ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「む」part2

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フォレストシンガーズ

「無関係」

 就活で苦労していると聞いていたから、同じ悩みを持つ私は龍くんにメールで相談してみた。
 東京の大学四年生の龍くん、稚内の調理専門学校二年生のサアヤ。専門学校生は最終学年で就活をするのだが、大学生は三年生からするとか? 龍くんは三年生の間には決まらなかったと、龍くんのお母さんが言っていた。

「私も決まらないの。悩んでるの。
 東京に行きたいって気持ちはあるんだけど、お父さんもお母さんも反対するに決まってる。私には章さんや龍くんみたいに、親の反対を押し切ったり家出したりする勇気はないんだよね。

 札幌あたりでだったら仕事はありそうで、同級生でも札幌や函館や旭川で仕事をするって子はいるんだけど、うちはそれも駄目だって。
 稚内で仕事を見つけろって言われるんだけど、そんなのないんだよ。
 あっても老人ホームの調理師とか。そんなのやりたくないな」

 返事はひとこと。

「俺には関係ないだろ」

 そりゃそうだけどね。返事をくれただけいいのかもしれないけどね。龍くんは私がメールをしても無視することもあるから、別にショックでもないけどね。

 木村龍のお父さんは、木村瑳綾の父の兄だ。平助と孝蔵、平助が龍くんの父、孝蔵が私の父。平助さんはかず子さんと、孝蔵は芳江と結婚し、兄には息子がふたり、弟には娘がひとり。

 父親同士が兄弟で、母親同士も仲良し。家も近所だったので、私は三つ年上のいとこである龍くんにはよく遊んでもらっていた。子どものころの龍くんは私に意地悪をすることもあったけれど、いやがりはせずに遊んでくれた。龍くんよりは十二歳も年上の章さんも、たまには私たちのお守りをしてくれて、絵を描いてくれたりもした。

「サアヤ、大きくなったら龍くんのお嫁さんになるの」
「いいよ」

 ごく小さなころにはそんな約束もしたのだが、ある日急に……あれは私が五つくらいの年だっただろうか。幼稚園から帰ってきた私が、外で友達と遊んでいる龍くんに言ったのだった。

「幼稚園でお嫁さんの絵を描いたの。先生が褒めてくれたよ」
「お婿さんの絵も描いたのか?」

 質問したのは龍くんの友達で、私は得意満面でうなずいた。

「うん、お婿さんは龍くん。見せてあげようか」

 見てやってもいいよ、と友達は言ったが、龍くんはものすごくいやな顔をした。

「そんなもん、出すなよ。出したら破るぞ」
「なんでぇ? 上手に描けたんだよ。龍くんは大きくなったら、サアヤのお婿さんになるんでしょ?」
「いやだ。そんなの絶対にいやだ」

 嘘つき!! 約束したのにっ!! と叫んで、私は家に帰って泣いた。どうしたの? と尋ねてくれた母に今の出来事を話してからも泣いていた。

「友達がいたからでしょ。男の子って友達の前でそんなことは言われたくないのよ。友達が帰ってからもういっぺん訊いてみたら?」

 ところが、翌日にも言われた。オレはおまえとなんか絶対に結婚しない、オレはもっと美人と結婚するんだ。十五年もたっても龍くんの声は鮮やかに記憶に残っていた。

 幼児のころのショックを引きずってはいないし、龍くんはいとこなのだから、そんな手近なところで結婚したいとも思わないが、つめたくされると落ち込む。私のことなんかかまってる暇はないんだね。いいもんいいもん、龍くんなんか嫌いだよ。

 楽しいことはあまりない、田舎の就活生としては、去年の春を思い出す。高校を卒業して進路が決まり、母との約束を実行した。龍くんは約束を守らない嘘つきだが、母は守ってくれた。

「はい、これ、龍くんに渡してね。章さんにはこっち。伯母さんからよ」
「こんなの渡しても喜ばないよ」
「いいから渡したらいいの」

 母からは龍くんにお世話になるお礼の品を先に送ってあり、伯母さんからと託されたのは二通の手紙。龍くんあてのほうにはお金が入っていたのか、分厚い封筒だった。

 進路が決まったら東京に遊びにいっていいとの母との約束。父も、龍と章がいるんだから大丈夫だろ、と許してくれた。かず子おばさんからの手紙にも、サアヤちゃんをよろしく、と書いてあったらしい。

 わくわくとやってきた東京で、迎えにきてくれた龍くんと遊んだ。フォレストシンガーズのライヴにも行き、いい席で歌を聴けた。龍くんは私を邪魔にもしたけれど、おおむねは優しかった。章さんも優しくて、サアヤにおごってやれと言って、龍くんにおこづかいをあげていた。

 その上に最終日に、龍くんがくれたSDカード。英語の歌とフォレストシンガーズのオリジナルと、古いフォークソングを私のために、フォレストシンガーズが歌ってくれていた。

 寂しい夕暮れどきには、ひとりで「夕暮れどきは寂しそう」を聴く。

「龍くんの意地悪。嫌い」

 意味もなく歩き回って、龍くんの悪口を言ってみる。自分の就活で精いっぱいで、遠くにいるいとこのことなどかまっていられない、その気持ちもわかるのだけど。

「木村?」
「あ……」

 高校時代の同級生、福島くんが立ち止まって私を見ていた。
 お茶しようかと誘われて、駅のほうへと歩き出す。稚内の町にはお店も少なくて、昔はデートの場所に苦労したんだよ、と章さんも言っていた。

「木村は調理専門学校か」
「福島くんは理髪専門学校……散髪屋さんになるんだね」
「そのつもりだったけど、美容師のほうがよかったかな。理容師は需要が減ってるんだよ。美容師の専門学校に編入したいって言ったら、親に反対されてさ。美容師になったら東京に行けるかもしれないのに、最初からそうすりゃよかったよ」

 クラスメイトではあったが友達でもなかったので、福島くんの進路は知らなかった。

「散髪屋さんだって東京に行けるでしょ」
「東京の男は美容院じゃないの?」
「おじさんとかおじいさんとかは……?」
「散髪屋にしか行かない男もいるだろうけどさ」
「私なんか、東京は駄目だって親に言われるんだよ。札幌も函館も駄目だって」

 俺には関係ないとは言わない、福島くんとは将来の悩みを話せた。

「また会おうよ」
「そうだね」

 だけど、デートなんかじゃない。むこうも同じだろうが、元クラスメイトの相談相手。私はそう思っていたのだが、何度か会って話をしたあとで言われた。

「身体の相性とかってのも大切だって、先輩が言うんだ」
「……なんのこと?」
「サアヤ、ホテル行かない?」

 さりげないふうを装ってはいるが、彼のこめかみがひきつっていた。

「つきあってほしいじゃなくて、身体の相性が大切だからホテル行かない? だってさ。
 なんのつもりだろ。
 男心ってそういうもの?」

 返事は今度、とごまかして帰る道々で、龍くんにメールを打った。けれど、発信できない。俺には関係ない、勝手にすれば? と言われるか無視されるか、それが怖くて。

 別に私は龍くんに恋してなどいない。そんな手近に彼氏を求めなくても、私とホテルに行きたいと言う男の子はいる。福島くんと初体験してみようかな。そのあとでつきあうかどうか、決めればいいんだし。
 背は低めで子どもっぽい体型の、もてなさそうな福島くん。私も小柄で冴えないタイプなのだから、お似合いなのかもしれないね。

「あ、しまった」

 手が滑ったのか、無意識でしたいようにしてしまったのか。メールの文面をコピーして、三沢幸生さんに送ってしまっていた。今の、まちがえましたっ!! と送ろうかとも思ったのだが、やってしまったものは仕方ない。仕方ないと思いつつも後悔してくよくよしていると、三沢さんからの返事があった。

「サアヤちゃんがそれでもいいんだったら、経験してみるのもいいかもしれない。
 自分を大切にしたほうがいいよ、って言うのは簡単だけど、いけないことなのかどうかはわからないな。
 その男はサアヤちゃんが好きで、照れ隠しの誘いなのかもしれない。俺には深くはわからないけど、できるものだったらそいつに会って、見定めてあげたいよ。

 メールする相手に俺を選んでくれてありがとう。
 お役には立たないかもしれないけど、恋愛相談だったらいつでも受けるよ。またメールしてね」

 東京に遊びにいったときに、フォレストシンガーズ五人のメールアドレスは聞いていた。だからといってメールをするとは思いもよらなかったし、むこうからももらったことはなかったのに、三沢さんはきちんと返事をくれた。
 感激で、私は返信に返信した。

「ありがとうございます。お返事いただけてとっても嬉しいです。
 この件はよく考えてみます。
 また報告しますね」

 待ってるよ、と短いメールが再び届く。俺には関係ない、と言われるのとはちがって、胸がいっぱいになる。龍くんなんか大嫌いだよ。三沢さんのほうが好き。そして、福島くんのことはもっとよーく観察しよう。好きになれるかもしれないから、遊びじゃないの? と質問もできるかもしれないから、そうしてから一歩を踏み出そう。


END








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