ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS副詞物語「悶々と」

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フォレストシンガーズ

副詞物語

「悶々と」

 この三人の組み合わせにはなんの意味があるのだろうか。単なる偶然か。

「シゲさーん、こっちにいらっしゃいません?」

 ラジオ局近くの飲食店には、音楽業界人も頻繁に出入りしている。そういった店だからこそ、多少は名前や顔を知られている者も気楽に入っていける。俺が大食いだと知っているマスターが、ランチのライスなどは黙っていても大盛りにしてくれるのが気に入ってひいきにしている軽食屋「GAN」。

 マスターの愛称がガンちゃんだそうだから、岩田、岩本、岩城、岩井、あたりの名前なのだろう。今日もラジオの仕事を終えて「GAN」に入っていくと、女性が俺の名を呼んだ。

「あ、ユカさん、こんにちは」
「ランチですか? ご一緒しましょうよ」
「はい、では……」

 実はユカさんはちょっと苦手なのだが、断るわけにもいかない。ユカさんのいるテーブルには、他二名の女性がいた。

 阿久津ユカ、二十五歳。フォレストシンガーズの学生時代をモデルにした「歌の森」というドラマで、山田美江子を演じる女優だ。細身の長身で猫みたいな顔をした美貌の持ち主で、劇団員が本職だと本人が言っていた。

 ミルキーウェイ、二十歳そこそこか? 人気のあるシンガーで、小柄で華奢で少女のようだ。章が彼女に告白してすげなくふられ、その後なぜか彼女が乾さんに接触してきて、乾さんのほうがつめたくあしらった。その後、章の弟や幸生のいとこも巻き込んでなにやらあった、というような、わかりづらいいきさつがあった。

 客来と書いてキャラ、三十歳くらいか? 人気者のお笑いタレントだ。中背で肉付きが良くて色っぽいとは思うが、俺はこの女性とはほとんど話をしたこともない。

 年齢的には近くなくもなく、女優、シンガー、タレントと職業的にも近い。この三人が友達だったとしてもなんの不思議もない。ユカさんとキャラさんが隣同士で、むかいにミルキーさんがすわっていたので、俺は目礼してから空いていたミルキーさんの隣席に腰を下ろした。

「乾さん、元気?」
「あ、ああ、ミルキーさん、お久しぶりです。乾さんは元気ですよ」
「本橋も元気?」
「はい、キャラさん、本橋さんも元気です」

 全員が年下なのだから、敬語を使う必要はないと誰彼に言われる。が、美人三人に囲まれると緊張してしまって、ついついですます調になってしまった。

 女性たちはランチプレートとやらを食べている。俺が注文したランチセット、大盛りチャーハンつきが運ばれてくると、うわぁ、ごはんたくさーん、とユカさんが嬌声を上げる。ミルキーさんとキャラさんは小さく鼻を鳴らし、食いにくいなぁと思いつつもスプーンを手にした。

「キャラさんって、私のライバルなんですよ」
「ユカなんてあたしのライバルにはなりっこないね。そんな貧乳」
「胸は関係ないでしょうに」
「あるさ。男は女の乳がいちばん好きなんだよ」
「シゲさんも女のバストって好き? あたしの胸じゃ駄目?」

 ユカさんとキャラさんが言い合い、ミルキーさんが俺の二の腕に胸を押しつけてくるので、口に入れたチャーハンを吹き出しそうになった。

「ミルキー、真昼間からやめなって」
「夜だったらいいの? そういえば、シゲさんとだけは寝てないよね。今夜、ベッドで可愛がってあげようか」
「ああ、そうなんだ、本橋とも寝たんだ。味はよかったか?」
「キャラったら、それこそ真昼間からなに言ってんのよ」
「いいなぁ、私も……」
「ユカ、なにがいいんだ? どれがいいんだ?」
「シゲさんが聞いてるから言えないわ」

 もはや俺の胸は平常心を保てない。チャーハンを飲み下すのがやっとで、目を白黒させて水を飲んだ。

「キャラさんも本橋さんとは?」
「いや、あたしは三沢と木村だけだよ。ユカはどうなんだ?」
「女が誘うなんてはしたなくて……」
「はしたないなんて言うガラかよ」

 つ、つつつ、つまり? つまり、キャラさんは幸生と章と寝た? ミルキーさんは俺以外の四人と寝た? ユカさんだけは誰とも寝てはいない? 

 百歩譲って幸生と章はいいとしよう。あいつらは独身だし、美女の誘惑には弱いのだから、よくはないけど許せなくもない。乾さんも独身だが、あのひとは絶対に軽はずみな真似はしないのだから、絶対に嘘だ。乾さんがそんなことをするはずがない。

 もっとも許せないのは本橋さん。あなたは美江子さんを裏切ったのですか? 本当だとしたら、俺の先輩への尊敬が根底から覆る。本当だとしたら、俺は本橋さんをぶん殴ってしまうかもしれない。

「シゲ、いっぺんやろうや」
「いやです。お断りします」
 
 時々、本橋さんは俺と殴り合いをしたがる。相撲だったら取ってもいいが、殴り合いはしたくないので断固として拒否する。相撲はたいてい俺が勝つのだから、殴り合いだって勝てるか? いや、喧嘩慣れしているらしい本橋さんには負けるかもしれない。

 いやいや、先走るな、シゲ。乾さんも本橋さんも、そんなにたやすく女性と寝るわけがないじゃないか。彼女たちの言葉を鵜呑みにしてはいけない。

「あたしはシゲって趣味じゃないんだよな」
「どうして? キャラってがっちりした男が好きって言ってたじゃん。顔? 本橋さんもたいした顔はしてなくないか?」
「なんだろね、シゲもがっちりはしてるけど、食っちゃいたいとは思わないんだよな」

 食欲をなくして悩んでいる俺の耳に、キャラさんが俺を趣味ではないと決めつける声が聞こえる。ミルキーさんは言っていた。

「あたしはそんな選り好みはしないから、シゲさんでもいいよ。今夜空いてる?」
「趣味ではないけど、あたしも寝てやってもいいぜ」
「シゲさん、もててますねぇ」

 顔を上げると女性たちの顔を正視しなくてはならなくなる。俺はそぉっと伝票をつかんだ。

「すみません、お先に」
「おー、シゲ、逃げんのかよ」
「意気地なしだね、寝てあげるって言ってんのにさ」
「キャラやミルキーがおいやだったら、私でもよろしくてよ」
「こら、ユカ、抜け駆けすんな」

 すみません、すみません、と呟きながら席を立ち、俺はレジまで小走りで進んで一万円札を出した。

「おつりはいいですから」
「噂の肉食系女子ってやつですか。お大事に」

 聴こえていたらしく、同情しているような面白がっているようなマスターの声も聞こえる。支払いをすませて外に出ると、とりあえず走った。

「……なんだって俺が逃げてるんだよ。俺は悪いことなんかしてないのに、無銭飲食でもした気分だ。追いかけては……きてないよな? そこまではしないよな」

 おりよく通りがかったタクシーに手を挙げて、フォレストシンガーズ練習用スタジオまで行ってもらった。

「あれぇ? シゲさん、今日は休みじゃなかった?」
「休みではなくて、ラジオの仕事が一本だけあったんだけどな。おまえは?」
「俺はアレンジの見直しがしたくてスタジオに来たんだ」

 来ていたのは幸生。先刻の話を聞いてもらうにはちょうどいいかもしれない。まさかこんな話、恭子にもできやしないのだから。俺は記憶にあるありったけを幸生に語った。

「……まさに肉食女子だねぇ。怖いねぇ。シゲさん、よく逃げてこられたね」
「あのさ、幸生、おまえ……」
「俺はキャラさんとは寝てないよ。章も寝てないでしょ。章の女の趣味がどれだけうるさいか、シゲさんだって知ってるでしょうに」

 そうだった。章はミルキーさんだったら好みだろうが、キャラさんのようにグラマーな女性は苦手だと言っている。では、ミルキーさんとは?

「うーん、ミルキーには章は嫌われてるはずだけど……章のほうは告白したんだよね。どうだろね。俺はミルキーさんとも寝てないし、誘われたこともないけど、章は知らないよ」
「うん、まあ、章がミルキーさんとそうなってたって、特に問題はないけどな」
「あとは乾さん? シゲさん、乾さんの性格を知らないの?」
「……知ってる。おまえにそう言ってもらって気が晴れたよ」

 半分は晴れたのだが、疑問がいくつも残っていた。

「本橋さんかぁ。いやぁ、本橋さんだってミルキーともキャラとも寝ちゃいないはずだよ。リーダーはいつも言ってる。俺は浮気はしない。浮気するくらいだったら結婚しないって」
「そうだよな、そりゃそうだよ」
「リーダーはシゲさんとはちがって、浮気する気になったらし放題なんだろうけど、男に二言はない!! って人だからね」

 シゲさんとちがって……って、事実だから反論はしにくい。

「でもねぇ、リーダーはそうでも……キャラさんとユカさんはね。キャラさんについては俺も知ってたけど、ユカさんもやっぱりそうかぁ」
「やっぱりって?」
「あのふたり、本橋さんに横恋慕してるんだよ」
「へ? キャラさんもユカさんも本橋さんに?」
「あらま……もっとも、そこがあなたのいいところ」

 意味不明な台詞を口にしてから、幸生は腕を組んだ。

 いましがたの一件を整理してみると。
 ユカさんとキャラさんは本橋さんが好き。いつかユカさんが俺にわけのわからないことを言っていたのは、本橋さんは私と浮気なんかしてくれないから、シゲさんで我慢しよう、という意味だったのか? 我慢なんかしてもらわなくてけっこうだ。
 
 ほんのすこし腹立たしいが、ま、俺はいい。このところ悶々していたユカさんの言動の謎を幸生が解き明かしてくれた。

「で、ミルキーさんは?」
「あの女だけはわけわかんねえんだよ。乾さんを大嫌いだって公言してて、そのくせよそでも、フォレストシンガーズの全員と寝たとか言ってるらしいんだ」
「シゲさん以外って言ってたぞ」
「そこにシゲさんがいたからでしょ」

 ああ、そうか。やっと気づくような奴だから、俺は幸生に言われるのだろう。そこがあなたのいいところ。

「キャラまで言ってんのかぁ。俺も言われたんだけどね……やだやだ、これもシゲさんには言いたくないよ」
「言いたくないんだったら無理強いはしないよ」

 非常にややこしい問題であるらしいので、俺にはお手上げだ。幸生にわけわかんねえと言わしめる女性が、俺にわかるはずもない。
 その点、ユカ、キャラはまだしも単純なのか。

「けど、うちの全員と寝たなんて言いふらされててもいいのか」
「そんなの、本気にしてる奴はほぼいないから大丈夫だよ。どこかの不良ミュージシャンも言ってるでしょ。千人斬りだとかさ。昔は男が言ってたようなことを、昨今は肉食女子も言うようになったってだけだから」

 そういうものか、幸生がそう言うのなら納得しておこう。

「乾さんのからんでる一件は、乾さんにまかせておけばいいと思うんだ。乾さん自身の問題は本人がどうにかするだろうからね。シゲさんは浮気なんかしないよね」
「するはずないだろ」
「……だよね、そんなシゲさん、好きよ」

 おまえに好かれたくない、と言う必要もないだろう。

 我々もそうやって同業者の肴にされるようになったんだなぁ、とある意味感無量ではある。フォレストシンガーズがまったくの無名だったら、あいつらと寝たと言い触らしてもなんの意味もないのだから。これで俺の気持ちの問題は解決した。

「だけどねぇ……」

 幸生にはまだ懸念が残っているらしく、俺の悶々が乗り移ったような表情をしていた。

END








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