ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「な」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語2

「ながからむ……」

 端役でもエキストラでも、女優の仕事に飢えている私にはありがたい。アイドル映画に脇役で出演するというオファーが来たから、喜んでロケ先に出かけていった。

「千鶴ちゃん? 佐田千鶴ちゃんだよね?」
「え、ええ、そうですけど……」

 どこかで見たことのあるこの男性は、映画のスタッフなのか出演者なのか。背が高くて引き締まった身体つきの、整った顔をした若い男性だ。私の顔を見て名前を言い当てるのはスタッフなのだろうか。

「はい、あの、はじめまして、でいいんでしょうか」
「はじめまして、だよね。俺のことは知らないかな」
「……ええーっと……えっと……」
「何者だ、こいつ? って顔してる。千鶴ちゃんの出番はだいぶあとだろ」
「はい、関係者の方に挨拶はしましたから、午前中は待機です」
「だったらこっちへ来て」

 なんだろ、なんなんだろ、と訝しく感じながらも、私は彼に引っ張られてセットの裏手へと連れていかれた。
 高校生たちが主役の映画で、今日の撮影は夏休みの一日。プールでたわむれる高校生たちのシーンだ。その撮影がすんでから、ファミレスのシーンに移る。私はそのファミレスで高校生グループの近くの席で食事をしている、カップルの女の子のほうという役柄だった。

「俺、麻田洋介。きみの恋人役だよ」
「あ、ああ、そうでしたか。知りませんですみません」
「相手役のことくらい知っててよね」

 カップルの女の子のほう、という役なのだから、当然、彼氏役の男性がいる。そんなことはほとんど気にしていなかった。

「俺のこと、知らないんだな。きみはいくつ?」
「十九です」
「そしたら、高校生くらいのときに売れてた男のアイドル、覚えてない?」
「んんと……」

 アイドルには興味なかったから、そのころに人気のあったひとなんて、記憶にもなかった。

「ま、いいんだけどさ。そんなことより、千鶴ちゃんってフォレストシンガーズと仲いいんだろ」
「仲いいっていうよりも、可愛がってはもらってますけど……」
「そりゃそうだね。千鶴ちゃんはそんなに可愛い女の子。フォレストシンガーズはおっさんグループだもんな。俺が可愛がってもらってたのとはまるっきりちがったふうに可愛がられてるんだろ」
「麻田さんも……」
「洋介って呼んで」

 二十代半ばくらいだろうか。私よりはまちがいなく年上の知らないひとなのだから、そんなになれなれしくできるはずがない。

「特に乾さんに可愛がってもらってるって、聞いたよ。好きなんだろ」
「……あの……」
「俺は千鶴ちゃんと同じ出番だから、それまでは暇なんだよ。話をするのは迷惑?」
「いえ……」

 雑談だったら迷惑でもないけれど、話がこう流れていくと困惑してしまう。

 女優と名乗るのもおこがましいほどに仕事のない、売れない佐田千鶴。それでもたまには映画やCMの仕事がもらえる。そんな中に人気女優と人気男優が主演する映画の端役の仕事があった。台詞もないような端役の私が、なぜかポスターに起用されることになったのは、いまだになぜだかわからない。

 その相手役が、映画に出演はしていたものの、主人公カップルがお酒を飲んでいるバーでギター弾き語りをしているミュージシャン、歌はうたってもやはり台詞はない役の、フォレストシンガーズの乾隆也さんだった。

「おまえはむっちりグラマーで、あどけない顔をしてるくせにおっぱいもケツもでかいじゃん。そういうの、好きな男は多いんだよ。乾さんのほうは日本の女が好むタイプの男だろ。だからじゃないのかな。おまえみたいなガキが中年男に脱がされたり抱かれたりするポスターなんだから、女が見て嫌悪感を持たないような、そういう男が選ばれたんだよ、きっと」

 そんなふうに分析していた男の子がいたが、正しいのかどうかもわからない。

 真相は知らないが、乾さんと私がエロティックなポスターの被写体になったのは事実だ。そうして愚かな私が、乾さんに恋をしてしまったのも事実。乾さんには妹扱いしかされていないが、裏通りでは妙な噂が流れていると聞いた。

「乾隆也って奴もろくでもないな。あんたをおもちゃにしたんだろ? 体よく遊ばれたんだろ? それであんたはあいつのとりこってか、セックスの奴隷みたいにされて捨てられたってんだろ? かわいそうに。飢えてるんだったら僕が慰めてあげるよ。ただし、僕の彼女になろうなんてだいそれた望みは抱かないように。きみと僕とは住んでる世界がちがうんだからね」

 そう言ったのは、玲瓏という若いヴォーカルグループの誰かだった。
  
 冗談じゃない。私は乾さんに抱かれたかったけど、そういった意味では相手にしてもらってないんだからねっ。私は女優としての仕事にだったら飢えてるけど、そっちは飢えてなんかいないよっ。
 啖呵を切ってみても、いいからいいから、わかってるんだからさ、とあしらわれた。

 つまりは、あんなポスターになったから? あのポスターは少数が街に貼られ、すぐさま撤去されたらしい。レアなポスターを見たいと噂になるように仕向けられた企画だったらしくて、その意図は当たった。が、変な噂もついてきた。

 三十五歳の乾さんは、歌手としての地位も一応は確立している。しかも男性なのだから、あんなポスターになるって、さすがセクシーな乾さん、という噂になっただけだ。フォレストシンガーズのファンの方だって、相手役の女に嫉妬するのはあっただろうが、乾さんを嫌悪したりはしなかった。

 相手役は私。私の顔は見えないようにされていたポスター。
 だけど、知っているひとは知っているのだから、卑猥な噂がひとり歩きした。ぽつりぽつりと私の耳元で囁かれるそんな台詞は、私が売れない女優だから。

 売れない者は粗略な扱いを受ける世界だから、千鶴はそんなことを言われるんだね。
 あなたも私にそんな話をしたいの? 身構えるような、一歩引いているような、そんな気持ちでいる私に、彼は明るい声で話した。

「乾さんに恋してるって、千鶴ちゃんみたいに若い女の子にはつらいだろうなって思うんだ。あいつ、なんて言うのかな、俺にはうまく言えないんだけどさ……俺はホモじゃないんだけどさ……そうだよ。疑うなよ。千鶴ちゃんが乾さんに恋してるってんじゃなかったら口説きたいほど、俺は女の子が好きだよ。おまえ、それは自慢してるつもりか、ってさ……いや、今の、乾さんの口真似? 似てる?」

 似てるとも似ていないとも言えずに見つめていると、彼は照れ笑いを浮かべた。

「なんてぇのかな。俺、本橋さんが好きだよ。同じくらいに美江子さんも好きだ。シゲさんも好きだな。三沢さんと木村さんは大人だと思えないってのか、木村さんは俺と対等に喧嘩をしたがるし、三沢さんってのはぬらりひょんだそうでわけわかんねえんだけど、それでも嫌いではないな。あれ? 俺、乾さんの話をしてたんだよね?」
「え、ええ」
「……そう、乾さんだよ。千鶴ちゃんが乾さんに恋するって、そんなの当たり前じゃんって思えるほど……そう、乾さん、俺も乾さんが好きなんだ」
「哲司も乾さんが好きだそうですけど、意味がちがうんですね」
「哲司って誰?」

 乾さんが私を抱いてくれないから、重たすぎる処女をもらってもらった男の子。そこまでは言わずに、知らないんだったらいいんですけどね、と私は呟いた。

「そいつはゲイ? まあね、ゲイの男も乾さんのこと、そういう意味で好きになるんだろうな。ゲイじゃなくても乾さんを好きだって男はいっぱいいるよ。嫌いだって男もいっぱいいるな。女にも乾さんを嫌いだって言う奴、いるんだろうか。あ、また話がそれてるね。だからさ」
「……はい」
「千鶴ちゃんはおかしくないよ。って、この言い方も変だな。えーとえーと……」

 話が上手ではなさそうなのに、一生懸命に「乾さんが好き」というのを伝えようとしている彼。その気持ちはしっかり伝わってきた。

「麻田さん、乾さんの話、たくさん聞かせて下さいね」
「女の子には見せない乾さんの一面、聞きたい?」
「聞きたいです」

 長からむ 心も知らず 黒髪の
   乱れて今朝は ものをこそ思へ

 乾さんが教えてくれた色っぽい短歌。乾さんとだったら色っぽくおつきあいしたいけど、麻田さんとはそんなのはひとかけらもないお話がしたい。ホモではないと言っている麻田さんは、哲司なんかとはちがった感覚で乾さんを見ているのでしょう?

 同年輩のフォレストシンガーズの仲間たちともちがう、ずっと年下の麻田さんの語る乾隆也。ながからむ、ではなくて長く長く、お話が聞きたかった。


END









  
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~ Comment ~

NoTitle

う~~む、アイドルの世界はどういう世界なのか。
歌手や芸能人の世界は黒いというがどのくらいなのか。
・・・という話におなりますよね。
特にテレビに出る世界だと風評も大切ですものね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

したたかで腹黒さも持っていないと生きていけない世界。
芸能界ってそんなふうだと思ってますけど、実際、どうなんでしょうね。
一度内部に入り込んで、じっくり観察してきたいです。
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