ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ゐ」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「居丈高」

 帰りにスーパーマーケットで安くなっていたお弁当を買い、桃の缶詰とクリの甘露煮も買ってフルーツパフェを作って乾杯した。

「モモとクリだからフルーツパフェって、ださいけどね」
「ださくないよ。可愛いモモちゃんにはぴったりの名前だよ」
「クリちゃんだって可愛いもんね。だけど、モモちゃんだって苗字は栗原なのにな」
 
 昔から僕は栗原準という名前をもじって、クリ、クリちゃんと呼ばれていた。モモちゃんは桃恵だから、みんながモモ、モモちゃんと呼ぶ。栗原桃恵、モモちゃんはひとりでフルーツパフェだ。

「もしかして……」
「どしたの、クリちゃん?」
「ううん、いいんだよ。モモちゃんが作ったフルーツパフェ、おいしいね」
「作ったっていうか、盛り合わせただけだよ。お弁当もおいしいね」
「うん、おいしい」

 もしかして……と言いかけたのは、モモちゃんひとりでフルーツパフェは完結しているという意味で、社長が命名したのではないか、だった。モモちゃんとクリちゃんだからフルーツパフェだと事務所の社長は言ったけれど、真相は……ううん、こんな卑屈な考えはよそう。

 高校を卒業してからは、モモちゃんも僕もフリーターだった。ドーナツショップで働いていたモモちゃん、近くのなんでも売っている量販店で働いていた僕。僕がモモちゃんのお店に買い物に行くようになって知り合って、モモちゃんが告白してくれた。

 告白してくれたのが嬉しくてつきあうようになって、ふたりともに歌が好きだと知った。モモちゃんの高くて可憐な声と、僕も高いけれど一応は男だからモモちゃんよりは太くて低い声が、上手にハモルととっても素敵だとも知った。

 素敵な歌を歌えると思っていたのは自己満足ではなくて、オフィス・ヤマザキの社長がスカウトしてくれたのだった。

「うちには燦劇っていうロックバンドがいるんだよ」
「はい、知ってます」
「彼らは休止するんだそうだ。社長の私に相談もなく勝手に決めやがって……なんだけど、決めてしまったものは仕方ない。そこで、彼らの代わりになりそうな若手を探してたんだ。うちには杉内ニーナやフォレストシンガーズもいるんだけど、知ってるか?」
「んーと……聞いたことはあるかな」
「モモちゃん、年長者には敬語で話しなさい」
「はーい」

 そんなやりとりがあって、僕らはオフィス・ヤマザキからデビューさせてもらえることになった。社長と話していたのはモモちゃんだけで、僕は横で熱心に聞いていた。
 
 フリーターではなく歌手になれると決まったから、僕がモモちゃんにプロポーズして、僕らは新人夫婦デュオになった。二十歳と二十二歳の夫婦だから、結婚してると告げるとたいていの人が、できちゃったの? と訊き返す。そのたびモモちゃんは言っていた。

「できてませんよ。あたしはクリちゃんの面倒を見るのでいっぱいいっぱいなんだから、子どもは当分いらないの」
「そうだろうね」

 納得されてしまうのが情けなくはあるが、いつかは僕もしっかりした大人になって、モモちゃんが僕の子どもを産んでくれるのを夢見ている。

 しかし、もちろん子どもはうんと先の話だ。僕らはたいそう若いのだし、子どもよりも前にフルーツパフェとして成功しなくちゃ。
 事務所のスターである杉内ニーナさんと、その次に売れていると聞くフォレストシンガーズにはほどなく紹介してもらい、三沢幸生さんが言った。

「モモとクリでフルーツパフェか。フルーツパフェって言いにくいじゃん。モモクリ三年カキ八年。そうそう、モモクリにしよう」
「モモクリじゃありません。僕ら、フルーツパフェです」
「モモクリって可愛いじゃん。モモちゃんは気に入っちゃった」

 デビューしてから一年、少ないながらもファンの方もついてくれて、「モモクリ」という呼び名がすっかり定着してしまった。だって、三沢さんったらラジオでも言うんだから。

「最近は三沢さんはどんなお仕事をなさってるんですか」
「フォレストシンガーズの活動ももちろんしていますが、うちの事務所の後輩デュオの歌を書いてるんです」
「ああ、フルーツ……」
「モモクリ」
「そうでした。通称はモモクリさんですね」

 ラジオのDJさんもそう言う。社長までがプライベートではモモクリと呼ぶ。モモちゃんも喜んでいるのだから、僕ひとりが反逆したってどうしようもないのである。と、思っていたのだが。

「せっかくフルーツパフェっていういいユニット名があるのに。モモクリなんてひどいよね」
「そう思います? ようやく同志を見つけましたよ」

 それでも、モモクリ? ああ、知ってるよ、と言ってくれる人が増えていっているのは喜ばしい。今夜は僕たちもラジオに出演するので、控室で若いディレクターの金井さんと話していた。

「モモちゃんは?」
「モモちゃんは女の子の雑誌のインタビュー」
「クリちゃんは行かなくていいの?」
「僕はいらないんですって」

 大学院を卒業してラジオ局に就職してから数年、ディレクターになったばかりだと言うのだから、彼女は三十歳くらいか。長身でかっこいい女性だ。

「クリちゃんたちの目標はフォレストシンガーズ?」
「いえ……」
「そうよね。あんなの……」

 先輩のフォレストシンガーズは男性五人のヴォーカルグループ、フルーツパフェは男女デュオだから目標とするにはちょっとちがう、そういう意味で否定した僕に、金井さんはにやっとしてみせた。

「実は私も彼ら、好きじゃないんだ」
「え、そうなんですか」
「やっぱりね、歌手なんだからルックスもよくなくちゃ。フォレストシンガーズってださいよ。本橋は怖い顔してるし、乾はひょろっとしてるし、三沢と木村って区別がつかないし、もうひとりいる声の低いのなんか、名前も知らないし」
「そ、そうですか」

 仕事柄なのか、彼女はフォレストシンガーズの個々の区別がついているほうだ。そんなひとに名前も知らないと言われたシゲさん、かわいそう。

「ヴォーカルグループで顔のいいのなんかめったにいないけど、私はフォレストシンガーズって生理的にいやなの。女は生理的に嫌いだと思ったら駄目なんだよ。歌も嫌い」
「そうなんですか」
「クリちゃんはけっこう好き」
「あ、そ、それは……あの……」
「でね」

 困ってしまった僕に、金井さんはフォレストシンガーズの悪口を述べる。ルックスには好みもあるだろうし、正直、木村さんだったら僕と張り合えるかな、と僕はひそかに思っているほどで、彼らは顔はよくない。しかし、歌のほうは。

「爽やかさが足りなくない? フォレストシンガーズのメインヴォーカルは全部本橋でしょ。あいつの声って黒っぽいっていうのか。暑苦しいんだよね。ヴォーカルグループは高い綺麗な声をメインにしなくちゃ。男の低くて太い声は汚らしいのよ」

 そうかなぁ。まちがってない? 金井さん、実はフォレストシンガーズの歌はあまり知らなくない?
 リーダーの本橋さんがリードを取ることももちろんあるが、同じくらいに乾さんがリードヴォーカルって曲もある。僕はデビューするまでは男性グループには興味がなくて知らなかったのだが、社長がCDをくれ、モモちゃんとふたりでしっかり聴いた。

 乾さんの声は基本、爽やかだ。モモちゃんはメロンソーダみたいだと言っていた。モモちゃんに言わせると、本橋さんはブラックコーヒー、シゲさんは渋い赤ワイン、三沢さんはバナナジュースで、木村さんはコークハイ。

 その爽やかな声が、乾さんの場合はいろんなふうに変化する。本橋さんの声はたしかに太くて低くてブラックティストではあるが、甘くやさしく綺麗にもなる。
 ベースヴォーカルのシゲさんと、超絶ハイトーンの木村さんの声はさほどに変化しないが、三沢さんに至っては、セクシーな大人の声から少女のようなキャンディヴォイスまで、歩くヴォイスチェンジャーだとの異名を取るくらいなのだから。

「私は高い声が好き。シンガーは高い声が出なくちゃ」
「そうですね」
「クリちゃんは高い声だよね。高いところ、どこまで出るの? フォレストシンガーズなんて中学校の男子合唱みたいで、最低」
「え、ええ、そうですよね」

 こんなとき、どうして僕は自分の意見が言えないんだろ。気の強そうな人間の前では萎縮してしまって、先輩の悪口を言われても反論もできない。金井さんはますます気勢を上げ、僕はしょぼくれて、金井さんの否定論に同調してしまっていた。

「あら……」
「あ……」

 どこからか歌が聴こえてくる。この歌は? と金井さんは首を傾げ、僕は気づいた。この声……。

「素敵だね。綺麗なハーモニー……このひとたち、才能ありそう」
「本橋さんと乾さんですよ」
「はぁ? そんなわけないじゃない。クリちゃんって耳がおかしくない?」
「いえ、本橋さんと乾さんです」
「そんなはずないっての。賭けてもいいけど、あ、私、仕事があるんだった。じゃあまたね」
「金井さん……」

 けれど、まちがいなく本橋さんと乾さんだった。どこかで金井さんと僕の会話を聞いていたのか。金井さんが小走りで去っていってしまってから、先輩たちが長身をあらわした。僕が小さいせいもあって、本橋さんも乾さんも大きく見える。乾さんは細身だがひょろっとはしていなくて、本橋さんはがっしりしている。

「素敵なハーモニーだって言ってくれてたよな」
「ああ、認めてくれたんだから、それでいいだろ」
「俺はいいよ。本橋だって、彼女になにか言うつもりもないんだろ」
「ないよ。嫌われるのは無関心よりはいいって言うじゃないか」
「だね。おや、クリ? べそかいてんのか?」
「だって……」

 泣いたらいけない。仕事中には泣かないと、社長ともモモちゃんとも約束したじゃないか。仕事がすんで家に帰ったら、モモちゃんが僕を抱きしめて泣かせてくれるんだから我慢しなくちゃ。ここで泣いたら、本橋さんには頭をごつん、乾さんにはほっぺたをぴしゃっと叩かれて叱られそうだ。

「ぼ……僕は……聞いてたん……聞いて……たんでしょ? 僕も……悪口……金井さんが……僕はそんなこと……思ってないのに……だけど……言えなくて……言えなくて……」
「乾、通訳しろ」
「ふむふむ、つまりだね」

 泣くな、と本橋さんは僕を低く恫喝し、乾さんは涼しい顔で言った。

「俺たちは彼女とクリの話を聞いていた。うん、聞いてたよ。で、クリは彼女が言う俺たちの悪口に賛成していたわけじゃないけど、性格上言えなかった」
「強い女にはおまえは弱いもんな」
「強い男にも弱いだろ」
「……ひっ……」

 頭と顔を手で覆って後ずさりしてから、怖々目を開ける。ふたりともに苦笑いで僕を見ていて、乾さんが言った。

「なんだかものすごく居丈高な先輩になって、か弱い坊やをいじめてる気分だよな」
「居丈高じゃねえだろ。クリ、泣くな。泣くな!!」

 低く怒鳴られて、僕は再び、ひっ!! と叫んで硬直する。苛められてるんじゃないのはわかってるけど、年上の背の高い男ふたりにこうして見下ろされていたら、彼らに居丈高のつもりはなくても、僕にはそう思えてならないのだった。

END







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~ Comment ~

NoTitle

ももくりちゃんのお話だーっと思って読んでたら、シゲちゃんwww名前覚えられてないwww
がんばってシゲちゃん(笑)私の中では一番だからね!

声にも好みがありますもんね。
男性の妙に高い声とか、逆に低すぎる声は怖くて苦手なんですが、でもきっとフォレストシンガーズの声は心地いいいに違いないです!(勝手に脳内再生してます

そしてくりちゃん安定の繊細さでした(^.^)
私も相手の意見はそのまま「うんうん」って聞いちゃうことがあるんですが、人の悪口となるとちょっと返答を考えないといけないですね(-_-;)かといって相手は同意してほしかったりするんで、人間関係なかなか難しいです(´ε`;)ウーン…

たおるさんへ

いつもありがとうございます。
モモの缶詰とクリの甘露煮、はい、モモクリです。

グループって関心のない人には、誰が誰だか区別つきませんよね。
SMAPともなるとおばあさんでも知っていそうですが、おじいさんの中には、中居くんと木村くんと、あと知らん、と言う人もいそうです。

ジャニーズ系グループでも、私は嵐までしかフルネームは知りません。
ましてフォレストシンガーズ。本橋真次郎だったら知ってる、という程度の知名度ですから、シゲはねぇ……たおるさんが一番だと言って下さったら、シゲは感涙にむせんでいます。

声の好み。
高い声でも小田和正や徳永英明だと好きだけど、井上陽水や平井堅は嫌いとか、私もそんな感じですので、人の趣味はいろいろですよね。
低いほうは、浜田省吾は好きですが、福山雅治の歌はつまらないとか、どうしてなのか、理由はわかっていませんが。

人間関係ってほんと、むずかしいですよね。
私はわがままになってしまって、リアルのややこしい人づきあいはもういいです。昔からの友達くらいでいいです。

NoTitle

残念ながら、歌には好みがありますからねえ。
そこは仕方ないですねえ。
私も歌の好き嫌いはありますけど。
・・・嫌いはあまりないかな。
いや、ロックは嫌いか。。。
それを考えると、人は何がしら嫌いな歌と好きな歌で分けて聞いてますからね。その中で売れようと思うと改めて難しいなあ。。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

ロックはお嫌いですか?
私は嫌いなジャンルは特にないといいますか、現代的すぎる、メロディがない、ラップなんかは嫌いというよりもついていけません。

嫌いな声はありますね。
あと、嫌いな歌手もいますし、このヴォーカルが嫌いだからこのバンドは嫌いというのもあります。
聴いてるだけの人間は勝手なものですよね。
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