
「そしたら今夜はステーキとお刺身の豪華版ディナーだね」
「ワインはあったっけ?」
「赤と白と両方あるからちょうどいいね」

 家の中に入ってきた娘たちが、冷蔵庫を開けてわいわいやっている。勝夫は頬をゆるめて言った。

「おいおい、そんなにごちそうばかり食べさせられたら、中風になっちまうよ。それとも脳卒中かな」
「大丈夫。ワインが中和してくれるよ」
「野菜も食べたら平気だよ」

 ママもここにいたら完璧なんだけど、ママがいなくなっても僕は幸せだよ。娘たちがこんなにも愛してくれるんだもの。勝夫は鉄砲百合に話しかけた。

 三人家族は全員がひとり暮らしになって別々に暮らしているが、永遠に家族だ。娘の夫などという異物が混入してこないのだから、万理が独身なのも千代が離婚したのもむしろ望ましい。今では勝夫はその境地に達している。それから十年ばかりは、時々の娘たちの来訪を楽しみに、悠々自適の日々を送った。

 平素はごはんと味噌汁と焼き魚と野菜のお浸し、程度の粗食にしている。娘たちが教えてくれたので、妻が生きている間は一切しなかった料理もできるようになった。なのだから、娘たちがやってきて作ってくれるごちそうだってたまだからいい。と思っていたのだが。

 それでも老体には負担だったのか、八十歳をすぎたころから身体に変調をきたすようになった。どこが重い病にかかっているというのでもないのだが、あちこちガタが来て、医者に言われた。

「娘さんがふたりいらっしゃる。おふたりともにひとり暮らしなんでしょう? どちらかと同居できるものならなさったほうが安心ですよ」
「……そうですねぇ。しかし……」
「同居してもらえないんでしたら、有料老人ホームは? 介護付きマンションってのもありますよ。紹介しましょうか」

 有料の施設だと医者にマージンが入るのか、やけに熱心に勧められて勝夫はかぶりを振った。

「してくれないんではなくて、娘たちが私を奪い合うんじゃないかと思いましてね」
「ほぉ」
「小さいころから娘たちは、パパパパパパパパと私の取り合いをしていました。今でもふたりそろって遊びに来ると、パパはこっちのほうが好きだよね、こっちのほうがおいしいよ、などと……」
「それはそれは」

 パパはお肉のほうが好きなのよ。
 お肉ばかりは身体によくないよ。お魚の脂肪のほうがいいんだし、パパは肉よりアジやサバのほうが好きよね。
 これは私が作ったの、おいしい?
 前には万理より千代のほうが料理が上手だって言ってくれたよね。

 五十歳近くになった娘たちが、八十路をすぎた父の愛情を奪い合う。いつまでも小娘みたいに、やめなさい、とたしなめながらも、私は幸せな父親だと満足していた。

「万理、千代、きみたちはどっちもパパの介護をしたいと思ってるだろ? いつも言ってくれてたもんな。きみたちのためには、かわるがわるきみたちのマンションに滞在するってのがベストかと思うんだ。私が三ヶ月交代で移動すればいいんだよな。しかし、それも私にはちょっとつらい。きみたちのどちらかがここに住み込んでくれるか? 私が、私がと言わないで、ふたりで相談して決めてほしい。どうしても両方が介護したいと言うんだったら、きみたちが交代で住み込んでもいいんだよ。さて、最後はどっちにパパのお世話をさせてあげようかな」

 漠然と思い出すに。
 十年前くらいだと娘たちは、私がパパを看取ってあげるわ。あら、最後の看病は私よ、私がいいよね、パパ? などとジョークのように言っていた。いつのころからか言わなくなってきたのは、現実味を帯びてきたからか。

 今日もジョークっぽく勝夫が言ってみたら、途端に娘たちの表情が曇った。困惑顔なのか怒り顔なのか、勝夫にも判断のつきにくい顔をして、万理が言った。

「このごろ、仕事が忙しいのよ。私も遅ればせながら管理職になったじゃない? 中間管理職よりは暇かと思ってたんだけど、なんのなんの、超多忙よ」
「私もね、最近はうちの会社、海外に進出しようって企画があるの。私も海外出張しなくちゃいけなくなりそうだし、近く海外赴任もあるかもしれないのよ。だからさ、私は介護から除外して。万理ちゃんにお願いするわ。ここへ帰ってきたらいいじゃん」
「簡単に言わないでよ。私は忙しくなってるって言ったでしょ」
「日本にいるんでしょ。私は海外赴任だよ」
「私だって海外に住むこともありそうなのよ」
「ほんとぅ?」

 疑わしそうな横目で姉を見て、千代は言った。

「私に先に言われたから、私も私もって言ったんじゃないの? 万理ちゃんはその年で管理職なんて言ってるけど、体のいい閑職じゃないの? その年で管理職って、窓際みたいなもんでしょ」
「失礼なこと言うんじゃないよっ。うちの会社もようやく女性にも管理職登用の道が開かれてきたって、私がその初陣だって、そういう意味なのよ」
「そうかぁ? そう思ってるのって万理ちゃんだけじゃない?」
「あんたこそ……」
「私がなに? 私は十年前から管理職だよ」
「千代の会社は小さいものね」
「大きくはないけど、業績はいいんだよ。あんたの会社なんかよりずっと、将来性はあるわよ」
「会社に将来性があったって、本人はもうポンコツじゃん」
「あんたに言われたくないんだよ」

 なんだって娘たちの議論がそっちの方向に進むんだ? きみたちは娘じゃなくて息子なのか? 勝夫の感覚ではそう嘆きたくなる。父親の提案などそっちのけで、娘たちは管理職がどうの、会社の方針がこうの、と口角泡を飛ばし、しまいには、ポンコツだのロートルだのと罵り合いをはじめた。

「やめなさい。こんな話はしてないだろ。万理、千代、落ち着きなさい。それよりも私の介護のほうを……そっちの話題だと和やかに……」
「なんでそんな話題が和やかなのよっ」

 罵り合っていたはずの娘たちは、そろって勝夫に向き直った。

「パパのお世話をさせてあげる?」
「させてあげるって言ったよね?」
「……あ、ああ、言ったよ。大好きなパパだろ。大好きなパパの介護をする権利は、きみたちの両方にあるんだから、取り合いになったら困るなって……」

 いらないわ、どうぞ、万理ちゃん。
 けっこうよ、あなたに譲るわ、千代。

 地の底から響くような重々しい声、地獄から吹いてくるような身も凍りそうな冷ややかな風をまとって、娘たちが無表情で勝夫を見る、罵り合っていたときの顔のほうがよほど人間味があったと感じるほどで、生まれてはじめて勝夫は思った。万理も千代も怖い。

END








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~ Comment ~

NoTitle

まあ、実際介護するとかの話になると別次元ですからね。
愛情とかはまたそっちのけになってしまいがちですからね。
仕方ない・・・わけではないですけど。
老々介護で苦労する・・・というのはよく聞く話ですからね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

介護離職や介護疲れ犯罪やと、人ごとではありませんね。
老齢の身内もいますから、私の場合は老老介護もすぐそこまで迫っている気分。

ということもありまして、今回の花物語はかなり現実的でした。
愛で介護のできるひと、すごーく尊敬しますわ。

NoTitle

今までの「花物語」と趣が違う作品ですね。
おっしゃる通り現実的で切実な話。
まあこんなに楽天的な父親は現実的でない気がします。
介護の問題は夫婦でも親子でも、そう簡単にけりのつく
話ではないでしょう。
身につまされる話ではあります。
でもちょっと愛情のかけら位は見たかったなあ。
相変わらず甘いdanさんです。 

danさんへ

いつもありがとうございます。

これが母親ですと、こんなにも楽天的には考えないように思うのですが、父親は可愛い娘たちに幻想を抱いていたりするのですね。
いつまでたっても、あのミルクの匂いのするぷくぶくの女の子たち……なんてね。

それにしましても、ほんと、介護疲れで……なんてニュースを見るたび、胸が痛みます。

今回の主人公はお金も持ってますし、娘たちは決してパパを嫌ってはいませんから、文句を言いつつもなんとか面倒見てくれると思います。
先立つものはやっぱり金……かぁ。
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