ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「の」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「野ばら」

「長い坂道の落ち葉の丘に 優しいあのひとは住んでいるのです
 コートに包んだ愛のショコラテ あたたかい心が忘れられません

 らーらららららーららら、らららららー、らーらー」

 オフィス・ヤマザキに露口玲奈が入社したときには、フォレストシンガーズ? 知らない、と友達にも言われたものだ。あれから五年余り、フォレストシンガーズが歌うチョコレートのCMソングが、街にも流れるようになっていた。

「三沢さんの声にぴったりですよね。甘くてほんとにチョコレートみたい」
「この歌、カバーなんだよ。玲奈ちゃんだと知らないだろうな。俺のおふくろが若いころに、ものすごく人気のあったGSがこの歌を歌って、このチョコレートのCMに出ていたんだ。シンガーだけが替わった復刻版ってところだね」
「へぇぇ、すごい昔なんだ」

 三沢幸生本人が教えてくれたのを思い出しながら、玲奈は落ち葉の坂道を歩く。鼻歌が出てくるのは、歌詞と同じ長い坂道を歩いているからだ。

「こんなところにカフェが……」

 散歩の途中で気まぐれを起こして裏通りに入っていくと、「野ばら」という名のカフェを発見した。蔓薔薇がからまる小さなアーチつきの小さな門。ごく小さな庭もあって、野薔薇がたくさん咲いている。店内に入ると、調度品にも野薔薇がいっぱいだった。

「わぁ、可愛い」
「いらっしゃいませ」

 出迎えてくれたのは痩せ形で長身の品のいいマダム。二十代後半の玲奈の母親くらいの年齢かと思えた。他にはお客はいない。

「うちの店はすべて、オーガニックなんですよ」
「普通のコーヒーじゃないんですか」
「ノンカフェインです。お客さま、はじめてですよね?」
「そうです」

 メニューを指さして、マダムが事細かに説明してくれる。細くて綺麗な指にはジェルネイルがほどこされていて、一本一本に別々の花が描かれていた。

「ネイルは野薔薇じゃないんですね」
「これ? いつも同じじゃ飽きるから、今日は秋の花なんですの。趣味で自分で描くんですよ」
「自分でネイル? 器用なんですね」
「簡単ですよ」

 あれも私が、と、マダムは壁にかかった小さな額を示した。

「ネイルってやりたいけど、水仕事をすると取れてしまいそうで……」
「ジェルネイルは長持ちしますよ。お客さま、専業主婦?」

 左手の薬指にリングをはめているのだから、玲奈が既婚なのはわかるだろう。

「いえ、子どもはいませんし、働いてます」
「そうなんですね。見ればとってもお若いですけど、子どもさんがいないのは寂しいわね」
「そんなに若くはありませんよ」

 謙遜のつもりの玲奈の台詞に、マダムが反応した。

「最近の若い女性は年齢よりもずっと若く見えるから、お客さまも二十代にしか見えませんよ。でも、そんなに若くないってことは三十すぎてらっしゃるのね。失礼ですけど、結婚して何年?」
「二年くらいです」
「二年たって子どもができないのは、失礼ですけど不妊……そういう方には……」
「あ、私、アイスティを……」

 注文がまだだったと気づいたので、玲奈が言いかけたのをマダムが遮った。

「妊娠希望の女性はアイスはいけません。ホットのハーブティにしましょうね」
「……はあ」

 本当に二十代なのだし、まだ子どもはほしくないので不妊に悩んでいるわけではない。正直にそこまで話すつもりはないし、ハーブティも嫌いではないので受け入れた。

 ちょっとうるさいマダムだな、とは思ったのだが、ハーブティは美味だった。そこで別のお客が入ってきたのもあり、マダムもそれ以上は玲奈にはかまわなかった。
 あの程度だったらかまわれるのもいやではないし、なによりも玲奈は野薔薇いっぱいの店が気に入った。一ヶ月ほどして、再び「野ばら」を訪れると、中年女性のグループがひとつのテーブルを占めていた。

 長身ぞろいの中年女性たち。太目の女性もいるが、いっぷう変わったおしゃれなファッションをしている。彼女たちはマダムの知り合いであるらしく、今日のマダムは玲奈にお節介は焼かずに、注文を聞いてハーブティを運んでくると、すぐにお客たちのほうに行ってしまった。

 マダム、私のことなんか忘れちゃったかな。お客をいちいち覚えてないかもね。拍子抜け気分でハーブティを飲みながら、玲奈は中年女性たちの会話を聴いていた。

「まぁちゃん、フォレストシンガーズかけてよ」
「ニューアルバムが出たじゃない?」
「GSカバーじゃなくて、オリジナルのほうがいいな」
「このごろってどいつもこいつも、カバーばっかりやってるよね。オリジナルを作る能力がなくなっちまったのかよ、って感じじゃない?」
「カバーは売れるからさ」

 フォレストシンガーズのファンかな、と思うと、いっそう耳をそば立てたくなった。
 間もなく、先月発売されたばかりのフォレストシンガーズのニューアルバムが流れ出す。最初の曲は本橋真次郎がリードを取る、「みずいろのワルツ」。音楽をかけてよと言ったわりには、女性たちの声高なお喋りは止まらなかった。

「そういえばまぁちゃん、口説かれたって言ってなかった?」
「どこで口説かれたんだっけ?」

 まぁちゃんとはマダムの愛称であるらしい。マダムは苦笑いで応じた。

「他のお客さんがいらっしゃるのに、それはオフレコだよ」
「いいじゃない。誰なんだかはわからないし」
「ねえねえ、いつよ? いつ、どこで口説かれたの?」
「なんのこと? 内緒で教えて」

 ひとりがひとりに耳打ちし、きゃっ、ほんとっ?! と言われたほうが口を押える。私、邪魔なんだろうか、と玲奈は思ったが、出ていきたくなくなってきた。

「この歌の……」
「これってまぁちゃんのこと……?」
「しっ!! 内緒だってば」

 この歌? フォレストシンガーズの歌か。アルバムの曲がトップから続いていって、今は乾隆也のソロ曲「はかない花びらのように」が流れていた。

「したくないからしないのじゃなくて
 したいからするのでもなくて
 恋は堕ちるもの 墜ちて堕ちて落ちていくもの
 落ちていく先にはあなた。野薔薇のようなひと……」

 ええ? 偶然でしょ、と玲奈は思うのだが、女性たちは声を潜めてこそこそ話している。玲奈の存在を意識しているらしく、ちらちらと視線も届く。まぁちゃんはやり手だね、もてるね、落としちまったね、やられちまったね、という言葉が断片的に聴こえていた。

「この間、久しぶりでラジオに出たのよ。そこで共演したの。これ以上は言えないわ」
「うん、あとでね」
「あとから全部白状させちゃうから」

 これは決定的に邪魔にされている。いたたまれないわけでもないが、玲奈は席を立った。支払いを済ませてドアを開け、店の外に出る玲奈の背中に、女性たちの笑い声が聴こえていた。

「野ばら……あ、この店」

 店のサイトはないようだったが、インターネットで調べると、「野ばら」は何件かヒットした。マダムのファンだと名乗る女性のブログには、こんな記述があった。

「スターではなかったから知らない人もけっこういるんだけど、野ばらのマダムは三十年くらい前に宝塚で男役をやってたんだお。

 清く正しく美しく、だから、宝塚は結婚すると退団するのが決まり。スターにはならずに退団した人もけっこういるんだお。

 だからね、野ばらはそういう、元宝塚の男役のたまり場になってるんだお。
 運がよかったらあんたも会えるかもね」

 そうだったのか、納得。玲奈は運がよかったようで、マダムの昔なじみたちと遭遇したらしい。背が高くて変わったセンスをしたおしゃれな中年女性たち、化粧も濃く、言われてみればいかにもだった。

「あたしはマダムとは仲よくしてもらってるんだお。マダムのアドバイスのおかげで子どもも産めたから、今では友達づきあいさせてもらってるんだお。

 マダムったら、六十近い……のかな、すぎてるのかな? そのくせ、もてるんだよね。
 いいなぁ。この間なんかFORE……わ、これ以上書いたら怒られる!!
 FORE……の、○にね、口説かれたんだって。いいないいな。ずるーい。

 来るものは拒まないわよ、なんて言うんだもん。
 寝たみたいね。いいないいな、あたしも旦那以外の男と寝たいお」

 語尾が「お」なのは意味不明だが、以前に流行したネット用語なのだろう。それよりも、FORE……フォレストシンガーズ? 今日の昼間の出来事といい、偶然の一致とは思えなくなってきた。

「これこれ、これです」

 翌日、玲奈はオフィス・ヤマザキの事務所で、フォレストシンガーズのマネージャーである山田美江子とともに、インターネットを見ていた。
 昨日の出来事をかいつまんで話し、このひと、知ってます? と質問すると、山田は首を傾げた。ネットの情報を見せたらなにかわかるかと思ったのだった。

「……元宝塚の男役とラジオで共演。そんな仕事、なかったよ」
「そうなんですか」
「だけど、そんな嘘ついたってバレるよね。このマダムとうちの誰かがラジオに出てたら……うーん、録音だけして放送は後日。でも、予定が変更になって中止になってしまった、とだったら言えるかな」
「そこまでしますかね」
「見栄を張りたいってか、虚言癖ってか、そういうひと、いるのよね」

 でも、フォレストシンガーズも見栄のために使われるって、出世したんじゃない? と山田は鷹揚に笑い飛ばした。

 けれど、玲奈としては義憤を感じなくもない。
 この次に「野ばら」に行ったら、私はフォレストシンガーズの事務所で働いてるんです、としれっと告げてやろうか。マダムがどんな顔をするか見ものだ。

 まるっきり平然として、乾さんにはお世話になりまして、などと微笑まれたら、玲奈では対抗のすべもないような気もするが。

END







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~ Comment ~

NoTitle

妊娠前、妊娠中、出産後と色々食べ物に気を遣わ太ないといけないのが大変なのが女性ですねえ。。。そういうことを考えると男性で良かった。。。と考える最近。(ーー;)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

そうなんですよ、やはり妊娠出産は大きなことから小さなことまで、かなり大変です。

LandMさんも結婚なさったら、いや、結婚はしなくてもパートナーが妊娠なさったら、いろいろと協力していたわって、もしもヒステリックになっても受け止めてあげて下さいね。
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