ショートストーリィ(しりとり小説)

149「状況判断」

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111「喫煙騒動」の視点違いです。


しりとり小説149

「状況判断」

 成人男性は煙草を吸うのがごく当たり前だった時代にも、男はいいけど女は駄目、とのたまう男はいた。私の父もその口で、こんなことを言っていたのを聞いた。

「高次が帰省してるんだそうだよ」
「ああ、そうなのね。賑やかになって、義姉さんも義兄さんも喜んでるでしょ」

 高次とは父の姉夫婦の息子で、私のいとこにあたる。地方大学の寮に入っている高次が夏休みで家に帰ってきているという、父と母の話題だった。

「それで、姉さんに相談されたんだ。高次の旅行鞄から煙草とライターが出てきたんだってさ。未成年なのに……どうしよう、きびしく叱るべきかしら、なんて言うから、俺は言ってやったよ。高次は男じゃないか。来年には二十歳になるんだろ。煙草なんて当然だよ。そんなときには母親は見て見ぬふりをするか、親父がさりげなく、火の始末だけは気をつけろって注意するか、そんなもんでいいんだよ」
「そうね。放っておいても来年には吸うんだろうから」
「だろ?」

 そうか、高校を卒業したら煙草を吸ってもいいんだな、と私は判断した。当時の私は中学生だったが、父の煙草をちょっといたずらしてみたりして、嫌いではないな、煙草を吸うと太らないとも言うから、大人になったら吸おうと決めていた。

 それでも、未成年は飲酒喫煙禁止なのだから、親の前ではいい子のふりをしていよう。妹に喫煙を発見されたことはあるが、小遣いをやって口止めして、親には真面目なお嬢さんの顔だけ見せていた。

「……遅いわね。お父さんは怒ってらしたから、朝になったらあやまっておきなさいよ」
「はいはい、お父さん、もう寝たの?」
「怒りながらも寝たわ」

 短大を卒業して就職すると、飲み会だのなんだので帰宅が遅くなることもある。小言を言う母をやりすごし、翌朝には、ごめんねー、心配かけて、と父に軽く詫びると、両親ともしつこくは咎めなかった。ところが。

「あなた、煙草を吸うの?」
「どうして?」
「このごろ時々、煙草の匂いを感じるのよ。飲み会だって言ったら会社の男のひとたちが吸うんだろうと思ってたけど、それにしたらあなたの口が煙草くさかったりするから」
「……うん、最近、吸うようになったの」

 二十二歳くらいになったときに、遅まきながら母に気づかれた。家でも煙草を吸いたいな、と考えるようになっていたから、この機会に白状すると、母が父に言いつけたらしい。

「若い娘が煙草だなんてもっての他だ。けしからん。煙草なんかやめなさい」
「お父さんは吸うじゃない」
「お父さんは男だ。お母さんは吸わないだろ」
「前に……」

 中学生のときに聞いた、いとこの喫煙の話をした。

「私はもう二十二だよ。高校を卒業したらいいって言ってたじゃない」
「だから、高次は男だろ。おまえは女だ」

 面倒になったので適当にごまかして、それから画策して家を出てひとり暮らしをすることにした。嫁入り前の女の子がひとり暮らしなんてけしからんと、なんでもけしからんがる父が文句を言ったが、かまわず決行した。

 おおっぴらに家でも煙草が吸える。が、会社では男性社員たちはデスクでも当然みたいに煙草を吸っていて、女子はその灰皿を洗う役目だったから堂々とは吸えなくて、時々女子トイレの喫煙が問題になった。

「女子トイレで煙草を吸っている人がいると、掃除のおばさんに叱られました。火災予防上も危険ですし、この会社の女子社員ははしたない、みたいに言われてもいますので、女子トイレは禁煙とします」

 男子トイレはかまわないのだそうで、職場での男女差別が公然とまかり通っている時代だった。

 しかし、職場では徐々に男女平等になっていって、私が三十代になるころには、我が社では分煙が勧められるようになっていった。男子も女子も喫煙者は一服コーナーで、とのことで、一歩前進はしたかなと私は感じていた。

 そのころには私はいっぱしのへヴィスモーカーになっていたのだが、平成の時代になっても、喫煙についての男女不平等は続いていた。

「きみ、煙草を吸うの?」
「吸うよ」
「俺、煙草を吸う女は駄目なんだ」
「あなたは吸うのに?」
「俺は男だよ。煙草、やめられない?」
「あなたもやめる?」
「なんで俺が……」
「煙草はやめたくないから、あなたとの交際をやめようか」

 あっさりつきあいをやめてしまった相手もいる。そうできたのは互いの恋心がさほどでもなかったからだろう。煙草をやめろ、俺もやめるから、と言った奴もいた。

「自分は吸ってるくせに、なんでそう私に煙草をやめさせたいの?」
「女性は妊娠出産があるじゃないか。身体によくないからだよ。きみの健康を気遣ってるんだよ」
「もしもあなたと結婚して妊娠したら、出産、授乳のころには中断するから、心配しなくていいよ」

 その彼とも結局は別れた。

「同僚の妊娠中の女性が言ってたよ。無理に禁煙するとストレスになってむしろよくないから、妊娠中は本数を減らすように言われたって。ちょっとだけだったらたいして悪くないみたいだよ」
「うん、まあ、そうだよな」

 医者によっては妊娠していても煙草を認める者もいた。きみの煙草? 別にいいよ、と笑っている彼氏もいた。
 なのに、だんだんだんだん世の中の嫌煙ブームが高まっていく。これはもう禁煙ファシズムってやつだ。結婚はしないままに四十代になった私に、子持ち主婦になっている妹も会うたび言った。

「姉さん、まだ煙草をやめてないの? 煙草なんて流行らないし、うちの子たちはかっこ悪いって言ってるよ。お父さんも禁煙したみたいじゃない? うちの主人もとうにやめたわよ。男だ女だって以前に、煙草は人の身体によくないのよ」
「煙草は吸わないけど好き放題食べて、太ってるのも身体によくないね」

 肥満体主婦の妹に言うと、実にいやな顔をした。

「……それはともかく、私は今、日本中から煙草をなくそう運動に関わってるのよ。私の身近なひとでは、煙草を吸ってるのなんて姉さんだけ。やめようよ、ね? 姉さんみたいに長年吸っててやめられないひとは一種の病気なんだから、禁煙外来ってのもあるのよ」
「あんたも肥満外来に通う?」
「う、うるさいわね。ほっといてよ。なにかっていえば肥満のダイエットのって」
「それはそのまんま私の台詞だよ」

 こりない妹はそれでも私とは疎遠にはならず、煙草をやめなさい、あんたが痩せられたらね、などとイヤミな応酬をしていた。

 T大学生物学研究室と某有名薬品メーカーが協同開発した薬品「DFC」。Diet fast-acting medicine It adds to a cigaretteが大々的に発表された年には、私は六十代になっていた。
 
 煙草の葉に含まれるダイエット効果のある成分は、微量ではあるがたしかにある。そこにこの薬品をプラスすると、ダイエットに絶大な効果が得られるのだ。煙草とこの薬品を組み合わせたときにだけ得られる効果なのだそうである。

 欧米諸国と比較すれば、日本人の肥満などたかが知れている。私はへヴィスモーカーのおかげか、食べものにさしたる興味がないせいか、一度も太ったことはないから実感も湧かないが、日本のダイエット熱は嫌煙熱と大差ないほどヒートアップしていた。

 じきに煙草ブームが巻き起こった。

 ひと箱三千円になっていた煙草の価格は三十分の一になり、消滅しかけていたJTが復活して大々的にCMを打つ。マスコミが煽る。健康のために煙草を吸いましょう!! とけしかける。日本人は流行に敏感で、煙草バーまでができた。

「私も行ってみたけど、煙草ってのはああやっていろんな銘柄を吸うものじゃないわよ。私みたいにお気に入り一筋ってのが正しいんだから」

 もはや私の人生の一部みたいになっている煙草の価格が下がり、外で喫煙しても白眼視されなくなったのは私としても嬉しいというか、複雑な気分だ。首尾一貫して嫌煙派の妹は言った。

「私は喉が弱いから、煙草はどうなったって駄目なの。なのに娘も息子も、煙草を吸うのは人のためにもなるんだからって吸うようになって、主人も復煙してるのよね」

 新語を作るのも日本人は好きだから、「復煙」「煙活」なんて言葉もできていた。

「だから娘が、私をそんなバーに連れていったの。だけど、私はやっぱり煙草は嫌い。嫌いなものは嫌いだし、周りで煙草を吸われると咳き込んでしまうのよ。そしたら他のテーブルのお客だとか、店の従業員だとかに非難のまなざしで見られたわ。そう、ちょうど……」

「嫌煙運動が盛んだったころに、外で煙草を吸った私が他人に見られたような目で、だよね」
「そうなのね、きっと」
「私の気持ちがわかったでしょ? それにしても日本って極端だね」

 姉の私にとってははた迷惑な妹ではあったが、彼女はものごころついたころから煙草は嫌いだ。父の煙草をいやがっては、母に叱られていた。妹が私の煙草を吸ってみたことはあったが、二度と吸わないと言っていた。
 嫌いなものは嫌いでいいではないか。なのに、妹はため息つきつき言った。

「この間、ネットの書き込みを見たのよ。煙草を吸わない人間はだらしない、意志が弱い。煙草を吸わなくてもスリムな身体を保っていられるのだったらまだしも……いや、そんな人間も太るリスクを負っているのだから、努力してでも煙草を吸うべきだ、それができないなんて人間としてなっていない。ましてや非喫煙者で太っている者は人にあらず……どうしてそこまで言われなくちゃいけないのよ」

「まったくだね。そこまで言われる必要はないわ。ほっとけ」
「でも、ひどい。娘や息子もそんな目で私を見ているのかと思うと……」
「若者は思慮が浅いからね。でもさ、あんたはそうやって自分の身が太るのも顧みず、主婦業や子育てに無我夢中で生きてきたわけじゃない。私もいつもあんたを怠惰な専業主婦だみたいに言ったけど、年を取ってくるとわかるようになったのよ。あんたは人間失格じゃないから」
「ありがとう、姉さん、ところどころひっかかったけど、褒めてもらったんだって思っておくわ」

 ずっと喫煙していたのに、禁煙に成功した途端に鬼の首でも取ったように、嫌煙者になってしまった奴。そんな奴がダイエットと健康にいいと世評が変わった途端に復煙して、今度は禁煙者を悪しざまに罵るようになる。

 そんなやからと較べれば、私の妹は主義と趣味嗜好が首尾一貫していた分まっとうだと、老境に入って人間が丸くなりつつある私は思うのだった。

次は「だん」です。








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