番外編

FS超ショートストーリィ・四季の歌・隆也「夏の池」

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フォレストシンガーズ

四季のうた・超ショートストーリィ

「夏の池」

 秀句なのだか駄句なのだか、諸説あるという。
 この「池」とはどこなのか、それについても諸説あるらしい。

 同じ芭蕉の句「しずけさや 岩にしみいる 蝉の声」ならばまちがいなく秀句なのだろう。隆也の父は俳句や短歌を詠む趣味があり、観賞するのも好きで、自身が創作した水ようかんに「蝉時雨」の名をつけた。

 妻の母である隆也の祖母には変人扱いされていた父だが、実は祖母の夫、隆也の祖父であり、早逝したと聞いている男にもそういった趣味があったのだと、祖母亡きあとに隆也も知った。

 なのだから、遺伝なのだろう。
 血とはあるものなのだ。

「古池や
  かわず飛び込む
    水の音」

 貞亨3年、松尾芭蕉43歳。芭蕉作品中もっとも人口に膾炙した代表句だ。
 ハイクといえば、英語の説明文にもこの句がたびたび取り上げられる。

 17世紀のこのころ、芭蕉はどこにいたのか。「おくのほそ道」は1702年刊行であるから、古池の句はそのかなり前。当時としては初老だが、現代人の感覚からすれば中年の芭蕉が、弟子と相談して詠んだという句。

 「おくのほそ道」の旅で、芭蕉は金沢にも立ち寄っている。隆也にとっては故郷の地、犀川のほとりに建つ芭蕉の句碑は、彼がここを歩いた季節らしく秋だが、今は夏のはじめ。

「金沢の池にカエルが……俺が子どものころにだってもうあまりいなかったけど、江戸時代だったらうじゃうじゃいたんだろうな」
「この句って金沢の池なの?」
「そうじゃないかもしれないし、そうなのかもしれないし。きみはカエルは好き?」
「好きでもないけど……ちっちゃいのだったら可愛いかな」

 江戸時代に生きて俳句を詠んで名をあげ、とうに逝ってしまった男。彼の行動を推理するのも楽しい。金沢にだって有名な池はいくつもあるけれど、有名ではない池のカエルだと想像するのも楽しい。

 地元の人間ならばこの池の名前を知っているのかもしれないが、隆也の親の家はここからだとやや離れているので知らない。そんな池のほとりに立って、彼女が小声で言った。

「古池や
  隆也とびこむ
   水の音」

 なんだよ、それは、俺に飛び込めって言ってるのか? 尋ねてみたら彼女がくすっと笑う。彼女の笑顔は隆也にとっては、梅雨の晴れ間に吹く涼風のようだ。

END









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~ Comment ~

NoTitle

確かに俳句は色々と考える要素が多いですよね。
場所とかも関係しますからね。
松尾芭蕉ほどになると、場所なんて考えずに俳句を受け入れてしまいそうですが。そういうわけでもないのですね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

天下の松尾芭蕉の俳句を論評するとは、なにさまだ、ってなものではありますが、研究家はいろいろ考えるものですよね。

ま、このショートストーリィはそんなことは実はどうでもよくて、彼女、特定の誰かではなく、隆也の愛する女性とはどういう存在か、を書きたかっただけなのでした。

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