ショートストーリィ(しりとり小説)

141「ロックオン」

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しりとり小説141


「ロックオン」

 親子ほどに年齢が離れているとか、四十歳ってもう初老だよね、とか言いたがる意地悪な人種は、どこにでもいるものだ。

 今どき、四十歳を初老とは呼ばない。初老は六十歳だ。四十一歳はぎりぎり、若い女の範疇に入る。中年と呼ばれるのも腹立たしいのに、初老だなんて失礼な。私が若く見えるからって妬んでるでしょ。その上に妬まれる要素が増えたんだものね。

 もうひとつ今どき、四十一歳で二十三歳の息子がいるはずないでしょ? 私の同年代の友人の子だって、せいぜい小学生よ。二十代で結婚したり出産したりする女は……と、そこまでは言わないけどね。私も妬んでると思われるから。

 職場にはとやかく言う人間が大勢いて、嗣子は笑顔でやりすごしつつ、心の中ではそう反発していた。あれは半年ほど前。

「斎藤さんっておっしゃるんでしょ。サイトウツグコさん。同じ苗字ですね」
「そうね。あなたも斎藤くん。サイトウリョウスケくん」
「同じ斎藤のよしみでよろしく。斎藤同士だったら結婚しても苗字の問題で悩むこともないから、いいですよね。斎藤さん、いや、嗣子さん、結婚しません?」
「あのね……」
「いきなりは無理か。まずはつきあわなくっちゃね」
「勤務時間ですよ。ちゃんと仕事をしなさい」

 昼休み終了間際になって、社員食堂から自席に戻ってきた嗣子に、了介が話しかけてきたのがきっかけだった。すみません、と頭をかきかき離れていった、十八歳年下の男の子。からかわれたの? とは思ったものの、胸がひそかにときめいていた。

 あれから了介はなれなれしく話しかけてくるようになった。同じ苗字なんだから名前で呼び合おうよと言って、嗣子さんと呼びかけてくる。嗣子も職場以外では了介くんと呼ぶようになって、急速に接近していた。

「嗣子さん、俺、失敗しちゃった」
「なんの失敗?」
「昼休みにごはん、一緒に行こうよ。聞いて」
「いいわよ」

 すらりと背の高い、今どきの男の子らしい清潔そうなタイプだ。昼休みに会社の入っているビル近くの公園で待ち合わせして、嗣子が気に入っているランチレストランへと歩き出すと、了介は嗣子の肩に頭を載せた。

「身長がちがうから、それってやりにくいでしょ」
「いいんだ。こうしているといい気持ち。嗣子さんの肩は丸くてやわらかくて癒されるな」
「太ってるって言いたいの?」
「太ってないよ。女のひとは嗣子さんくらいのふくよかさがいいんだよ」

 レストランに入ると、了介は嗣子の向かい側ではなく隣に腰を下ろした。

「昼休みなんだからいいでしょ。今は自由時間だもんね」
「いいけど……へこんでるの?」
「そうなんだ。部長がね……」

 仕事で失敗して、部長に叱責されたという。了介は愚痴をこぼし、涙ぐんでまでいた。

「了介くんはまだ入社して一年ほどじゃないの。失敗は誰にでもあるのよ。そうして上司に叱られたりもして、成長していくんだよ。泣かないの」
「ごめんなさい。嗣子さんに話を聞いてもらってると気が緩んで……そうだよね。しっかりしなくちゃいけないよね」
「応援してるからね。私はいつでも了介くんの味方だよ」
「うん。僕ら、特別な仲なんだもんね」

 特別? どういう意味? とは訊き返せなかったが、了介は嗣子の手を握って、大好きだよ、と囁いた。

 つまりはそういうこと? 了介は嗣子が大好きだから、僕らは特別な仲? そう考えていいんだろうか。歳の差なんて今どきの若い子は気にしていない。嗣子はいささか脂肪の多い身体つきながら、若いころには色っぽい、可愛いと言われてもてまくったものだ。

 斎藤さん、つきあって下さい、嗣子さん、僕の彼女になって。何度告白されたことだろうか。
 うーん、背がちょっとね、顔がね、家柄がね、聞いたこともない大学卒なんて……収入はそれだけ? デートは割り勘? そんな男とは真面目に交際を続けていけないわ。

 何度も男とつきあってはみたが、なにかしらの瑕瑾があったのですべて終わってしまった。男に泣かれたこともあってうんざりしたものだが、了介の涙は若いだけに綺麗に思えた。

 もてたんだものね、私は。全部、こっちから断ったから結婚しなかっただけ。しばらく告白がとぎれていたのは、私が職場でも役付きになって、男から見たら近寄りがたくなったせいだったのね。了介くんほど若いとそんな遠慮もなくて、ストレートで可愛いわ。

 だけど、二十三歳と結婚するのは無理かしら。私の親も了介くんのことは、頼りないとか収入が少なすぎるとか言いそうだし、了介くんの親も反対しそう。世間の目はうるさいのよね。

 それでもどうしても結婚したいと願うなら、してあげてもいいよ。久しぶりにプロポーズされるのはいい気持ちだろうな。了介くんにはそんな勇気はある? 私がほしいならストレート全開でぶつかってきなさい。

 そんなふうに心で言いながら、嗣子は了介とつきあっていた。了介には潔癖なところがあるのか、手を握ったり頬を寄せてきたりするだけで、キスはしない。ハグはしてもホテルに誘ったりはしない。いつだって嗣子を紳士的にエスコートする、若いに似合わないジェントルマンだ。

 仕事中は節度を保った触れ合いで、プライベートタイムには飲みにいったり食事にいったりする。会うのは仕事が終わったあとに限られていて、嗣子さんといると癒されるよ、大好きだよ、とその告白だったら幾度もしてくれた。

「はー、疲れた」
「今日はハードだったよね。お疲れさま」
「嗣子さんもね……あのさ……」
「なに?」

 今夜も残業のあとで、ふたりで行きつけのバーにやってきた。了介はおしぼりで手を拭き、にっこりと言った。

「ほんと、嗣子さんって好きだな。大好きだよ」
「好きなんだったらもう一歩……」
「うん?」
「いいの、いいのよ」

 なにも結婚しなくてもいいじゃない。了介くんは私が大好きだと言ってくれて、私も彼が好き。こんなに年下の男の子と結婚すると言い出すと、周囲に無用な軋轢を生む恐れがある。だったらこのままでいい。四十一歳にして二十三歳の彼氏がいるなんて、私は恵まれてるのよね。

 強がりも入っていなくもないそんな気分で、嗣子は了介と食べて飲んで話した。今日も了介には失敗もあったようで、少々酒を過ごしたらしい。ちょっと気持ちが悪い……と言い出した了介を介抱するようにして、ふたりは店を出た。

「あ、嗣子さん、払ってくれたの? 俺も半分……」
「明日でもいいし、気にしなくていいのよ」
「ありがとう。そうだよね。俺、本音を言っていいかな」
「本音?」
「うん」

 悪酔い気味なのか、眉をしかめていた表情から一変して、了介はにこやかに言った。

「嗣子さんは俺のお母さんみたいなひとなんだから、たまには金だって甘えてもいいよね。ごちそうさま、お母さーん」

次は「おん」です。


 








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~ Comment ~

NoTitle

そういえば、最近は年上の男性に惹かれる若い女性が多いみたいですね。
まあ、今でなくても多かったのでしょうが。

やはり若い人にはない貫禄みたいなもが惹かれるのですかね。
私は年下好きなので、年上の女性にはまったく興味がないのですが。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。
長い目で見たら、長くつきあっていけるのは同年輩が一番だと思います。
フィクションではフツーの恋愛だとつまらないので工夫しますが、現実はフツーが一番。

年上の男性に惹かれる女性……うーんと年上って意味ですか?
その数は多くはなっていないと思いますが、さて、どうなんでしょ。
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