ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS一日の物語「早朝」

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フォレストシンガーズ

「早朝」

 えらく早く目が覚めた。じいさんみたいだな、と頭をかきつつ身支度をして、外に出ていく。今日は早起きをする必要もないのだが、二度寝なんてできそうになかった。

 正式なメジャーデビューの日は、ファーストシングルCDリリースの日だ。今日がフォレストシンガーズの「あなたがここにいるだけで」が世に出る日。乾が作詞して俺が作曲した歌。俺がリードヴォーカルをとっている、フォレストシンガーズにとっても本橋真次郎にとっても記念すべきCD。

 CDショップなんてまだ開けてないだろ。
 ファーストシングルリリースの日だからって、俺がなにをするわけでもないだろ。
 売ってくれるのはCDショップのひとたちだろ。

 弱小プロダクションとはいえ、事務所の社長も売り込みに力を尽くしてくれていた。見習いとはいえ、マネージャー修行中の山田美江子も、私もがんばるからねっ、と張り切っていた。
 もちろん、本人の俺たちだって必死だ。これまでもこれからも。

 早朝は涼しさも感じるようになった季節。俺はひとり、歩く。
 名前も知らない花が道端に咲いている。名前を知らないのは俺だけで、山田や乾だったら知っているのかもしれないが、今の俺たちはこの花みたいなものだな、と思う。

 無名ではないのだろう。どんな花にも名前はある。俺にだって名前はある。フォレストシンガーズって名前だってある。ただ、世間にはまったく知られていないだけだ。

 そんな俺たち、名もなき俺たちはいずれは、有名なシンガーズになれるのだろうか。こればっかりは本人たちがいかに努力しても、なせばなると信じてもなさないかもしれないわけで。いやいやいや、そんな弱気でどうする、本橋真次郎!!

 おのれを叱ってただ歩く。あてもなく、どこに行くでもなく歩く。
 午後から仕事があるから、余裕をもてる時間にはアパートに帰ろう。どこかでメシを食っていこうかな。メジャーデビュー祝い朝メシってのもいいな。

 他のことを考えようとしても、想いが勝手に「メジャーデビュー」に飛んでいく。

「本日、デビューしたばかりのフォレストシンガーズです。よろしくお願いします」

 昨日まではCDも出していなかったから、プロのシンガーズですと名乗るのも実感が湧かなかった。今日からは晴れて、俺たち、プロだぜ。プロになれたんだ。

「あ? もうこんな時間か」

 無意識であてもなく歩いていたつもりだが、本当は待っていたのだろう。俺のアパート近くにCDショップがある、十時開店だから、その時間になるのを待ちわびていた。五時間近くも歩いても疲れも感じないまま、ショップに足を向けた。

 新曲コーナーをさりげなく物色する。ない。
 本日発売!! とポップの飾られたコーナーもあったから、そっちに移動した。ない。

「あ、このバンドのニューシングルも発売か。このアイドルはアルバムか。アルバムとシングルはライバルにはならないかな」

 ひとりごとを言って苦笑する。こんな有名なバンドやアイドルが、出てきたばかりの俺たちのライバルになるわけねえだろ。

「なにかお探しですか?」
「あ……いえ……フォレストシンガーズのシングルCDって、置いてないんですかね」
「フォレストシンガーズですか」
「あなたがここにいるだけで、ってタイトルなんですがね」

 長身の可愛くて若い女の子が、ちょっとお待ちください、と言って奥に引っ込んだ。ややあってあらわれた彼女は、申し訳なさそうに言った。

「すみません、ありません」
「ああ、そうですか。そうですよね。CDなんて同じ日に何枚も発売されるんだから、全部は店に置けませんよね」
「お取り寄せ致しましょうか」
「いいえ、いいです」

 彼女のそばを離れてから後悔した。十枚……いや、百枚取り寄せてほしいと頼んだら、注目されるんじゃないだろうか。いやいや、あざといかな。

 そんなことをしなくても、実力で俺たちは有名になってみせる。
 心新たに誓いを立てて、CDショップから出る。早朝がただの「朝」に替わっていて、早くも残暑が感じられる。さあ、ヴォリュームのある朝メシを食って、元気をつけなくちゃ。

END










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~ Comment ~

NoTitle

これは真ちゃんの語りですよね。
ああ~、わかるなあ、初CDの発売日のドキドキ。
プロデビューといってもまだ無名に近い彼らには、売れ行きが気にかかるところでしょうね。
人気バンドやアイドルとは発売日、ずらしてほしいところだけど、大人の事情って事ですよね。

昨今は配信で曲を買うのが主流なのかもしれないけど(私もダウンロード派)書籍と同じで、CDっていうのはやっぱりなくならないで欲しいですよね。やっぱり形が欲しいもん><

limeさんへ

いつもありがとうございます。

この「一日の物語」は、夜明けから深夜まで、フォレストシンガーズの五人とヒデ、美江子、それに事務所の社長の語りで、彼らのデビュー間もない時期を書きました。

「夜明け」は最初からほぼひとりで完結していますので、誰が言ってるんだかわかりづらくてすみません。
はい、真次郎です。

もしも本を出版することになったら、きっと私もこういう気分になるだろうな、という意味で、私にも彼の気持ちはとてもよくわかります。
CDのような形あるものは、本当に残してほしいですよね。
私みたいな古い人間は、音楽をダウンロードしてお金を払うのって、なんだか損したような気もしたりなんかして、なのですよ。

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