ショートストーリィ(しりとり小説)

150「だんだんと」

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しりとり小説150

「だんだんと」

 姉妹なのだから、碧恋茄がどんな女なのかは姉の好子はよく知っている。親戚や近所のひとや知人のほぼすべてから、好子はこう言われてきた。

「ぜんっぜん似てない姉妹よね。顔も性格も似てない。実はお父さんがちがうとか?」
「ヘレナちゃんが突然変異っぽいよね。もらいっ子じゃないの?」
「ヨシコとヘレナって、名前までが姉妹らしくないんだよな」

 名前に関しては、好子の名付け親は祖父だ。母は舅が命名した長女の名前が気に入らなかったのだそうで、妹が生まれたときには、新生児とも思えないほどに綺麗な顔をしていたのに舞い上がったのもあって、ヘレナなどという名前をつけた。

 そんなエピソードを聞いているし、父と好子とヘレナの、他人には見せられない場所にまったく同じ変わった形の痣があるのもあって、好子はヘレナが実の妹ではないとは思っていない。四つちがいだから、好子にはヘレナが生まれたときの記憶もあった。

「お姉ちゃんの彼氏、だっさぁ」
「うるさいね、ほっといてよ」
「あたしはもっと素敵な男を探すんだ。お姉ちゃんとは顔がちがうんだから、あたしのほうがずぅっと上等な彼氏を見つけられるよね」
「性格もちがうけどね」
「お姉ちゃんったら知らないの? 性格のいいブスより性格の悪い美人がいいって男、いっぱいいるんだよ」

 憎まれ口をきく妹に、お姉ちゃんはブスじゃないわよ、と母が言ってくれたが、フォローにはなっていなかった。

「ヘレナだって性格が悪いわけじゃないわよね。ヘレナは可愛すぎるから、男性には慎重になるんでしょ。もてるのはお母さんだって知ってるけど、安売りはしないのよね」
「そうそう。お姉ちゃんみたいに、誰でもいいから告白してくれたらOKしなくちゃ、この男を逃したらあとはない、なんてのじゃないもん」
「これ、なんてこと言うの、お姉ちゃんに向かって」

 などと言いつつ、母と妹はけらけら笑っていた。

 性格なんてものはそうたやすく見えるわけもなく、高校生までの子どもにはなおさら、人の内面などは深く洞察できるものでもなく、ヘレナの外見に惑わされた少年が次から次へと告白をしていた。ヘレナは彼らと深入りすることはなく、適当につきあったり捨てたりしていた。

「お姉さん……」
「トシキくんはヘレナの夫ってわけでもないんだから、キミにお姉さんと呼ばれる筋合いはないんだけどね」
「それでも、お姉さん……」
「はい、なんでしょうか」

 相談があると呼び出され、ヘレナの彼氏と向き合ったのは、ヘレナが大学生、好子は社会人になった夏だった。

「ヘレナちゃんに告白した奴がいるんです」
「キミっていう彼氏がいるのに?」
「そうなんです。僕らは友人たちの間でも公認の仲です。ヘレナちゃんに憧れてる男は何人もいるけど、トシキの彼女だもんな、って認めてくれている。なのに先輩のひとりが、横から告白したんです」

 新入学した大学で、ヘレナはスポーツサークルに入った。夏はマリン、冬はウィンター、春や秋はボーリングやテニスやゴルフやと、なんのスポーツと特定するのでもない節操のないサークルだ。要するにスポーツの名を借りて、楽しく男女で遊びましょうということだった。

 サークルに入った途端、ヘレナは何人もの男に告白されたと自慢ったらしく好子にも言っていた。高校生になってからのヘレナは三人ほどの男の子とつきあっていたらしいが、最後につきあった彼氏とも綺麗に別れたとも言っていた。

 二股は面倒だからしないんだ、高校生の恋愛なんてガキっぽいことはもうおしまい。大学生になったら、将来は結婚してもいいつもりで、優良物件とつきあうわ、とヘレナは言っていた。

 優良物件、人間を不動産かなにかのように言うヘレナが選んだトシキは、祖父がチェーン店のドラッグストアを経営する一族だ。父親もその係累も、それぞれにチェーン店の一部をまかされている。トシキもいずれは経営者一族に加わる予定で、毛並みがいいのだそうだ。

 いくぶんぽっちゃりしていて背は高くないが、顔立ちもお坊ちゃんらしく品が良くて人もよさそうで、トシキもそれなりにもてるらしい。ゴルフが得意でヨットも好きなスポーツマンだとヘレナは言っていた。

「僕はルックスがよくないでしょ」
「そんなこともないわよ。上品な感じだもの」
「若い男が上品だなんて、歌舞伎役者でもないんだからもてる要素にはならないんですよ。なのにヘレナちゃんは僕を選んでくれた。僕の人柄が好きだって言ってくれたんです」

 人柄もいいのだろうと好子にも思えたが、それよりも将来性重視じゃなかったのかな、と口には出さず考えていた。

「ヘレナちゃんが悪いんじゃないけど、そうやってよその男が彼女にちょっかいを出す。相手は先輩だけど、僕は闘おうと思いました。でも、ヘレナちゃんが言うんですよね、私のために喧嘩なんかしないでって。優しいんだなぁ、ヘレナちゃんは」
「……そうね」

 内心、ヘレナは楽しんでいるのではないだろうか。

「だったらヘレナちゃんが断ってくれるんだろうと思っていたら、ちょこちょこ先輩とデートしたりしてるんです。ヘレナちゃんが言うには、そんなに私を好きでいてくれるんだからかわいそう。ちょっとだけお茶や映画につきあうくらい、友達としてだったらいいじゃないの、なんだそうですけど、お姉さんはどう思います?」
「うーん、そうだねぇ」
「ヘレナちゃん本人にも言ったんですけど、ヘレナちゃんの優しさには負けてしまうんですよ。そんなにも私を好きでいてくれる男に無下にしたらかわいそうだって感覚でしょ。それをいやがる僕が小さい男なんですよね」
「……そうね。ま、自分たちのことは自分たちで解決して」
「……そうですね。お姉さんに聞いてもらえただけでも、ちょっと楽になりましたよ」

 席を立った好子が伝票を取り上げると、トシキは言った。ごちそうさまでした、と。

「トシキがお姉ちゃんに相談したの? へええ、そんなこと言ってたんだ。うん、それもあるけど、トシキってかっこよくないじゃん? 先輩はトシキよりは毛並みは落ちるけど、背が高くて顔もいいんだよね。トシキは夫候補、先輩は連れて歩いて楽しい友達だよ」
「あんたの言うことっておっさんみたいだね」
「オヤジギャルってやつ?」

 きゃはきゃは笑っていたヘレナは、大学を卒業するまでには、夫候補も遊び相手も幾度かは取り換えたようだった。

 遊び人というわけでもなく、もてる女の子はたいていそんなものらしい。好子はもてるほうでもなかったのだが、高校生のときの初彼以来、三人目の交際相手の佐多男にプロポーズされ、二十八歳にして婚約が調った。

「三十前に結婚ってちょうどいいね。あたしもそのくらいまでに決まるといいかな」
「ヘレナは今は彼氏はいるの?」
「いないわけないじゃん」

 堅実な企業の正社員になった好子とはちがって、ヘレナは派遣社員だ。正社員としては華やかな企業に就職できなかったので、マスコミや広告代理店や商社などに女性を派遣している会社に登録して、ヘレナは現在は、テレビ局の案内窓口にすわっている。

 仕事柄有名人とも知り合う機会はあるようだが、そんな相手だと遊ばれるだけだと言って、深入りはしない。ヘレナのほうが好子よりも世間を知っているのはまちがいない。

「でもね、最近の相手って結婚するような男じゃないんだよね。この前のとも別れちゃった」
「そうなんだ」
「うん、あいつ、結婚してたんだよ。あたしはだまされたの」
「不倫はやめたほうがいいよ」
「だから別れたのっ」

 二十四歳のヘレナは、じっくり優良物件を探すつもりだと言っていた。
 二十九歳でふたつ年上の佐多男と結婚した好子の新居に、ヘレナは時おり遊びにくる。お義兄さん、いい男を紹介してよ、などと言われた佐多男も、ヘレナの結婚相手を探してくれているようだ。

 仕事がらみで知り合ったのだから、佐多男は好子の取引先の社員である。同じ会社だと結婚してからはやりにくかったかもしれないが、別会社なので共働きもスムーズだ。同規模の堅実な中企業で、好子の会社も佐多男の会社も、当面は業績も安定していた。

「……まただまされてたみたい」
「どうした、ヘレナちゃん?」
「この間、告白されてつきあってた男がさ……」

 軽い気持ちでつきあっていたヘレナの彼氏が、既婚者だったと言う。佐多男と好子の家に遊びにきたヘレナが話した。

「彼のマンションにも遊びにいったりしてたから、疑ってもみなかった。でも、彼の奥さんから電話がかかってきたの。単身赴任してる既婚者だったんだよ」
「それはひどいな。独身のふりをして女性をだますって、最低じゃないか」
「でしょう、義兄さん? なのに、奥さんが怒ってて、私から慰謝料を取るって言うの。そんなのないじゃん」
「ヘレナちゃんがだまされていたって証拠があればね……メールとか保存してる?」
「残してあるよ」

 義兄さん、力になって、とヘレナは懇願し、ああ、まかせておけ、と佐多男も胸を叩いた。
 妹のために佐多男が尽力してくれるのは、好子としてもありがたい。佐多男は法学部を出ていて、友人には法曹関係の人間もいる。放送と法曹ってえらいちがいだとヘレナが言ったのは、彼女をだました男が放送関係だからだった。

「義兄さんのおかげでなんとか示談になったよ。もうほんと、こりごり」
「悪い男もいるんだから、気をつけなさいよね」
「うん、お姉ちゃんにもありがと」

 珍しく殊勝らしく、妹が頭を下げる。ヘレナの件は落着し、佐多男は出張で留守にしている夜に、好子の家で姉妹で食事をしていた。

「義兄さんって案外頼りになるよね」
「わりとそうみたいね。私も見直したかも」
「でも、やっぱ男だよね」
「……どういう意味で言ってるの?」
「聞きたい?」

 聞きたくない、と言いかけた好子は、頭を縦に振った。

「口説かれたよ。まったくもう、自分もあたしをだました男と同じようなこと、やってんじゃん。好子は美人でもなくて、ヘレナちゃんの姉だとは思えないほどつまらない。家庭ってのは平穏なほうがいいと思ってたけど、ヘレナちゃんとこうしてちょっとつきあってみたら、きみの魅力のとりこになっちまったよ、だってさ」

 そうなるとは、好子も疑ってもみなかった。ちらりと悪い予感がかすめても、まさかうちの夫が……と無意識に打ち消した。性悪なところのある妹だって、まさか私の夫に……と打ち消した。

「ほんとはあたし、あの彼が結婚してるって知ってたんだ。知ってて遊びのつもりでつきあってたんだけど、義兄さんはあたしを頭から信じてくれてた。あたしもシラを切り通して、奥さんとの話し合いがまとまって、彼とは別れたのね。そしたら義兄さんがそんなことを言い出すんだもんな。俺はあいつと同じじゃない、好子とは別れる。結婚しようだって」

 嘘よ、とは言えなかった。

「だから正直に言ったよ。不倫ってわかっててあの男とつきあったような、あたしはいい加減な女だよ、それでもいいの? って尋ねたら、それでもいい、ヘレナちゃんが好きだ、だってさ。お姉ちゃんのために断ってあげたから」
「断った……のね」
「そりゃそうだよ。お姉ちゃんの旦那じゃなかったとしても、あんなのと結婚する気はないし……睨まないでよ。あたしが悪いんじゃないでしょ? だからお姉ちゃんにも話したのにさ」

 けろりと言って、ヘレナは鶏のから揚げをかじった。

「お姉ちゃんも気をつけな。あたしみたいな女には、義兄さんみたいな男もころりと行くんだよ。お姉ちゃんももうちょっと女磨きして、旦那に浮気されないようにしなくちゃね。あたしだから断ってあげたけど、他の女だったら……わ、怖い顔。帰ろうっと」

 まったくの嘘ではないだろうが、すべてが真実ではないはずだ、と好子は自分に言い聞かせた。食卓もそのままにヘレナが帰ってしまったあとは、夫に話そうか、どうしようか、と考えていた。

「ヘレナちゃん、来てたのか」
「ええ。改めて義兄さんによろしくって」
「そうか。うん、きみの妹なんだから、俺は当たり前のことをしただけだけどね……好子、ちょっと話そうか」
「なあに?」

 なのに、翌日の夜になって帰ってきた佐多男が言い出した。

「言いにくいんだけど、好きな女性ができたんだよ。離婚してくれないか」
「それって……」
「もしかして、ヘレナちゃんに聞いた? それこそ人の道にはずれてるんだろうけど、俺のはじめての恋なんだ。今、彼女を逃したら一生後悔する。虫のいいことを言っているのは重々承知しているから、慰謝料も払うよ。このマンションもきみにあげるよ。俺は身ひとつで出ていく。だから……」

 はじめての、恋? では、私とは恋をしたのではないのね。好子は妙に冷静に考えていた。

「マンションは慰謝料とは別だよ。幸い、子どももまだいない。今のうちでないと別れられないだろ。きみは強いんだからひとりで生きていける。きみと結婚していたら、ヘレナちゃんとはいやでも顔を合わせる。そしたら絶対に忘れられないじゃないか。ならばもういっそ……」
「ヘレナにプロポーズしたの?」
「してないよ。信じてくれ。今はまだプラトニックなんだ。俺は誠実でありたいから、ヘレナちゃんに告白する前に離婚したいんだ」

 へっ、馬鹿じゃないの、と笑い飛ばしてやりたい。ヘレナの言い分は半分は事実だろう。特に後半の、あんなのと結婚する気はないし……はあからさまなまでに本音だろう。佐多男はべつだんかっこいいわけでもなく、社会的に優良物件でもない。

 そのあたりを話してやれば佐多男はしゅんとして、考え直すかもしれない。けれど、佐多男の台詞は彼の真実のはずだ。

 ここで好子がうなずけば、意外にヘレナは佐多男のプロポーズを受けるかもしれない。両親は身も世もないほどに嘆き、ヘレナとは縁を切るかもしれないが、時が流れてヘレナに子どもでもできれば、孫を抱ける喜びで和解しそうな気もする。

 姉の好子にはわかっている、ヘレナの本性。それをかなり知った上で、佐多男は好子を捨ててヘレナと結婚したいと言っている。恋とは……佐多男がはじめてしたという、好子とは恋ではなかったという、恋とはそんなものなのかもしれない。

 ヘレナへの想いがはじめての恋。佐多男のその言葉は、好子にとっては決定的だった。ロマンティックにすぎるのかな、私。あくまでも好子の心は醒めていた。

次は「と」です。








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