ショートストーリィ(しりとり小説)

151「特殊例」

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しりとり小説151

「特殊例」

 丸いテーブルを囲み、手作り弁当やら買ってきたおにぎりやらサンドイッチやらで、同僚たちとともに昼食をとる。その席で、小鳩は切り出した。

「あの、結婚が決まったんです」

 ええーっ!? と大音響で叫んだのは、いちばん年上で社歴も長いいわゆるお局だ。彼女は大きな身体に見合って声も大きい。お局の声が合図になったかのごとく、誰と誰と? そんな話、聞いてなかったよーっ!! いつからつきあってるの? ずるい!! 卑怯者!! ぬけがけ禁止!! 滅茶苦茶な言葉も混じった大合唱が起きた。

「ちょっと待ってよ。卑怯とかずるいとかってまちがってるでしょ? みんな、落ち着いて。小鳩ちゃん、彼氏がいたの?」

 大騒ぎしている同僚たちを止めてくれたのは、この職場では唯一の既婚者である桜井さんだった。

 テレフォンアポイントセンターという仕事柄、同僚は全員女性だ。大きなビルの中の各室でさまざまなテレアポ業務を行っている会社で、小鳩はテレビの通信販売事業部のうちの一部署で働いていた。

 別に選んで配属しているわけでもないようだが、この部署は三十代の独身女性がほとんどである。年ごろも境遇も近いので全員表面上は仲が良く、昼休みはいつも一緒。中には個人的に終業後も遊びにいっている人たちもいるようだ。

 そんな部署なので、ひとり立場のちがう桜井さんはやりにくいらしい。小鳩も職場の女性たちとは深入りしたくないほうなので、桜井さんと小鳩だけは仲間たちとやや距離を置いていた。

 とはいえ、昼休みまで単独行動をする勇気は小鳩にはない。この職場での初日に、小鳩ちゃんもここにいらっしゃいよ、とお局さんに誘われたのだから、離れていくわけにはいかない。桜井さんも同様に昼休みだけはみんなとつきあっているようだ。

「みなさん、質問があるんだったら順番にどうぞ」
「なんで桜井さんが仕切るのよ。じゃあ、私がいちばんにね。お相手はどんな方? どんな方だけじゃ抽象的かしら。まず、おいくつ?」
「二十九歳です」
「……小鳩ちゃんはいくつだっけ」
「三十三歳です」
「年下じゃないのっ!!」

 どうしてお局さんが怒るのかは知らないが、彼女は憤怒の形相になり、んまっ、まあっ、などの声が他の女性たちからも漏れていた。

 この部署に三人も同姓がいるせいで、小鳩は名前で呼ばれている。小鳩ちゃんってお似合いの名前よね、小さくてぷくぷくしてて声が可愛くて、と最初に言い出したのもお局さんだった。要するに、小柄で太目で声だけが可愛いと言いたいのだろう。

「サラリーマン?」
「ええ」
「どこの会社?」
「銀行です」
「どこの銀行?」
「……いえ、あの、その……」

 その調子で同僚たちの質問が続く。質問というよりも尋問だ。

「どうやって知り合ったの? 結婚相談所?」
「いえ……」
「合コンとか?」
「そうじゃなくて、友達の紹介です」
「あなたの友達?」
「私の高校時代の友達ですが……」
「失礼な友達だね。年上の女を銀行マンに紹介するなんて」
「……は、はあ」

 ランチなどはどうでもよくなった様子で、同僚たちは細かい部分までを尋ねた。

「小鳩ちゃんって高卒?」
「そうです」
「彼は銀行マンっていうんだったら大卒でしょ? どこの大学?」
「えーと……」
「知らないはずないでしょうが。もったいつけないで言いなさいよ」

 高校時代の友人の夫が銀行マンで、夫の後輩を友人が小鳩に紹介してくれた。彼、良二は先輩の結婚式で小鳩を見て好きになったのだと、あとから打ち明けてくれた。

 大卒の銀行マンに高卒の年上の女を紹介するなんて、小鳩ちゃんの友達は常識ないよね、変なんじゃない? とまで言われたので、小鳩はそのあたりも正直に言った。ふーん、へぇぇ、と聞いていた同僚たちの表情が険しくなっていく。

「身長は?」
「太ってるんじゃないの?」
「若ハゲだったりして?」
「実はバツイチ、子どももいたりしない?」
「マザコンだとか?」
「独身のひきこもり姉がいたりしてね」

 どれもこれも否定すると、お局さんが言った。

「小鳩ちゃん、だまされてないかい? 男の条件がよすぎるわよ」
「そうよねぇ、あまりにできすぎってか……」
「だまされてるんじゃなかったら、小鳩ちゃんが話を盛ってるとか?」

 いいえ、そんなことはありません、と小鳩としては否定するしかない。
 中背で太ってはいなくて、良二は髪の毛も豊かだ。別段イケメンとかいうのではないが、醜くもない。彼のほうから好きになってくれたのではなかったら、小鳩の結婚相手としては上等すぎるかもしれない。

 引き合わせてもらった良二の父親はいくぶん髪が薄くなっていたが、良二が将来的に禿げるのだとしても小鳩は気にしない。良二の母親もごくまっとうな女性だった。

 年上だって聞いたからちょっとだけ心配だったんだけど、小鳩さんは可愛らしいひとよね。好き同士で結婚するのがいちばんよ、と言ってくれた良二の母。実はすこしばかり反対したかったのかもしれないが、最終的には結婚を受け入れてくれた。

 都市銀行なので転勤もある。できれば専業主婦になってほしいと良二が言ったので、小鳩も了承した。そこまで話すと、お局さんがまたまた言った。

「子どもができる前から専業主婦って、そんなの怠け者のやることよ。小鳩ちゃん、楽してるとますます太るよ」
「ほんとほんと。銀行マンったって若いんだからたいして給料よくないでしょ。働けば?」
「最初はよくても、それでなかなか子どもができなかったりしたら、お姑さんに責められるよ」
「うちの姉がそうなの。子どもはいるのに、お姑さんに言われるんだって。うちの息子の稼ぎでぐうたらして、いいご身分よねって。主婦ってぐうたらだもんね」
「だよねぇ。主婦なんてニートと同じだもん」

 そこで昼休みが終わったからよかったようなものの、このままではなにを言われていたことか。持ち場に戻る小鳩に、お局さんが言った。

「もう一度よく調べてみたほうがいいよ。私は小鳩ちゃん、だまされてるとしか思えない。あーあ、それにしても、下らないことで昼休みが潰れちゃったわ。ごはんを全部食べられなかったじゃないの。小鳩ちゃんのせいだからね」
「すみません」

 詫びるしかなかった。

 一日の仕事が終わると、誰にもつかまらないうちにと急いで職場から出ていく。明日からは昼休みも外で食べよう。一ヶ月もすれば退職することになっているからこそ、同僚たちに報告したのだ。一ヶ月くらいだったら仲間外れにされても我慢できる。

 帰宅して食事、入浴、後片付けも済ませると、小鳩はパソコンに向かった。最近の小鳩の日課は、若い女性の恋愛相談サイトを覗くことだ。目下もっとも興味のある結婚式事情トピックを見ようとしていた小鳩は、ふと別のジャンルに目を止めた。

「私は彼とつきあうことができるでしょうか」

 タイトルはそうなっている。自分はもうつきあうを通り越して結婚が決まった。余裕のある気分で、小鳩はそのタイトルをクリックしてみた。

「私は三十二歳。高卒でテレアポ関係の仕事をしています。
 小柄でぽっちゃりした体形で、可愛いとは言ってもらえますが、美人ではありません。

 好きな男性ができて悩んでいます。
 彼は五歳年下の二十八歳。一流大学卒の銀行員です。
 友達の結婚式で知り合って好きになったのですが、彼の気持ちがわかりません。

 食事をしたり飲みにいったりという程度だったらあるんですけど、告白はしてくれません。
 私のほうから告白するなんてプライドが許さないし、どうしたら彼と恋人同士になれるんでしょうか。アドバイスをお願いします」

 ハンドルネームは「小雪」。名前も似ているが、あまりにも小鳩と状況が似ている。小鳩はずらりとついたレスポンスを読んでいった。

「プライドって、年上のおデブさんが笑止千万。
 高卒のテレアポって、そんな女にエリート銀行員が本気になるわけないじゃない。
 もしも告白されたとしたって、遊ばれるのが関の山だよ。
 諦めな」

「ぽっちゃりだって自分で言う女は、デブに決まってるんですよね。
 可愛いと言ってもらえるって、お世辞ですよ。わかってないの?
 そんなに好きならあなたが告白すれば?

 撃沈するのは目に見えてるけどね。
 やるだけやったら? (笑)」

「その男性が告白してくれないのが答えですよ。
 男性が年下の場合は、男のほうから熱烈にアタックしてくるぐらいでなきゃ無理なの。

 それにさ、彼じゃないでしょ?
 彼って恋人のことですよ。あつかましいっ!!」

「うーん、ひとこと。
 無理!!」

「最近、こういう図々しい女が多いよね。
 五つくらいの年の差はまあ、それほどでもないったらないけど、あなたとその男性の場合はスペックがちがいすぎるでしょ?

 ホテルに行くだけだったらあり得るかもしれないから、言ってみたら? 
 抱いて、ってさ」

 がんばってね、というレスもあるにはあったが、ほぼすべてがそんな文章だった。客観的に見たらそうなのかもしれないなぁ、と他人ごとながら暗い気分になったのだが、私はこの女性の立場じゃなくてよかった、とも思っていた。

 その後の進展が気になって、翌日にも小鳩は「小雪」のトピックを覗いてみた。このたぐいの匿名掲示板は、批判、攻撃、反対、糾弾、酷評、否定、などなどのネガティヴな回答を受けるものほどレスが伸びる傾向にある。

 他人ごとによくもこんなに熱くなれるよね、と呆れるほどのレスも、冷笑的なものも、中にはほんのちょっとだけ激励しているものもあり、小雪のトピックは人気沸騰していた。

 非難ばかりされるとトピを立てた本人は出てきにくくなる。そのままトピックが放置されて埋もれていく場合もあるのだが、小雪は本日の夕方づけでお礼の一文を寄せていた。

「みなさま、ありがとうございます。

 嘘をついていたことをお許し下さい。
 実はこの話、すでに決着がついているのです。
 私は彼と結婚します。

 職場でこの話をして、同僚全員から嫉妬と羨望、ねたみそねみひがみに満ち満ちた意見を述べられましたので、世間一般の反応はどうかと知りたくて……。

 世間一般の常識もこんなのなのですね。
 がっかりだわ。
 でも、とても勉強になりました。

 もうじき彼と結婚して、私は専業主婦になります。
 女性たちの嫉妬にさらされないように自衛するためにも、トピを立ててよかったです。
 幸せになりますからね」

 は、はぁ……と呟き、小鳩は目を丸くしてパソコンの画面を見つめた。
 これって私? ううん、私はこんなトピを立てた覚えはない。そしたらなに? 偶然にもこんなにも似た境遇の女性がここにいるの? 年齢とどっちが好きになったのかだけはちがってるけど、あとは似すぎていて気味が悪いくらい。

 もしかして、とも思う。
 職場の誰かがやった? そこまで考えるのはうがちすぎだろうか。誰がやったの? お局さん? ひょっとしたら桜井さん? その誰かの意図もわからない。わかりたくもないけれど。

 今のところは小雪の一文以降のレスは反映されていないが、夜になったら炎上するかもしれない。あるいは、そうなる前に小雪がこのトピックをおしまいにしてしまうか。

 ひょっとしてひょっとして、職場の誰かがこんなことをしたのだとしたら、その誰かにお返しするつもりで、小鳩は「FATCO」と署名した文章を書き込んだ。

「がんばって。私は小雪さんを心から応援しています。
 女の嫉妬は恐ろしいけど、愛する男性と夫婦になって幸せになれたら、そんなつまらないものは乗り越えていけますよね」
 
 
次は「い」です。







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~ Comment ~

NoTitle

女の職場怖いっ!!
と思ってしまいました。笑
腹の底を文章にしたらこんな感じなんですかね^^;

夢月亭清修さんへ

いつもありがとうございます。

怖いっ、と思っていただけたとは嬉しいです。
同性としてこんなことはめったにないと思いたいですが。
こんな経験もありませんが。
近いことはあったりするのかもしれませんね。

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