ショートストーリィ(しりとり小説)

147「夏の炎」

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しりとり小説

147「夏の炎」

「こんにちは、はじめて書き込みします。夏の炎と申します。

 私は三十七歳、微妙なお年頃。
 妙齢って書くと、妙齢は適齢期の若いお嬢さんのことだよって叱られるみたいですけど、最近は「微妙な年頃」の意味でも使うんだよ。おばさん、おばあさん、そこに突っ込みはなしにしてね。

 五年くらい前まではもてたんだよね。結婚願望はなかったから、プロポーズされても断ってばかりで、今になって後悔しています。
 もてたんだから顔もスタイルもいいよ。まだそんなに衰えてはいないつもり。女はやっぱり第一は外見だよね。性格だっていいからもててたんだよ。

 三十五歳をすぎるとちょっと翳ってはきたけど、もてなくはないかな。
 アパレル業界で経理の仕事をしてるので、周囲には若い男女がたくさん。私は会社では年齢は高いほうだから、姐御扱いもされてるかも。
 姐御と呼ばれるのはさばさばした性格だからもあるんですね。

 そんな私が数年ぶりで恋をしました。
 去年入社してきた二十五歳の男性の面倒を見ているうちに、恋になったみたい。彼ってドジなんだもん。細かいミスばっかりしてるんだもん。叱ると喜ぶのよね。エムなのかな?

 だから、彼の仮名はエムくんにします。イニシャルではありません。
 エムくんには慕われているのはまちがいないけど、姐御として慕ってるんだろか。そのあたりがはっきりしない。私から告白すべきなのかな」

 恋愛相談サイトにROM専門で出入りしていた只子は、「夏の炎」というハンドルネームで初のトピを立てた。

 書き込んだ文章はすべて事実だ。
 昨年の新入社員だったエムは営業職で、経理主任である榊只子とは密接な関わりがあった。エムには営業センスはあるのだが、事務職のセンスはまるっきりない。伝票の書き方をまちがえたり、出張旅費請求書類の交通費欄に一桁少ない数字を書き込んだり。

「大阪の地下鉄、一日券を買ったのね」
「はい……あ!!」
「地下鉄の一日券って百円以下なの? 大阪地下鉄は高いって聞いてたんだけどね」
「まちがえたーっ!! もう、榊さんってば、わかってるんだったら書き直しておいて下さいよ」

 悪びれもせずに笑っているエムくんに、しっかりしなさいよね、と叱咤すると、彼はますます嬉しそうに笑った。

 年下の男の子のだらしなさに、女がきゅんとするのかありがちかもしれない。只子は男につくしたい性格ではなかったはずだが、十二歳も年下の男には姉心になってしまうものなのだ。

 最初は姉心のつもりで、エムくんに注意したり叱咤激励したりしていた。榊さんの弁当、うまそう、いいなぁ、俺も食べたいな、と言うエムくんに手作りおにぎりをあげて、若い女子社員にイヤミを言われたこともある。エムくんは喜んでいたのだから、女子社員がなんと言おうとかまったことではないのだが。

 そのうちには自分の気持ちに、これって恋? と気づくようになった。
 まちがいなくエムくんは、私を職場姉だと思っている。ランチに行っても当然のこととして、ごちそうさまぁ、だけですませるのだから、下手をしたらおごってくれるから好き、なのかもしれない。

 それでもいいから若い子と楽しくやっていればいい、と思ってもいたのだが、それでは我慢できなくなってくる。悩みに悩んだ末に、いつも見ていた恋愛相談サイトに投稿してみたのだった。

「失礼な人ね。妙齢というのは若い娘のことを言うんです。
 おばさん、おばあさんってなによ。日本語はきちんと使って下さいね」

「このごろ年下に恋をする中年って流行ってるみたいですね。おばさんおばあさんって、あなたもおばさんじゃないの。
 無理無理。告白なんかしたら恥をかきますよ」

 主題からずれたような回答もあったが、真面目に相談に乗ってくれる人もいた。

「好きなんだったら告白してみたら? やらずに後悔するよりも、やってから後悔するほうがいいと言いますよね。
 三十七歳が二十五歳とつきあえたらラッキーじやないですか。結婚なんて考えずにアタックしてみたら? 応援してますよ」

 そんな意見もいくつかはあったので、背中を押してもらった気分になった。

「エムくん、今夜飲みにいかない? もちろん、支払いは私ね」
「今日は暇だからいいですよ」
「暇だからって……エムくんには彼女はいないの?」
「いませんよ。いたら榊さんとつきあってないし」
「憎たらしい言い方ね」

 憎まれ口も、暇つぶしみたいな言い草も、可愛いのだからどうしようもない。その夜、酒酔い気分の助けも借りて、只子はエムくんに告白した。

「結婚したいとまでは言わない。そりゃあね、エムくんが結婚したいって言うんだったらしてもいいけど、それは早いよね。お互いを深く知るためにつきあってみない?」
「えと……つきあうって……」
「だから、男と女としてよ。男女交際よ」
「ってことは、ホテルにも行くんですか」
「早まるんじゃないのっ」

 ジョークにしてしまおうとしたのかもしれないが、エムくんは改まって言った。

「榊さんにそんなふうに言ってもらえたなんて、光栄ですよ。ありがとうございます」
「それって……」
「ちょっとだけ考えさせて下さいね」

 婉曲に断られたのか……そんなふうには考えたくないが、その可能性もある。只子はよりいっそう悩み、恋愛相談サイトに書き込みをした。

「真面目に告白しました。
 エムくんも真面目に、考えさせて下さいって答えました。

 いやなんだったらいつもの軽いノリで、いやぁ、姐御とつきあうってのもね、って断ればいいのに、考えさせて下さいってなに? 
 みなさんはどう思いますか」

 それは断られたのよ、または、脈はあるんじゃない? そう言ったってことは考えてるんだろうから、エムくんの返事を待てば? 正反対の意見が出た。

 どうなるか楽しみだな、報告してね、ふられても仕返しなんかしたら駄目よ、うまく行くといいね、自称では只子と同年配であるらしき、独身であるらしき女性たちは、我がことのように書き込む。中には嫉妬らしく、みっともない、うまく行かなかったら会社にいられないよ、と忠告してくれるひともいた。

「榊さん、ちょっと……」
「はい?」

 一週間ばかりエムくんは只子に接触してこなかった。これはやはりノーってことかな、と諦めムードになりかけていたら、声をかけてきたのは営業部の若い女子社員、田辺だった。

「エムさん、困ってるんですよ」
「……なんのこと?」
「榊さんは知ってるでしょ。詳しく言う必要なんかないでしょ。エムさんは言ってました。榊さんはいつもおごってくれるから言っただけなのに、俺のお世辞を真に受けて、おにぎりなんか作ってきてくれた。おばさんの手で握ったおにぎりなんか気持ち悪くて、家に帰って犬にやったよ、って」
「……」
「そこまで言わなくてもいいかとも思ったんだけど、榊さん、痛いですから」

 どう反応すればいいのかわからなくなった只子を一瞥して、田辺は立ち去った。この一件をサイトに書き込もうか。でも、正直に書いたら反対派に大喜びされそうで、「夏の炎」はこう書いた。

「エムくんは今、出張中なんです。
 メールが来ました。
 早く返事がしたいんだけど、メールに書くようなことじゃないからねって。
 これは返事を楽しみにしていいんだろうか。
 なんだか夢みたいだ」

 舞い上がると裏切られるかもよ。
 よかったね、おめでとう、それは絶対うまく行くよ、などの回答が書き込まれた。

 つきあうだけだったらいいとエムくんも思ったんだろうけど、長続きはしないだろうね、彼があなたから離れていきたくなったら、年上の女の余裕で綺麗に別れてあげて。そんな先走った書き込みもあった。

「エムくん……」
「あ、ごめんなさい」

 ようやくつかまえられそうになったエムくんは、只子がひと声かけただけで逃げていった。

「榊さん、見ていてすごく寒くてすごく痛いから、もうやめたほうがいいですよ」
「田辺はエムくんが好きなの?」
「そんなんじゃなくて、同僚としてエムさんに同情してるんです」
「同情?」
「だって、榊さんは直接の上司ではないけど、立場はエムさんより上でしょ。歳もぐーんと上。そんな女性に迫られたらつめたくあしらうわけにもいかないじゃないですか。それって一種のセクハラですよ。私はエムさんに相談されてたんです」

 おごってもらえるから、我慢してつきあうしかないんだよ、男がセクハラされただなんて言えないし、冷淡にふるまうと俺も会社にいづらくなりそうだ、榊さんは社内ではけっこうでかい顔してるから、好かれたら災難だよな、とエムくんは田辺に言ったのだそうだ。

「エムくんはそう言ってるのに、田辺がそうやって私にえらそうに言うってのは、やっぱり好きなんじゃないの?」
「そう思ってもらってもいいですけど、迷惑なんですから、エムさんにちょっかい出すのはやめて下さい。見かねたって言って、私が上司に報告してもいいんですよ」
「あんたがエムくんを好きになって、私の邪魔をしてるとも考えられるよね」

 かっとしたらしく、田辺は一歩、只子に迫った。

「エムさんは榊さんとは口をききたくないっていうんですけど、こうなったら連れてきます。覚悟を決めて下さいね」

 決然とした面持ちになった田辺と、終業後にふた駅離れた喫茶店で待ち合わせようと決めた。エムくんも連れてくると言うのだから、彼の答えはおよそはわかる。

「みなさん、喜んで下さい。
 ううん、中には嫉妬して、そんなの続くわけないよ、って笑うひともいるかな。

 プロポーズされましたよ。

 告白は女性からしてくれたんだから、俺がプロポーズします。あなたとは恋人同士になって短いけど、仕事のつきあいはあるんだから気心は知れてる。

 年上なんだものね、早く結婚したいよね。俺にだってそのくらいはわかるよ。
 結婚しよう。俺もあなたが好きです」

 待ち合わせ場所に行くのはやめて、早く帰ってサイトに書き込もうか。エムくん自身の口から残酷な言葉など聞きたくない。かたわらで田辺が勝ち誇ったような顔をしているのも見たくない。
 そのほうがきっと、明日からも会社に行きやすい。なにごともなかったような顔をして、田辺ともエムくんとも接しられる。年の功でそのくらいはできる自信があった。

 だから最後にあのサイトに、願望を書き込もう。虚しい、こうだったらいいのにな、を書いて、トピックスを終りにしよう。只子はひとりそう決めて、経理課長に早退届を出しにいった。

次は「お」です。








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~ Comment ~

NoTitle

こんばんは!
うおー!只子のモヤモヤする感じが堪らないですね!

エム君が「考えさせてください」のあと一言も発しないから余計にもうw
この語りだと田辺がムカつくんですけど、田辺目線だと悩むエム君の描写があったりしてまた違うんでしょうか…

夢月亭清修さんへ

コメントありがとうございます。
このエムくんは卑怯者といえばその通りなのですが、気持ちわかるなぁと私は思ってしまいます。
夢月亭清修さんもおわかりになるのではないかと。

視点を変えると物語ががらっと様相を変えるってこと、ありますよね。
その意味で私も、時々、視点ちがいの同じストーリィを書きたくなったりするのです。

田辺「私はエムさんを好きなわけではありません。私は正義の味方なのです」だそうです(^o^)
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