ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/六月「立てば芍薬」

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2016花物語

六月「立てば芍薬」

 眺めているだけで心地よい美貌……俗にいう「目の保養」とはこんな顔なのだろう。見ているだけでも幸せだけど、自分のものにできたらもっと幸せなはず。

「あの、あなたもミュージシャンですか?」

 質問しながら差し出した名刺を、そのひとは一瞥もせずにシャツのポケットに入れた。細くてすらりと伸びた長身、いっぷう変わったファッションが得も言われぬほどにセンスよく決まっているのだから、サラリーマンなどではないだろう。芽愛紅の顔さえも見ず、そのひとは黙ってそこに突っ立っていた。

「愛想のない奴でね、かわりに俺があやまるよ」
「あやまってもらわなくてもいいんですけど……えと、あの……」
「こいつはリュートっていうんだよ。流れると斗って書いてリュート。楽器にもリュートってあるよね。えーっと、あなたは……俺にも名刺くれる?」
「すみません、お渡しするのが遅れました」

 もう一枚、取り出した名刺を見て、そちらの男性は言った。

「こういうむずかしい名前だと、ふりがなをつけてくれてて助かるよ。芽愛紅って書いてメイク? すげぇ名前……あなたには似合わな……いやいや、いいんだけどね」
「似合いませんよね。自覚はあります」

 貞操観念さえ希薄であれば、若いというだけで女には男が寄ってくる。貞操観念が強固であっても、若くて可愛かったり美人だったりしたら男は寄ってくる。女は二十代のうちは、どちらかであればもてるものであるらしい。だが、メイクに寄ってくる男はほとんどいなかった。

 逆だったらよかったのにな、とないものねだりをしても無意味だ。上半身は貧弱で胸もなく、下半身のどっしりした体形は、センスのいい服を着ても似合わない。肌のきめが粗くて化粧映えもしない。醜いというほどの顔立ちではないのだが、もっとブスだったほうがインパクトあったんじゃない? ものすっげぇブスとだったら話のタネに寝てみたいけど、あんたじゃね、と男に言われたこともあった。

 ほとんど、であって皆無ではなかったので、三十代処女というわけではない。けれど、恋人と呼べる男はいたためしがなく、むろんメイクは未婚だった。

「お見合いとか婚活とかしないの?」
「そこまでして結婚したくはないから」

 他人に質問されると苦笑してそう答える。結婚はどうでもいいのは本音だが、恋人はほしい。メイクは恋愛体質ではなかったはずなのに、リュートには一瞬で恋に墜ちていた。

「こいつ、口がきけないわけじゃないんだよ。劇団に入って芝居をやってるんだから、台詞だったら喋れるんだ。気が乗らないと喋らないってだけなんだよな、リュート?」
「あなたの声が聴いてみたいな」
「ご所望だよ。リュート、なにか言えよ」

 彼こそがミュージシャンであるらしき男性に促されて、リュートは言った。

「僕と寝たい?」
「え……え……あの……」
「リュート、おまえ、それ、やばいぜ」

 こんなもてなさそうなおばさんと寝たら、後々やばいぜ、と彼は言いたいのであろうとは察しられた。リュートはそれ以上は口をきかずにメイクを凝視し、メイクは魅入られたようになってうなずき、気がつくとパーティ会場から出てリュートとふたりで歩いていた。

「金はないから」
「……私は持ってるよ」
「じゃ、メイクがみんな決めて」

 楽器メーカーの営業職である芽愛紅は、楽器を提供し、PRしてもらう、というつきあいの続いているジャズバンドのパーティでリュートに会った。そして彼のとりこになった。

「リュートくん、飲みにいかない? あなたさえよかったら、ふたりきりで」
「お金がないから」
「お金なんて心配しないで」
「じゃあ、お酒よりはごはんがいいな」
「あまり食べてないの?」

 仕事上の関わりはなくもないので、メイクはどこにいてもリュートを探してしまう。探し当てると話しかける。リュートは特に歓迎するそぶりも見せず、かといって拒否もせず、なにをどう誘っても金がないと言う。一度寝ただけで恋人気取りになるなんてみっともないと、メイクはおのれを戒め、なれなれしくはしないように努力していた。

「お金がないからね」
「そうなのね。劇団でお芝居の練習をして、俳優になりたくてがんばってるんでしょ。お金がないのはしようがないよ。ごはんを食べるお金くらいは心配しなくていいから」
「うん」

 先約がなければ、リュートはメイクの誘いに乗ってくれる。彼のほうから誘うことはなくて、メイクの知人や友人は言うのだった。

「メイクさんは金蔓だよ。そんなのって惨めじゃないの?」
「どうして惨めなの? お金は持ってるほうが出せばいいんだよ」
「たかられてるだけなのに?」
「ものは考えようでしょ。たかるなんて人聞きの悪いことは言わないで。私はリュートくんよりも年上で、収入だって多いんだもの。私はリュートくんとごはんを食べるのが楽しいんだもの。私がそれでいいんだからいいの」
「男の顔にたぶらかされる女もいるんだねぇ」
「あーあ、メイクさん、かわいそうに」

 かわいそう? なぜ? 私はリュートが好き。好きな男性と一緒にお酒を飲んだり食事をしたりして、気持ちよくなれるのがどうしてかわいそうなの? リュートくんが綺麗すぎるから、嫉妬してるの? どちらがお金を出すのかなんて些末事じゃないの。私は幸せだよ。

「リュートくんはお金に困ってるでしょ。家賃や食費だって大変だよね」

 幾度か食事をしたり、メイクが望めばホテルに行ったりして、メイクの想いは募る一方だ。リュートのほうは、あなたがいいんだったらそれでいい、メイクさんが楽しいなら僕も楽しい、の態度を続けていた。

「同棲しようよ。一緒に暮らそう。そしたらリュートは無駄なお金を使わなくてもいいんだもの」
「メイクがそうしたいんだったら、僕はかまわないよ」
「そうだよね。うん、一緒に暮らそう」

 マンションを見つけてきてリュートを案内する。ここならいいでしょ? メイクが気に入ったんだったらいいよね。
 お金ないよ、そんなの気にしなくていいの。私がそうしたいんだからまかせておいて。うん、だったらいいよ。

 常にやっているやりとりの末、メイクはリュートと暮らしはじめた。リュートが劇団の芝居に出られるようになったと話してくれ、ゴージャスなレストランでお祝いした。劇団員にはチケットを売りさばくノルマがあると聞く。リュートはなにも言わないのでメイクから切り出すと、リュートはチケットの束を取り出した。

「こんなに? よし、私が全部買ってあげる」
「うん、ああ。明後日から一週間関西に行くから」
「公演? 一週間会えないのは寂しいけどがんばって。荷造りはできてるの? まだ? いいわ。私がやってあげる。明後日からだったら新しい下着だとか、買ってきてあげるね。洗濯なんかしなくていいんだからね、着替えは持って帰っておいで。私がより分けてクリーニングに出したり洗ったりするから」
「うん」

 当然のようにリュートはうなずき、可愛いね、とメイクは彼の頬を撫でる。息子のような恋人のようなペットのような、そんなリュートが愛しくてたまらなかった。

「メイクさんが全部、お金を出してるって?」
「そうだよ」
「チケットを百枚買ってやったって? よくやるね」
「自己満足でいいつもりだったんだけど、リュートったら、公演先の京都の神社で拾ったっていって真っ赤な葉っぱを送ってきたのよ。可愛いでしょ」
「葉っぱか。無料だね」
「当たり前じゃないの。それがどうしたの?」
「いいんだけど、メイクさん、見事にだまされてるよな」

 予定通りにきっちり一週間で、リュートはメイクの待つマンションに帰ってきた。ただいま、ときちんと挨拶をするリュートを抱きしめてキスをしたら、彼はメイクの髪に白い花を飾ってくれた。

「私のために摘んできてくれたの? 嬉しい。リュート、疲れた?」
「それほどでもないけど、腹減った」
「そっか。おいしいものを作るね」
「宅配のピザがいいなぁ」
「それもたまにはいいね。電話するわ」

 いつしかリュートも、メイクのそばでは多少は喋るようになっている。要求も口に出すようになってきて、メイクにとってはいっそう愛しい。

 だまされてなんかいない。だって、リュートは私に愛してるとか、綺麗だとか、結婚しようだとか言わないもの。私がしたいようにしているだけだもの。宅配ピザショップに電話をかけながら、メイクは横目でリュートを見た。立ったりすわったり歩いたりしているだけで、彼はまるで……まるで……。

 立てば芍薬すわれば牡丹、歩く姿は百合の花。
 古風な美女の形容がこうなのならば、美男リュートはさしずめ……立てば芍薬、すわれば睡蓮、歩く姿はアマリリス。

END







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~ Comment ~

NoTitle

そうですよね。二人がいいなら他人がとやかく言うこと
ではない。
こういう形あってもいいかなあと思います。
リュウトさんの立ち姿、座ったところ歩いているところ想像して
楽しんでいます。
ついで?にメイクさんのことも。ちょっと可愛いいじゃないですか。

danさんへ

いつもありがとうございます。
ひと昔前でしたら、男性がメイクの立場ということはたまにあったみたいですよね。今どき、男女逆転現象で書いてみました。

私はケチですので、メイクの立場はいやです(^-^;
彼女が友達だったとしたら、きっととやかく言うでしょうけど、彼女が本心から幸せだったらそれでいいんですよね。

メイクが可愛いと言っていただけて嬉しいです。
きっとメイク本人も、嬉しくてぽぽっとなっていると思います。
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