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小説394(フライングゲット)

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フォレストシンガーズストーリィ394

「フライングゲット」

1

 渡された名刺には、フリーライターの肩書と、しおた夕の名前がある。
 やつれたみたいな細い顔をした、小柄な女だ。年齢は二十代半ばの俺と同じくらいか。インタビューなんて久しぶりだが、どうして俺に?
「日本アイドル考っていうのかな。現在、アイドルとして活躍しているひとも、過去にアイドルとして売れていたひとも、売れなかったひとまでも含めて、日本の男性アイドルを追跡してみたいのよ」
「俺は過去のアイドル代表だね」
「まあ、そうだね」
 十代終わりごろの俺は、ラヴラヴボーイズのポンとして人気絶頂だった。当時は俺が日本の男性アイドルナンバーワンだったといっても過言ではない。
 どれほどに人気があったとしても、アイドルは生命が短い。
 上手に転身した者は、大人の歌手、ミュージシャン、俳優、あるいはプロデューサーだのプロダクション社長だの、またはまったくの畑違いの職に就いて世渡りしていく。
 中には身を持ち崩して、犯罪者になる者もいる。夜の街でゆすりたかりみたいなことをして暮らしている奴もいるらしいし、堕ちるとなるといろんなふうになるものらしい。
 人気のなくなったアイドルの末路には何種類もあるらしいが、俺は凋落したわけではない。
 ラヴラヴボーイズのメンバーが男なのに男にセクハラされて、やめたいと言い出した。俺もアイドルには未練はなかったので、解散してもいいつもりで闘った結果、負けて解散を余儀なくされた。俺はそれでもいいつもりだったのだから気分はさっぱりしたもので、これで念願のシンガーソングライターになれると思ったものだ。
 ところが、世の中そんなに甘くはなくて、今の俺はアクションスター志望の一般人だ。「元」がつくアイドルだから、しおたさんが俺にたどりついたのではあるが。
 年齢だけは大人になった俺に、しおたさんはそのあたりを話してほしいと言うのだった。
「ラヴラヴボーイズでは、ヨシくんは司会者になってるんだよね」
「あいつは司会も向いてたから、バラエティタレントの中では格の高いほうの仕事をやってるみたいだね」
「ロロくんは俳優」
「ロロは可愛い顔をしてっから」
「あとのふたりは引退したのかな」
「そんなふうだね」
 最年少のかっちゃんは解散してから高校に入学し、今は大学生になっている。彼女ができたよ、と嬉しそうなメールを俺によこしてきていた。
 セクハラ事件の主役になったさあやは、芸能界が大嫌いになったらしくて故郷に帰った。俺たちとも連絡を絶っているが、なにやら勉強をしているとか? さあやもかっちゃんも俺よりは年下なのだから、再出発だってできる。俺がいちばん、中途半端だ。
「スケジュールの都合やらなんやらで、インタビューのトップバッターはキミなんだよ。そうはいっても私も忙しくて時間が足りないから、手短によろしくね」
「あんたのほうから申し込んできたんだろうがよ」
「洋介くんだったらギャラ、ありがたいんじゃないの?」
「……あんたってなんか、むかつく女だね。最初っからため口のインタビュアーってはじめて見たぜ」
「そっちもため口じゃなかった?」
「あんたがそんな口のききようをするからだろ」
 胸の中にいるもうひとりの麻田洋介が笑っている。おまえの台詞かよ、乾さんの影響か? 俺は呼吸を鎮めて低い声で言った。
「俺って怒りっぽいんだよな。昔、モモちゃんと喧嘩してさ……簡単に喧嘩しちまって、乾さんに怒られたよ。モモクリもけっこう売れたよな」
「モモクリってフルーツパフェ? 乾さんってフォレストシンガーズの?」
「両方とも、そうだよ」
「洋介くん、乾隆也と関わりがあるの?」
「俺にインタビューしたいってライターさんが、そんなことも知らねえの? 俺は本橋さんの弟子だったんだよ」
 シンガーソングライターになるために、本橋さんに頼み込んで弟子にしてもらった。本橋さんに説教されて頭にきて殴ってしまい、乾さんに叱られてから一緒にあやまりにいってもらったこともある。
 あのころのフォレストシンガーズは現在ほどに売れてはいなかったから、みんなで俺をかまってくれた。
 怒られてばっかりで、温厚だと聞いていた乾さんにだって顔をはたかれる程度にだったら殴られたが、俺はうだうだ説教されるよりは殴られるほうがましだと思うからへっちゃらだ。みんなでジムに行ったり、美江子さんにオムライスを作ってもらったりもした。
 三沢さんにからかわれたり、木村さんとは対等に喧嘩をしたり、もてたくなんかねえよ、とほざいてシゲさんを怒らせたり。楽しかったなぁ。
「なんだか顔が青いよ。ねえ、しおたさん、新旧アイドルってのには俺も興味があるんだ。その仕事をするときには、俺を臨時の助手にしてくんない?」
「私がインタビューする相手って、洋介くんのことを知ってるんじゃない?」
「アイドルつながりだったら知ってるだろうけど、いいじゃん」
「いいかもね。じゃ、まずはお近づきのしるしに……」
「俺、酒はあまり得意じゃないんだけど……」
「気持ちをほぐすためには、ちょっとだけだったらいいじゃない」
 いいけどね、ってうなずいて、彼女に飲みに連れていかれた。
 過去のアイドル代表はもうひとりいるのだそうで、S・ナカザキという。そんな名前は俺は知らないから、ずーっと昔のアイドルなのだろうか。しおたさんはそいつをメールで呼び出し、彼を待つ間にふたりで食事もした。
「……なんだよ、いきなり。あーっ!!」
「……? あーっ?!」
 アイドルとしてコンサートをやったステージの話をしながら食事をしていると、俺の隣にのそっとすわった男がいた。そいつと指差し合って叫び合っていると、しおたさんが尋ねた。
「知り合い?」
「知り合いってか、スランだろ」
「今はS・ナカザキって名前なんだよ」
「一回会ったきりだよな。おまえは今はなにをやってんの?」
「なんだっていいだろ」
 あれはたしか、フォレストシンガーズのライヴを聴きにいったときだ。楽屋の近くで会った若い男たちをまとめて、ダイモスのユーヤさんが彼のマンションに引き連れていった。知っている奴も知らない奴もいたその中に、スランがいたのだった。
「フリーターだっけ?」
「作曲家だよ」
「あー、はいはい、作曲家志望ね。エスくん、ギャラがわりになんでもおごってあげるから注文していいよ。未成年じゃないよね?」
「ちげーよ」
 一度だけ会ったときにもぶすくれた奴だと思ったが、今はなおさらだ。陽に灼けているというのではない赤黒い顔色をして、むくんだように太って不健康に見える。彼はその昔、SOS……じゃなかった、SUNという名のガキアイドルトリオの一員だったと聞いたのを思い出した。
「私がインタビューする予定のリストの中では、エスくんには売れてた時期ってのがないんだよね。SUNも売れなかったでしょ」
「一曲目は売れたんだけど、みんなが次々に声変わりして、イメージがちがっちまったんだそうだよ。俺らは勝手に戦略を立てて勝手にこけた大人の犠牲にされたんだ」
 あー、はいはい、と馬鹿にした口調で言って、しおたさんは続けた。
「そのあと、ソロになったけど売れなかった」
「半端な年頃の俺を、半端に売ろうとした事務所のミスだよ」
「それからどうしたの?」
「役者にしようとしたり、バラエティタレントにしようとしたり、事務所は下手な戦略ばっか立てたんだ。だから俺は売れなかった。独立するにも半端だったんだよな」
「それで今は、芸能界ゴロみたいになってる、と」
「ゴロとはなんだよ」
「きゃあ、怖い。洋介くんと一緒でよかったかな。洋介くんってこんなときは頼りになりそうだもんね」
 それは俺に、しおたさんのボディガードをしろという意味か? ユーヤさんのマンションでもたしか、こいつと喧嘩になりかけたような……こいつはびびって泣きかけていたような……ものはためしに迫力のある表情を作って睨んでみせると、エスはあきらかに怯んだ。
「冷静にね、エスくん。最近した、芸能人らしい仕事は?」
「コマーシャルに出たよ」
「なんの?」
「一年くらい前だったかな。スタミナドリンクのCMで、コンビニの店員役だった」
「一年前ねぇ」
 しおたさん、エスを怒らせようとしていない? インタビューのテクニックにはそんなのもあるのかもしれないが、俺には彼女はいやな女にしか見えない。ゆがんだ卑屈な笑みを浮かべるエスが次第に気の毒になってきた。


「さて、行こうか」
「どこに?」
「キミの行きたいところだよ」
「俺の行きたいとこっていえば、あんたの部屋」
「私は福岡に住んでるの。出張みたいなものだから、今夜はホテルに泊まるつもりだったんだ」
「そこでもいいよ」
「まだホテルは決めてないんだよね。そんなことをしたいんだったら、ホテル代って男が出すものじゃないの?」
「俺は泊まらずに帰るから、半分だけ出すよ」
「しけてるんだぁ。ま、そんなもんか」
 男を怒らせるのが趣味のようだから、これもそのたぐいの会話なのかと思っていた。が、彼女は通りがかったホテルに入っていく。彼女のねぐらにもなるようだから、ラヴホテルではなくシティホテルだった。
「……あんたが望んでるんだったらいいよ」
「なにをうだうだ言ってんの? セックスはいい運動になるんだよ」
 自慢じゃないが、アイドルになる前から俺はもてもてだった。ラヴラヴのポンだった時期には自重していたが、その前後には何人の女と寝たか。なのだから、こんなのは慣れっこだ。
 なのに、どうしてだか彼女のふるまいを痛々しく感じてしまう。痩せすぎているせいなのか。裸になった彼女は、薄っぺらい身体をしていた。
「ダイエットしてる?」
「当然じゃん。太った女ほど醜いものはないんだから」
「もうすこし太ってもよくない? そういやぁ、あんたはあまり食ってなかったね」
「太りたくないの。ほっといて」
 ぴしゃっと言われて諦めた。都会には彼女同様、痩せていてももっともっと痩せたがる女はよくいる。
 心はまるで燃えなくても身体は反応して、彼女と抱き合った。ほそい骨に薄い肉がついている。シャワーを浴びたのに化粧は落とさず、つけまつげまでつけたままなので、暗い中でそんな顔で喘がれると不気味だった。
「しおた夕って本名?」
「ちがうよ。私にはペンネームが三つほどあるの」
「本名はなんての? 俺は麻田洋介が本名だよ」
「うるさいな。早く帰れば?」
 本当にうるさそうに言って、彼女は背を向ける。彼女にとってのセックスは運動なのか。俺にとっては欲望処理であることが多いのだが、女にこんな態度を取られるとどうしていいのかわからなくなった。
「帰るけど、アシスタントはやらせてくれるんだろ。あんたのケータイに電話していいの?」
「名刺に書いてるケータイナンバーが、仕事用のケータイだから。次のインタビューは……ちょっと待って」
 起き上がってバッグを探り、彼女はシステム手帳を取り出した。
「キミはこんなのは持ってないよね。ケータイにメモしたら? 次のときにはインタビューの予定表をコピーしてあげるから」
「プライベートの電話は教えてくれないの?」
「なんのために?」
「本名も教えてくれないの?」
「どうして教えなくちゃなんないの?」
「しおたさんって乾さんとどういう関係?」
「うるさいな」
 いつまで続くのかはわからないにしても、男と女が寝たってことは、ちょっとは特別な関係じゃないのか? 俺は遊んでいるわりには甘いのか。教えてくれないんだったらどうしようもなくて、そっちも諦めた。


2

「よお、久しぶりだな」
「はい、お元気ですか」
「なんだよ、らしくもなくしおらしいな」
 電話で話すなんてほんとに久しぶりだ。三十五歳になっているはずだから、おっさんではあるが、乾さんの声は若々しい。見た目も若々しくて身も軽くて、そのくせ説教好きの薀蓄おじさん。俺は単刀直入に尋ねた。
「しおた夕って知ってる?」
「しおた……聞いたことのある名前だな」
「ライターだよ。乾さんが煙草に火をつけるあれじゃなくて……」
「オヤジギャグはいいからさ」
「他にもペンネームはあるって言ってたよ。俺と同じくらいの年の細い女だ。美人っていうのか……綺麗な顔なんだろうけど痩せすぎ。無理して痩せてるって感じでさ、裸になると痛々しい感じで……あ」
「そういう関係の女性なんだな」
 言わなくてもいいことを言ってしまうてめえの口を呪っていると、乾さんが言っているのが聞こえてきた。仕事中なのか、周りにフォレストシンガーズのみんながいるのだろう。本橋、しおた夕って誰だっけ? と乾さんが言い、電話を本橋さんに変わった。
「あいかわらず盛んなようだな。しおた夕だったら知ってるよ。前に福岡でインタビューを受けた。意地の悪い女でさ、そっちからインタビューさせてくれって言ったくせに、私も忙しいから手短に、とか言いやがるんだ」
「俺にもそう言ったよ」
「変わってないな。あいつはもともとは、俺たちのライヴスタッフの責任者的立場の男の妹なんだ」
 歩きながら喋っている気配が伝わってきた。
「高校生くらいのときから知ってるよ」
「本名は?」
「佐藤有華。シナリオライターになりたいとか言って、乾が手を貸してやってたんだ。ほら、深夜にドラマでやってる「歌の森」。あのドラマのシナリオを書いてるみずき霧笛さんに紹介してやったりしてさ」
 みずき霧笛さんに認められてシナリオライターとしてデビューしたものの、ステップアップを求めて、有華はもがいていたのだそうだ。
「最初のペンネームは乾と俺も一緒になって考えたんだよ。それからいろいろあって有華は福岡に行き、ラジオの台本を書いたりフリーライターをやったりしてるって言ってた。乾には聞かれたくないから外に出たんだけどさ」
「なんかあった?」
「有華は俺に向かって気軽に、寝ようよとか言うんだ。俺にはまるで色気も感じない、本橋さん、マラソンしようか、みたいな言い方で言うし、俺は結婚してるんだからってあしらってたんだけど、あいつ、乾にも言ったのかな。乾には本気だったようにも思うんだよ」
「乾さんはどうしたの?」
「そこまで訊くわけねえだろ」
「そっか……」
 志保さんって知ってる? と訊くのはやめておいて、俺は言った。
「だけど、それ、乾さんのケータイでしょ。通話の内容って残るんじゃない?」
「ええ? ウソだろ」
「ちがったっけ」
 たぶん嘘だと思うが、俺にも確信は持てない。焦っている本橋さんに、ありがとう、とお礼を言って電話を切った。
 そっか、乾さんと知り合いだと言ったら彼女の顔色が変わったのは、そんな意味だったのかな。
 何年か前にちょっとだけつきあったブティック勤めの彼女、志保さんは、本橋さんにこだわっていた。俺ってやっぱりフォレストシンガーズとは縁があるんだ。本橋さんや乾さんとはある意味、兄弟になったのか? 彼女たちがあの男たちとどんなつきあいをしていたのかまでは知らないから、そうではないのかもしれないが、そうなのかもしれなかった。


 スターには態度が変わるのは、当たり前なのかもしれない。有華は桜田忠弘に丁重に名刺を差し出し、深くお辞儀をした。
「お目にかかれまして光栄です。しおた夕です」
「ああ、どうも。だけど、俺もアイドル?」
「広い意味でのアイドルではありません? ご多忙なところを恐縮ですけど、桜田さんのお考えなんかも聞かせていただきたくて……」
「俺なんかでよかったらね」
「では、早速」
 スランや俺を相手にしているときとはちがいすぎる態度で、有華がインタビューする。上手におだてて持ち上げて、問題提起もしてみたり、桜田さんのご意見は? といい気持ちにさせてみたり。この女、こんなに聞き上手だったんだ。俺にはこんなふうにしてもメリットもないからか。
「ありがとうございました。今日は有意義なひとときでした」
「こちらこそ。ところで、麻田くんはなんでここに?」
「あら、桜田さんほどの方が洋介くんをごぞんじなんですか」
「そりゃ知ってますよ。俺なんかは足元にも及ばないスターだったんだから」
「一時はね」
「……うん、あれはすごいことですよ」
「ひとかけらも売れずに消えてしまうひとと較べればね」
 ラヴラヴボーイズが人気絶頂だったのは五年前くらいまでだ。桜田忠弘は二十年も前にデビューして、売れない時期もあったのだそうで、俺たちとは売れていた時期がかぶってはいる。歌手が本職だという彼とはテレビの歌番組で共演したこともあった。
「大城ジュンにもインタビューするんでしょ? 俺は彼とは親しいから。ジュンと麻田くんは親しいでしょ。その関係でけっこう知ってるけど、個人的には麻田くんとの交流はないな。今度、飲みにいく?」
「俺、酒は好きじゃないから」
「そっか、残念。じゃあ、このへんで」
「はい、ありがとうございましたっ」
 今回は時間がないからと言ったのは桜田のほうで、彼がテレビドラマの撮影に入る直前の時間に楽屋でインタビューをしていた。最敬礼した有華に続いて楽屋を出ると、彼女は言った。
「もったいない。なんで断るの?」
「俺は酒は好きじゃないから」
「桜田忠弘とのパイプがあったら、仕事ももらえるかもしれないじゃない」
「いいんだよ。俺は実力で世間に出ていくんだ」
「……へぇぇ」
 鼻先で笑って、有華は言った。
「さすがにあのクラスとなると、私みたいな三流ライターと寝ようとは言わないみたいね」
「寝ようって言われたら寝るの? それってセクハラじゃん」
「桜田忠弘が私にセクハラしたいって言うんだったら、大喜びでしていただくよ」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
 ここにさあやがいたとしたら、怒るだろうか。
 だけど、さあやは男で、さあやにセクハラしようとしたのは脂ぎったオヤジだった。有華は女で、桜田はかっこいい大スター。セクハラってのは女の意識がもっとも重要だそうだから、桜田だったら誰になにをしてもセクハラにもならないのか。俺にはわかりにくい理屈だ。


「おまえ、なにやってんの?」
「洋介くんは私の助手をやってくれてるんですよ」
「なんでまた?」
 面白そうに俺を見て、ヨシは椅子にすわった。
 もとラヴラヴボーイズのヨシ、現在は錦織ヨシの名前でバラエティタレントとして売れている。俺が彼を知らなかったとしても、有華の言葉遣いで彼のポジションがわかったかもしれない。
「ご活躍ですよね」
「いやいや、それほどでも」
「昔とはちがった立場で有名になっている、今のご自分をどう思われますか?」
「いい人生だって思うよ」
 アイドルグループの仲間だったころには、ヨシとは仲がいいつもりだった。あとの三人は年下だから、俺はリーダーのヨシの補佐みたいな役割もあったから、協力しているつもりだった。
 解散してしまえば疎遠になっていくのも当然だろう。最初のうちは、ポンもがんばれよ、とメールをくれたりしていたヨシとは、最近は連絡していない。ヨシはまだスターのままだから、俺のほうからなついていくのもものほしげでいやだった。
「俺は仕事がなくなったら、引退するかな。かっちゃんやさあやは潔くていいですよね」
 インタビューの最後近くにヨシはそう言って、俺をつめたく一瞥した。


3

 売れなくなってもアイドルにしがみついている代表、と有華がせせら笑っていたのは、crown to the headのヘイスケ。彼らはラヴラヴボーイズよりも先にデビューして人気が出て、尻すぼまりに衰えていった口だ。
「ヘイスケって俺の親父と同じ名前なんだよ。古風な名前をつけたのかな。本名なのかどうかも知らないけど、気に入らない奴だよ」
「木村さん、ヘイスケさんとなにかあったの?」
「なんにもないけど嫌いなんだよっ!!」
 フォレストシンガーズの木村章は、きわめて好き嫌いが激しい。たぶん俺のことも好きではないだろう。
 顔のいい男は嫌いだ、と言われても俺にはどうしようもないし、俺は木村さんを嫌いではないからいい。木村さんは背の高い男も嫌いだそうだし、綺羅☆螺のたっくんはアイドルのくせして歌がうますぎるのは反則だとか言って嫌うのだから、いちいちつきあっちゃいられない。
「忙しいんだからさっさとすませたいのよね」
 これは有華の先制パンチなのだろうか。本橋さんは売れているほうだが、昔からの知り合いだからそう言ったのか。ヨシや桜田さんには言わなかったから、自分が優位に立ちたいときの台詞なのか。
 青森の兄ちゃんだったころ、俺もテレビでcrown to the headを見ていた。俺の場合は母に言われてアイドルになるという道に気づいたのだから、彼らに憧れたことはないが、学校の女の子たちはきゃあきゃあ言っていた。中学のときにつきあっていた女の子が、アイドルグッズを買うというのでついていって、俺は店内を眺めていただけだったこともある。
 彼、かっこいいね、将来はうちの店でグッズが売られたりして? 調子のいい店のオヤジが言っていたのが一瞬だけ実現したのだと、今になれば思う。
 その店にはcrown to the headグッズもあった。大きなポスターが貼ってあって、こいつがヘイスケか、たしかにかっこいいなと思ったのを覚えている。サングラスをずらしてお茶目な笑顔を作って、親しみやすさをアピールしていたヘイスケは、三十代になっているのだろうか。
 いくぶん荒んだ雰囲気がある。痩せていて背は高いほうで、かっこよさは残っているが妙な匂いがするようにも思える。これは特有の臭気なのか。桜田さんにはない、売れなくなった芸能人の焦りの匂いだったりするのだろうか。
「自由に喋ってみてくれる?」
「ええ? 俺が自由に? って言われてもなにを喋っていいのか……」
「そうかもしれないね。中身なんかないんだもんね」
「……?」
 男を怒らせて本音を引き出す戦法は、人によっては効果がない。ヘイスケは怒りはせずに気弱に笑っていたから、彼にも効果はないようだった。


「さすがに相川シンヤくんともなるとちがうよね」
「どこが、誰と、どうちがうの?」
「オーラっていうのかしら。輝いてるわ。あ、失礼、相川シンヤさんに向かってこんな親しげな口をきいて」
「いいんですけどね」
 現代日本を代表するアイドルのひとり、相川シンヤ。彼はソロシンガーだ。
 スターとはいっても桜田忠弘あたりとだと格がちがう。なのだから、有華は適度になれなれしく、適度に遠慮がちにふるまっていた。
「肌が綺麗ですよね。脱毛とかしてるの?」
「俺はもともと髭なんかも薄いし、脱毛はしなくてもいいんだ。あなたはちょっと肌が荒れてるね」
「やだ。忙しすぎるんですもの」
「忙しいのはありがたいでしょ」
「はい、その通りです」
 売れっ子アイドルに対する定番質問の他にも、美容法の話なんかもしている。俺はいつだっておとなしく横で控えているのだが、シンヤは俺に目を止めた。
「ラヴラヴボーイズのポンさんでしょ。引退はしてないんですよね」
「ええ、引退はしてません」
「ポンさんでいいのかな」
「麻田って呼んで。洋介でもいいよ」
 彼は俺よりもだいぶ年下だから、ラヴラヴが売れていたころにはまだ中学生くらいだったはずだ。じゃ、麻田さん、と口の中で呟いてから言った。
「麻田さんってフォレストシンガーズとは親しいんでしょ」
「いっときは可愛がってもらったよ」
「いいなぁ。俺はフォレストシンガーズのファンなんだ」
「ファンなの?」
「そうなんだよ。知ってる? フォレストシンガーズの大学の先輩がやってるロック喫茶があるんだよね。そこにも行ってきたし、フォレストシンガーズの大学にも行ってきたよ。美江子さんって知ってるでしょ」
「知ってるよ」
 シンヤが俺に質問しはじめたので、有華が黙ってしまっていた。
「美江子さんに大学を案内してもらって、美江子さんと同い年の女性に紹介してもらって、そのひとに恋したんだけど、彼女はその気になってくれなくて、男を呼び出したんだ。そいつが歌がうまくてさ、俺の歌をカラオケで歌うわけ。そいつ、俺が誰なんだか知らなかったんだよ。なんやかんや頭にきたな」
「それで、あんたはなにが言いたいんだ?」
「いや、ただの世間話。しおたさんもこういう話を聞きたいんじゃなかと思ってさ」
 どうぞ、続けて下さい、興味深いわ、と有華は熱心にうなずいている。黙って録音していたようだ。
「俺、年上の女性が好きなんだよね」
「しおたさんもタイプ?」
「しおたさんだと若すぎるよ」
「若すぎるなんて言われるの、珍しいわ。嬉しいかも」
「若いって言われて嬉しいのは、ほんとには若くない証拠かもね」
「そうねぇ。シンヤくんってさすが、頭いいのよね。アイドルには頭の良さも必要なのね」
 悪かったな、俺は頭がよくなくて、とは言わない。それにしても、有華はお世辞も上手だ。
 別に俺はインタビュアーになろうっていうんでもないが、いろんなやり方があるんだと思うと、有華にくっついているのは勉強になっていた。


 もとアイドル、現人気俳優、桜田忠弘とも張り合えるほどの役者に成長した大城ジュンとは、俺も親しいといっていい。ヒーローショーのゲストにジュンが来たとき、俺はショーの裏方アルバイトをしていた。ジュンと会うのはあれ以来だ。
「抱かれたい男ナンバーワン、殿堂入り、おめでとうございます」
「いやぁ、どうも、ありがとうございます」
「ほんとに、惚れ惚れしそうに素敵ですね」
「あなたもいい女だね。どう、このあと?」
「本気にしますよ」
「してして」
 ワルっぽさで売っているところもある役者だから、ジュンは戯言みたいにそんな台詞を口にする。有華も嬉しそうに受け答えをして、本題に入っていった。
 男のアイドルは不良っぽさもほどよかったらいいスパイスになる。俺も事務所からそう言われたことがあって、その意味ではジュンの売り方も似ていたようだ。ジュンもアイドルグループの一員としてデビューしたのだが、そのグループは売れなくて、ジュンだけが転身してスターになった。
「すると、パッション6でジュンさんとツインヴォーカルだった玉田豊さんは……?」
「ユタカは一時期、俺の付き人をやってたんだけどね、田舎に帰ったんじゃないかな。ラヴラヴは五人ともがどこでどうしてるのかを事務所は把握してるみたいだけど、俺たちは解散してからかなりたつし、もうみんなちりぢりだよ」
「そうなんですね。他の方にもスポットを当てて、ジュンさんとの対比みたいの、やりたいんですけどね」
「ポンとヨシでやるんでしょ」
「かっちゃんにもインタビューしたいと思ってるんですけど、連絡がつかなくて」
 やめてやれよ、かっちゃんはそっとしておいてやれ、俺が思っていたのが伝わったのか、ジュンが言ってくれた。
「かっちゃんはもういいよ」
「ジュンさんにも連絡が?」
「いや。便りがないのはいい知らせっていうでしょ。いいんだよ、かっちゃんはそれで」
 不良っぽさを売りにしているから、世間はワルのイメージでジュンをとらえる。望むところだ、と笑っているジュンは、昔の俺の同類としてはいい部類の男になっていた。

 
4

 若い奴に対しては面倒見のいい、本橋さんと乾さんのせいなのだろう。鈴木瑛斗もフォレストシンガーズの名前を出した。
「お世話になってるっていえば、事務所の先輩の大城ジュンさん。社長やマネージャーもだけど、フォレストシンガーズにもだな」
「そうなのね」
 十六歳だったか。今回のインタビュー相手としてはもっとも若い。将来のスター候補代表、鈴木瑛斗。
 居酒屋、テレビ局の楽屋、スタジオ、喫茶店、いろんな場所でインタビューしてきたが、瑛斗のインタビューは「向日葵」という店だ。ここもフォレストシンガーズとは関係あるらしくて、瑛斗サイドから指定してきた。
「この字、読めなくてね、乾さんに教えてもらったんだ」
「花の名前ってあて字っていうのかしら。むずかしいよね」
 「向日葵」は貸し切りになっている。太って背の高いマスターだかオーナーだかが、料理の皿を運んできてくれる。瑛斗は夕飯の時間なのだそうで、うまそうにチキンソテーを食っていた。
「インタビューですよね。いいでしょ。入れて下さいよ」
「しおたさんとお約束がおありなんですか」
「僕はアイドルじゃないけど、ジャリアイドルがインタビューを受けてるって聞いて気になったんです。そんな義理もないんだけど、瑛斗くんに助け舟を出してあげたくてね」
 マスターと話している男は誰だ? 俺の疑問に瑛斗が答えた。
「玲瓏の村木くんだっけ。なにしに来たんだろ」
「おまえが呼んだわけじゃないよな」
「呼んでないよ。しおたさんも呼んでないんでしょ。ポン……洋介くんでもないよね」
 ユーヤさんのマンションに連れていかれたときに、瑛斗もいた。瑛斗は売れたからといって態度を変えるわけでもなく、年上の男はくん付けで呼ぶのが当たり前だと思っているらしい。
「玲瓏って知ってる。マスター、入ってもらって下さいな」
「では……」
 有華がOKしたので、村木とやらが入ってきた。背が高くてかっこいいスーツを着こなした、ぱっと見はかっこいいのであろう男だ。だが、このタイプは木村さんが嫌いそうな。俺もひと目で嫌いになりそうな男だった。
「はじめまして。玲瓏の村木漣です」
「はじめまして。しおた夕です」
「しおたさんはどこの大学を卒業してるんですか」
「大学?」
「そうですよ」
「それがなにか?」
「学歴である程度は、人間性もわかりますからね」
 ふーん、とだけ言って有華は答えないので、俺が言ってやった。
「俺は青森の高校を中退、アイドル養成スクール卒だよ」
「僕は作曲家の先生の歌の教室に在学中。高校はやめたっていいつもりだから、大学には行かないな」
「シンガーなんてものは、大学よりも歌のレッスンが大切だもんな」
「そうなんだけど、僕は歌のレッスンも嫌いだよ」
「俺も好きじゃなかったな」
「でしょ」
 苦々しい顔になった村木は、憤然と言った。
「言えないってことはろくでもない大学なのか。百歩譲って、シンガーには学歴はさほどに重要じゃないかもしれませんよ。だけど、ライターには重要でしょ」
「どういう意味で?」
「たとえば……人脈とかも……」
「人脈は自ら切り開きますから。大学の人脈に頼るなんてださっ」
「……う」
 いやな女だとは思っていたが、気になる女でもあった。俺は仕事もたいしてなくて暇だからつきあっていたのもあり、インタビューってのはいい勉強になると思っていたのもあった。で、しおた夕、本名佐藤有華はまさにいやな女だと知れば知るほど思うようになった。
 そんな女が俺がひと目で嫌いになった村木を言い負かしたのを見ていて、はじめて、すこしだけ有華を見直した。


「たっくんは気が乗らないっていうんで、僕が来ましたよ」
「あ、そうなんですか」
 それは約束がちがう、と言いたかったのかもしれないが、有華は売れている奴らには遠慮がちになる。綺羅☆螺の浪漫を相手に、にこやかに質問をはじめた。
 綺羅☆螺はアイドルグループで、今どきでは珍しく歌をメインにしている。浪漫はドラマにも出ているが、たっくんをメインヴォーカルとする歌はかなり水準が高くて、アイドルのくせに、と木村さんあたりを腐らせている。アイドルだったころの俺も歌はうまいつもりでいたが、たっくんにはとうていかなわない。
 負けず嫌いすぎて自分を客観的に見られなかったころよりも、成長はしたよな。俺はアイドルでいたくなんかなかったんだから、これでもいいんだよな、と思いながら、インタビューを聞いていた。
「たっくんのソロアルバムとか、売れそうですよね。発売予定はないんですか」
「たっくんよりも僕のほうが人気あるんだから、僕のソロアルバムが先でしょ」
「正直言って、歌唱力はたっくんのほうが上かと……」
「そんなの関係ないじゃん。歌唱力って大事?」
「ソロアルバムとなると大事でしょ」
「そっかなぁ。たっくんってそんなに歌、うまいかな」
 嫉妬というのではなく、こいつは天然ボケなのか。
「いしださん、なんでそんなにたっくんの話ばっかするの?」
「しおたですが……当初の予定ではたっくんへのインタビューだったから……」
「つまんねえな、僕のことを聞いてよ。しおばらさん」
「浪漫くんの今後の目標は?」
「そうねぇ。今夜はすき焼き、食べたいな」
 思わずぶっと吹き出したら、有華に睨まれた。


 ヴィジュアル系ロッカーもアイドルというのか? ならば燦劇なんかいいんじゃないか? と思うが、広い意味でのアイドルだからと、有華は俺をライヴハウスの控室に連れていった。
「洋介はVIVIとは知り合い?」
「一回、偶然にも会ってから親しくなったんだ」
 学生時代のフォレストシンガーズをモデルにしたドラマで、VIVIは木村章を演じている。俺にはフォレストシンガーズの誰かを演じるにしても似合わないのだが、それでもVIVIがうらやましかった。
「そっか、洋介ってもとアイドルなんだ。見たことはあると思ってたよ」
 世間の大方の人間と似た感想を漏らしたVIVIとは、メールや食事だったらたまにしていた。
「洋介はそんなアルバイトもしてるんだ。俺がアイドルって、なにかのまちがいかと思ったんだけど、洋介つながりだったらなるほどだね」
「ええ、よろしくね」
「しおたさん、独身?」
「先に私のインタビューを受けてね」
 はーい、と答えたVIVIが有華に向き直った。
「ロッカーとしては売れないよ。俺たちは発展途上アイドルって感じかな。役者としても、深夜ドラマに出てるだけじゃ有名にもなれやしない。ブラッディプリンセスも売れなくて、VIVIは脱退して役者一本でやるかって言われたりもするんだけど、俺はロックが好きだから、やめたくはないんだ」
「VIVIさんはやっぱり、他のアイドルとはひとあじちがうのね」
「音楽への思い入れって点はちがうかな」
 その調子で、今まででいちばん、話が盛り上がっていたように俺にも思えた。今日のブラッディプリンセスはこのライヴハウスでリハーサルをしていたのだそうで、有華とふたり、彼らの音を聴かせてもらった。
 血まみれのお姫さまというだけあって、ホラーチックな歌だ。俺はこんなのも嫌いではないので楽しめた。VIVIの歌は何度も聴いたが、うまい。このくらいでないとミュージシャンだとはいえないのだから、俺は断念してよかったのだろう。
「しおたさん、洋介、どうもありがとう」
「こっちこそありがとう。よかったよ」
「うん、じゃあこのへんでお開きにするか」
「GOAはどうする?」
「さて、どうしようかな」
 メンバーたちがてんでにステージから降りてくる、俺たちはどうするの? と尋ねようとしたら、有華の姿が見えなくなっていた。
 どこに行ったんだよ、俺たちも仕事は終わりか、帰っていいのか。有華に確認したくて探していると、廊下のむこうから男と女の会話が聞こえてきた。
「……いいけどね、セックスってスポーツのかわりには最適だもんね」
「セックスはスポーツか。ほんとのスポーツって嫌い?」
「好きではないな」
「セックスは好き? 訊くだけ野暮ってもんだな。俺はそういう話せる女が好きさ」
 うふふっ、と有華が色っぽく笑う。そっと覗いてみると、彼女が腕を組んで歩き出した相手はYUUだ。YUUは結婚しているとVIVIが言っていたのに、いいんだろうか。どうしようかと悩んでいると、うしろでVIVIが言った。
「好きもののロッカーと淫乱女だろ。似合いじゃん。あんなのほっといて、洋介は俺とメシに行こうよ」
「う、うん」
「おまえ、あの女となにか?」
「なにもねえよっ!!」
 寝たのは初対面のあの夜、一度だけだ。有華からは誘われないから、俺も意地になって誘わなかった。
 俺とのことはどうでもいい。どうしてだか、しきりに乾さんに対する有華の気持ちが気になる。はじめて会った男と平然とホテルに行ける女……そんな女が乾さんに恋していたとしても、俺には無関係でも反対したいのに……乾さんだったら絶対にその気にならないだろうに。
 どうしてなんだかまるでわからない。どうしたいのかもわからない。だけど、VIVIのようには有華を軽蔑する気にはなれないでいた。
 
END







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