novel

小説392(The range of voice)

 ←FS超ショートストーリィ・四季の歌・幸生「春の海」 →FSソングライティング物語「そんなアキラにだまされて」
imagesCA1U2PG7.jpg
フォレストシンガーズストーリィ

「The range of voice」

1・ソプラノ

 美人に弱いのは男なら誰しもだろうが、異性の顔立ちや体型には各々の好みがある。同性の場合だって、自分自身にだって、あらまほしい外見というのはあるわけで。

「シゲさんは面食いだよね」
「てめえを棚に上げて?」
「あーっ、章ったら失礼だなぁっ!! 俺はそこまで言ってないよ」
「いいや。表情が言ってたんだよ」

 いつものごとくに章と幸生が言い合っていたが、どうやら当たっているらしい。

 綺麗なひとだな、とぽっとなって、利用されているとも気づかなかった苦い想い出。
 なんて美人なんだろ、と頭がぼわっとなって、見栄を張ってしまった苦い想い出。
 前者はかなり痛く、後者は他愛ないといえばいえる追憶だが、男だったら誰にでもそのようなことはあるだろう。その中間にもいくつもの、美人に痛い目に遭わされたという記憶はあるはずだ。

 それとプラス、俺は綺麗な声にも弱い。異性の声にも各々の好みはあるもので、綺麗だと感じる顔、心地よく耳に響く声は一種類ではない。

「そのわりには結婚相手は……いやいや、なにも言ってないよ」
「シゲさん、かわりに俺があやまるから、章ちゃんの暴言を許してやってね」
「……いでーっ!!」

 好き勝手なことをほざいている後輩どもの頭と頭をごっつんこさせて悲鳴を上げさせたのは、我らがリーダー本橋さんであった。

「……って、三沢さんや木村さんも言ってたけど、面食いのシゲさんが恭子さんを選んだのはなぜ?」
「恭子は美人だからだよ」
「本気で言ってる?」
「言ってるよ」

 章や幸生に輪をかけて失礼な奴、といおうか、俺には彼の性格は把握できなくて、鵺みたいな奴だと思わなくもない真行寺哲司が、俺の顔をまじまじ見て言った。

 遅くまで仕事をしていたスタジオ近くの、ここは深夜の酒場。仕事仲間と別れて一息つきたくて入ったら、哲司がいた。彼はやっと二十歳になったばかりの年頃の、華奢な青年だ。女みたいな顔をしていて、性格も女っぽいのか。いや、哲司を女っぽいと言うと女性に失礼な気がする。

 ゲイを差別する気はないが、哲司は俺みたいな野暮な男にでもしなだれかかってくる。まさか本気で言っているはずもないが、シゲさんってセクシーだね、などと言われると逃げたくなる。哲司は乾さんが好きで、ヒデにもちょっかいを出したそうで、なのに男の恋人がいるというのだから、理解不能な人種なのである。

 だからなるだけ近づきたくなかったのだが、むこうから寄ってこられてはただちに席を立つわけにもいかない。哲司があまりに無礼だったら、乾さんか金子さんだったら叱りつけてくれるのだから、ここへ来てくれないだろうか。

「野暮ったいじゃん。顔も身体つきも」
「そんなことないよ。可愛いよ」
「……僕が?」
「おまえのことは言ってない」
「なんだ、つまんないの」

 男が相手だとどぎまぎもしないが、なんという発想をするのか。信じられない。

「もっと可愛いって言ってよ。シゲさんが僕を前にしてそう言ってたら、哲司を口説いてるんだってみんなは思うよ。面白いじゃん。ねえねえ、もっと言って。シゲさんったら、もっと喋って。ああん、帰ったらいや。シゲさんが僕を捨てようとしてるよぉ」
「……いい加減にしてくれよ」
「あ、叱られた。素敵」

 力が抜けてへたりそうになった。

「恭子さんって背は高くないけど、テニス選手なだけにがっちりしてるじゃん? 僕は女はふっくらしたのが好きだから、恭子さんを可愛いとは思わないんだよね。安産型のたくましい母っていうの? シゲさんはそういうのが好きな、健全な男なんだなぁ。あ、でも、ひとつだけ可愛いところ発見」
「どこ?」
「シゲさんの細い目」
「……」

 いっそう力が抜けて立てなくなった俺に、哲司は言った。

「恭子さんの話だったよね。恭子さんの可愛いところってひとつだけだよ。あの声」
「……そうなんだよな。俺はああいう細くて高いソプラノが好きなんだ」
「僕にも出せるよ。出してあげようか」
「……やめろ」

 幸生と喋っていてもしばしばこの状態になるのだが、哲司は幸生の百倍ひどい。それでも、恭子の声を褒めてくれたのだから、今夜は許してやろことにしよう。


2・アルト

 昨夜は個人仕事で女性シンガーのレコーディングにつきあっていたシゲが、夜中に哲司にからかわれたのだそうだ。哲司はシゲの手に負える奴ではない。ひとりで相手にしたとは、お疲れさん、であった。

 作・編曲家である田野倉ケイ氏の愛人、哲司の立場はこの業界では珍しいものでもないようだが、平凡な男からすれば聞いただけでげんなりする。俺だったらあまりに態度が悪かったら軽く殴ってやるところだが、シゲはその程度もやらないし。

 そんな話の流れから、声の話題になった。恭子さんのソプラノは可愛いと哲司が言ったと、シゲに白状させたのは幸生だった。

「ソプラノっていえば、うちの妹たちもモロにソプラノだよ。あの声はソプラノ以外のなにものでもない」
「だよな。真っ黄っ黄のソプラノ。コロラチュラソプラノだろ。歌声がコロラチュラって女はいるけど、話す声までそれだもんな。おまえ以上にうるさい人間もこの世にはいるんだって、雅美ちゃんや輝美ちゃんに会って実感したよ」
「章ちゃん、わかってくれてありがとう」
「……ちゃんをつけるな」

 十年一日のごとく、幸生と章がやり合っている。
 幸生の家族には何度か会った。親父さんは寡黙な人だが、おふくろさんと妹たちは章の言う通りだ。この女性たちは幸生の母と妹、それ以外ではありえないと思うほどに、顔も性格も似ている。声までが似ているのは、幸生がその気になれば女声を出せるからだ。

 フォレストシンガーズがデビュー間もないころに、オフィス・ヤマザキに所属するシンガーたち全体のジョイントライヴが開催された。あのときにたしかはじめて、雅美と輝美に会ったはずだ。

「きゃああ、本橋さん、はじめましてっ、雅美です」
「本橋さんこんにちは、輝美です。きゃぴっ!!」

 こんな感じの挨拶をされたのは覚えていた。
 シゲはソプラノが好きだと言うが、俺は女の高い声は苦手だ。女子アナみたいな可愛い細い声はこっちの体調によっては頭痛を覚える。雅美と輝美のきゃあきゃあ声にも悩まされたものだった。

 そっか、つまり、そういうことだ。
 冷やかされるのは必至だから俺は口にはしないが、結婚相手の声は意外と大切なのではないだろうか。通常は毎日一緒にいる妻。俺たち夫婦は特殊な仕事なので毎日は一緒にいないこともあるが、食事やベッドをともにし、キスしたり身体を重ねたりもする。

 そんな妻の声が甲高く黄色かったら、俺は耐えられない。そもそもそんな女にはプロポーズしない。
 要するに俺はアルトのほうが好き。怒っているときには高くもなるが、平素は低めの落ち着いた声で話し、ふたりだけの秘め事の際には甘くセクシーにもなる。そんな美江子のアルトが好みに合っているわけだ。


3・テナー

「隆也も大人の声になったんだね」
「……当たり前だろ。俺はだいぶ前に声変わりしたよ。もう五年くらいになるかな」
「いつの間にかすっかり、俺って言うようになっちまって……」
「ガキのころは俺って言うと、ばあちゃんにほっぺたをつねられたよな」
「ほんと、ガラが悪くなったよね」

 背中にしょった小さなばあちゃんが、俺の頭の上で不平をとなえていた。乾隆也十七歳の冬。

 故郷の金沢は雪で、俺は身体が弱っていた祖母を背負って歩いていたのだ。声変わりをした時点では特になにも言わなかったくせに、この姿勢だと孫の声だけを意識したからなのだろうか。しみじみした声を出していた祖母は、それからほどなく入院し、帰らぬひととなった。

「隆也くんはいい声だねぇ」
「……は、そうですか」

 フォレストシンガーズの一員としてデビューしてから、改まって父に言われたことがある。

「おばあさまもおっしゃっていたよ。隆也は歌が上手だし、高い声が出るし、演歌歌手になったらいいんじゃないのかねって。今どきの歌手は自分で歌を作るんでしょ。隆也は作曲ができるみたいだから、隆之助さんが詞を書いてやったら……なんてね」
「俺にも演歌歌手になれって言っていたことはありますけど、作詞や作曲のことまで言ってましたか」
「私がお見舞いにいったときにね……おばあさまの最期の言葉に近かったな」

 祖母は母の母だから、父は祖母の願いで同居するようになったのだと聞いた。婿養子ではなく「乾」は父の姓だが、近しい親子ではなかったので、詳しいいきさつは聞いていない。

「隆也は隆之助さんに似たから、あんまり美男子でもないけど、美声の持ち主ではあるよねって。おばあさまはそうもおっしゃっていたよ。そうかな。きみはお母さんに似ているけどね」
「お母さまは美人ですよね」
「ああ、美人だよ。だけど、きみはやっぱり男の顔だから、母親似でも美男子ってほどではないのかな。声は……私に似てるんだろうか」
「父親と息子の声がそっくりって、よく聞きますけど、俺はお父さまとまちがえられたことはないですよ」
「そうだね」

 広い屋敷の縁側に並んで腰を下ろし、父が点ててくれた抹茶など飲みながら、声の話をしたひととき。父は和菓子屋だが、俺が甘いものが好きではないのを知っているから、茶菓子は出ていなかった。

「いい歌だね、いいね、フォレストシンガーズは」
「ええ。お父さま……俺は……いえ、いいんですけど……」
「もしかして跡を継がないことがわだかまりになってる? 気にしなくていいんだよ」
「はい」

 しばし黙ってから、父は声の話題に引き戻した。

「隆也くんはテナーだよね。話していると高い声ともいえないんだけど、歌うと高いだろ」
「シンガーはやはり高い声が出ないとね」
「そうなんだねぇ」

 距離を感じていた父とは、俺が大人になってからのほうがすこしは歩み寄れるようになった。この次に故郷に帰ったら、もっと突っ込んだ話をしてみようか。
 

4・バリトン

 なんだって俺はこんなに母に似たんだろう。妹たちは女なのだから母親に似ていてもいいのだろうが、俺は男だぞ。言ってて虚しくなる感がなきにしもあらずだが、俺は男だ。

 ユキちゃんにはコンプレックスも欠点もない!! と豪語してはいるが、この身長はコンプレックスだ。歩くヴォイスチェンジャーとも呼ばれ、多彩な声の出せる多才なシンガー、三沢幸生に満足はしているが、俺だって成人男子だからなぁ、うちのリーダーみたいな声で話せたらいいな、と若いころには思っていた。

「おい、酒巻」
「はい、なんでしょうか」
「今年の合唱部のクリスマスコンサートの件だ」
「クリスマスコンサートをやるんですか」
「ああ。俺もキャプテンとしては、目新しい行事もやりたいんだよ」
「いいですね。出しものはどんなラインナップですか?」
「おい、酒巻」
「はい」

 合唱部のキャプテンだった大学四年生のときに、俺は後輩の酒巻とこんなやりとりをしていた。

「なんか感じないか?」
「なんかって……今日は三沢さんらしくなく、口調が重々しいって気はしますね」
「やっぱ感じてたんじゃん!! っと……いや、はしゃいではいけないのだ。それで?」
「それで……具合でもよくないんですか」
「ちがーう!! 誰かに似てないか?」
「声帯模写でもやってるんですか。もっと喋って下さい」

 ごく普通の会話では特徴があらわれにくいので、がらっぱちにチェンジした。

「だから言ってんじゃねえかよ。おまえは喋りすぎなんだ。ちっとは口を閉じてろ。黙れ、やかましい、幸生!! 殴られてえんだったらこっち来い!!」
「あ、わかった。本橋さんだ」
「似てる?」
「口調は似てますけど、声がちがいすぎますよ」
「だよねぇ」

 さらに年下の後輩の前でも、うちのリーダーの物まねとか言って披露してみせていたが、彼らは本橋真次郎を知らない。本橋さんを知っている酒巻にこう断言されてしまってはがっくりだった。

「よーし、似るようにがんばろっと」
「三沢さんの声で本橋さんのあのバリトンは……無理が……」
「なせばなる、なさねばならぬなにごとも」
「……そうですね」

 乾さんのおばあちゃん直伝のその格言を胸に刻み、三沢幸生はいまだ努力している。いつかは本橋真次郎そっくりの声で、その他諸々もそっくりに、彼がソロを取っているフォレストシンガーズの持ち歌を歌ってみせるのだ。


5・バス

 うちの先輩たち、乾さんと本橋さんは背が高いから、それだけでも羨ましい。精神力が強いとか喧嘩が強いとか身体が丈夫だとか、そういうところも羨ましい。
 幸生だってまちがいなくメンタルは強靭なのだから羨ましい。もっともあいつの場合、強靭と狂人は紙一重ってやつだから厄介なのだが。

 その中で唯一、羨ましくなんかないのがシゲさんだ。

 フォレストシンガーズには最後に加入した俺は、学生時代にはシゲさんやヒデさんとはちょっとだけ親しくしていた。一年先輩なのだからというそれだけで、幸生とシゲさんとヒデさんと俺の四人でメシを食うと、シゲさんとヒデさんが払ってくれた。

 合唱部をさぼってヒデさんとライヴハウスに行ったときにも、ヒデさんがドリンク代は払ってくれた。そんなふうに先輩ともつきあっていた。

 が、表面上のつきあいだけだったから、彼らの人となりまでは知らなかった。友達のつもりだった幸生の内面だって、ガキだった俺にはわからなかった。だから、シゲさんってもてないだろうなぁ、と漠然と考えてはいても、ここまでだとは知らなかったのだ。

 どうやらシゲさんって女とつきあったことがない? まさか童貞? キスもしたことないのか? まさかまさか、それじゃ不憫すぎるだろ。 

 みんなのいる前で口に出そうとすると、幸生に脚を蹴られたり、乾さんが話題を変えたりした。だから面と向かって尋ねたら、キスくらいしたことあるよ、もっと先だって……ごにょごにょっ……とシゲさんは言っていたが。

 ほんのちょっとは経験あるみたいだけど、こんな男もいるんだなぁ。そんな人生、楽しくないだろ、と俺は感じていた。

「ああいう男は意外と早く結婚するんだよ」
「なんの根拠で言ってるんだよ」
「ユキちゃんの勘だよ。で、章は遅い」
「俺は結婚なんかしなくてもいいんだからいいけどな。幸生は?」
「俺は……乾さぁん」
「なんだってそこに乾さんが出てくるんだよっ」

 というような会話を幸生とかわしたものだが、ユキちゃんの勘とやらは当たっていた。けれど、相手が恭子さんじゃぁね。

 早く結婚し、子どももふたりも生まれたあとでも熱々の夫婦はちっともうらやましくはないけれど、シゲさんには唯一、俺が羨望する箇所がある。あの声だ。

 へヴィメタシャウトは天下一品だと言われるスーパーハイトーンの俺は、普段から声が高い。同じく声の高い幸生と喋っていると、中学生の会話かと思われかねない。ま、内容がガキだからってのもあるのだろうが。

 その点、シゲさんの低く落ち着いた声、いいなぁ。
 一生に一度でいいから、俺もシゲさんみたいな渋い声で喋ってみたい。あの声で歌ってみたい。ベースヴォーカルもやってみたい。

「それ、木村章じゃなくない?」

 そうなんだよな、幸生。そんな声は木村章じゃないから、ただ、憧れるだけなんだよ。

END






スポンサーサイト



【FS超ショートストーリィ・四季の歌・幸生「春の海」】へ  【FSソングライティング物語「そんなアキラにだまされて」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

声は、音楽は感情が乗るものですかねえ。
勢い、声帯、若さ、老練、そういったものが重なって、
ヒットしたり、人気になったりするのですかね。
それぞれのプライベートを見ていてそう思いました。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

以前、とある女性シンガーの歌を聴いてカルチャーショックを受けました。
まったく、ぜんっぜんっ、まるっきり、感情がこもっていなーい!!
それはそれで支持するファンもいるんでしょうけど、私には受け入れられませんでした。

感情のこもらない歌は最近、時々ありますね。
ストーリィ性のない歌と感情のこもっていない歌は駄目です。古い人間だからなんでしょうなぁ。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS超ショートストーリィ・四季の歌・幸生「春の海」】へ
  • 【FSソングライティング物語「そんなアキラにだまされて」】へ