ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS一日の物語「昼」

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フォレストシンガーズ

一日の物語

「昼」

 薄寒い曇り空。バックに折り畳みの傘を入れて外出し、用事を済ませたらお昼時。三年前に卒業した大学の近くに来ていると気がついて、校門のほうへと足を向けた。

「あれ? 美江子?」
「あっ、チエっ!!」

 合唱部で一緒だった、同い年のチエだ。ただなつかしくて、学生時代にも入ったことのある喫茶店に入っていった。ランチもやっているこの店は、盛りが少ないというので男子には人気がなく、愛用者は女子ばかりだった。

「美江子もどこかの会社で働いてるんでしょ? 卒業以来だよね。どこに就職したんだっけ? 聞いたっけ?」
「話してないと思うよ。チエは?」
「私も話してないかなぁ。待って。当てるから……んんっと……美江子の雰囲気からすると……」

 話題のひとつに必ずダイエットが入っていた、二十歳前後のころ。私はふっくらしていたし、チエもそうだったはず。私は二十歳を過ぎて自然に痩せてきたのだが、チエは今でもふっくらしている。彼女は流行のおしゃれな服装をしていた。

「美江子はカジュアルだよね。うちと同じで制服はないのかな」
「制服はないね」
「うちもないんだけど、アパレルだからファッショナブルなひとが多いのよ。デザイナーだのパタンナーだの企画だのって、芸術系の人種がいっぱいいるの。私みたいな一般職でも服装には気を使わなくちゃいけないんだよね」

 アパレル業界の一般職、チエの仕事はおよそはわかった。

 パスタとサラダのイタリアンランチを注文して、チエは煙草に火をつける。美江子は吸わないの? うちは喫煙者だらけで、私も吸うようになっちゃった、などとチエは言っていた。

「美江子の会社はこの近く?」
「そんなに遠くはないんだけど、お届けものがあったの。社長のお使いだよ」
「ってことは、小さい会社なんだね」
「小さいね、かなり」
「うちは小さくはないの。知ってるかな?」

 口にした社名は、私も買ったことのあるリーズナブルな洋服を作っているメーカーだった。

「知ってる。いい会社なんじゃない?」
「会社自体は悪くはないんだけど、芸術家に囲まれてると疲れるのよ。私は今日はこの近くにある会社の研修所で、新人研修のお手伝いをやってたのね。うちの営業所からは私だけだったから、知り合いはいないの。だからひとりでお昼を食べようと思って歩いてたら美江子に会ったんだ。いつもは必ず誰かと一緒にランチだから、ひとりってのもほっとするよね」

 とすると、私はあなたの単独行動の邪魔をしたの? 尋ねたい気もするが、チエはそこまで深く考えずに発言しているのだろう。

「女のつきあいって疲れるよね。うちの会社は女子のほうが多いから、就職してからずっと疲れてるよ。新人のときには十ほど年上の先輩に指導されてたのね」

 運ばれてきたパスタをフォークに巻き付けてもてあそびながら、チエは話した。

「彼氏もいないっていうギスギスした独女だったな」
「独身女性って意味?」
「そうそう。毒もある独女」

 くっくとひとりで笑って、チエは続けた。

「その女がなんでも嫉妬するのよ。よその部署には彼女と似た年頃の女もいたんだけど、私たちの周囲は若かったのね。その中でも新入女子社員ってわりとちやほやされるじゃん? アパレルだからゆるいってのもあるんだけど、男子が雑談しにきたり、先輩男子にデートに誘われたり、上司が冗談言いにきたり。美江子の会社もそういうのはなかった?」

 新卒で私が入社したのはイベント会社だった。イベント会社はあるいはアパレルよりもゆるい部分があるのかもしれなくて、雑談で仕事が進んでいくようなときもあった。

「私が誰かと喋ってたら怒って、仕事を教えてくれないんだよね。しようがないから他の先輩に質問して仕事をしたら、よけいに怒るの。ご機嫌取りが大変だった。お昼だって絶対にその指導係女と一緒に食べなくちゃいけないんだよ。よく鬱にならなかったもんだよ」

 美江子の仕事を当てると言いながら、チエは自分の話ばかりしていた。

「その女はよその営業所に転勤して、私も新人ではなくなって、楽になるかと思ったんだけどね、女のつきあいはいつになってもしんどいよね」
「合唱部のころにはお気楽学生だったから、女同士のつきあいも楽しかったけどね」
「そぉお?」

 ちろっと私を睨んで、チエは言った。

「私はあれもしんどかったよ。美江子ってマイペースなところがあったから、空気読めないなんて言われてたから楽しかったんじゃない?」
「私、KYだった?」

 KYというか鈍感というか、アルバイト先で女の子たちに仲間外れにされているのに気づかなかったこともあったから、たしかにそうなのかもしれない。

「そうだったそうだった、美江子ってうらやましかったもん」
「そう?」
「そうだよ。美江子って男の子とばっかり仲良くしてたじゃない? 普通は女子のつきあいをないがしろにして、男の子とばっかりつきあっていたら嫌われるから気を遣うんだけど、美江子は全然だったもんね」

 そうか、私は一部からはそう思われていたのか。
 他人の目なんか気にしなくていいんじゃない? 山田さんって見てて気持ちいいよ、と言ってくれたのは香奈だったはず。太ってるし美人でもないくせに、なんで星さんが美江子なんかとつきあうのか不思議、と言ったのは八幡早苗。その間にもいろんなふうに考えていた女の子がいたのだろう。

「ある意味、美江子は幸せだったんだよね」
「そうかもね」
「だけど、今では現実も知ったでしょ? OLの世界って女社会だもん。女とはつきあわないなんて、クールなふりはしてられないでしょ? 美江子は学生時代に鍛えてない分、よけいに大変なんじゃない?」
「それがね……」

 ん? とチエは私をじっと見る。彼女のパスタはまったく減っていなかった。

「食べないの?」
「ダイエットしてるのよ。私は美江子よりは太いんだから、そんなにばくばく食べられない。そういうところも変わってないよね」
「私にも食べるなって?」
「そうは言ってないけどね」

 だったらなんと言いたいのか? わからないので考えるのはやめた。

「私の職場には同年輩の、同じ仕事をしている女性はいないのよ」
「そんなに小さい会社? 美江子って転職してる?」
「してる」
「転職なんかすると条件悪くなるものね。景気だってよくないんだから、小さい会社にしか変われないんだね」

 それで、なんの仕事? と無関心そうな口ぶりで問われた。

「前置きがあってもいい?」
「昼休みは限られてるんだから、短くしてね」

 合唱部の本橋くんや乾くんって覚えてる? と尋ねると、視線を宙にさまよわせてからチエはうなずく。美江子が女子を無視して仲良くしてた男の子たちだよね、といやな感じの口調で言ってチエは笑った。

「その本橋くんたちが、フォレストシンガーズっていうヴォーカルグループを結成したの。知らないよね?」
「知るわけないじゃん。趣味でやってるんでしょ」
「プロだよ。私はずっとフォレストシンガーズのマネージャーになるつもりで、今の事務所にも一緒に雇ってもらったの。小さな音楽事務所だから、私と同年配の女子はいないのね」
「そしたら、美江子は歌手のマネージャー?」

 うなずくと、チエの表情がみるみる険しくなっていった。

「……ふーん、美江子らしいよ。私の話なんか、つまらないOLのつまらない愚痴だっておなかの中で馬鹿にしてたんでしょ? だけど、そんな売れない歌手のマネージャーなんて、ヤクザみたいなものじゃないの? そんなのでいばってるってお笑いだね」
「いばってないけど……」
「お給料はいいんでしょ? だったらここは払ってよね」
「……」

 空気の読めない美江子だから、チエが私を憎々しげに見る意味がわからない。私はちっともお給料なんてよくないけど、したくてやっている仕事、好きでやっている仕事なのは事実だ。チエにはそれが憎たらしいの? とも訊き返せなかった。

 払うとは言っていないのだが、チエは伝票をテーブルに残して店から出ていってしまった。
 学生時代の友達と再会してランチをともにして、想い出話でもしたかっただけなのに、境遇がちがいすぎると話も合わなくなってしまうのか。

 窓の外は変わらず曇り空。私の気分も晴れるはずもない、お昼どき。

END













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~ Comment ~

NoTitle

境遇が違うと扱いも違ってくるものなんですかね。
それとも女性だからかな。
あんまり男性はそういうのを気にしないのか。
あるいは自分のまわりがそれを気にしないのかな。
どちらにしても、境遇が上だと色々配慮しないといけないから大変ですね。
何が偉いとかないですけどね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

誰にでもできる仕事ではない場合、言ってる本人もちょっとは自慢が入ってるかもしれませんし、聞いてるほうは、ふーん、へーー、よかったね、になりがちなものでして。

男性でも女性でも、気にするひとは気にするかな。
私はなにかとコンプレックスが強いので、エリート女性には劣等感を持ちます。
困ったもんだ。
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