ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/四月「嫁菜」

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2016花物語

四月「嫁菜」

 あんたにははじめてする話だ、といつもいつも祖母は前置きをした。その話、百回聞いたよ、とは言わずに、トク子は耳をかたむけた。祖母の話はけっこう面白かったから。

「あれは私が嫁に行く前だから、トク子と同じくらいの年だったかな。今でもありありと覚えているんだよ。うちの母さんと兄嫁さんが、夜中にぼそぼそ喋っていたんだ」

 ああ、その話ね、とは言わず、トク子もはじめて聞くようなふりをした。

 祖母が少女だったころというのだから、五十年も前の明治時代だ。第二次大戦後に生まれた「戦争を知らない子どもたち」であるトク子には、今は昔の物語。

「……まあたできたのかね。あんた、畜生腹だよね」
「……すみません」
「上のふたりはまだやっと誕生日が来たばかりじゃないかね。ふたごを産んだってだけでも畜生腹だってご近所で嗤われてるってのに、また次……またふたごだったらどうするんだ」
「はい……」
「はいじゃないだろ。あんたら、夜は暇すぎるんだね。明日からあんたら夫婦には、夜の仕事をやるよ。そしたらそれしかすることがないってんで、布団の中でごそごそ励まなくなるだろうからね」
「……すみません」

 そうか、義姉さんはまた妊娠したんだ。それでお母さんが怒ってるんだ。少女だった祖母、ナミエは納得し、翌朝、義姉に言った。

「あのね、義姉さん、あたしの友達のミヨちゃんの兄さんのお嫁さんね」
「うん、どうしたの?」
「結婚して三年にもなるのに、子どもができないんだって。いっつもミヨちゃんのお母さんに、子どもはまだか、子どもはまだかってせっつかれて哀しいんだそうだよ。だからあたし、考えたの」
「なにを?」

 大家族だから山ほどの洗い物がある。朝食の後片付けをしている義姉の手伝いをしながら、少女だった祖母、ナミエは得々と口にした。

「義姉さんはまた子どもが生まれるんだよね。上にはこの子たちがふたりもいるから、いらないんでしょ? お母さんだって怒ってたもんね。兄さんもいらないんでしょ? そしたら、次に生まれた子はミヨちゃんちにあげたら?」
「……」
「それはいい考えかもしれないな。おまえ、頭いいじゃないか」

 いつの間にか背後に立っていた兄が、そう言って頭を撫でてくれた。得意満面になっているナミエに、そうだねぇ、それもいいね、と父や母も笑って言った。

「あのときの義姉さんのなんともいえない顔……私も子どもだったからなんにも考えずに言ったんだよ。悪気なんかこれっぽっちもなかったよ。自分で言っておいてすぐに忘れた。上のふたごたちは男の子だったんだけど、三番目の子は女でとっても可愛くて私も夢中になって、誰にもやらないよ、って言ってたね」

 十年後にはナミエは嫁ぎ、義姉と同じ農家の嫁の立場になった。

「できたみたいなんです」
「できた? 赤ん坊かね? まだ早すぎるだろ。まあまあ、子どもみたいな顔してやることだけはやって……何か月? 産み月が田植えのときじゃないか。田植えの日に産気づいたりするんじゃないよ。さぼるのは許さないからね」

 初孫なのだから喜んでくれるだろうと、報告した姑にそんな言葉を浴びせられ、ナミエは気づいた。
 母さんは嫁である義姉さんに同じようなことを言った。私は義姉さんをかばっているつもりで、もっとひどいことを言った。義姉さんにあやまりたい、そう思っていたのは、現実逃避だったのかもしれない。

「そのころの嫁ってのはそんなものさ。姑もそれで普通だったんだよ。それに引き換え、今どきの嫁の勝手なことったら、トク子のお母さんだってね……」
「あ、私、宿題しなくっちゃ」

 昔話は面白いが、母の悪口は聞きたくないので、トク子は逃げ出した。

 少女だったナミエが結婚して母になり、息子が結婚して子どもができて祖母になる。長男は親と同居する、結婚すればその家に女が嫁いでくる。それが当然だった。

 連綿と繰り返してきた女たちの確執。ようやくそれから解放されつつあったのは、六十歳をすぎたトク子の世代が初だったのかもしれない。ナミエからそんな話を聞かされてから十年余後、トク子も結婚したが、夫となったひとは農家出身とはいえ、都会でサラリーマンとして働いていた。だから、姑と同居はしなくてもすんだ。

「あら、この草みたいの……田舎で摘んだことがあるわ。食べられるのよね」
「嫁菜ですよ。炊き込みご飯にしたらおいしいよ」

 菊に似た小さな白い花をつける雑草のような草を、嫁菜だと教えてくれたのも祖母だった。トク子は独身時代には祖母と同居して田舎に住んでいたから、こういった野草も食べた。祖母はとうにみまかっていたが、姑が九十歳で逝き、四十九日もすぎて落ち着いたころに見つけた嫁菜。

 何度も何度も聞かされた祖母の、嫁と姑話を思い出してなつかしくなって、八百屋で嫁菜を買って帰った。

「嫁と姑がもめてる暮らしなんてのは断ち切ったほうがいいに決まってるけど、だからっていい歳した男が独身で実家暮らしってのはいかがなものなの?」
「嫁菜メシを作ったからって、俺にとばっちりかよ」

 三十路ははるかにすぎた息子が、メシの前にビール、などと言っている。今夜は夫は友人たちとの飲み会で遅くなると言っていたので、ひとりだったら料理なんかしなくいいいのに、とトク子はぼやいていた。息子は冷蔵庫からビールを取ってきて、トク子にも注いでくれた。

「うん、実はさ、俺もそろそろ年貢の納め時かと……」
「え? 結婚するの?」

 ようやく母としての任務から解放されるのかと舞い上がりそうになった気分に、息子が冷水をかけた。

「言いにくかったのはさ……彼女、年上なんだ」
「年上って、あんたより年上ったら……って言っても三十代なんでしょ?」
「いや」
「四十代? そんなら子どもができないんじゃない?」
「四十代でもないんだ」
「だったらいくつよ? 冗談はやめなさいよ。あんたはまだ三十代半ばでしょうが。そんな年の男が四十代でもない女と結婚する? あり得ないでしょ。五十代だっての? あんた、老女趣味?」

 ひでぇなぁ、母さんよりは年下だぞ、と息子が言う。ということは、本当に五十代なのか。

「どこの誰よ」
「大学のときの教授だよ。俺なんかよりはるかに……はるかにはるかに全部が上。俺が彼女よりも上なのって身長だけじゃないかな。かっこいい女なんだよ」
「……いくらなんでも、いくらなんでも……」
「親父は意外に平気みたいだけど、母さん、会ってくれる? 反対しても聞かないつもりだけど、仲良くしてくれたら嬉しいな」

 少なく見積もっても十五歳は年上の女と結婚? トク子の目の前が真っ暗になってきた。
 この年齢ならば男は独身だってそれほどにはおかしくない。いずれは二十代の可愛い嫁を紹介してくれるものだと、漠然となら期待していた。

 なのに、五十代の女と? そんなの、そんなの……言いたいことがありすぎてくちびるを噛むしかなくなっているトク子に、息子は言った。

「彼女だったら絶対、母さんは嫁いびりもできないな」
「どうしてよ」
「だって、母さん、負けるもん。俺も負けるもん。相手は言語学者だぜ。なにを言っても論破されちまうよ」

 なにを言っても、なにをどう反対しても、息子はその五十代と結婚するつもりなのだろう。
 時代が変われば嫁と姑だって変わる。まだしも、嫁が姑より年上だという事態にだけはならなかったのを幸いとするべきか。騒いでみても徒労に終わる気もする。

 いつかはそんな時代も来るのか? 三十代の息子、六十代の母、七十代のヨメ……絶対にないっ!! とは言い切れない時代がいつかは……?

END








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NoTitle

興味深く読ませていただきました。
嫁という言葉にもちょっと抵抗を感じる私ですが
何だかすんなりその世代の嫁についてにやにや気分で
面白かったです。
そうです。トク子さん、そんな時代必ずきます。
親の気持なんて関係ない結婚がすでに罷り通っている
現状ではないですか。
私はそれもありだと思います。結婚は当時者のものだから。

danさんへ

コメントありがとうございます。

嫁という言葉も深く考えるといやな感じですが、ただ、関西では「妻」を「ヨメ」と呼ぶのが一般的ですので、私はなじんでしまっています。

それよりも、「嫁をもらう」とか「いい奥さんもらったね」とかいう、「もらう」がものすごくいやですね。
danさんのおっしゃる、結婚は当事者のもの、とても賛成です。

まあ、親が子どもの幸せを願って、あれこれ言うのはしようがないかなと思いますが、たとえばそれで結果的に離婚しても、自分で決めたことだったら覚悟もできるはずですものね。
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