ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「た」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語2

「たけくらべ」

 横にはお菓子と紅茶を置いて、テーブルのノートパソコンに向かっている母がしきりに感心している。ユリカは母に尋ねた。ふむふむ、へぇぇ、すごいわね、ってなにを見て言ってるの?

「だって、ここに書いてるひとのご主人って、すごいのよ。たいていがその女性よりも年下。ふたつ三つくらいだったらよくあるんだろうけど、七つ八つから十五歳も年下まで。年下夫って本当に流行ってるのね」
「そっかな」

 身長は百八十センチ前後で、イクメンイケメン。旧帝大卒から大学院卒、中にはハーバード大学卒、東大大学院卒、医科大学大学院卒、などという男性もぞろぞろいる彼らは、大半が三十代であるらしい。

 性格はよく、年収は一千万円超。年上の彼女に熱愛をささげてプロポーズしてくれ、晴れて結婚。要領がよくて有能なので、仕事に無駄な時間を盗られない。よって、家事にも協力してくれる。自分ができなければ便利な家電を買ってくれたり、家事代行サービスを頼んでくれたりする。

 その妻はたいていが四十代で、お嬢さま育ちの専業主婦もいる。二十代のころの体型を保っている美人で、主婦ならば実家のほうから不労所得が入るので、資金運用をして小遣いを捻出している。
 でなければ、妻も専門職か総合職の仕事のデキル女で、所帯収入三千万円も珍しくはない。

 というようなネットの投稿を読んで、母は感じ入っているのであった。

「パパとママの年の差はここに書いてるおばさんたちと逆だけど、他はそんなに変わらないじゃん?」
「パパはそんなに背は高くないし、イケメンでもないわよ」
「まあね」

 お嬢さま育ちの専業主婦である母は、若いころには妖精のような美少女だったという。十九で結婚して次々に出産し、ユリカの下にマリン、サリナと三人の娘の母になった。母の若き日の写真を見ても絶対に同一人物だと信じられないほどに、母は太っている。世にも稀なる美少女だったと、祖父母、伯父、父、母の友達、母の実家の近所のひとたちなども言うのだが、娘たちは信じていない。写真すら信じられない。

 そんな母なのだから、長身のイケメンとなど結婚できるはずがない。あたしだったら十年後には可能だけどね、と中学生の長女は母を見て思う。身の程を知れ、黒木リリヤ。

 祖父母が経営している輸入家具店は、伯父の将一があとを継ぐ予定だった。が、将一は歌手になり、リリヤは若くして結婚してしまったので、ユリカたちの父である哲平が跡継ぎになった。各地に支店を出している大きな家具店なのだから、父は収入もいい。次期社長の座も安泰だろう。

 母が読んでいるのは、主婦の愚痴掲示板と名付けていいであろうサイトだった。

「世の中の主婦って、どうしてそんなに不平不満ばかりなの?
 私には不満も愚痴もひとつもなくってよ。

 十年前、私は三十三歳で七歳年下の男性と結婚しました。
 フランスに留学していた私はフランス語が堪能だから、就職したのもフランス語を生かせる職場。そこに入社してきたフランス人とのハーフの後輩が、私に恋をしたの。

 彼は母親がフランス人だから、年上の女がどうの、同居がどうのなんて一切言わなかったわ。カメリアさんはあなたにはもったいない、素晴らしい女性よ、大切にしなさいって言ってくれた。

 それから十年、当然、嫁姑問題もないわ。義母と義父は永遠にラヴラヴみたいだから、息子夫婦に干渉している暇もないのね。五歳になるひとり娘を可愛がってはくれるけど、よけいなことも言わないわね。育てるのは親なんだから、祖父母はできるときに補佐するだけだって。

 出産、育児のために二年ほどは休職したけど、三年ほど前から職場に復帰して、私もバリバリ働いています。
 外資系だからきびしいけど、働けば働いただけのことはあるのよ。夫も同業でバリバリやってるから、ふたり合わせて四千万円ほどの年収になる。税金高いから楽な生活でもないけどね。

 夫は三十六歳、身長は183センチ、フランス人とのハーフだからイケメンなんていう安い言葉では表現できないほどの美男子よ。私は身長165センチ、体重は50キロを超えたことはありません。子どもがいるなんて信じられない、ご主人とは同い年くらいよね、早く結婚したのね、と言われるのは、夫婦ともに二十代に見えるせいらしいわ。

 多忙な身とはいえ、日本のブラック企業みたいな激務ではないから、夫とは家事も分担しています。育児はもちろん進んでやってのける、最高の夫です。
 どうしても忙しいときには、ハウスキーパーさんをお願いして乗り切ってるの。

 そんな私に不平不満なんかあるわけないのよね。毎日が充足しているわ。
 なのに、ここに来てみれば、同じような年頃の既婚女性の不満の羅列でげんなりしてくるのよ。

 文句があるんだったらあなたも私みたいになれば? 私はカメリアさんみたいに美人でも有能でもないし、努力もしてこなかったから今さら無理よ、なんて言ってるひとは、そのままでいたらいいわ。
 どう? あなたも私の世界に来る気になった?」

 挑発的というのかノーテンキというのか、自己開発セミナーあたりが煽っているのかと、中学生のユリカにだって苦笑するしかないような内容だったが、真面目に反応している女性たちがいた。

「私は四十八歳、リア充のお手本みたいな毎日ですよ。

 三十五歳で起業したのは、結婚願望がなかったから。
 結婚なんかしなくていいわ、とお気楽に考えていたら、えてしてパートナーと出会うものなんですね。

 彼は十二歳年下で、当時は大学院でノーベル賞を目指して研究をしていました。
 なんの研究かって、詳しく書いたら彼が誰だか特定されてしまいそうだから書けません。

 で、その研究の目途がついたからとプロポーズしてくれたのが五年前。私は四十三歳になっていたけど、結婚して間もなく妊娠して母にもなりました。娘は四歳。両親の血を引いて頭もよくて可愛くて、申し分ない娘です。お父さんのむずかしい専門書だって、娘はけっこう読んでますよ。

 夫の身長は180センチ、研究者特有の世間に疎いところはあるけど、いかにも天才らしい白皙の美青年で、疎いがゆえに浮気なんて夢にも考えてないみたい。超・美魔女(私のことよ)ひと筋だと誓ってくれています。
 夫は娘のことは同志みたいに思っていて、ふたりで仲良く研究の話をしています。私ももっと勉強しなくちゃ。

 収入はふたり合わせて億を超えるしらね。
 カメリアさん、あなたはあなたなりの小さな幸せを追求してね」

「上には上がいるって、カメリアさんもわかったかしら。
 うん、でも、超・美魔女さんもたいしたことないよね。ノーベル賞は受賞してないんでしょ。それに、自分のことを書いてない。あなたは太ってるんじゃないの?

 私は専業主婦です。実家の資産が兆の単位だから、女性が働くなんて考えられない世界で育ったのよ。
 大学を卒業した年に同い年の夫と結婚しました。夫は社名を書けば誰でも知っている会社の跡取りで、もうすこししたら社長就任が決まっています。

 私の実父も大会社の社長だから、私にはお小遣いをたくさんくれます。父からもらうお小遣いって……書くと嫉妬されそうだから内緒だけど、一千万ではきかないくらいかな。うふ。

 子どもは三人。170センチ48キロ(カメリアさんより背は高いけど、体重は少ないわね、おほほ)の私と、180センチ、65キロの夫と体格も顔も似ていて、三人ともにスリム、長身、頭脳明晰、お金の苦労はさせたことがないので、おっとりと穏やかに性格もよく育っています。

 早く結婚して早く出産もして、子育てもほぼ終了したから、私はボランティアとして世界中を飛び回っています。英語、フランス語、ドイツ語ができるのも強みですね。ただいまは韓国語と中国語を勉強中です」

「専業主婦で実家の父親にお小遣いもらって、それって自慢?
 恥ずかしいなぁ。カメリアさんも超・美魔女さんも、読んでてこっちが恥ずかしかったよ。

 私は五十二歳、現役の世界で通用するモデルだ。九歳年下の夫は映画関係者だとだけ書いておこうか。
 モデルなんだから当然、私は長身。180センチほどあるんだけど、夫は190センチ近いの。素晴らしいプロポーションをしているのもあって、知人たちは圧倒されてるみたい。でかっ、とか言われるけど、羨ましいんだろ?

 家事には興味ないので、メイドさんを雇ってる。世界中に家が何軒もあるから、家事なんかやってられないんだよね。だけど、育児は夫とふたりでやってきたよ。
 息子がふたりいて、ふたりともに長身美形、親が美男美女なんだから当たり前だ。ふたりともに大学院に通いながら、モデルや俳優のアルバイトをやってる。

 年収はいちいち数えてないな。勝手にスイスの銀行口座に貯まっていってるよ。

 こんな私にも悩みはなくもない。もとは庶民の出で、この身体とこの才覚でのし上がってきた身だから、若いころの友達と話が合わなくなってるんだよね。もうじき同窓会があるんだけど、出席したら浮くだろうな。思い切りダサいおばさんファッションしてみても、私だとかっこよくなるらしいから、どうしようかね」

 このあたりまで読んで、ユリカとしては食傷してしまった。

「ママ、信じてるの?」
「信じてるって? この女性たちの書いてること? これって疑うようなこと?」
「……いい?」

 なんと純情な母なのだろうか。大学生から就職もせずに主婦になった母は世間知らず傾向もあるので、ユリカはメモを書きながら説明した。

「日本にはざっと見積もって、十五歳から六十四歳までの男が人口の四分の一ほどいるんだよ。そのうちの三十代って、おおざっぱに見て四分の一くらいかな」
「日本の人口は一億三千万人ってところよね」
「そうすると、三十代男は四百万人ってところかな」

 計算早いのね、と母はまた感心していた。

「そのうち、年上の妻を持つ男の確率は1パーセントほどかな」
「そうかしらね」

 四百万人の一パーセントは四万人、そのうちの一パーセントが身長180以上で年収1000万円以上として、四百人に減る。イケメンやイクメンは主観も入るからその半数として、二百人。

「そのうちで、このサイトに出入りしている奥さんを持ってる男も一パーセントほどじゃない?」
「ふたりくらい?」
「そのうち、このスレッドに書き込みしているおばさんの確率は、一割もないでしょ?」
「そうすると、数字が消滅しちゃうよね。ひとりもいない」
「多く見積もってもそんなもんだよ」
「……そうなのね」

 単純で純情な母は、ユリカの穴だらけの計算も信じてしまった。

 各一パーセントの確率でしか存在しないであろうそんな男性。ユリカたちの年齢層は人口が少なくなっているから、さらに絶対数が減っているはずだ。それでもあたしだって、結婚するんだったらそういう男がいいな、とユリカは思う。けれど、もしもそんな男と結婚したって、こんなところに誰かと較べた自慢なんか書かないよ、みっともない。

 そういう男がいなかったら? そしたら結婚なんかしなかったらいいんだ。中学生のユリカの思考は、まだまだお気楽なものだ。十年後の世の中だってどうなるかわからないんだから、そんな先のことを真面目に考えてられるかっての、であった。

END








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