別小説

ガラスの靴62

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「ガラスの靴」

     62・強奪


 会社勤めのかたわら、作曲をしていた三隈斗紀夫。そういうのは小説家の世界にも間々あるそうで、苦節何年、ようやくデビューしたとか言われる。斗紀夫もその口で、三十代半ばになってようやく作曲家として一本立ちした。

 仕事人間なのか、もてないから女に興味のないふりをしているのか、両方なのかもしれない斗紀夫には、迫っていた女がいた。女の甘言にたぶらかされて、間抜けなことに子どもができた。笙は斗紀夫とその女、眸がもめているのを聴いていたのだそうだ。

「結局、結婚しなかったんだよね?」
「斗紀夫は言ってたよ。絶対に結婚しないって。そこまで言われたら眸も諦めるしかなかったんじゃないのか」
「それがね……」

 シングルマザーになると心に決めたらしき眸に、あの西本ほのかが知恵を授けて、眸は別の男をだまくらかして結婚したらしいと笙は言う。
 ほのかという女はてめえは結婚なんかしたがらないくせに、よその女は結婚させるのか。変な奴だ。

「いいんじゃないのか? それで八方丸くおさまって、子どもも幸せだったらいいよ。どうせ他人ごとだしさ」
「そうだね」

 という話を笙から聞いていたのだが、斗紀夫はなにも言わない。あたしは眸と触れ合う機会もないし、斗紀夫に訊き出す気もないが、彼とは仕事でときたま関わりがあった。

「ちっとは落ち着いてきて、余裕もできたんじゃないのか?」
「まあね。彼女もできたんだよ」
「女に興味ないんじゃなかったのか」
「彼女に告白されたんだ。しようがないだろ」

 やはり強がりだったのか。それにしても、この男に迫る女やら告白する女やらがけっこういるのはなぜだ? 見た目は冴えないことはなはだしいが、作曲家という仕事が強みなのか。あたしにはそうとしか考えられなかった。

 斗紀夫は斗紀夫で彼女ができたんだってよ、と笙に話すと怒るのか。なんだかんだと質問されてうるさいかもな、と思ったので話さずにいる。
 桃源郷、あたしのロックバンドが所属するCDレーベルから依頼されて、斗紀夫も作曲の仕事をしている。会社のロビーで斗紀夫とコーヒーを飲んでいると、血相変えた女が近づいてきた。

「音花ちゃん……なんでこんなところに来るんだよ」
「音花って、おまえの彼女か?」
「いや、もう……」

 ごにょごにょ言っている斗紀夫の横に立ち、女は押し殺した声を出した。

「なんなの、あのメールは」
「なにって……あの通りだけど……」
「いきなりなによ。別れてほしいって、メールで言うこと? 理由も言わずに別れてくれって……まだほんの三ヶ月ぐらいしかつきあってないのに……」
「三ヶ月ぐらいなんだから深くもなくて、傷は小さいだろ」

 こういう業種の会社はお堅くはないが、ロビーで男女の別れ話をやっているのはいただけない。乗りかかった舟なので、あたしが横から口出しして外の喫茶店へ移動した。

 女の名前は音花。音の花と書いてオトカという名前に惹かれたと、斗紀夫は音花に言ったのだそうだ。音花は斗紀夫に仕事を依頼している別のレコード会社の喫茶室勤務アルバイト。音花っていい名前だね、と斗紀夫が言ったそうだから、最初は斗紀夫が音花を好きになったのか。

「桃源郷のアンヌさん、はい、お会いしたこともありますよね」
「そっか?」
「ええ。私の働いている喫茶室にいらしたことがありますよ」

 こっちは喫茶室のウェイトレスなんか気にしてはいないが、これでもあたしも芸能人のはしくれだから、一方的に知られている場合もある。たしかに、あたしも音花が働いている喫茶室でお茶を飲んだ記憶はあった。

「斗紀夫さんが話しかけてくれるようになって、作曲家だと聞いて尊敬して、私のほうから告白したんです。うん、僕も好きだよって、斗紀夫さんは言ってくれました」
「女に興味ないんじゃなかったのか」
「アンヌさん、しつこいよ」

 辟易顔になる斗紀夫をいじるのは、このくらいにしておいてやろう。あたしは音花の話の続きを聞いた。

「それで、つきあうようになったんです。アンヌさんから見て、私は魅力ないですか?」
「いや、けっこう可愛いじゃん?」
「そうでしょう? 今までにだって何度も何度も告白されてます。私は男性の外見にはとらわれないから、中身のいいひと、尊敬できるひととおつきあいをして結婚したいと思って、告白にうなずいたことはありません。斗紀夫さんは本当に中身がよくて尊敬できるひとだから好きになったんです」

 っていうのか、斗紀夫が作曲家だからこそ惚れたんじゃないのか? これで斗紀夫は稼ぎもかなりよくなっているし、才能もある。揺らぎなく安定した職業だとはいえないが、若い女は、作曲家ってかっこいい、とばかりにぽーっとなってしまいがちだ。

 そんなに中身中身と強調されると、斗紀夫は外見はよくないと言っているようなものだが、事実だからしようがない。斗紀夫はぶすっとしていて、音花は熱心に話していた。

「将来は結婚したい、とも私から言ったんです。結婚するにはまだ早い。お互いをもっと見極めなくちゃね、って斗紀夫さんが言って、なんだったら同棲しようか、順番からすれば同棲してから結婚だろ、とも言ったんですけど、私は同棲はしたくないから……」

 そういう主義の女もいるだろう。あたしなんかは若いころには気軽に男とつきあい、気軽に寝た。気軽に同棲もして気軽に妊娠中絶もしたが、そんなことはしたくない女もいる。男の言いなりにそうなるのだったら、しないほうがいいかもしれない。

 なーんて、あたしにだって確固としたポリシーがあったわけでもないのだが、なんたって新垣アンヌはロッカーだ。そこらへんの女とは女が違うのだから、あたしはかまわないのである。

「同棲なんて男性にだけ都合のいい恋愛の形ですよね。両親にだって反対されるに決まってるから、お断りしたんですよ。音花ちゃんがどうしてもいやだったら、って斗紀夫さんは引いてくれたから、やっぱり私の好きなひとは、思いやりがあるって思ってました。なのに、急にメールで別れようって。やっぱり同棲しなくちゃ駄目なの? 斗紀夫さんがどうしてもそうしたいんだったら、結婚前提でだったらしてもいいよ。婚約してからだったら同棲も考えてもいいよ」
「同棲は関係ないんだよ」

 さもうっとうしそうに斗紀夫は言い、音花は彼を非難に満ちたまなざしで睨み据える。あたしも尋ねた。

「別れたくなったんだったらしようがないけど、理由くらいは言えよな。卑怯だぜ」
「そうよそうよ」
「斗紀夫、わけを言え」
「そうよ、斗紀夫さん、聞かせて」

 いや、あの、だからさ、などともごもご呟いてから、斗紀夫は意を決したように言った。

「他に好きな女ができたんだよ」
「……そんなのって……」
「誰だ? あたしの知ってる女か」
「そうだよ。もとをただせばアンヌさんがいけないのかもしれない。フジミさんを僕に紹介したのはアンヌさんだからね」
「フジミ? あいつ、男にまでちょっかい出すのか」
「ちがうよ」

 うちのバンドのドラマーで、天下無敵の浮気者、吉丸。笙が類友だと言っていた通り、吉丸の友人のフジミって奴は、吉丸に負けず劣らずの浮気者だ。

 男ってのは基本、浮気者なのだが、うちの笙みたいにあたし一筋の可愛い奴だっている。笙の爪の垢を煎じて飲ませたいほどの浮気者、フジミ。吉丸はバイセクシャルなので男にだって手を出すから、女としか寝ないフジミはちっとはましかと思っていたのだが。

「フジミさんがつきあってる、優衣子さん……」
「ユイ? あの女かよ」
「どういうこと? そのユイさんって女性を好きになったの?」
「ああ、そうだよ」

 もはや開き直ったか、斗紀夫は音花にはっきり応じた。おまえは女に興味ないんじゃなかったのか? ともう一度言ってやりたかったのだが、面倒なのでやめておいた。

 女に興味のない奴は、優衣子によろめいたりしないだろう。笙も優衣子に会っているが、僕のタイプではないと明言していた。笙は女に興味ないわけではなくて、このアンヌさんにしか興味がない。人の夫はそうでなくっちゃ。

 なのにフジミって奴は、バツがいくつついているのか、離婚結婚、離婚結婚を繰り返し、現在の彼女ってのが誰なのかもあたしは知らなかったのだが、あの優衣子であるらしい。
 
 そもそも優衣子ってのは何者だったか。わりあい最近のフジミの妻の友人だったような? あたしはその程度しか知らないが、彼女の知人の女はこぞって同じことを言う。
 他人の男を欲しがる女、特に優衣子の友達の彼氏や夫を横からかっさらうのが趣味。男にはたまらないらしきフェロモンをふりまいているので、優衣子に狙われた男はまずまちがいなく落ちる。そうやって何人の女を泣かせたか。

 すると、優衣子によろめかなかった笙は変人なのかもしれないが、優衣子は笙には興味なかったのかもしれない。あたしは優衣子には負けないから、いっぺん勝負してみたい気もなくもないが。

「それにしても……音花は優衣子の友達じゃないだろ」
「優衣子さんって私は知りません。誰なんですか」
「あたしの知り合いのミュージシャンの彼女だったはずだよ。斗紀夫は優衣子に落とされたのか」
「落とされたなんて言わないでほしいな。恋をしたんだ」

 だせっ、と吐き捨ててやると、斗紀夫のぶすくれ顔がいっそうの仏頂面になった。

「音花は男の浮気を許せるタイプか」
「……え、そんな……」
「どうせ斗紀夫はいずれ、優衣子に捨てられる。捨てられて戻ってくるのを待っててやるつもりだったら、作曲家と結婚できるかもよ」
「そんなぁ……」

 泣きそうな顔をする音花に、あとはふたりで話し合いな、と言い置いて席を立った。
 しかししかし、それにしても……。
 優衣子って女もあたしには不可解だが、いくら作曲家だからってこの男が女に取り合われるような奴か……あたしにはそっちはさらに不可解だった。

つづく









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