別小説

ガラスの靴63

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「ガラスの靴」

     63・正論

 かっこいいロックお姉さんが可愛いロックガールだったころ、アンヌはアマチュアロックバンドで歌っていた。そのころからのファンだというカンナちゃんが、今夜は僕の家族と一緒にごはんを食べている。

 でかくてごつくて、はっきり言って顔も不美人、というよりも不美人以下の女の子には、若くても世の中は残酷なようだ。ブスだなんて正直に言うとアンヌが怒るのは、カンナちゃんを妹みたいに思っているからか。アンヌは恋ではないと思うが、カンナちゃんのほうはアンヌに恋心に似た感情を抱いているのかもしれない。

 高校生のころにだって、アンヌのバンドの男どもは、こんな女にファンになられたくないと言ったらしい。最近もバイト仲間のクリーニング屋さんの主婦が男を紹介してくれたら、その男は焦って逃げたらしい。僕も男だから、男の気持ちはわからなくもないが。

 気の毒な境遇のカンナちゃんには同情が起きるのもあり、食事くらいは喜んでごちそうしてあげたい。僕が作った揚げ物やサラダをおいしそうに食べているカンナちゃんに、息子の胡弓が言った。

「おねえちゃんのお口、おっきいね」
「うん、おいしいから大口あけて食べちゃうんだ」
「おなかもおっきいね。赤ちゃんがいるの?」
「……」
「こらっ、胡弓!!」

 ママに怒られた胡弓はびっくりして泣き出し、カンナちゃんもべそをかいてしまった。大きな図体をして、カンナちゃんは気が弱いらしい。気が弱いからこそ自棄になるととんでもないことをしでかす、その典型みたいな女の子なのだ。

「胡弓、胡弓、よしよし。もう眠くなったんだよね。パパが絵本を読んであげるから、歯を磨いてねんねしよう。カンナちゃん、ごめんね。カンナちゃんはアンヌにまかせるから、ね、胡弓、おねえちゃんとママにおやすみなさいは?」

 うえーん、と声をあげて泣いている胡弓を抱いて頭を下げさせ、僕がかわりに、おやすみなさーい、と言った。アンヌはカンナちゃんをなだめていて、僕は胡弓を洗面所に連れていき、歯磨き、洗顔をさせる。息子は三歳だから、まだひとりではなにもできない。

 三歳だからこそママに叱られたのを忘れるのも早くて、ぬいぐるみや絵本でごまかすのもたやすい。胡弓を寝かしつけてダイニングキッチンに戻ると、カンナちゃんも泣き止んでいた。

「えーと……あれ? お客さんだね」
「笙、出ろよ」
「はーい」

 気づまりなので、新たなお客さんが来てくれるのはありがたいかもしれない。玄関のスコープから覗いてみると、外に立っているのは西本たつ子、竜弥の親子だった。

「アンヌさんには連絡したんだよ。今夜だったら早く帰れるからって、時間もアンヌさんに指定されたんだ。ママもアンヌさんに会いたいって言うから、連れていっていいかって訊いたのもOKしてもらったよ」
「そうなんだ。僕は聞いてないけど、約束なんだよね。入って」

 お邪魔しまーす、と竜弥くんは言い、母と息子が我が家に入ってくる。そうそう、竜弥が来るんだった、とアンヌも呟いていた。

 桃源郷のドラマー、吉丸さんの次男を産んだ未婚の母、西本ほのかさん。ほのかさんのマンションに同居するようになった謎の美青年が竜弥くんだ。きみはほのかさんのなに? と尋ねてもはぐらかしてばかりいた竜弥くんの正体が先ごろようやく判明した。

 この母と息子はほのかさんと姓が同じ。すなわち、たつ子さんはほのかさんの兄の妻で、竜弥くんはほのかさんの甥にあたるのだった。

 叔母と甥が恋仲にならないとは限らないので油断はできないが……ってのもあるが、まあまあ一安心。って、僕が安心する必要もないが。吉丸さんの事実上の妻、ただし男、のミチも、怒る必要もないのに怒っていた。なんだ、だまされてた、心配して損したっ!! などと。

 母という立場は同じだが、えらくちがったタイプのたつ子さんとアンヌが、はじめましての挨拶をかわしている。カンナさんも紹介し、大人ばかり五人でお茶の時間になった。

「カンナちゃん、泣いてた?」
「そうなんだよ、竜弥くん。胡弓がちょっとね……」
「カンナもあれくらいで泣くなよ」
「……うん、ごめんね。ほんとのことだもん。あんなちっちゃい子は正直に、思ったことを言うよね」
「なに言ったの? ああ、まあ、だいたいわかるけど……」
「竜弥さん、失礼よ」

 たつ子さんが竜弥くんをたしなめたということは、この親子の想像はだいたい当たっているのだろう。たつ子さんはお説教口調になった。

「人間は外見じゃないのよ。カンナさんだって外見なんか気にしなくていいの」
「そお? 人は見た目が八割、なんて説もあるよ」
「竜弥さんは黙ってなさい」

 ぺろりと舌を出す竜弥くん、きょとんとしているカンナさん、わずかに眉をひそめているアンヌ、このおばさん、なにを言い出すんだろ、の僕を前に、たつ子さんは語った。

愛するよりも愛されるほうが幸せだなんて嘘よ。相手を愛さなくちゃ。信頼しなくちゃ。

 だけど、愛したほうが損だともいえるよ。アンヌと僕は相思相愛だから問題ないけど、ほんとはちょっとだけアンヌの愛のほうが上回ってるんじゃないかな。でなけりゃ一生懸命働いて、僕を養ってはくれないでしょ?
 これ、僕の内心でのつっこみ。以下同じ。

 大切にしてくれる相手とつきあうことが肝要よ。浮気をしたり暴力をふるったりする男性は絶対に駄目。信頼できて、彼もあなたを大切に想ってくれるひとを探しなさい。

 うん、たつ子さんは夫が絶対に浮気はしてないって信じてるんだよね。表面上はあなたの夫はあなたを大切にしているふりをしている。知らぬが仏、ってね。

 女性には主婦という大切な役割があるのだから、金銭的にはご主人の収入に頼ってもいいの。でも、精神的には自立していなくちゃね。私は経験上、言っているのよ。ええ、もちろん私は精神的には主人に依存したりはしていないわ。

 精神的自立かぁ。むずかしいな。僕はアンヌがいなくちゃ生きていけないけど、アンヌはそんな僕を可愛いと思ってくれてるんだから、それでいいんだ、うん。

 未来をも見据えた恋をしなくちゃいけないわよ。今がよければそれでいい、なんて刹那的な恋は楽しいかもしれないけど、虚しいでしょ?
 具体的に言えば結婚。
 あなたと愛し合い、大切にしてくれ、信頼できて、それでいて精神的には自立している関係の男性と堅実に恋をして。結婚するのが女の幸せよ。

 口ではなんとでも言えるんだから、結婚から逃げるような男性は駄目。きちんとプロポーズしてくれる男性がいいわね。そこはやっぱり男性に責任を取ってもらわなくちゃ。

 なんだか矛盾してない? 女性が愛することが大事なのだったら、プロポーズも女性からしてもよくない?
 もっとも、たつ子さんは昭和の女だから、こんな主義でもしようがないのかな。それにしても、ほんと、おめでたいおばさんだ。

 いつの間にかアンヌの姿は消えている。毒舌で辛辣な口をきくのがかっこいいアンヌではあるが、昔気質の主婦を相手になにを言っても徒労だと感じたのか、外へ煙草でも吸いにいったのか、胡弓の部屋か、バスルームか。どこかにいるのだろう。

 竜弥くんはにやにやしていて、腹に一物ありそうではあるが黙っている。僕も黙って聞いている。カンナちゃんはと言えば、目を丸くして聞き入っていた。

「わかった? 恋愛の極意って案外、こんなものなのよ」
「……はい」
「あなたにだっていいひとがきっと見つかるわ。人間は外見じゃないのよ」
「はい」
「素直ねぇ。いい子ねぇ」
「ママ、こんな嫁がほしい?」

 ちらっといやな顔をしたものの、たつ子さんは素早く体勢を立て直して息子に言った。

「そうね。いいわね。竜弥さん、カンナさんとつきあったら?」
「……えっ?!」
「そうよそうよ、それがいいわ。カンナさんはいやじゃないわよね」
「……え」

 え、えっ、えーっ、と双方ともにえーえーしか言わない。カンナちゃんは真っ赤になってハンカチを取り出し、あつぅぃ!! と小声で叫ぶ。母親の手前か本人を前にしているせいか、竜弥くんも困惑顔で、お断りっ!! とも言えないらしい。

 ぽーっとピンクになった頬をして、目をウルウルさせている女の子は愛らしいものだが、カンナちゃんだとなぁ……僕だって……おっと、アンヌに怒られるから言えない。

 いや、しかし、意外とこのおばさん、息子にも意地悪なのかも? 竜弥くんがOKしたら自分だっていやだろうに、息子を苛めて楽しむ母。被害者はカンナちゃん。世の中って美しさのかけらもない女には、とことん残酷なのである。

続く






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~ Comment ~

NoTitle

人は外見ねえ。。。
まあ、そこまでブスと言える人はそこまでいない。
・・・というのが私の見解ではありますが。
人の顔を見れば、どことなく可愛らしところはありますし。
人の好みも千差万別!!
\(◎o◎)/!

・・・ということがありますからね。
私の好みの他の人とずれてますからね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
我が家のあたり、大雨警報が出ています。いやだなぁ。
LandMさんのお住まいあたりは大丈夫ですか?

さて、そこまでそこまで……そうですよね。
好みが他の人とはずれているとのこと。
そうすると、お、可愛い、このひとが最高!! と思う女性はライバルが少ないのかもしれなくて、ラッキーかもしれませんね。

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