ショートストーリィ(しりとり小説)

143「幸多かれと」

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しりとり小説143

「幸多かれと」

 司会者が呼んでいるとスタッフに耳打ちされて、美沙は控室のひとつに足を踏み入れた。式場は混雑していなくて、無人の控室もあったのは、今日が大安ではないウィークディだからだろう。美沙は司会者の女性と向き合った。

「この女性の名前に心当たりはおありですか」
「……ああ、いとこです」

 先に結婚して夫の仕事の都合で海外に住んでいる、同い年の仲良しのいとこ、八重の名前で電報が届いていた。
 海外で暮らしているのだから、仲良しのいとこの結婚式といっても簡単には来られない。悪いけど行けないから電報を送るね、とは八重から事前に聞いていた。

「たまに問題アリの電報も届きますので、失礼ですがあらかじめ内容に目を通させていただきました」
「ええ、そう聞いています。これに問題ありなんですか?」

 質問しつつ、美沙も文面を読む。
 ママ、おめでとう、早く会いたいな、未来のベビーより。簡潔な文章だった。

「ご新婦さまはご懐妊中でいらっしゃいます?」
「いえ、授かり婚ではありませんが……」
「そうですよね。私もご懐妊中だとは伺っていませんでしたので、でも、もしかしたらと思いまして……こういう電報は意外に年配の方が、ユーモアのつもりで送ってこられることもなくはないのですが、ご新婦さまが問題なしと判断なさったのでしたら、読ませていただいても……」

 披露宴の一コーナーとして、祝電紹介というのがある。そこで読んでもいいものかと司会者は問うているのだった。

 結婚すれば子どもができる。現在は妊娠中ではなくても、将来的に妊娠するのは自然だ。なのだから、この文面のどこが悪い? ともいえる。が、八重がこんなものを送ってくるとは、美沙には悪意が感じられた。

「結婚してほしいって言ってくれるのは嬉しいんだけど……」
「うん?」

 結婚式で新郎席にすわることになる、久雄がプロポーズしてくれたときに、美沙は打ち明けた。

「私、妊娠したことがあるの」
「あ……そうなんだ」
「高校生のときよ。私は陸上部に入っていて、男子も女子も大勢で夏休みに合宿に行ったのね。気がゆるんでて、先生の目を盗んで何人かでお酒を飲んだ。私は酔ってしまって寝てしまったの。それで記憶がなくなってしまったんだけど……」

 合宿から帰り、夏休みも終わってから、美沙は身体の変調を感じた。そんなはずはない……と思いつつも念のために産婦人科で受診すると、おめでたですと告げられた。

「思い当るのはあのときだけ。男の子も何人かいた中の誰かに……いたずらされたようなものなの。愚かな小娘だったんだから、私も悪かったのかもしれない……でも……」
「そっかぁ。そういうのは犬に噛まれたようなものっていうんだな。美沙が悪いんじゃないよ。俺は気にしないから気に病まないで」
「信じてくれる?」
「当たり前だろ。きみの言うことが信じられないようだったら、嫁にもらおうなんて思わないよ。ま、俺だって若いころにはね……あやまちっちゃあやまちだな、そういうのはあるから」

 そう言ってくれた久雄と、晴れて結婚式を挙げることになった。

 高校時代の悪しき記憶を知っているのは、母と伯母と八重だけだ。八重は同い年で当時から仲良しだったので相談し、八重の母である伯母と美沙の母をまじえて真実を告げ、伯母と母が中絶の手筈をつけてくれた。

 父でさえ知らないそんな出来事を、八重が美沙の結婚式に思い出させようとしている?
 八重も知らなかったのならば、迂闊にも美沙の傷に触れているだけ、悪気はない、と受け取れる。しかし、彼女は知っているのだから。

「別にいいのかもしれないけど、誤解するお客さんもいるかもしれないから、これはなかったことにして下さい」
「そうですか。ご新婦さまがそうおっしゃるのでしたら」

 司会者がうなずき、美沙はその電報を受け取った。

 そんな電報は来なかったこととして、式は滞りなく進んで終わったのだが、美沙の気持ちにはわだかまりが残った。八重はなにを思ってあんないやがらせを……八重ちゃん、幸せじゃないのかな。自分は海外駐在しているようなエリートの男性と結婚して、子どももいるのに、私が八重ちゃんのご主人以上のエリートと結婚したから?

 嫉妬なのだろうか。久雄は海外勤務こそないが、中堅企業の跡取り息子だ。現在のところは関連会社で働いているが、ゆくゆくは父親の跡を継いで社長になる。

 そんな八重に嫉妬したのか。自身、不幸な身だから憂さ晴らしがしたかったのか。過去のある美沙が普通に結婚するのは許せないと、ゆがんだ正義感のようなものに駆られたか。真相はわからない。美沙も問い質しもしなかったし、八重も電報についてはコメントしてこなかった。

 外国に住んでいるいとこなのだから、いつしか疎遠になっていくのも不思議ではなかったのかもしれない。八重がなにも言ってこないのならば、美沙だってこちらから連絡を取るつもりもない。
 そうして時が流れた。

 十年以上ぶりに、八重が帰国してくると伯母から聞いた。この十年の間、八重一家は各国を転々としていて、たまには日本に来ることもあったようだが、慌ただしくていとこにまで会う時間はなかったらしい。

 いろんないろんなことがあったらしいが、八重が美沙に連絡をしてこないのは、あんないやがらせをしたからだろう。そう解釈して、美沙のほうからもメールひとつ出さなかった。

「……美沙ちゃんは怒ってるのかな。約束を破ったから……私が悪いんだよね。そう思って電話もメールもしなかったのよね。そうしている間に気まずくなっちゃって、ますます連絡しづらくなってたんだけど、日本に帰ってきたら会いたくなったの。思い切ってメールします。ごめんね、美沙ちゃんの結婚式に電報を送るって言ったのに、約束を破ったこと、怒ってますか? そのせいで私もなにもかもやりにくくなって、お祝いも贈ってないんだものね。怒られても当たり前だけど、よかったら会いたいな。駄目かな」

 その八重からそんなメールが届き、美沙は首をかしげた。
 結婚式に電報を送ると言った約束を破った? 忘れてしまったのか? あれを忘れたふりをしているのか? 美沙はしまい込んであった自分の結婚式に関するものを調べた。

 電報は束にしてしまってある。ヤエと名前も入った例の電報も別にしてあった。夫には話していなかったのだが、もしも見られたとしても支障はないから捨ててはいなかった。

「会いましょうか」
「ほんと? 嬉しいな」

 二十代半ばで八重が結婚し、三十歳になる前に外国に行ってしまった。美沙は三十歳ちょうどで結婚し、それから十年余り、四十代になって再会したふたりは、おばさんと呼ばれてもしようのない年頃になっていた。

「ごめんね、約束を破ったこと、許して」
「それなんだけどね……」

 わだかまりが消えたわけでもないので、互いの家ではなく外のカフェで会った。約束について言い出した八重に、美沙は電報を取り出した。

「ええ? 私がこんなのを出した? 出してないよ」
「……本当に?」
「本当よ。ああ、あ、もしかしたらそれで……なに、これ、騙り?」

 みるみる表情を曇らせる八重を見ていると、彼女が嘘をついているとは思えない。気持ちのすれちがいゆえに疎遠になってしまったいとこだが、ずっと仲良し姉妹のような仲だったのだから。

「それで美沙ちゃんは怒ってたの?」
「怒っていたというよりも哀しかったの。でも、そしたら誰だろ、この電報」
「そうだね。いやがらせのつもりだったら、うちの母さん?」
「そんなはずないでしょ」
「母さんがそんなことはしないよね」

 さすがに八重は、この電報と美沙の過去の出来事をただちにつなげた。結婚式には八重の母も来ていたが、八重については特になにも言っていた記憶がない。美沙のほうが伯母の娘にわだかまりを持ってしまって、伯母には近寄っていかなかったのもあった。

「知ってるのはうちの母さんと、伯母さんと八重ちゃんと、あとはお医者さんとか……」
「そうだよね。だったらなんなんだろ」

 美沙を妊娠させた男の子にしたって、そんなことがあったとは想像もしていないだろう。深刻な顔をしてふたりして考え込んでみても、なんの見当もつかないままだった。

「これ……」
「なんだ、これ? 電報?」

 すぎてしまったことなのだから、究明はしなくてもいいのかもしれない。それでも気持ちが悪いので、美沙が相談できる唯一の人間に電報を見せた。その夜、子どもたちが寝てしまってから帰宅した夫の久雄は、電報を見て怪訝な表情を浮かべた。

「これがなにか……」
「込み入った事情があってね……」

 結婚式がはじまる前に、司会者に呼ばれたときから、美沙は一部始終を鮮やかに覚えている。夫のためにお茶漬けを作りながら、美沙は事細かに話した。

「そんなことがね……それで、八重さんとはつきあわなくなってたのか。まあ、そんなことはもうどうでもよくないか?」
「いいっていえばいいんだけど、気にならない?」
「俺は気にならないよ。こっちは仕事で疲れてるんだ。帰ってきた早々、つまらない話を聞かせるなよ。お茶漬けはいらない。俺は寝るよ」
「……パパ?」

 なぜ久雄が怒る? なぜ美沙の顔をまともに見ようとしない? 結婚してから十年たつ間には、うしろ暗いところのあるときに、夫がこんな態度になるのを幾度か見てきていた。

「あなた、なにか思い当るんじゃない?」
「俺には関係ないだろ」
「まさかねぇ……司会者のあの女性……関係ないのに、そんなはずないよね。あれ? パパ? 私が司会者って言ったら反応したね。えーっと、あの女性は……」

 結婚式関連の記念の品物を集めてある中から、美沙は司会者関係のものを持ってきた。彼女の名刺やら、一緒に撮った写真やらがある。

 イベントや結婚式の司会が本業で、たまにはラジオに出演したりもするといっていた彼女は、背の高い美人だった。彼女はたしか、久雄の友達の紹介だったのではなかったか。評判いいんだって、と久雄が連れてきたのだった。

「……パパ、狸寝入りしないでよ。あの女性、下田さんとはなにかあったの?」
「うるさいな、俺は眠いんだよ」

 ベッドで背中を向けている久雄を揺さぶると、彼はむこうを向いたままで言った。

「ものすごく昔じゃないか。俺は忘れてたのにさ」
「十年ほど前よ。ものすごく昔ってほどでもないじゃないの」
「昔だけどさ……なのかな」
「え?」

 小声ではあったが、そんなに俺に惚れてたのかな、と夫が呟いたのが聞こえた。

「惚れてた?」
「おまえがうるさいし、時効だから言うけどさ、その電報は司会者の彼女だよ、たぶん」
「ええ?」

 あのころ、俺は二股かけてたんだよな、と久雄は淡々と話した。
 見た目はそりゃあ、下田のほうが百倍もよかったさ。だけど、ああいう仕事をやってるだけあってあいつは身持ちがよくなかった。だから、美沙のほうがいいと思ったんだ。

 だけど、美沙にはああいう馬鹿な過去がある。おまえにそうと打ち明けられて、しまったと思ったよ。でも、それでプロポーズ取り消しだなんて言えないだろ。俺は腐っちまって、別れるつもりだった下田に電話をしたんだ。

 ホテルに行って、下田におまえのことをけっこう詳しく話した。どっちを選ぼうか迷ってる、とも言ったかな。こうして喋ってると思い出してきたよ。

 強がりだったのか、そんなの美沙さんが悪いわけじゃないじゃない、一度は美沙さんに決めたんでしょ、男らしくないね、って下田は言った。
 だったら俺は、美沙と結婚するぞって言ったんだ。

「いいよ、ただし、条件があるの」
「なんだよ」
「私を結婚式の司会者にして」
「復讐でもするつもりか」
「そこまであんたに執着してないっての。モトカノの私があなたの結婚式に出席はできないだろうけど、司会者としてだったら出られるじゃない。久雄の選んだ女をしっかり見たいだけだよ」

 そうは言ってもなにかするつもりかと、気が気じゃなかったよ。結婚式が終わって俺がなんだかぼーっとしてたのは、下田が本当におとなしく立派に司会をつとめてくれて、気が抜けたせいだったんだな。いや、けど、しっかり意地悪をやってたんだ。いやいや、そのくらい、可愛いもんだけどな。

 そこまで話してぼわっとあくびをして、久雄は頭から布団をかぶった。

 司会者のいたずらというのか、いやがらせは可愛いものだったのかもしれない。八重の名前を騙ったのはたまたまだったのか、海外にいて絶対にあらわれる心配がないから、実際に八重からの電報が届いたとしても、司会者の立場なら握りつぶせるからだったのか?

 そのあたりはどうでもいいけれど。
 夫は、久雄はそんな男だったのか……知らなかった。知らないほうがよかったのに……夫の背中から目が離せなくなって、美沙はただ、呆然としているしかなかった。


次は「れ」です。








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