ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/五月「大和撫子」

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撫子

花物語2016

五月「大和撫子」

 
 真っ黒な髪をボブにしているのは、流行ではないと壮太にだってわかった。流行に乗らない、流行りものには背を向ける。そんな女の子は好きだ。背は高いほうだがほっそりしていて、美しい横顔にはあどけなさもある。高校生かな、綺麗だけど俺には若すぎる。

 アルバイトしているコンビニに時々買い物に来る若い女の子。女子学生はたいてい友人と連れ立って店に入ってきて、わいわいうるさいのだが、彼女はいつもひとりだ。印象的な若い女の子に注目してしまうのは、二十歳の男としては当然だろう。じろじろ見ると嫌悪を抱かれるかもしれないので、壮太としてはちらちらと見るにとどめていた。

 それでも、自分を見ている若い男の存在には美少女は敏感なのだろう。夕方で勤務が終わった帰り道、彼女のほうから声をかけてきた。

「三丁目のバーナーでバイトしてる。壮太さんだよね」
「あ……名前まで知ってるの?」
「名札つけてるじゃん。壮太さんって苗字? 名前?」
「うちの名札は下の名前のほうだよ。女の子は特に苗字は知られたくないって言うから」
「そうなんだ。だったら私も名前は教えてあげる。園香」
「ソノカちゃんか。いい名前だね」
「ソウタもかっこいい名前だね」

 そのときの会話はそれだけで、園香はそのままどこかに行ってしまった。

「園香ちゃんは高校生?」
「中学生だよ」

 大人っぽいんだね、との感想はセクハラになるのだろうか。小太りの大学中退アルバイターなんて、そんなことを言ったら気持ち悪がられるかな、としか思わなかったので、壮太はそれ以上は言わなかった。

「塾に行くの。めんどくさいんだから」
「高校受験?」
「受験は再来年だよ」

 家が近所だからこそ、壮太はコンビニエンスストア・バーナーでアルバイトしている。同じ理由で園香も店に買い物に来る。塾も近くなのだろうから、壮太の出勤、退勤時間によっては園香とも顔を合わせた。

 出会うと園香が挨拶してくれるようになって、ふたことぐらいは会話をかわす。生まれてこの方彼女ができたこともない壮太としては、美少女と話をするのは天にも昇る心持ちのような、恥かしくて戸惑うような、知っている人には見られたくないような、なんとも複雑な気分だった。

「ああ、制服、はじめて見たよ」
「そうだったかな。ださいでしょ」
「そんなことないよ」

 可愛いよ、似合ってると口走るのもセクハラか? 壮太は当たり障りのないことしか言わないようにしていたが、こんにちは、と彼のほうが挨拶すれば、園香も立ち止まってくれるようになった。

 かと思えば、おはよう、とにっこりしてもつんとされることもある。
 汚いものでも見たかのように、目をそらされたこともある。珍しく園香が同じ制服の女の子たちと三人でいたときなどは、むろん壮太も声はかけなかったが、完璧に無視された。

「ここ? 壮太のアパート?」
「うん、そうだよ。みすぼらしいでしょ」
「ここの一部屋かぁ。うちの物置くらいだね」
「そうかも」

 なのに次に会ったときには壮太のアパートの前だったので、園香は不躾にもそんなことを言って笑っていた。だったらきみの家はどこ? とは壮太には質問できない。園香に嫌われたくない、ごくたまにこうしてお喋りできたら、それだけで毎日に潤いができていた。

 大学に合格して田舎から上京してきて、このアパートは母と一緒に契約した。学生なんだからこのくらいでいいよ、と母も言い、父も、一人前になったら自分で家を建てろ、と励ましてくれた。

 希望に燃えてスタートした大学生活についていけず、挫折して中退してフリーター暮らしになった。両親には打ち明けられず、田舎に帰る気にもなれず、アパートにはそのまま住んでいる。仕送りもしてもらっているので生活は苦しくはないが、親にばれるのは時間の問題だろう。

 この地域にも金持ちは住んでいる。園香の親は医者なのか社長ででもあるのか。園香は親なんか嫌いだと言っていたが、中学二年生、十四歳の中二病ってやつだろう。壮太にはただただ、美少女が眩しかった。

「……壮太、泊めて」
「園香ちゃん、いったい……」

 小雨の降る初夏の夜、園香がいきなり壮太のアパートを訪ねてきた。

「ど、どうしたの? 親と喧嘩でもした?」
「なんだっていいじゃん。泊めてよ」
「そんなわけには……ああ、でも、入って」

 他にどうすればよかったのだろう。壮太は園香を部屋に通した。コーヒーを淹れてやり、なに、これインスタント? まずーい、と笑った園香の顔に見とれていた。

「そこまでは覚えてるんですよ。園香ちゃんって撫子の花みたいだなって。大和撫子っていうでしょ。ちょっと古風な感じの美少女だから、ああ、園香ちゃんにはぴったりの花だなって思っていた」
「大和撫子の語源はちょっとちがうし、一般的に流通してる意味とは園香ちゃんって子もちょっとちがうけど、それは何年前の出来事?」
「十四年前です」

 なのだから、園香も大人の女になっただろう。嵐が過ぎ去ってしまったのだから、壮太には園香は美しい想い出でしかなかった。

 何時間が経過したのか、園香は母親がわからず屋だと怒っていたが、壮太は彼女の話などろくに聞きもせずにただただ見とれていた。そうしていたらドアが激しく叩かれて、警察だ!! 開けろ!! との怒鳴り声が壮太の耳を打った。
 それからなにがどうなったのか、壮太は警察に連行され、園香は保護された。

「俺が園香ちゃんを誘拐したんだって、ニュースになってたんですよ。園香ちゃんも否定はしてくれなかった。なにもされてない、まずいコーヒーを飲んだだけ、とは言ってくれたんだけど、俺は信用してもらえなくて、思い切り過酷に調べられましたよ。俺は園香ちゃんをいやらしい目で見てないとは言えないし、落ち度はなくもなかったのかなって思って、あまり強くも反論できなくてね」
「綺麗な女の子を下心を持って見るだけだったら、罪にはならないよ」

 絶世の美少女と冴えない大学中退フリーターだったからこそか、暇人の恰好のおもちゃにされたふしもある。園香はこう証言したとあとから聞いた。

「コンビニでバイトしてる壮太って人だとは知ってたから、立ち話だったらしたことはあります。あの夜は母と喧嘩してむしゃくしゃしてて、外を歩いていたら壮太さんに話しかけられて、アパートに連れていかれたの。だけど、話をしただけです。壮太さんはいやらしいことはしなかったよ」

 その証言のおかげで、壮太は未成年の少女を拉致したという罪だけで済んだ。

「執行猶予つきの有罪判決は出たんだけど、帰れましたよ。もちろん親にばれて、大学をやめちまっておまえはなにをしてるんだーっ!! って父は大激怒。母は泣いてました。んで、田舎に連れて帰られた。叔父が経営してる工場で拾ってもらって働いてるんですけどね」

 事件当時はインターネットでさらし者にされたから、田舎にだって壮太の顔や名前は知れ渡っている。都会ではないゆえに閉鎖的なエリアで、壮太は苦労してきた。

「叔父の会社だからこそ雇ってもらえたんでしょうけど、ブラックですよ。でも、俺には他には行くところがないんですよね。かといって故郷でも暮らしにくい。変質者扱いされてるんです。近所の男……俺よりふたつ年下で小学校と中学校は同じだったから、俺のことも知ってるんですよね。そいつが結婚して嫁さんと帰ってきて、娘が生まれて、そしたら引っ越していきました。なんでも、変質者の近くで娘を育てられないって」

 話を聞いてくれている水嶋は、ふむふむとうなずいた。

「ネットでは一時は噂は消えてたんですよ。俺はネットなんか見たくもないけど、人の口からは聞くでしょ。先月、県庁所在地の近くで小さい女の子が何人か痴漢に遭ったって事件のときには、警察が俺にも事情聴取に来て、それからまたネットで書かれるようになったんですよね。壮太じゃないのか、って、名指しで書く奴もいるんです」
「なにもしてないよね?」
「俺はそもそも一度もなにもしたことがありませんから」
「そうだった。ごめんなさい」

 彼女は俺を信じてくれている、壮太としてはそれだけは嬉しかった。

「お見合いしてみない?」
「見合い? 俺と結婚したがる女がいるのか?」
「壮太は絶対になにもしていない、って私が言ったの。そしたら、会ってみたいって女の人がいるんだよ」

 父は少々疑っているようだが、母は信じてくれているはずだ。壮太が口をすっぱくして、俺は潔白だ、なにもしていない!! と力説したのを、母だけは信じてくれていると壮太も信じていた。

 母に続いてふたり目か。

 四十五歳、バツイチで子どもはいない。昔は雑誌社に勤めていたそうだが、身体をこわして田舎で暮らそうと、壮太の故郷にやってきた。彼女は東京生まれだそうだから、この地にゆかりがあるわけでもない。見合いをしてから何度か会い、あの件について……と水嶋が切り出したのだから、実はそっちに興味があったのであって、壮太と結婚したいのではなさそうにも思えた。

「大和撫子ってね、礼節をわきまえ、おごらず、引っ込みすぎず、出すぎず、謙虚でたしなみがある女性のことよ。優しさや思いやりがあり、それでいて芯の強さを持った女性」
「そうなんだ。園香ちゃんは外見的にはそんな感じかな」
「外見のことじゃないんだけどね」

 ほっと息を吐いて、水嶋は別の話をした。

「語源としては、日本の神話に出てくる、「クシナダヒメ」かららしいのよ。彼女の両親がテナヅチ、アシナヅチという名なので、「クシナダの手足を撫でるように大事に育てた子」=撫子だって」
「むずかしいことはわからないけどね」

 あいつのせいで俺は人生を狂わされてしまった、と思わなくもないが、あれほどの美少女に狂わされたのだし、もとからたいした人生でもなかったのだから、それでもいいとも思えていた。
 
「園香ちゃんって、アメリカのニュースキャスターの、ソノ・フィッシャーじゃないの?」
「そんなのいるの?」
「日本では有名でもないけど、アメリカに留学してむこうで結婚して、最近テレビでニュースキャスターをやってる女性よ。
大和撫子ってものすごく強い女って意味もあるから、そういう意味では園香ちゃんもあてはまるかもね。とってもとってもしたたかな女」
「……俺の言い分を信じてくれただけで嬉しいですよ」

 たとえ本当に水嶋が俺と結婚したがっているのだとしても……壮太は脳内の園香に話しかける。
 きみと較べなくてもこんな太ったおばさん、あり得ないよな。俺はきみとふたりきりであの部屋ですごしたひとときだけで、その後の人生と引き換えにしたってよかったんだよ。

 そっか、テレビに出てるんだったらまたきみと会えるかな。
 パソコンを買って久しぶりでネットを検索して、ソノ・フィッシャーを探してみようか。余生の楽しみができたみたいだ。

END








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~ Comment ~

NoTitle

大和撫子らしき園香さんに捧げた壮太さんの半生
面白かったです。
「俺は君と二人きりですごしたひとときだけでその後の
人生と引き換えにしたってよかったんだよ」
こういう男性一人くらいいたっていい気がします。
でもいつかきっと水嶋さんのこと大好きになる予感がします。

danさんへ

ふたつもお読みいただいてありがとうございます。

このシチュエーションだと、絶対に男性が悪者になりますよね。
逆にフリーター女子と中学生男子だと……私としてはそっちも書いてみたいですが、この「大和撫子」のほうが書きやすかったのは事実です。

園香とのひとときと、自分の人生引き換えにしても……これはもう、園香が美少女だってのがポイントですよね。ブな女の子とだったら、この壮太は話もしたくなかっただろうと思えます。

彼はきっと、園香の面影を抱きしめて、一生独身ですごすと思いますよ。そのほうが幸せなんじゃないかな。
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