ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSソングライティング物語「北酒場」

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フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「北酒場」

 南国土佐生まれだからもあるのか、日本人の特色でもあるのか。「北」というと旅情をそそられる。

 「北帰行」、「北酒場」、「北国ゆきで」、「北国の春」、「北の宿」、「北上夜曲」、「津軽海峡冬景色」。北をテーマにしたヒット曲はたくさんある。

 大学生のころに先輩に誘われてフォレストシンガーズに加入し、五人でプロになろうと燃えていた。あのころは予算の乏しい地方自治体が、ギャラ不要ってことでアマチュアシンガーズをイベントに呼んでくれた。たいていは関東だったが、俺も幾度か参加した。

 それから俺はフォレストシンガーズを脱退し、結婚して茨城県で暮らした。
 離婚して家を出てからは、関東には飽き飽きしたのもあり、故郷の高知からは離れたいのもあって北国を主に放浪していた。

 関東には飽き飽き、なんてかっこつけているが、実は東京から近いと、知り合いに会う恐れがあったからだ。故郷に近くても同じ。離婚した原因は俺が悪いからだから、離婚したってのは悪いことだから、結婚する以前の知り合いには会いたくなかった。

 そうはいってもたまには会ってしまうもので、そんなときには打ちひしがれて、また別の場所へと流れていった。

 そんな暮らしをしていた俺は、三十歳ごろに神戸に流れつき、さすらいはやめにした。フォレストシンガーズの面々とも再会し、親しくしてもらえるようになって、ブログのネタにもさせてもらう。久しく音楽から遠ざかっていたのも、生来好きなのだから戻れば元の木阿弥。俺はやはり音楽が好きだ。

「一曲、いかがですか」
「ああ……へぇぇ、ギター?」
「ええ、流しのギター弾きをやってます」
「珍しいですね」
「古臭いですけど、このあたりの盛り場にはまだいるんですよ」

 じっくりした風貌の初老の男だ。酸いも甘いもかみ分けた、清濁併せ呑む男。そんな生き方をしてきたのか、俺の行きつけの神戸の酒場のマスターと似通った空気をまとっていた。

「リクエスト、ありませんか」
「フォレストシンガーズの歌は?」
「フォレストシンガーズですか。あんまりよくは知らないんですけど、なにがいいですか?」
「あまりよく知らないんだったら、あなたの得意な曲を」
「得意ってほどでは……」

 今どきの流行り歌の一種であろうから、演歌を得意としそうな盛り場のギター弾きはフォレストシンガーズにはなじんでいないかもしれない。若い客にアイドルソングを所望されたかのように戸惑った顔をして、それでも弾いてくれた。

 あれ? なんともマイナーな曲を選んだものだ。この曲はシングルカットはされていなくて、ファンしか知らないようなナンバーなのだから、このおじさんは意外とFSファンだったりして?

 神戸港にあるバー、「Drunken sea gull」のマスターは異様なまでにギターが上手で、かつてはミュージシャンだったのではないかと俺は睨んでいる。そのマスターもこの曲を俺の前で弾き、イヤミかと思ったものだ。

 あのマスターはイヤミなおっさんなのだからあり得るが、このおじさんは俺が小笠原英彦だとは知らないはず。どうして? と気になって訊いてみた。

「その曲を選んだのはなぜなんですか」
「思い当ったからってのもありますが、ギター演奏がしやすい曲だからってのもありますね」
「ああ、そうか。なるほど、素人ったら素人みたいな男が作った曲だし……」
「素人なんですか。HIDEって人の作曲ですよね」
「……そうみたいですね」

 そこまで知っているとは、実は隠れファンなのだろう。そうにちがいない。

 「きらめく刻」。珍しく俺が作詞もした、作曲もした、フォレストシンガーズのアルバムにおさめられている曲だ。北の盛り場通りの飲み屋で聴くにはいささか、雰囲気が似合わないのだが。

 逃避のために北へ流れていった若いころとはちがって、今夜はフォレストシンガーズのライヴを聴くためにこの町にやってきた。ライヴは明日なので、今夜は町の散策。盛り場のほうに足を向けたら、この土佐の鯨が飲みたくならないわけがない。

 万年ダイエットの身なので、ちょっとだけな、食いものは特にちょっとだけな、と誰にともなく言い訳して、うまそうな店に入った。北の日本酒と、北の肴。北の海で獲れたと明記してあった魚はうまいけど、土佐のかつおの叩きにはかなわんぜよ、なんてひとりごとを言って飲んでいた。

「お酒のカロリーは高いけど、それで太るってことはあまりないらしいのよ。酒飲みはおおむね痩せてるじゃない? 太るのはおつまみ。だからって食べずに飲んでばかりはよくないんだから、ヒデさん、ダイエットも忘れずに、飲みすぎず食べ過ぎないようにしてね」
「わかっとるちや」

 胸の中で説教しているのは、婚約者の三津葉だ。ひとりが好きだと思っていたのは昔の話で、こんなところでひとりで飲んでいると人恋しくなってきていた。
 そりゃあ三津葉がいいが、彼女が来るわけはない。三津葉ではない他の女が酒の連れになってくれてもいいが、女だとついふらっとなりかねないから、ギターのうまいおっさんのほうがいい。俺は彼に酒を注いでやった。

「これはこれは、どうもどうも」
「その曲、弾きやすいですか」
「弾きやすいですよ。きらきらした曲調で、それでいて哀愁も漂っててね。けっこう好きです」
「そうですか」

 ありがとうございます、と言いそうになって口を閉じた。

「だけど、難もあるんだな。お客さんは素人じゃなさそうだから言いますけど、コード進行がね……」
「俺は素人ですよ」
「ギター、弾くでしょ?」
「ちょっとぐらいはね」

 弾けない、と言い切るのはプライドが許さなかった。
 放浪暮らしをしていたころには音楽は嫌いだと公言していて、俺はギターなんか弾けない、音痴だから歌いたくない、とも人に言っていた。あのころだって正直、悔しかったのだ。俺はフォレストシンガーズのハイテナー担当だったんだぞ、ギターは得意なほうだし、作曲もするんだぞ、と言いたかった。

 フォレストシンガーズのみんなとのつきあいが戻ってくると同時に、音楽が暮らしに戻ってきた。ヒデさんって作曲するんや、ええ? この曲、ヒデさんが作ったん? すげぇ。ギャラももらえるん? ええなぁ、と若い奴に言われると、内心では誇っていたりするのだから。

 俺の書いた歌が金になる。世間のひとが知ってくれる。それは最高に嬉しいことだ。こんな北の町で流しのギター弾きが演奏してくれている。奇妙なまでに胸になにかがこみ上げてくる。
 それはそれとして、コード進行に難あり? どこが? とつい問い返すと、ギター弾きがワンフレーズを弾いた。

「ここ。違和感ありません?」
「それはわざとなんですよ」
「わざと?」
「微妙な違和感が聴くひとの耳をそばだてさせる。あなたはプロだから強く感じるのかもしれないが、聴いてくれるひとのほとんどは音楽好きのアマチュアでしょ。こういう特殊なコード進行を、上手に入れればいいスパイスになるんだって、木村章のアドバイスで……」
「ほぉ」
 
 おじさんの目がきらっと光った。

「いや、そうじゃないかなって……」
「そうなんですか。そういうことにしておきましょうか。HIDEブログっての、私も読んでるんですけどね、今夜のことも書くんですか」
「……俺が知るはずないでしょ」
「そうですか、そうですな」

 食えないおっさんだ。本当にこのおっさん、「Drunken sea gull」のマスターと同じ匂いがする。兄弟なのではないだろうか。

「フォレストシンガーズには北の酒場の歌ってありませんよね」
「北の酒場だと演歌っぽいですからね」
「フォレストシンガーズはソウルやR&Bがメインのグループでしょ。そもそもそのたぐいのナンバーに「北の酒場」はないんじゃありません? そのイメージの北の酒場の歌、斬新でいいと思うけどな」
「そうですね。あなたが作ってオリジナルにしたらどうですか」
「私には作曲はできませんよ。あなたにこの案をプレゼントしますから、どうぞ使って下さい」
「いや、俺にもできません」

 できない? ほんとか、ヒデ? 創作意欲が湧いてるんじゃないのか。おっさんのギターを借りて、頭に浮かんだフレーズを再現したくなっていた。

「念のために言っておきますと」
「はい」
「もしもフォレストシンガーズが、フォレストシンガーズらしい「北酒場」を持ち歌にしたとしても、盗作だなんて言いませんよ。曲を書いたひとが誰であろうとも、あのときに私が呟いたセリフを参考にしてくれたんだな、って喜んでおきます。なんなら一筆書きましょうか」
「それには及びません」

 すっかり、俺がフォレストシンガーズの関係者、あるいは小笠原英彦だと見抜かれている、のかもしれない。そうだとしても悪くはないのだし、本当のことなのだから、俺としても否定する気にはなれずにいた。

END






 
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~ Comment ~

NoTitle

酒のみは酒のみで色々と健康管理が大変なのだ。
私も相当な酒飲みですから、栄養バランスをいちいち気にして食べております。
酒は飲んでも飲まれるな。
格言ですね。
(-_-メ)

流しのギターっていうのもいいですよね。
最近はステレオばかりですけど、生で聞きながらカフェとか楽しいたいなあ・・・と思います。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
近頃の若者はお酒を嫌ったりもするらしいですが、お酒は楽しく飲めばいいものですよね。
飲み過ぎにはご用心♪です。

栄養バランスをきちんと気にして食べるのは、飲まない場合でも大切ですよね。そういうことの積み重ねが、歳を取ってから影響してくるかもしれません。

流しのギター弾き。
生で見たことないなぁ。現代にもいるのかな。
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