ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「お」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「男の純情」

注意:精神的BLです

 思い通りにいかないのが人生。学生時代のように自由にもできないのが大人の人生。大学のグリークラブで知り合ったミノル、ノリ、と三人でヴォーカルグループを結成し、大学生の間にデビューする心づもりでいたけれど、その夢もかなわなかった。

「シュウも就職したほうがいいよ」
「どうもね、無理っぽいだろ」
「俺は歌は趣味にしておくよ」
「俺も、ミノルって歌がうまいね、なんてカラオケに行くと言われるから、それで優越感くすぐられて、それだけでいいかな」

 しようがないもんな、と最後に会ったときにミノルとノリが言っていた。
 デビューできるまでは三人でがんばろう、と誓い合ったのも砕けて、あれきりふたりには会ってもいない。

 生きていくためにやむなくアルバイトをして、ミノルもノリも忘れて新しいメンバーを探して再びがんばろうか、との思いも半端になって、ただ生活しているだけだ。

「シュウ? 久しぶりじゃん。元気?」
「ん? きみは?」

 バイトを終えて帰ろうとしていた午前十時、店の外で美少年に会った。

「よく僕のことなんか覚えてたね」
「きみも僕を覚えてるんだろ?」
「哲司……だったよね」
「シュウはどうしてるの? ここで働いてるの?」
「そうだよ」
「仕事、すんだ? だったらメシにいこうよ。僕は暇なんだ」

 断るのも可能だったのに、徹夜で十二時間働いて眠かったのに、つい、哲司についていってしまった。彼とはじめて会ったのはどこだったか、フルーツパフェのモモちゃんクリちゃん夫婦の家だったか。クリちゃんは僕の知り合いの知り合いで、あのころはあまり売れてもいなかったから、彼らのマンションで開いたパーティに招待してもらったのだった。

 奔放でわがままな美少年、真行寺哲司。僕には好きなひとがいるってのに、哲司の彼氏に気持ちがゆらめいた。あの感情は、ケイさんに愛されている哲司がうらやましかっただけだと、時間がたてばわかるようになっていた。

 あれから時が過ぎ、モモクリもけっこう人気者になったし、哲司の恋人の田野倉ケイ氏も作曲家としてヒットを出している。ケイさんみたいな年配のひとだって成長しているのに。

「こんなところでバイトしてるんだから、きみの夢はかなってないんだね。僕もだよ。僕は今でもずーっと、ケイさんの寄生虫さ」
「だけど……きみはケイさんに愛されて……」
「ああ、やっぱそう? そうだよね。同類は嗅ぎ当てられるんだよ。そっか、きみもそっか」

 言ってはいないはずだが、僕が哲司と同じ、同性に恋をする男だとは気づかれていたのだろう。恋人が作曲家なのだから、哲司の世界にはミュージシャンが大勢いるはずで、その業界にはゲイもけっこういるはずだが、哲司と僕にはもうひとつ共通点がある。

 すなわち、夢をかなえていない青年。

 高校を中退して瀬戸内海の島から親戚を頼って上京してき、ケイさんと同棲するようになったと聞いた哲司はギタリスト志望だ。たしか二十歳。
 大学は卒業したけれど、仲間たちとも離れ離れになってフリーターをやっているしかない僕、葉山秀一、二十三歳。

 世間的にはまだ若いのだろうけど、夢は日々、刻一刻と遠ざかっている。
 黙ってふたりで歩きながら、僕は心で言っていた。

 でも、きみはいいじゃないか。暮らすための金の心配はしなくていいんだろ。寄生だなんて自虐的に言ってるけど、ケイさんに愛されて可愛がられて、彼はきびしいみたいだから叱られたりもするみたいだけど、面倒見てもらってるんだろ。

 好きなひとに想い想われてるってだけでも恵まれてるよ。僕なんか、なにひとつかなわない。好きなひとも遠く遠く、ただ遠い。

 自分を憐れみつつも哲司についていき、足を踏み入れたのは一軒の店だった。
 外では人々が社会生活を営んでいる。学校も会社もとうに始業しているお昼前。この店は暗くて永遠に夜のようだ。

「飲み足りない、遊び足りないって奴らが集う店だよ」
「高等遊民ってやつなのかな」
「だせっ」

 深海のような店内を泳ぐ深海魚……深夜魚たち、なんて言ったら、また哲司に馬鹿にされるのか。そんな人種の間を縫って、哲司も泳いでいった。

「疲れてるね」
「ああ、くったくっただよ。哲司は元気そうだな」
「僕はいつだってこんなもんさ」

「ああ、哲司、もういやになっちゃった。どっか行こうよ」
「今日はあなたとって気分じゃないな」
「そうなの? 私、哀しいわ。しくしく」

「哲司ぃ、抱いてぇ」
「やーだよっだ、べーっだ」
「うんっ、もうっ、薄情者っ!!」

「だったら俺が抱いてやろうか」
「また今度ね」

 知らないひとばかりだが、哲司から見ればみんなが知り合いなのか。通りがかったひとのほぼすべてが哲司に声をかける。男も女もニューハーフも、性別も不明な人間もいた。

「哲司、見慣れない子を連れてるのね」
「ああ、歌手志望のシュウだよ」
「シュウ……大きいけど綺麗な子だね」

 立ち止まって哲司と言葉をかわしているのは、僕よりもさらに大きな女性だ。がっしりした長身ではあるが、声はまちがいなく女性だった。

「ふーん、結構タイプかも。哲司、譲りなさいよ」
「人身売買みたいに言うなよな」
「ねえねえ、シュウ、私と寝ようよ」

 たじろいでいると、哲司が言った。

「ダメダメ。彼は女には興味ないってよ」
「そうなの? そうだとしても面白いじゃないの。他の女には興味なくても、私には興味を持たせてあげるからさ」
「自信過剰のデブ」

 なんですってぇ!! とまなじりを釣り上げるのが芝居じみている。そういう業界の女性なのか。哲司は彼女に舌を出し、僕を促す。横を通り抜けざま、彼女の手が変なところに伸びてきたので、焦って避けた。

「油断も隙もない奴らばっかりだから、きみなんかはお嬢さんみたいなものだから、気をつけろよ」
「お嬢さんじゃないから大丈夫だよ」
「だけどさ、きみの好きな相手って……片想いだろ」
「……」

 好きなひとが誰なのか、哲司に話しただろうか。酔った僕が漏らしてしまったってことはあるかもしれない。記憶を探っている僕にも、哲司にも声がかかる。哲司は声をかけてくる相手に軽く受け答えしながら、青い灯りの中を歩き続けていた。

「僕もケイさんには片想いみたいなところがあるけど、一緒に暮らしてはいるからね……ケイさんが女ともできるのかどうかは訊いても言ってくれないんだけど、僕ともできるんだからいいっちゃいいんだよね。でも、きみの相手はさ……」
「ケイさんへの想いは、きみのほうがはるかに強いって意味だよね」
「まあ、そうだな」

 あいつには女房もいる、ゲイは大嫌いって奴だもんな、かわいそうだね、シュウ、哲司は小さな声で言い、同情のまなざしを向ける。知っているのか、知られているのか。

「そんな純情な気持ちって、僕はとっくになくしたよ。ううん、最初から持ってなかったのかもしれないな。きみみたいのにはお節介を焼きたくなる。お節介ってか悪意かな。純情さなんてないほうが楽なんだから、悪意じゃなくて親切かな」
「なにが言いたいんだよ」
「放り投げろよ」

 純情なつもりなんかない。僕は哲司みたいな奴とは生きている世界がちがう。
 もしもどこかのプロデューサーが、おまえを歌手にしてやるからと言ったら、それが男でも女でも抱かれるかもしれない。そんなときに、僕の脳裏を彼の顔がよぎるんだろうか。

 ゲイっケなんてかけらもない本橋さんには知られたくもない。僕が彼に恋をしていると知られて嫌悪されたくないから、片想いでいい。片想いでもいいから、好きなひとがいるってのは幸せなんだと思っていた。

 それを純情だと笑うなら、笑われてもいい。
 きっと僕は一生……一生、本橋さんを想って歌手にもなれずに生きるのならば、それもいいじゃないか。思い通りにいかないのが人生、なのだから。

END







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~ Comment ~

NoTitle

ある意味同性愛の方が純愛かもしれませんね。
肉欲というものがあるのでしょうけど、また別種のものであり。
それを考えると、思いだけでも成立するのが同性愛ですからね。
なんの束縛もない、思いだけと言うことを考えると。
思いが深いのは同性愛かもしれませんね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

現代は恋愛におけるタブーが減ってはいますが、同性同士だと恋をしても相手が受け入れてくれないこともよくありますよね。
異性だと押しまくればなんとかなる可能性もあるかもしれないけど、同性に恋したら絶対に無理だったりする。

その意味でも別の意味でも、自分で書いてて、シュウのこの境遇はとても切なかったです。
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