ショートストーリィ(しりとり小説)

142「温度差」

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しりとり小説142

「温度差」


 最終学年の春、利根基は二十一歳。就職の内定ももらっていた上に単位も余裕で足りていたので、今年はあくせくしなくてもいいな、という気分だった。そんな気分だったから、女の子に告白されて軽い気持ちでつきあうようになった。

「俺はモデルタイプが好みだったんだけどな」
「……私は背が低すぎ? 太りすぎ?」
「ちょっとな。二十歳になってたら背は伸びないからしようがないけど、ダイエットしろよ」
「がんばってみる」

 身長は高いほうでもない基とだとつりあいが取れていてちょうどよかったし、別に太りすぎでもなかったのだが、命令口調で言うと素直にうなずく眞子が可愛かった。

「それがおまえの彼女?」
「前の彼女と大違いだね」
「いつの間に太った女が趣味になったんだ?」

 デートしていたときに偶然にも出会った、高校時代の友人たちにからかわれて、基は彼らに言い返した。

「眞子は太ってなんかいないよ。俺は女をルックスでは選ばないほどに大人になったんだ。おまえらこそまだ、ハーフがいいとかモデルがいいとか言ってんのか? ガキだね。真面目につきあうんだったら眞子みたいな女がいいんだよ」

 彼氏がかばってくれた、と感激して目を潤ませていた眞子も可愛かった。

 ひとつ年下の眞子とは順調につきあって、基は順調に就職した。眞子の就活にも先輩らしく相談に乗ってやり、順調に交際が続いていっていた。

 しかし、社会人にもなると周囲に魅力的な女が増えてくる。眞子としばらくこのままつきあってから結婚しよう。そのためには婚約しておこうかと考えるようになっていた矢先、基は人生で二度目に告白された。

「俺、彼女いるんですよ」
「そうなの? そんな感じもしたんだけど……そう、残念ね。だったら諦めるわ」

 三つ年上の先輩はあっさり言って去っていった。
 そうなってくると惜しくなってくる。年齢は眞子のほうが若いが、それ以外はなにもかもが先輩のほうが上ではないか?

 たいした会社には就職できそうにないから、中小企業の一般職でいいと眞子が言っているのは、いずれは基と結婚して主婦になるつもりだからだ。基は眞子を専業主婦にさせる気はないが、兼業であっても夫がいれば自分の収入はさほど多くなくてもいいと眞子は呑気に考えている。

 ダイエットに励んではいるが、やや太目なのは変わっていない。そういう体質なのだろう。背が低くて丸っこい身体つきなので、可愛いといえば可愛いが、なにを着てもあかぬけない。

 性格は素直で、今どきの女の子らしくもなく彼氏には従順だ。そういうところも可愛いと思っていたのだが、要するに眞子はすべてに於いて今どきらしくない。それに比べて先輩は今どきの女。大学院を出ているので基よりも学歴が上なのがひっかかるが、年も上なのだから仕方がない。

 長身でほっそりしていて、基の高校時代の彼女と似たモデルタイプだ。さほどに美人でもないのだが、センスが良くてスタイルもいいのでかっこよく見える。仕事もできるから、彼女は出世するだろう。つまり、収入も相当によくなるはずだ。

「利根くんって青田買いされたわけだ」
「んん……結果的にはそうなるんですかね」
「有望な男の子は大学のときに、同じ学校の女の子に確保されてるってほんとなんだね。彼女と結婚するんでしょ」
「そのつもりだったんですけどね」

 告白は断った形になったが、先輩とはふたりきりで飲みにいくようにもなった。すこしだけ酔ってくると彼女は色っぽくなって、基の頬に細い指で触れた。

「かわいそうに……」
「かわいそうってことはないでしょう?」
「だって、あの写真の彼女でしょ。あの子と結婚したらすぐに子どもができて、子どもの教育費とローンに追われる一生になるんだよ。奥さんはどうせパートくらいでしか働かないのに、家事をしろの子どもの面倒を見ろのってやいやい言うの。休みの日は家族サービスだよね」

「類型的ですね」
「普通の女と結婚した男の生活は、類型的なのよ。うちの兄がそんな生活を送ってるから知ってるの。それが一生続くんだよね。かわいそうだな」

 では、あなたと結婚すればそうはならないと? 凝視した基の頬に、先輩がちゅっとキスをした。
 その頭を引き寄せてもっと強烈なキスがしたい。酔いが基を誘惑する。先輩の微笑みも基を誘っている。この女だったら俺に本命がいても、ベッドに……彼女が行きたがっているのではないか。

「今夜は時間、あります?」
「どういう意味?」
「いや、俺も今夜は帰らなくてもいいかなって」
「そういう意味?」
「そういう意味です」

 ふぅん、と笑ってから、先輩は基の鼻をとがった爪先ではじいた。相当にきつい一撃だった。

「わ……」
「安く見ないでよね。罰よ。今夜はここ、利根くんが払っておいて」
「わわ、わかりました。すみません。あの……」
「じゃあね」

 先に立って帰っていってしまった先輩のうしろ姿を見送りながら、基は決意した。
 類型的っていったらその通りなんだけど、駄目だ。ノックアウトされたよ。かっこいいな、惚れたよ。よし、決めた。

 それから一ヶ月ばかり、基は眞子のメールを無視した。電話はメールでアポイントを取ってから、と約束してあるので、眞子も無闇にはかけてこない。社会人一年生になった眞子もそれなりには忙しいので、一年上の基の多忙さも理解している。眞子は基のデートの誘いをおとなしく待っている、けなげな彼女なのだった。

 が、さすがに一ヶ月もメールの返事さえもらえないでいると、不安になってきたのだろう。基が仕事を終えて帰る道で、眞子からの電話がかかってきていると気づいた。

「悪いけど別れようか」

 電話には出ずにひとことだけのメールを発信する。眞子は折り返し電話をしてくるかと思ったのだが、ケータイは沈黙している。深夜になって眞子からのメールが届いた。

「どういうことですか?」
「そういうことです」
「……なにかあったんですか」
「別れたくなっただけだよ」

 そのような、堂々巡りのメールのやりとりが何回か続いてから、真夜中になってかかってきた眞子からの電話に出た。

「あの……」
「大学のときにはよかったけど、社会人になるとおまえじゃ物足りなくなってきたんだよ。おまえはいつまでたってもデブスでガキっぽいままで、ダイエットするとか言ってちっともしてないじゃないか」
「してる……」

 言いかけた眞子をさえぎって、基は一方的に喋った。

「してるつもりかもしれないけど、成果が上がってないだろ。おまえだって会社で学んでるだろうが。学生は努力も認めてもらえるけど、社会人は結果がすべてだ。がんばってるんだけど、なんて言っても無意味なんだよ。だからさ、俺はおまえにはもううんざりだ。おまえとつきあい続けてると俺までが堕落していきそうなんだよ。だから別れるんだ。わかっただろ」
「基さん……」

 なれなれしく名を呼ぶな、と基はぴしゃりと宣告した。

「二度とメールなんかしてくるなよ。してきたってスパムとみなして削除する。電話もブロックするからそのつもりでいろ。俺はおまえの声は二度と聞きたくもないし、顔も二度と見たくない。メールも二度と読みたくないんだよ」
「基さん……」
「しつこいとストーカーだって訴えるからな」

 ほんのかすかに胸が痛まなくもなかったが、学生時代からの彼女に対する情なのだろうと解釈しておいた。
 さて、これでいい。これで晴れて先輩の告白を受け入れられる。もてる男ってつらいよな。

 一週間ばかりは先輩が出張で不在なので、彼女が帰ってきてからだ。基は帰社した先輩のデスクに、今夜、いつもの店で、とのメモを忍ばせた。

「お帰りなさい。今夜は俺がごちそうしますよ」
「ただいま。うん、そうね。ごちそうになるわ」

 お疲れさまの乾杯をして、グラスを重ね、料理もつまんでほろ酔いになってきてから、基は言った。

「彼女と別れたんですよ。最近ちょっとすれちがってたんだけど、彼女に好きな男ができたって、ふられました。俺も彼女はなんかちょっとちがうなって思いはじめていたから、それはそれでもよかったんです」
「あらぁ、そうなの」
「だから……」
「私も婚約、決まりそうよ」
「は?」

「利根くんには話してなかったっけ? 今回の出張は彼のいる支社だったのね。彼……もう言ってもいいか。やっと離婚が正式に成立したから、きみと結婚できるようになったって言うの。結婚はどっちでもいいかと思ってたんだけど、やっぱり夫婦になろうかな」
「は、はあ、そうだったんですか」
「仕事はやめないから、これからもよろしくね」
「は、はい、おめでとうございます」

 すると、あれはなんだったのだ? 不倫相手と結婚できそうにないから、俺に告白したのか? それとも、からかっただけか?
 
 どっちにしてもふられたのはまちがいないのだから、今さら彼女にはすがるまい。
 となると、眞子が惜しくなってくる。先輩と比較するから冴えない女に見えていたが、今どき珍しい、それゆえに今どきらしくない冴えない女。だからこそ可愛い彼女だった。

 その翌日には基は会社を定時で退勤して、眞子のアパート近くの公園で待ち伏せをした。学生時代から眞子はここでひとり暮らしをしている。基も招かれて、眞子の手料理をふるまってもらったこともある。これ、味が濃いよ、とケチをつけたら、眞子は泣きそうな顔をしていた。

 必ずここを通って、眞子はアパートに帰る。予想通りに、基がベンチにすわって待っていると、眞子の声が聞こえてきた。

「……でも、完膚なきまでに叩きのめすようにして別れるって、誠実だと思うんだ……そうだよ。そのほうがいいじゃない。そのほうが、未練が残らないものね。彼はそうして……ううん、いいのよ。私はそう思っていたいんだ……甘ちゃん? そうかもね」

 誰かとケータイで話しながら、眞子がこちらに近づいてくる。人通りが他にはないせいか、眞子は基にも十分に聴こえる声で話していた。

「だからって……そうだよ……そうそう……え? 復縁? あり得ないし……そんなつもりがちょっぴりでもあったら、彼はあんなことは言わないよ……好きだったな、私、馬鹿だね」

 ごめん!! 俺がまちがっていた、と叫んで眞子の前に飛び出そうか。基は迷っていた。

「他に好きな女性がって……そうかもしれないね。いいんだ、私もいつかは……うん、こんなデブスにだって、告白してくれる男のひとはいるんだよ。そっちのひと、考えてみようかな……強がりだって思ってる? ……ありがとう、優しいね」

 通話相手は女友達か。眞子は相手に礼を言って涙ぐんでいる。
 もしかしたら俺って最低野郎なのかな、生まれてはじめてそんなふうに考えてしまって、基はそこから一歩も動けずにいた。

次は「さ」です。









 
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~ Comment ~

NoTitle

う~~ん。
その人の何を好きになったかで、
やはり変わってくるものなんでしょうけど。
しかし、やっぱり男にとっては女性の理想像というのはあって、それを近づいてほしいという願望があるのがダンディズムというか男の傲慢というか。
そういうものと現実の妥協があるわけですね。
男の子は我が儘なのだ(笑)。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

♪わがままは男の罪、それを許さないのは女の罪。

チューリップの歌にこんなフレーズがあります。
あ、ごぞんじかどうかわかりませんが、チューリップとは古い古いフォークグループです。

その歌を聴いたとき、なにを勝手なことをぬかしてるんだ、と思ったものですが。

わがままというのは自分を持っているということだから、悪いことではない、と今では思っています。

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