別小説

ガラスの靴61

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「ガラスの靴」

     61・婚活

 勤労経験のほとんどない僕とはちがって、ミチはアルバイトをたくさんしてきた。
 通称は吉丸美知敏、二十一歳。高卒だとか高校中退だとか、その時によって言うことがちがっているのだが、まともに高校には通っていなかったのは事実なのだろう。

 田舎から出てきて東京の高校に入学し、アニソン同好会に所属していたというのも、どこまでが本当なのか。なににしてもミチは現在ではアンヌのバンドのドラマーと事実婚をして、僕と同じ専業主夫として暮らしている。僕と同じとはいっても、ミチの夫は男、僕の妻は女、というかなり大きな差はあるが。

「笙くん、紹介するよ」
「あ、ああ、こんにちは。お客さん? 僕は出直してこようか」
「いいんだ。入って」

 暇なので息子の胡弓を連れて、ミチと吉丸さんの住まいに遊びにいった。ミチが継母のようになっている、吉丸さんの息子の来闇は二歳。胡弓とは遊び友達だ。
 が、先客がいた。三十代の夫婦らしく、ふたりは弘雄と秀子と名乗った。

「僕は独身のころに、婚活パーティのサクラのバイトをしたことがあるんだよ」
「へぇ、そんなバイトがあるんだ」
「僕ら、そこで知り合って結婚したんだ」

 中肉中背の平凡なルックスだが、髪の毛がかなり薄い弘雄くんと、背丈は弘雄くんとほぼ同じ、ただし体重は彼女のほうが多いであろう秀子さん、ふたりは教師カップルなのだそうだ。
 アルバイト経験が豊富なミチが、婚活パーティサクラという珍しいバイトをしていたときの話を、三人が交互に語ってくれた。

 婚活パーティの会場には、男と女が半数ずつほどいる。中心は女が三十代前半、男は三十代後半といったところで、中にはちらほら、二十代もいる。そんな中にひときわ若くてルックスのいい男がいて、彼は滅茶苦茶にもてていた。

 小柄だがほっそりしたその男が、男性の中では人気ナンバーワン。小柄で可愛らしくて若い女がいて、女性の中では彼女がダントツ人気だった。

「……あなたは彼のそばに行かないんですか」
「……あなたも、彼女のそばに行かないんですか?」

 けっ、あんなの、と同時に言ったのが、弘雄くんと秀子さんだった。
 パーティ会場の隅には料理を盛ったテーブルがあって、婚活はすでに諦めたらしき男女が食欲を満たすほうに専念している。弘雄、秀子はそっちの組だったのだが、どちらからともなく話をした。

「あんな男、若くて顔がいいだけで小さいし。私よりも背が低いじゃありませんか」
「あんな女をちやほやする男たちの気がしれませんよね。あんな金のかかりそうな若い女には、僕は興味がないんですよ」

 そこから話の糸口がほぐれて、弘雄、秀子は親しくなった。同業で年齢も同じ。住まいも近い。弘雄くんが趣味の釣りの話をすると、私もやってみたいな、と秀子さんが応じ、釣りデートをするようになったのだそうだ。

「その、女性人気ナンバーワンの若い男ってのが僕だったんだ。ってことは、僕は弘雄くんと秀子さんを結びつけた愛のキューピットってわけ。ふたりが結婚したころには、僕は別のバイトに替わってたんだよね。笙くんと一緒に行ったこともある飲み屋で働いてたら、そこにこのひとたちが入ってきて……」
「あーっ、あのときのっ!! ってなって、真相を知ったんですよ」
「婚活パーティなんて、そんなもんなんでしょうね」

 噂には聞いていた婚活というもの。僕の周りにはあまり婚活をしているひとがいないのは、既婚者と、そんなことをしなくてももてる男女が多いからか。それでも興味深く聞いていると、ところで、と秀子さんが身を乗り出した。

「私たちもサイドビジネスとして、ネット婚活のサイトを立ち上げようとしてるんです」
「有料のまともなところですよ」
「だいたいの準備はできたんで、笙さんにひとつ……」

 夫婦そろってじっと僕を見る。ミチも言った。

「僕もやるつもりなんだよ」
「……なにを?」
「これ見て」

 準備段階なのでスマホでは見られないという、そのサイトの骨子のようなものをパソコンで見せられた。

「山下美知敏、三十一歳、歯科医。
 175センチ、62キロ、細マッチョです。

 親の代からの医師で、僕は歯科の道を選びました。とはいえ、まだ新米ですので、年収は一千万程度です。両親が営む総合病院で歯科を担当しています。
 両親はまだ若く、収入もよく、資産も持っていますので、引退したあとは海外にある別荘に引っ越して悠々自適の暮らしをしたいと楽しみにしています。ですから、同居の必要はまったくありません。

 理想の女性は内面が可愛いひと。「可愛い」にもさまざまありますよね。背が高くても低くても、太っていても痩せていても、キャリアウーマンでも家事手伝いでもフリーターでも、二十代でも三十代でも、僕と波長が合ってお話していて楽しくて、可愛いな、と思えるひとを探しています」

 これはどこの美知敏だ? ミチの姓は山下ではないのだから別人か? 記事に添えられた、にっこり笑った真っ白な歯の写真は、二十一歳の美知敏に似てはいたが、三十一歳というだけにだいぶ大人らしくてかっこいい男だった。

「……」
「ほとんど嘘だけど、僕は秀子さんたちのサイトの看板みたいなもので、実際に女と会うわけじゃないんだからいいんだよ」
「山下美知敏さんと会ってみたいと連絡があったら、巧みに誘導して別の男性を紹介するんですよ」
「どこのサイトでもやってますよ」
「この記事の山下さんだと言って、ミチさんを会わせたら詐欺でしょうけど、これくらいはね」
「で……?」

 つまり、僕にもミチと同様の仕事をしろと?

「ターゲットのメインは女性ですから、女性会員には看板はいらないんです」
「秀子の写真とスペックを載せて、彼女も結婚が決まりました、って打ち出すのもいいかもな」
「それは一度しか使えないから、冴えない女を逆サクラにしてみるのもいいかもね」

 たった今、思いついたのか、夫婦はそんな話題を繰り広げていて、ミチが言った。

「ここに写真と名前を貸すだけでお金になるんだから、子持ちの主夫にはいいバイトでしょ」
「ほんとにそれだけでいいの?」
「いいんだよ。笙くんもやらない?」
「だけど、僕はアンヌの……」

 実際には結婚していないのだし、吉丸さんは桃源郷の脇役的立場だから世間にはさして顔を知られていない。なのだから、ミチがこのバイトをしても支障はないだろう。けれど、僕は桃源郷の顔、新垣アンヌの正式な夫だ。こんなバイトをして明るみに出たらまずいのではないだろうか。

「顔は修正するから大丈夫だよ。二十三歳だと婚活するには若すぎて信用してもらえないから、三十代前半にするんだ」
「それにしたって、イケメン歯科医三十一歳がなんで婚活しなくちゃいけないの? って疑問は持たれないのかな」
「疑問に思って質問してくる女には、秀子さんたちがうまくやるんだよ」
「そっかぁ」

 激しく心が動く。ミチは秀子さんや弘雄さんと、笙くんだったらどんなスペックにしようか、なんて相談を始めた。婚活市場に出ていく際の僕がどんな三十代男性に変身させられるのかは興味があるが、そうなった僕は僕じゃないのでは? だったらいいのかなぁ。
 迷いもまた激しいものだった。

つづく





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