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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2016/5

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2016/5月 超ショートストーリィ


 ふーっと風に吹かれて、ふーっと気が遠くなりそうになって、かたわらで詩を口ずさんでいる男性の声が、誰のものなのかわからなくなりそうだ。

「あんずよ花着け 地ぞ早やに輝け 
 あんずよ花着け あんずよ燃えよ」

 まゆりが生まれて育った故郷には、「金沢の三文豪」と呼ばれる明治のひとたちがいる。金沢城の敷地に銅像も建っている三人のうちの、室生犀星の詩だ、と教えてくれたのは、ああ、あのひと。

「犀星のみちを歩いて帰ろうか」
「そうだね」
「今日はあったかくていい天気だ。遠回りして帰ろう」
「うん、そうしよう」

 そっと手を握ってくれた彼と指をからませて、ゆっくりゆっくり歩いた犀川沿いの道。帰りたくないな、もっと遠くに行こうよ、言いたくても言えなかった少女だったころ。彼も節度を保った触れ合いしかしようとしなかったから、淡いキスの想い出だけしか残っていない。

 キスの想い出だけしか残っていない……ではなく、キスの想い出が残っている。そう、たしかにくちびるには、あのときの感触が今でも残っている。
 
 あれから二十年?
 人は変わる。街だって移り変わる。けれど、ひらひら舞うあんずの花びらはあのころとちっとも変わっていない。まゆりはたった今、かたわらにいる夫の指と指をからめた。

 隆也くん……じゃなくて隼平さん。名前をまちがえないようにしなくちゃね。
 少女時代の同い年の彼氏とはちがって、うんとうんと年上の夫は、名前を呼び間違えても怒りはしないだろうけれど。


MAYURI/36歳/初夏のあんずの里にて

kanahana.jpg

杏の花は見たことないと思います。
で、これは金沢の神社の八重桜。彼と彼女の故郷の花です。







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~ Comment ~

NoTitle

うわあ、名前を間違えちゃったら、やっぱり不味いですよね。
でもこの旦那さまは、きっと機嫌を悪くしないんだろうなあ。
晩年は、そんな連れ合いの方が幸せですね^^

ああ、この人は乾君と? そう言う仲の子だっけ。うらやましい~。

彼とのキスの想い出があれば、もう何もいりませんよ。
幸せもんです^^うん。

あんずの花?と一瞬思ったけど、やっぱり八重桜でしたね^^
あんずのはなって、どんなんだろう。

limeさんへ

いつもありがとうございます。

主人公は乾隆也の高校時代のハツカノです。limeさんは何度か、まゆりの出てくるストーリィを読んで下さってますよね。
うらやましい~なんて言っていただけて嬉しいです。

別れてしまった、本当に好きだった相手。
女性の場合はキスだけの想い出のほうが素敵な気もします。
人によっては、ちっ、惜しかったな、食えなかったな……とか? そういうの、男性でも女性でもちょっと怖いですよね(^-^;

杏の花って、写真で見た限りでは桜に似てますね。
一度、たくさん咲いているところを見てみたいです。

ここで使った写真は、八重桜がまだ咲き残っていた、四月半ばすぎの金沢で撮りました。
金沢を歩いているとどうしても、隆也もここを……と妄想してしまうのです。
私の中ではフォレストシンガーズのみんなは、本当に生きてるんですよね(^o^)

NoTitle

キスの思い出か。。。
私個人的にはあまりないかな。。。。
・・・という冷たいものになってしまうのですが(笑)。
まあ、それぞれですよね。
キスに特別な感情もあるのも良いですね。

LandMさんへ

こちらもありがとうございます。

もちろん個人差もあるでしょうから、キスだけか、つまらん、あの男、食っちまいたかったな、と言う女性もいるのかもしれませんが。
高校生のころだったら、キスだけの恋の想い出、素敵だなぁ、と考える女性もいますね、たぶん。

男性にはやっぱり、つまらないというか物足りないというか、かもしれませんね。
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