ショートストーリィ(しりとり小説)

145「ランナーズハイ」

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しりとり小説145

「ランナーズハイ」

 各地に独立リーグができて、女子の野球選手もちらほらと出てくるようになっているが、プロ球団に呼ばれた選手は正子が初だ。キャンプ地の沖縄でのはじめての休日、本当は休み返上で練習がしたかったのだが、球団の広報に言われたのだった。

「キャンプ地での初の休日っていうと、新人はマスコミサービスとしてその土地独特の場所でなにかするんだよ。グレートバリアリーフを見にいって、ポーズを取ったりさ」
「沖縄にグレートバリアリーフがあるんですか」
「そんなものはないけど、正子ちゃんは日本中の注目の的なんだから、マスコミやファンにサービスだってしなくちゃ。シーサーの置物を作るっていう体験をやってもらうよ」

 日本中に注目されているとは大げさかもしれないが、プロ野球好きには注目されているだろう。しかし、この季節には沖縄と九州はキャンプに来ているプロ野球選手であふれているのだから、無名の新人なんてたいして目立たないはずだ。

 まして正子は人気のない関西球団の育成ドラフト指名選手。広報は球団の希望的観測で言っているのだろうと思ったが、彼に言われるままにシーサー体験に出向いた正子を取材に来ていたマスコミは、まあまあ多かった。

 その流れで広報の飯田に連れられてきた沖縄料理の店。飯田は知り合いを見つけて近づいていき、正子はひとりで食事をしていた。
 店はライヴハウスのようになっていて、ステージでは沖縄音楽が演奏されている。ずっとずっと慌ただしい日々を送っていた正子が久々でのんびり気分を味わっていると、話しかけてきた男がいた。

「きみ、どこかで見たことあるな」
「……おたくさんもどこかで見たような……」
「声、低いね」
「おたくさんは声、高いね」

 どこかで見たことがあるような顔、というのは、正子も男も一致した感想だ。誰だろう。彼も思い出したいと言うので、正子は彼を見やりつつ考えた。

 テレビで見た、ような気がする。びっくりするようなというほどでもないが、整った顔立ちのプロポーションもいい男だ。歌手? 俳優? お笑い? 今どきはお笑いにだってハンサムな男はよくいるのだから、顔だけでは決められない。

 アナウンサー? モデル? アナウンサーだったらもっと知的だろうし、モデルはもっと背が高いだろうから、歌手かお笑いか役者かだろうと思えた。

「きみは……何歳だか聞いていい?」
「二十一歳。おたくは?」
「二十二歳。んんとんんと……なにから質問したらいいのかわからないけど、きみはしっかりした体格をしているから、アスリートじゃない?」
「おたくはお笑いのひとかな」

 有名人じゃないんだから、名前では正体は判明しないだろうということで名乗った。彼は哲彦、彼女は正子。漢字通りに素直に読める名前だ。

「テレビに出てる?」
「出てるよ。きみはどこに住んでるの? 沖縄?」
「神戸」
「神戸だったら放映されてるだろうな」

 放映されているのか、バラエティ番組かな、と首をかしげている正子に、哲彦が言った。

「いやぁ、参りましたよ。いくら僕が若いったって、上司にあれだけ引っ張りまわされて、夜は遅いし朝は早い。サラリーマンって大変ですよね。え? これを? あ、テレビで見たことあるわ!! これかぁ。ふーん、そんなに効くの? じゃあ飲んでみます。おためし? ただでもらえるの? わぁ、ラッキー!!」

 きょとんと哲彦を見返していた正子は、そこで手を打った。

「あ、あのひとだ!! なんとかABCとかって会社のコマーシャル」
「そうそう。ABCじゃなくて、楽園ハニービー。もとはハチミツやロイヤルゼリーの会社だからね」
「そのハニービーのコマーシャル。ってことはタレントじゃないの?」
「タレントっていうのか、劇団員だよ。あのCMは小遣い稼ぎ。たださ、あんなものに出てくれって言われたってことは、俺は絶対に有名にならないって決めつけられてるのかなって」

 だって、そうだろう? と、哲彦はオリオンビールを一口飲んだ。

「近頃の視聴者はすれてるから、あんなCMに出てる人間が素人だなんて思ってないだろうけど、一般人のふりをしてるんだから、テレビや映画で顔を売るのってまずいのかなって。ああいうのに出てしまったらおしまいかなと思わなくもないんだよ。正子さんも飲めば?」
「私は明日も練習があるから」
「ああ、やっぱアスリートだね。ゴルファーかな」

 かぶりを振って、正子はお茶を飲んだ。

「背、高いよね。百七十センチ? もっと大きく見えるな。なんだろうなぁ」
「沖縄にはたくさん、アスリートが来てるでしょ」
「プロ野球のキャンプだろ。俺は沖縄出身で、とはいっても親父が沖縄人じゃないから名前は沖縄らしくないんだけど、こっちには最近もよく来てるんだ。昨日から里帰りしてるんで、プロ野球選手にもたまに会うよ」
「興味ないの?」
「ないな」

 世の中には熱狂的プロ野球ファンもいれば、一切知らない者もいる。イチローってハリウッド映画に出てる俳優でしょ? と真面目に言った、正子の高校時代の友人もいた。

「まあ、女の子が野球選手ってことはないしね」
「哲彦くんの正体はわかったんだから、私も教えてあげる。それだよ」
「それ? 女子野球ってのもあるんだっけ?」
「あるけど、私は全員男子のプロ野球の選手なの」
「へ? きみ、男?」

 とんちんかんな反応を示した哲彦に笑ってみせてから、正子は話した。

 子どものころは男子も女子もなくて、正子はリトルリーグで男子にも勝つ大活躍をしていた。中学生になって学校のソフトボール部に入り、高校では女子野球部に入った。
 甲子園に行きたいなぁ、と憧れはしていたものの、女子は出場できないとの決まりがあるらしい。それでもいいから男子の野球部に入れてほしくて顧問教師に頼んでも断られた。

 女子野球のほうでは頭角をあらわして、高校を卒業したら実業団の、男子ばかりのチームにスカウトされてその会社に入社した。

 地域の独立リーグのスカウトに見いだされ、数少ない女子のプロピッチャーになり、ついにプロ野球球団からドラフトの育成枠で入団するように言われた。
 給料なんてないに等しい育成枠だったが、去年は一年間、二軍で鍛えてもらった。話題性も考慮したのか、ついについにこの春、支配下登録されてキャンプに参加することを許されたのだった。

 そもそもが男の牙城だったのだから、球団も苦慮したらしい。宿泊や更衣室やトイレや、と、正子ちゃんのおかげで僕は大奮闘したんだよ、と広報の飯田が恩着せがましく言っていた。

「ってわけ」
「そっかぁ。俺はプロ野球には興味ないけど、ニュースかなんかできみを見たことがあるのかな。それでどこかで見た顔だって思ったんだ」
「そうなのかもしれないね」
「がんばれよ、応援してるから」
「ありがとう、哲彦くんもがんばれ」

 がっちりと握手をかわして、哲彦とは別れた。

「男と話してた?」
「飯田さんが私をほったらかしにするから、話しかけてきた男性と喋ってただけです」
「男には気をつけろよ。他の選手の女性スキャンダルだって困るけど、きみは女の子なんだから。男が女遊びするのは大目に見られても、女の男遊びには日本はうるさいからね」
「男遊びなんかしている暇はありません」

 むっとした正子に、飯田はへらへらした笑顔を向けた。
 球団が借り切っているホテルに帰ってくると、正子は練習しようとピッチングルームに足を向けた。毎年、球団がこのホテルと契約して選手やスタッフが宿泊する。広間でピッチングができるように改築したのも、球団が交渉して資金も提供したからだ。

 若手は昼間は練習していたのだろうが、今夜は早寝したのか。今年のルーキーで一軍キャンプに参加している者はいないので、二年目の正子がルーキー扱いされたのだった。

 ベテラン組は街に遊びに出かけているのかもしれない。正子はTシャツとジャージに着替えて汗を流す。一軍の試合に出るのが今年の目標だ。球団自体がそれほどに人気はないからスタジアムが満員にはならないかもしれないが、正子が登板するとなると話題になって、お客もたくさん入るかもしれない。

 カクテル光線に照らされて、プロのマウンドに立つ。そんな日を夢見て投げ込みをして、快く疲れて大浴場に行った。正子の部屋にはシャワーはついているが、大きな浴槽にだって浸かりたい。キャンプシーズン以外は普通のホテルなのだから、大浴場は男女に分かれていた。

「あれ?」
「おーっと……ありゃ?」
「風呂場はいつでもご自由に、じゃなかったのか?」
「あれれ? 女が……なんで女がいるんだよ」

 ゆったりと手足を伸ばしていると、男たちの声が聞こえてきた。街に出かけていたベテラン連中が帰ってきて、入浴するつもりだったらしい。女なんかいたか? いたんじゃないか、ひとりだけ。ひとりってか、半分女みたいのはいたな。そんな会話をかわしてから、男たちは大浴場のドアを閉めた。

「迷惑なんだよな」
「うん、まあ、客寄せパンダみたいなもんだからさ」
「女は女だけでやってろっつうの」
「若いのだけが取り柄だけど、あんなごついの、覗きたいって気にもならないし、あの顔じゃ客寄せにもなりゃしないのにな」
「……ま、じきに音をあげてやめるだろ」

 隣の男湯に移るつもりらしい、男たちの声が遠ざかっていく。ベテラン選手の本音はああなのか。わかっていたはずなのに。

「今に見てろ」

 小声で呟いて、正子はぎりっと奥歯を噛みしめた。一時的なランナーズハイなんかじゃない。私は必ず一人前の一軍ピッチャーになって、あのおっさんたちを見返してやるんだ。
 そのころには哲彦くんもスターになっていて、沖縄ではじめて会った日のことを語り合えるといいな。きっと実現させてみせようね!! 


次は「い」です。








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