ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ら」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「頼芸求食(らいげいきゅうしょく)」


 休業直前ライヴを終えて暇ができると、気が抜けてだらけすぎてしまった。そのせいでくらげみたいになっていた俺は、えいっと起き上がって外に出た。

 ファイ、エミー、パール、ルビー、トピーの五人でやっていたバンド「燦劇」はビジュアル系だ。なのでステージでは化粧をしていた。基本、人前には素顔では出ないので、私服で化粧をしていないと、ファイだとはわからない。

 燦劇は人気があったから、休業していてもファイの姿をしていればファンに騒がれる恐れもある。ビジュアル系でよかったかな、なんて思いながら歩いていた。

 190センチ近い長身で、モデルにでもなれると言われたルックスをしているから、私服でも素顔でも俺は目立つ。女の子にナンパされたら……今日はそんな気分じゃねえよっ!! とふってやるつもりだが、それも面倒なので、女は寄るな、男はもっと寄ってくるな、オーラを身にまとった。

 女はめんどくさいし、男に喧嘩を売られたら怖いもんな。
 だから、誰も俺に寄ってくるな。

 勉強は大嫌いだったけれど、高校までは卒業した。幼稚園で知り合ったエミーと友達になれたことだけが、十八歳までに起きたいいことだ。女の子ともいっぱいつきあったが、学校に行かなくても女はできただろうし。

 高校を卒業すると当たり前みたいにフリーターになって、エミーとふたりでぐだぐだ言っていた。俺たち、これからどうするんだよ? ホストのバイトでもやろうかな、芸能人にだったらなりたいな、スカウトが来ないかな、などと。

 これだけのルックスなのにスカウトされた経験はないのは、俺がでかくて怖そうだからだろうか。待っていても誘われそうにもないので、エミーと相談してロックバンドをやることにした。

 ロック雑誌でメンバーを募り、燦劇を結成し、オフィス・ヤマザキの社長に認められてデビューし、デビューした途端にぱーっと売れて、同じ事務所の先輩であるフォレストシンガーズのおっさんたちには妬まれた感なきにしもあらず。

 世界中で通用するスターロックバンドになれたらいいなと夢見ていたってのに、エミーが言い出した。俺はビジュアルはいやだ、ハードロックをやりたい。わがままなエミーのせいで燦劇は休業してしまったのだった。

 これから、俺はなにをすればいいわけ? 
 貯金はあるけど、食いつぶしていく一方ってのは避けたい。メンズファッション雑誌のモデルだったらやってみたけど、ファイはどうしたってロッカーだよなぁ、一般受けはしないよな、と編集部の奴に言われた。

 大人ってのは働かないといけないんだよな。俺になにができる? できることは作詞と歌。作詞はフォレストシンガーズの三沢さんや乾さんみたいに、よそから依頼が来るほどではない。歌も下手なのは自覚している。俺の歌い方は癖がありすぎて毒々しいから、嫌うひとはとことん嫌うらしくて、評論家にも酷評されたことがあった。

 声にも甘ったるい毒があると、面と向かって言われたこともある。ファンの女の子たちには熱狂的に支持され、その反面、死ぬほど嫌いだとも言われる。ビジュアル系の宿命なのかもしれない。

「ちわー」
「あれぇ? ファイ、痩せた?」
「かもな。食ってねえからさ」

 なんとなく来てしまったオフィス・ヤマザキの事務所には、事務員の玲奈がいた。一ヶ月ほど前にアメリカに行ってしまったエミーの見送りに、玲奈も来ていたから、会うのはそのときぶりだ。

 小柄で可愛くて、俺も遊び半分で口説いてみたことはある。あのときは乾さんに怒られたのだが、あとになって、エミーはけっこうマジで玲奈に惚れていたのだと知った。女を口説いて断られた数少ない経験のひとりが玲奈なわけだが、エミーと取り合いなんかしたくないからそれでよかったのだ。

「ずっとなにをしてたの?」
「なんもしてない。見事になんもしてねえよ」
「腐っちゃうよ」
「そうなんだよな」
「お風呂には入ってる?」
「入ってなかったから、出がけに入ってきたよ」

 一ヶ月近くもメシも食わず、風呂にも入らずだったわけではないが、さぼれるだけさぼっていた。
 昼ごろに起きてコンビニに行き、弁当かカップラーメンでも買ってきて食う。みすぼらしい食事を終えると眠くなってまた寝る。夜になって起き出すと、テレビを見たりゲームをしたり音楽を聴いたりする。

 コンビニで買ったものがあればそれを食い、明け方に眠る。昼になると起き出して……の繰り返しで日々がすぎていったのだから、プチひきこもりだった。

「髪も伸びたよね」
「長いとカットしなくても同じだからさ」
「駄目だねぇ。で、なにしにきたの?」
「俺を救ってよ」
「どうすればいいの?」
「デートしよ」

 なにも玲奈をデートに誘うために来たのではないのだが、するっと口から出てしまった。

「うん、だったら仕事が終わるまで待って。その間に美容院に……そうそう、いつものヘアサロンに予約してあげようか」
「頼むよ」

 てきぱきと玲奈が手筈をつけてくれて、彼女の終業時間までの予定が立ってしまった。玲奈の指示通りにあれをしてこれをして、時間が余ったので服も買った。

「デートですか」
「うん、そうなんだ」
「お客さん、もてるでしょうねぇ。背が高くて顔もよくて、かっこいいもの。そんな服、普通の男性には着こなせませんよ。どんな仕事?」
「ひきこもり」
「嘘ばっかり。よっ、色男!!」

 ブティックの店員は調子のいいおっさんで、レトロな台詞でお世辞を言ってくれた。
 服を着替え、脱いだものはクリーニングに出して、事務所へ玲奈を迎えに行く。そういえば俺、一ヶ月の間は女の子と寝るはおろか、デートもしていなかった。

「玲奈、仕事はすんだかー……お、乾さん、お久しぶり」
「よぉ。玲奈ちゃんに話は聞いたよ」

 社長も苦手だが、さらに苦手なのがこの男だ。フォレストシンガーズの乾隆也。
 どうして社長が俺たちに目をつけたのかといえば、息子が燦劇のファンだったかららしい。山崎数馬は燦劇が親父の事務所に入ったと聞いて、俺たちを見にやってきた。

 うろちょろしていたガキを突き飛ばした俺は、おまえなんかがファンをやめたって俺たちは痛くもかゆくもねえよ、みたいなことを言った。

 その台詞が逆鱗に触れたらしくて、俺は乾さんに強烈なキックを食らわされた。俺のほうが乾さんよりも若くて顔もよくて背も高くて力も強いはずなのに、なぜかあれ以来、俺はこの男にはびびってしまう。実のところ、俺は気が弱いのだ。

「乾さんは暴力派ではないんだけど、ファイには乱暴だよね」
「こんなでかくて阿呆な男には、荒っぽいくらいでちょうどいいんだよ。乾、もっとやれ」

 不思議がっていたのは三沢さんで、面白がっていたのはフォレストシンガーズのリーダー、本橋さんだった。ちなみに、俺は本橋さんには投げ飛ばされたことも殴られたこともある。

「玲奈ちゃんはおまえとデートしてくれるらしいけど、デートだけだぞ。不埒な真似をしたら承知しないからな」
「えと……玲奈がしてほしがっても……? いてっ!! わかったよ。いてぇってば」
「ごめんなさいは?」
「うるせえんだよっ!! わっ、ごめんなさい」

 身体が柔らかいのだろう。乾さんは膝を上げて、けっこう上のほうにある俺の尻を蹴った。ついでにげんこつを固めて息を吐きかける。本橋さんみたいなことをする乾さんに、思わずあやまってしまった。これだから、この男の前に出ると俺はガキみたいになってしまう。

「なんもしないからさ……乾さん、話を聞いてくれる?」
「玲奈ちゃんは化粧直しをするんだろ。その間だったらいいよ」

 腹立たしい男ではあるのだが、乾さんには頼りたくなってしまう。フォレストシンガーズのリーダーは本橋さんだが、実質的精神的支柱は乾さんだと、パールが言っていた。

「俺さ……」

 燦劇を休止して、これから俺はどうしようか、とのぼんやりした悩みを聞いてもらった。事務所の窓を細く開けて、ふたりで吸う煙草の煙を外に逃がしていた。

「芸は身を助くるって格言、知ってるだろ」
「たすくる?」
「助けるって意味だよ」
「ゲイ……俺、ゲイじゃないし……いやいやいや、知ってるよ。芸能の芸でしょ」

 幸生みたいなシャレを言うな、と俺を睨んでから、乾さんは言った。

「そういうことだよ」
「そういうことね」

 芸……俺の芸……やっぱり歌か。それしかないのか。
 十代のころにはそれすらなかったのだから、世間的には大人といわれる年齢になった今は、それでもあるからこそ身を助けてもらえるのか。

 やっぱり俺には歌しかないんだな。乾さんってわりと当たり前のことしか言わないって説もあるが、当たり前だからこそ説得力があるのかもしれない。

「お待たせ。ファイ、煙草なんかやめなさいよね」
「乾さんも吸ってるぜ」

 文句を言う玲奈に微笑みかけてから、乾さんは事務所から出ていった。

「乾さんはいいの。かっこいいもん」
「勝手な奴。俺だってかっこいいだろ」
「私はビジュアルは嫌いだけど、中身のない男も嫌いだよ」
「てめえは中身があんのかよ」
「あるよ」
「見せてみろよ」

 下らない口喧嘩をしながら、玲奈と外に出る。ひきこもりはもう卒業だ。玲奈は寝られるような相手ではないけれど、そんなことをしたら社長にも乾さんにもぼこぼこにされそうな女だけれど、俺はやっぱり女の子と一緒にいると楽しい。

 だから、俺のひきこもり卒業第一歩は、玲奈とのデート。誰に言われなくても、まったく俺らしい。歌をうたうってことも俺らしいのだから、これからもその芸で生きていこう。

END








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~ Comment ~

NoTitle

店員さんの太鼓持ちっぷりに爆笑。笑
気持ちいいほど太鼓持ちですね!

これしかないって気持ちはプラスにもマイナスにも働きそうですが、ファイ君は前向きみたいで良かったです^^

夢月亭清修さんへ

いつもありがとうございます。
次から次へとおなじみのないキャラが出てくるかと思いますが、軽く読んでやっていただけるととても嬉しいです。

よいしょよいしょのよいしょ。
ファイは本当にルックスだけは最高、中身はかなり最悪って奴なのですが、この店員はあっぱれ、店員の鑑かもしれませんね。
(^o^)
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