ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS副詞物語「えいやっと」

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フォレストシンガーズ

「えいやっと」


 よく行く喫茶店でよく会って、気になるようになった女の子。俺のほうから声をかけてデートするようになって、恋人と呼んでもいい仲になれた。最近は知り合った店ではなく、別のところに行くことのほうが多くなった。

 小柄でキュートな女の子がタイプなのは、章と俺の共通点だ。章は細い子でないと絶対にダメで、俺はぽっちゃりさんも好き。ぽっちゃりとはいっても度が過ぎてるのは避けたいが、150センチ、50キロ程度だったら許容範囲だ。章だと、150センチなら40キロ以下でないと、と言うだろう。

 章の好みにもぴったりな、文香はほっそり小柄な女の子だ。ひとつ年下の彼女は大学四年生で、俺は今年卒業したばかり。章に目をつけられないように、紹介はしないつもりでいた。

「卒業してからはずっとアルバイト?」
「そうだよ。歌の練習とアルバイト三昧」
「卒業式にはご両親はいらしたの?」
「来るわけないじゃん。なんで大学の卒業式に親を呼ぶわけ? 俺の親は入学式にも来るなって言ったら来なかったよ。文香ちゃんは卒業式に親を呼ぶつもり?」

 約一年の後、文香が卒業するころには俺はプロのシンガーになれているだろうか。
 大学二年の終わりごろ、合唱部の二年先輩の本橋真次郎さんと乾隆也さんに誘われて、一年先輩の本庄シゲさん、小笠原ヒデさんと俺とがヴォーカルグループを結成した。

 プロを目指して歩き始めたフォレストシンガーズは、俺が卒業した現在でもまだデビューはしていない。本橋さんや乾さんは焦っているのだろうか。ヒデさんが脱退し、かわりに一年生の年にだけ大学にいて中退してしまった木村章が加入し、デビューできないことを除けば楽しい毎日なのだが、それがいちばん重要なわけで。

 気持ちをよそにそらしていたのに気づいて、俺は煙草に火をつける。それで、文香ちゃんはなにが言いたいの? と見つめると、彼女は言った。

「私は院に進むつもりだから、卒業式っていっても有名無実なんだよね」
「そうなんだ。だから文香ちゃんは就活はしてないのか」
「そうなの」

 理系のなにやらを専攻しているとは聞いているが、俺には理系頭脳がないので意味不明。理系だと大学院まで卒業しないと、専門的な仕事はできないらしい。本橋さんだったら文香の学問を理解できるのかもしれないが、彼女とつきあっていることは仲間たちには内緒だ。

 学者になるのかもしれない理系の女と、シンガーになりたい音楽系の男。かけ離れた組み合わせなのかもしれないが、二十二歳と二十一歳のカップルなんだから、将来までは考えなくてもいい。すべてがぴたりとはまるわけでもないけれど、全体的に相性がいいのだからそれでいいのだ。

「その話じゃなくて、幸生くんって長く家族に会ってないんじゃないかなって思って」
「そうだね。去年、俺は歌手になるんだ、就職はしないんだ、って家族に話しにいって以来会ってないよ。正月にも帰らなかったもんね」
「近すぎるとかえって帰らないのかな。横須賀からだったら大学にも通えたんじゃないの?」
「妹たちがうるさいからさ」
「妹さんたちもよく喋るんだろうけど、雅美ちゃんや輝美ちゃんと三人でいると、幸生くんが喋りまくって勉強できないんじゃない?」
「言えてるね」

 神奈川県の地方銀行勤務の父と母が職場結婚して、母は退職して主婦になった。三人の子どもを産み育て、母は時おりはもとの職場でアルバイトをしていた。父はずっと同じ銀行に勤めているから、転勤しても神奈川県内で、三沢家は引っ越しをしたこともない。

 幼稚園から高校までは地元で通い、大学は東京を選んだ俺に、家が狭いんだからひとり暮らししてもいいよ、と親は言ってくれた。なのに俺の部屋はそのまま残してある。

 ひとり暮らしが嬉しくて、横須賀の家以上に狭くても、俺は身体が小さいからどうってことないもんね、こうなるとちびなのは都合よかったかな、だけど、もっと背が高くなりたいなぁ、と思い続け、大学の四年間を同じアパートですごした。

 年子の妹の雅美は短大を卒業して銀行員になり、三つ年下の輝美も短大生になり、卒業したら銀行員になると決めているらしい。両親は俺のシンガー志望に難色を示していたが、妹たちは応援してくれている。お金を稼げるようになったらブランドもののバッグを買ってね、車を買って、ワンピース買って、などとあの黄色い声で言っていた。

 大学時代にもほとんど帰省しなかったのは、帰ると母がやかましいから。妹たちがうるさいから。特に年の暮れだと、掃除や買い出しの手伝いをさせられるから。いつだって簡単に帰れるのをいいことに、ちっとも家には寄りつかなかった。

「俺のバイト先は年中無休だから、まとまった休みは取れないしね」
「その気になったら休めるでしょうに」
「給料が減るじゃん」
「他のひとたちも帰省はしないの?」
「してないんじゃないかな」

 稚内出身の章は親父さんに勘当されている。三重県出身のシゲさんには故郷はかなり遠い。金沢出身の乾さんは両親とは疎遠で、愛してくれたおばあさんは亡くなった。本橋さんは東京出身だが、彼もまた親には歌手になりたいというのを猛反対されて、家を出て独立した。

 そのあたりの事情は文香にも話した。俺がもっとも実家には帰りやすい状況だと彼女は知っているから、たまには帰ればいいのに、と言いたいのだろう。

「猫たちが待ってるんじゃないの」
「猫ってのはつめたいもんだよ」
「そうなの?」

 ストーリィ仕立てのCMがある。
 小さな男の子のところに子犬がやってくる。子犬と少年は兄弟のように、若殿と家来のように遊んだり学んだりして成長していき、少年は大学生になって家を出ていく。大好きな大好きな少年がいなくなって寂しくてたまらない犬は、彼が帰省すると嬉しくて嬉しくて……といった物語だ。

 猫派の俺でもしんみりしてしまうストーリィなのだが、ひるがえって考えるに、うちのピーとミーは……俺のことなんか忘れてしまっているにちがいなかった。

「幸生くんはピーミーには会いたくないの?」
「会いたいけどね……俺がアパート暮らしで切ないのは、猫と一緒にいられないことだけだもんな。でも、そのかわりに文香ちゃんを愛せるからいいんだ」
「私は猫のかわりなの?」

 すねたような目をしているものの、怒っているのではない。ふたりしてこんな会話を楽しんでいる。小さなころの話から将来の話へと話題が広がって、ふと気づくと三時間も経過していた。

「出ようか。今日はこのあと、どうする?」
「そうだね……お掃除しにいってあげようか」
「いいよ、そんなの」

 掃除をしてあげたい、と言うのはお姉さんぶりたいからなのか。俺の部屋はそんなには散らかっていないから、見るに見かねてってわけでもないだろうし、いいお嫁さんになれるアピールをしたい性格ではなさそうだし、そこんところは不思議だ。

 このあと、どうしようかなぁ、って話しながら、初夏の街を歩く。近くを歩いている男ふたりは、さっきの店にいた奴らだ。その男のうちのひとりが、追いついてきて肩越しに俺の顔を覗きこんだ。

「この顔で歌手になりたいって?」
「大学を卒業して就職もせずにバイト暮らし? いい気なもんだな」
「こんな男、どこがいいの、フミカちゃん?」
「いやいや、彼女、フミカちゃん? こんな男とつきあっててもろくなことないよ」
「遊び相手だったらいいけど、本気になったら泣きを見るよ」

 だから、俺たちとつきあえとでも言いたいのか? にたにたと下卑た笑いを浮かべているふたりは、三十歳くらいに見える。さっきの店でからむとマスターに警察を呼ばれそうだから、店を出てから話しかけてきたのだろうか。

 こんなときには本橋さんだったら、てめえら文句あるんだったらかかってこい、とか言って、公園にでも連れていくのだろうか。乾さんだったら上手に口で撃退する。章は彼女の手を取って走って逃げるだろう。シゲさんはどうすんのかな? シゲさんだけはこういう場合どうするのか想像しにくい。

 シゲさんが女の子とデートしている姿を想像しにくいからなのだろうが、そんな想像をしている場合ではないのだった。さて、俺はどうする? 章の手が一番かな。

「いいんです。私が彼を支えますから」
「支える?」
「ええ。幸生くん、行きましょ」
「あ、はい」

 さらっと文香に言われてしまって、男たちは気勢をそがれたらしい。ぽけっとしている男たちを置き去りに、俺たちは足を速めた。

「文香ちゃんってどっか飄々としてて、そういう女性にはアホな男も負けるんだね。実はすげぇ強いよね」
「そうでもないけどね……」
「文香ちゃんのアドバイスに従って、今度の休みには親の家に帰るよ。そうすると文香ちゃんとデートできないけど、かまわない?」
「私とはいつでも会えるんだから、親孝行してらっしゃい」
「はい、わかりました」

 互いに愛し合っているというほどでもないのかもしれない。そこまでは深かったり熱かったりはしないほうが、互いのためにはいいのかもしれない。それが寂しいと感じるほどには、俺は文香に執着していないのだから、彼女も同様なのだろう。

 そんな文香の手を放して、親の家に帰る。えいやっと思いきらないとできない行動でもないのに、なんだってこんなに気が重いのか。親でもなく妹でもなく、猫たちに会いにいくのだと考えよう。そっか、俺が猫好きなのは、あいつらがある面、あっさりしているからなのかもしれなくて、文香にもそんなところがあるから、ほどほどに好きなのかもしれなかった。


YUKI/22歳/END








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~ Comment ~

NoTitle

そういえば。
私も入学式や卒業式には人を呼んでいないですねえ。。。
あまりそこまで頓着がないので。
高校生から来てないや。。。。
私が親でも多分、入学式とか卒業式には行かないのだろうなあ。。。
(-_-メ)

あかねさんだったら、どうかな?
そういう儀礼的なものには行くのかな。。。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。
入学式も卒業式も、自分のは昔すぎて忘れましたが、親が来たのは中学の入学式までじゃなかったかな。

身内の入学式、卒業式、行かなくてはいけないんだったら行きますが、気が乗らないわ。それも中学まででいいですよね。
特に運動会が嫌いだぁ。
あ、話がそれました。

大人としての儀礼的常識のわかっていない大人ですから、そういうものはなるべく避けて通りたいです。
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